第6話

17時。空の色が少しだけ茜色に染まりそうになっている。

 僕は皆と別れて、南エリアにある御伽町全体を見渡す事ができる丘に向かっていた。

 想蘇祭が始まればゆっくりと時間を過ごす事はできないはず。だから、想蘇祭が始まる前の今日に色々と自分と向き合いたい。まぁ、かっこよく言えばだけど。本当の理由は錦木兄弟に言われた「才能がない君が俺の時間を無駄遣いするなんて愚かだとは思わないのか」と「本当その通りです。創世樹の気まぐれでテイルダイバーになれた分際で」と言う言葉が胸を締め付けてきたからだ。

 言われた時は軽く受け流したのに、何で今頃になって思い出してしまうのだろう。自分でも、

分かっている事なのに。才能はないだろうし、創世樹の気まぐれだろうとも思う。なんで、僕はこんなに情けないのだろう。

 僕は階段を上りきり、丘に着いた。周りに誰も居ない。

 柵の前に置かれている二つのベンチの左側の方に座り、町全体を眺める。

 ファンタジーやSFやスチームパンクやモダンや普通の町並みを全て見る事ができる。バランスが悪く見えるはずなのにちょうどいい感じに纏まっている、それがこの町の凄いところだ。

 ……まぁ、そんな素敵な町並みを見たところで僕のモヤモヤは消えてくれない。

 どうしたら、このモヤモヤが消えてくれるのだろう。テイルダイバーを辞めればいいのか。それとも、長編小説を書き切って自分の才能の無さを知り、絶望するべきか。あと他に方法はあるだろうか。

 それにこのままの状態で居れば、いつになっても莉乃姉に告白できない。燻っているうちに莉乃姉が誰かから告白されて、その告白にOKを出せば、その時点で今の関係はなくなる。そして、これからも無くなってしまう。

 自信が欲しい。少しでいいから自信が欲しい。

 悔しくなってきた。むかついてきた。情けなくなってきた。

 感情を抑える事ができなくなり、涙がこぼれ始めた。

 僕は誰も居ないのに俯いて、泣いている事を隠した。

「……隣、座ってもいいかな」

 温かい優しさとどこか強さがある大人の男性の声が聞こえた。

 僕は涙を拭って、顔を上げた。ベンチの横には白髪の初老の男性が立っていた。

「はい。どうぞ」

「じゃあ、座らせてもらうよ」

 白髪の初老の男性は僕の隣に座った。

「君はここによく来るのかい」

 白髪の男性は訊ねて来た。

「頻繁には来ないですけど、何か思い詰めた時とかに来ます」

「それじゃ、君は今思い詰めているんだね」

「……はい。自分には能力が無いのに大勢の人が羨む物を手に入れてしまったんです」

 なぜだろう。初めて会った人に相談をしている。

「そうか。それは辛いね。僕も昔、そんな事があったよ」

「どうやって、乗り越えたんですか?」

「乗り越えられているかもしれない。乗り越えられていないかもしれない。自分でも分からないよ」

「……自分でも分からないですか」

 自分でも分からないか。悩み続けるってことか。

「この町に居るって事はクリエイターかい」

「まだクリエイターではないです。一応小説家を目指しています」

「……小説家か。作品は書き上げているのかい?」

「まだです。何度書こうとしても、何かに影響されているのが自分で気づいてしまって書けないんです」

「……そうか。それなら影響されてもいいから書いてごらんよ。書き上げた後に修正していけばいい」

 影響されてもいいから書くか。そう言う考え方もあるんだ。

「……書いた後に修正すればいいですか」

「あぁ。最初から名作を書ける人なんてごく一部の天才だけなんだ。だから、まずは作品を書き上げる事。書き上げないと、小説家としてのスタートラインにも立てないんだよ。きつい事を言うかもしれないけど」

