ヲタサー王と心のダム ~OHKUNINUSHI~
ウカノの腰に凍える腕でしがみつき、空を進むこと小一時間。ヤソ8と合流を果たす。
全員が生気のない目をして、全方位の警戒にあたっている。ニゲジョーズを緩やかに降下させながら、
「お、伯父御さまッ? う、ウカノはなにを?」
ウカノは我を取り戻す。デートのドタキャンで気分を悪くしたのは事実だが、それを理由にクロを空に振り回すのはやり過ぎだ。ウカノの表情から血の気が引いて蒼くなる。
地面に身を大の字に投げ出し、泣き笑いに生を噛み締めることに夢中なクロに答えることはできない。吐息をひとつ、クロの代わりにエベっさん。
「言霊の反動だよ。対価も無しに言葉だけで他人を操れたら無敵じゃんか」
ウカノの行動がクロの禁厭による服反応であると告げてやる。
「コトダマとは?」
「
荒い息で呼吸を整えながら、仰向けのまま、喘ぐようにクロは答える。
「セーフティは設定しているさ。対価が俺の生命を脅かすようなものなら言霊は発動しない。他人事に身体張ってやれるほど正義マンじゃないからね――死ぬかと思ったけど。死ぬかと思ったけれども」
大事なことなのかクロは感想を二回言う。まだ、フワフワした浮遊感が拭えない。
「
「最近は、そんな呼び方するんだね。俺にとっちゃ近所のジジババ感覚だよ。よく見舞いにきてくれた」
ヒルコだった時に、唯一の楽しみは外部との接触だった。その時だけは、クロも良い子でいられた。普通に話す事が出来ていた。両親たちと。
「そんな
懐かしむように、そしてどこか楽しげに、クロは語り、一息に身体を起こすとパチンと手をひと叩き。
「ここは…」
ヤソ
支えるように左手を頭に添えて、かぶりを振るヤカミに目を向け、
――子孫かな?
そんな事をクロは思う。ヒルコの頃に会った子供はふたりだけ。弟のカグッちとヤカミによく似た女の子だ。弟のカグっちは兎も角、その子の事をよく覚えているのには理由があった。
――
女の子の母親が美人だった事と、女の子が哀しそうだったこと。そればかり印象に残っている。
「伯父御さま。お下知の前に…」
過去への物思いに沈むクロをウカノがサルベージ。着任の挨拶を促される。すると、
「
エベっさん。シタタカ声を張り上げる。どこから取り出したのか、あるいは自身の異能で造り出したのか、
「え、なにあの生き物?」
「やだ、ちょっとカワイー」
ヤソ
「貴様らに許された言葉はイエスかイエスだ。言葉の始めと終わりには『イエス、エベっさん、イエス』をつけることを怠るなッ! わかったかグズどもぉッ!」
「「「い、イエス、エベっさん、イエス」」」
ヤソ
「声が小さいッ! その口と
エベっさんは釣る。
「「「イエスッ! エベっさんッ! イエスッ!」」」
「そうだグズども。その意気だ。今日から貴様らグズどもを預かることになったエベっさんだ。目玉焼きの好みはターンオーバーだ。ハードボイルドなナイスエベっさんだ」
ヤソ
「ちなみにエベっさんのバックには、このウカノがついている。エベっさんへの発言と態度には気を遣えよ
ウカノはエベっさんの背後で
「「「イエスッ! エベっさんッ! イエスッ!」」」
アフターリピート。ヤソ
「それではエベっさんの副官を紹介する」
「えぇ~。俺がふく…」
ぶつぶつと不満を口にするクロの額に、エベっさんはヌイグルミチョップ。
「いっ痛ぁッ! 地味に痛いよエベっさんッ!」
「自己紹介」
エベっさんは促し、
「エベっさんの副官を務めるクロ――」
「彼は若輩者だから、ビシバシ鍛えてやってくれ。年もみんなより下だから遠慮はいらない。エベっさんが約束しよう」
クロの言葉をエベっさんは被せてくる。ウソは言っていない
「クロと申します。まだ大人に成りきれてない若輩者ですので、
クロは綺麗に恭しく御辞儀し自己紹介を完結させ、
「ヤカミ小隊長、アナムチ副官――
恭しい自己紹介とは打って変わった、冷たな声音と、冷たで鋭い眼差しに問う。
「最精鋭を集結させて、一点集中突破で説得するつもりだったよ総副官殿。スサさまの故事は知っているだろう?」
呆れた無策に三人は嘆息。
「エベっさん」
クロは舌打ち、
「スピニングバードソバットッ!」
エベっさんはアナムチの顔面の前で身体を高速回転。脱水よろしく足をゲシゲシとアナムチの鼻に叩き付け、
「ちょぉぉッ! やめてください。ムナゲの脂が髪につくッ! お嫁にいけなくなるぅ?」
付着したであろう
「いや、おまえ嫁じゃん。ムナゲの」
ここで外野。名をハラシコ。正式名称はアシワラシコオ。
「ミイちゃん元気?」
また外野。名はモノモチ。細目で優しげな目をした小肥りな男だ。
「「
どうやら、彼にも癖がありそうだ。そしてヤカミとアナムチは夫婦であって、一児の両親なのだろう。