「きつくないです。正しいと思います」

 そうか。僕はスタートラインにも立ててないんだ。勝負さえさせてもらえない状態なんだ。そんな奴がくよくよ悩んでいるのか。なんか、情けなさすぎるな。

「ちょっとずつ書いてごらん。書き切ったら読ませてほしい」

「……はい」

「ちょっとは心のモヤモヤが取れたかな」

「少し、いや、だいぶ」

 だいぶ気持ちに余裕が出来た。そんな気がする。

「それはよかった。ここに来てよかったよ。なんだか、私の心も少し救われた気がしたよ」

「……そうですか」

 おじさんも悩んでいたのか。

「やっぱり、ここに居た」

 後方から聞き馴染みのある女性の声が聞こえた。

 僕は振り向いて、誰か確認する。

「莉乃姉」

「アンタが落ち込んでいるように見えたから慰めに来てやったの」

 莉乃姉は気を遣って来てくれたようだ。

「……ごめん」

「じゃあ、私はここで失礼するよ」

 白髪の初老の男性はベンチから立ち上がって、僕の背中を優しく叩いた。

「あ、ありがとうございます」

 僕はベンチから立ち上がって、言った。

「頑張って書き切るんだよ。君ならきっとできるはずだ」

「はい」

「それじゃ」

 白髪の初老の男性は去って行った。

「あの人、知り合い?」

 莉乃姉はベンチに座って訊ねてきた。

「今さっき知り合った人」

 僕はベンチに座って答えた。

「そうなんだ。賢ちゃんって意外にコミュ力高いよね」

「……まぁ、よく話しかけられるから」

「なんだか、心配して損した」

「え?」

「もう解決したみたいな顔をしてるじゃん」

「ご、ごめん」

「いいんだけど。でも、錦木兄弟みたいに悪口言ってきたら言い返さないといけないよ」

「言い返さないよ」

「なんで、悔しくないの?」

「今までは悔しかったよ。でも、おじさんと話して気づいたんだ。僕は悔しくなるほど頑張っていなかったんだって。だから、ちゃんと悔しくなれるように頑張るよ。それにいい作品を書き上げたら何も言われなくなるだろ」

「……まぁ、そうだけど」

「ごめん。迷惑ばかり掛けて」

「別にいいよ。でも、早く作品を書き上げなさいよ。私達の夢を叶える為に」

 莉乃姉は照れくさそうに言った。僕らの夢。僕が書いた小説の表紙を莉乃姉が書く。莉乃姉は僕が作品を書き上げるまでずっと待ってくれている。本当に早く書かないと。

「……うん。絶対に叶えるよ」

「かっこつけちゃって。賢ちゃんのくせに」

「賢ちゃんのくせにで悪かったな」

「うん。悪かったですー」

「あぁ、腹立つ」

「モヤモヤが無くなったのは良かったね。本当は膝枕してよしよししてあげようと思ってたのに」

「やめろよ。恥ずかしい」

「いいじゃん。幼馴染なんだし。それに誰も見てないんだし」

「そう言う事じゃねぇよ」

「そう言う事だよぉ」

 莉乃姉は僕をからかっている。

「あぁ、調子狂うな」

「狂え。狂え」

「もう。……あのさ、一つ聞いていい?」

 真剣な声で訊ねた。

「な、なに?」

 莉乃姉は驚いたのか声が上擦っている。

「僕が創世樹から神創具を与えれた理由って何かな」

「……うーん。あれじゃない。自分じゃなくて他人の為に頑張れるからじゃない」

 莉乃姉は真剣に答えてくれた。こう言うときはふざけないでくれるから安心出来る。

「自分じゃなくて他人の為に頑張れるか」

「うん。普段の賢ちゃんの姿を見ているとそう思うよ」

「莉乃姉は僕の事をよく見てくれているんだなぁ」

「え、あ。何よ。馬鹿」

 莉乃姉は僕を思いっきり押した。

 僕はベンチから転げ落ちて、地面に直撃した。……痛い。あ、顔に土が付いてる。

「なんで押すんだよ」

 僕は立ち上がって訊ねる。

「変な事を言うからよ」

 莉乃姉は声を荒げて言う。

「ご、ごめん」

 僕はベンチに座りなおした。

「反省しなさい」

 莉乃姉はそっぽを向いた。反省しなさいと言われても何を反省すればいいんだよ。

 僕はふと空を飛んでいる大型の鳥に視線を送る。

「鳥が飛んでる……ちょっと待てよ。おかしいぞ」

「おかしくないでしょ。鳥は基本飛ぶ生き物よ」

「いや、そうだけど。ここは御伽町だよ」

 御伽町内では本や美術品の保全の為に鳥類を飼育するのは認められていない。それに野生の鳥も入れないように街の入り口付近では鳥が嫌がる超音波が流れる機械が設置されている。その他にもたくさん対策がされている。

 万が一入れたとしても小鳥ぐらいだ。あの大きさの鳥は入ることはほぼ100パーセント不可能だ。

「た、たしかに言われてみればそうね」

「何かあるかもしれないから確認してみよう」

「そうね」

 僕は胸ポケットから神夢筆を取り出す。そして、目を閉じて、ドラゴンをイメージしていく。

 イメージが鮮明になってきた。今だ。

 僕は神夢筆で空気中に「ドラゴン」と書いた。すると、目の前にイメージした通りのドラゴンが実像化した。

 僕と莉乃姉はドラゴンの背中に乗った。

「飛んでいる鳥に向かってくれ」

 ドラゴンが吠え、翼を羽ばたかせて、上昇していく。そして、飛んでいる鳥の方へ向かう。

 あの鳥は一体何なんだ。普通の鳥じゃないはず。でも、普通じゃなかったら色々とやばくないか。絶対にやばい。

 鳥の近くに着いた。遠くからでは分からなかったが7色の羽を持っている。そんな鳥が現実に存在したか。それに何か黒い箱みたいのを腹部に付けている。

「あんな鳥、この世に居ないよね」

「うん。……あれはたしか鳳凰ってやつじゃない」

 架空の鳥のはず。

「それじゃ、あれは実像化」

「いや、黒現化かもしれない」

「まぁ、どっちかね。てか、あのタイマーは何?」

「タイマー?」

「あの黒い箱の側面に付いているやつよ」

 莉乃姉が鳳凰の腹部に付けている黒い箱の側面に付いているタイマーを指差した。

「も、もしかして爆弾」

 タイマーはすでに残り10秒になっている。

「ば、爆弾。ど、どうするのよ」

 莉乃姉は焦って訊ねてくる。

「うーん。考えるから時間をちょうだい」

「馬鹿。時間がないから、こんなに焦ってるんじゃない」

 タイマーは5秒を切った。

「あぁ、くそ。出来るだけ町に被害が出ないようにするしかない。ドラゴン、この鳥を強化ガラスに当たらないぐらいの高さに投げてくれ」

 ドラゴンは頷き、鳳凰を掴んで、上に投げた。

 僕は爆発の爆風から莉乃姉を守る為に覆いかぶさった。

 タイマーはもうゼロになったはず。どうなるんだ。

 破裂音が上から聞こえた。

 あ、あれ。爆発音じゃない。なんでだ。

 僕は恐る恐る鳳凰の方を見る。

 鳳凰の腹部に付いていた箱が破裂しており、箱の中から銀紙が溢れ落ちている。

「ば、爆弾じゃない」

「そ、そうみたいね」

「よかった」

 爆弾じゃなくてよかった。あれが本当の爆弾だったら甚大な被害が出てたはず。

「ちょ、ちょっと。恥ずかしい」

 莉乃姉は顔を赤くして言った。

「恥ずかしい?あ、あぁ、ごめん」

 莉乃姉に覆いかぶさったままだった。僕は莉乃姉から急いで離れた。

「まぁ、守ってくれたのはありがとう」

「ど、どう致しまして」

「……うん。それで、あれどうする?」

「うーん。回収して、創護社に持って行くしかないんじゃない」

 あのままの状態にしておくのはよくない。これは事件として捉えた方がいい。だったら、証拠を影草さんに見せた方がいいはず。

「そっか。そうだよね」

「フリーノート持ってる?」

「任務中じゃないから持ってない。賢ちゃんは?」

「僕も同じく」

「じゃあ、このまま運ぶしかないね」

「だね。ドラゴン、あの鳳凰を創護社まで運んでくれ。荷物を運ぶからゆっくり飛んでくれよ」

 ドラゴンは鳴いて返事をしてから、鳳凰を前足の爪で掴む。その後、創護社に普段より遅い速度で向かって行く。

 影草さん達が言っていた通り、今回の想蘇祭は何か事件が起こるはずに違いない。

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