「ミイちゃん――お子さんですか?」
とクロ。抑揚のない音を紡ぐ。腰の剣を鞘ぐるみに引き抜きウカノに預ける。
「あぁ、可愛いぞ。ウチのミイは世界一のカワイー女の子だ」
アナムチの言葉から、モノモチがペドであることが確定し、
「その子を独りにするところだった――ご自覚はありますか?」
「大袈裟だな。総副官殿は。俺たちは
アナムチから紡がれる言葉に、
――もうヤだ。この
クロは心底に泣く。と言うか、
「おまえどこの姫ネエサマ気取りだよッ! 『
心のダムでは、キツく堰をしても抑えきれずにツッコミが口から溢れ出す――心のダム――あれは、こうゆう時の為にある言葉なんやなぁ。深い言葉だったんやなぁ~。
「確かにムナゲやモノモチが、武装して近づいたら
そこで、ヤカミが予想通りのアンポンタン。クロは、
「エベっさ~ん」
「
「痛い痛いッ! お、夫の前で辱しめるつもり? ね、
と、瞳を潤ませヤカミ。吐息をひとつ、
「それ以上は、あたしのエベっさんが
ウカノは、ヤカミの髪を
「こ、怖い怖い。ご、ごめんなさいウカノさん。だ、黙るからぁ、黙るから許してぇ」
髪を鷲掴みされたヤカミは、早々に
「ウカノさんや総副官殿はそう言うが、他に方策が無いのが現状だ」
アナムチはアンポンタンにごもっとも。剣をウカノに預けておいて
「そうだよぉ。対案出してくれよ批判するならさぁ~」
ハラシコの丸投げな言葉に忍耐の糸が一本キレる。
――それ考えるのおまえらの仕事ですからッ!
心のダムは決壊寸前。
「だって、ヤソ隊の第8小隊って言えばイズモのヒーローじゃん。スサさまっぽく振る舞わないと示しがつかんでしょ?」
得物の鉾を肩に担う、如何にも好戦的な眼差しの男の名をヤチホコ。クロは忍耐の糸がまた一本。プツンと音を立てキレるのを感ずる。
「今回はワニの性能も飛躍的に向上させています。行かせてください総副官殿」
そう言うのは、如何にもなインドア派な雰囲気を
「罠があれば噛み砕く。ここに居るのはイズモの
イワノと言う如何にも勝ち気そうな女の言葉に被せるように、
「波風立てなきゃ
クロは口を開く。即席麺の煮卵を愛おしげに頬張るニタマは懐から取り出した財布の札の絵姿とクロを見比べギョっとする。
「なあ、おまえ――親に会えなくなった子供は、どんな気持ちで帰りを待って居ると思う?」
アナムチ、ヤカミのふたりに鋭い
「「ウチのミイは、万が一」」
「質問を摩り替えんなよ――まぁ、いいや。教えてやる。呪うんだよ。大好きだった者たちのことを呪うんだ。怨嗟を吐いて待ち続けるのさ。最低だと自分のことを蔑みながらな」
クロは
「イズモヤヱガキ長官代行として厳命する。身の丈に合わないストレッチアクションの行使を禁ずる」
「それにおまえらは勘違いしている。あいつは準備もなしに、ことにあたるようなことはしない。トライアンドエラーは
「装備を整えるのも、戦力を整えることも重要さ――ただし最重要は争いを避けること。おまえらが生まれる前はそうしてたんだろ。ウカノ。違いますか?」
答え合わせをするように尋ねるクロにウカノはコクり。
「総副官殿――ウカノさんは」
アナムチが噛みつくように言いかけるが、ヤカミとニタマが慌てて止める。ヤカミはクロの素性を知っており、ニタマはウケイ
「これを見なよアナムチッ!」
「なんだ? 記念ウケイ
ここでヤカミは、アナムチの頭に強めのチョップ。
「あんたッ!」
「お、俺たちのウカノさんを…うん?」
記念ウケイ札に描かれていたのは、アシワラノナカツクニ長官殿。その絵姿とクロの姿は酷似する。
「えっ、マジ?」
「「マジ!」」
ヤカミ、ニタマはコクコク頷き首肯する。
「す、スライディング土下座しとく?」
届いた言葉に、
「そんなもん要らねえ。撤収して体勢立て直すぞムナゲ」
クロは苛立ちを鼻息に捨てて下知。
「ヤカミ。先日の四畳半みたいな移動手段があればお願いします」
そして、懇願。が、
「伯父御さま。ウカノのニゲジョーズで戻りましょう」
それはウカノに阻まれる。
「えっ、スライディング土下座要るよね?」
アナムチは困惑。
「要らねえからッ! 誰ぞある!
クロは再度、懇願のマジ泣き。
「ウカノ。ニゲジョーズ。行きまぁ~すッ!」
ニゲジョーズは急上昇の急発進。その顔は少しばかり軽やかだ。クロが、ウカノにはまだ出来ない大人をしてくれたからだ。
「様式美はいいから、安全対策してくださいお願いします」
クロはウカノの腰にギュッとしがみつき、諦観を涙に捨て去った。その顔は死にそうな程に沈んでいる。これから、小一時間も命がけの地獄が待っているのだから当然か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます