ヲタサー王の初陣 ~IZANAMI~

 小料理屋ウカノの離れを宿として提供してもらえ、クロは内心ホッとしていた。

 ツクヨから渡されたヤソ隊の名簿に手を当てると、委任状とおなじく頭に情報が染みてくる。

 エベっさんは、母屋のウカノの元に強制連行――おかげで、相談相手は空席だ。

 第1から第4小隊は後方支援部隊。第5はヤヱガキと呼ばれる城塞しろの守備と管理。第6から第7が開発部隊兼人材教育にあたっていて、第8小隊は遊撃部隊らしい。

 小隊長は第6世代の若手が担い、副官は前世代の隊長が就く慣わしのようだ。

 中でも気になる副官がいた。ムナジ――ヤカミ隊の副官だ。前第6小隊小隊長で、その時にはアナムチを名乗っていた。理由を名簿に検索すぐぐると、

「あぁ~、隊長がアレじゃ名前で弄られるわな。なにせ――」

 ムチと音が被る。前者はご想像にお任せするとしよう。

 気になるのはそれだけではない。第8小隊だけが前小隊長だけで構成されている。ハラシコ、ヤチホコ、ミモロ、モノヌシ、ニタマ、イワノ――いずれも第2から第7までの前小隊長たちだ。現第1から7までの副官は第6小隊を除いて第6世代の若手が就いており、第6小隊の副官は、元小隊長――つまり2世代前の小隊長が担っているようだ。

 小隊長のヤカミはツクヨの直属で素性が不明なぞ――いや、

「あの時の子に似てるんだよなぁ~」

 クロはヤカミの姿に覚えがある。しかし、それは有り得ない。大海原での記憶であってナカツクニのことではない。

 それも三百年よりも更に前の出来事だ。ツクヨでさえ顕現してはいないかもしれない。

 ちょうどエベっさんと会った頃のことだ。

 透けない身体に少しだけ戸惑う。歩くのも、ロープを伝って崖を登るのも初めてだ。

 寝具も用意されていたが、布団を敷く気力もない――クロは畳の上で大の字に横たわり、服のままに眠りに就いた。


 夜更け、ペシペシと頬を叩かれる。エベっさんではないだろう――エベっさんの力で戸を開けることは出来ないから。暗がりに眼を凝らすと、

「なんて呼ばれたい?」

 居る。月明かりに照らされた自分と同い年タメくらいの一人の少女が。クロは知っている。

「じゃあ、お母さんでお願いします」

 その少女が、自分の母親であることを。

「ここはネノクニの隣国おとなりだ。あんたが出てもおかしくないか」

 以前の自分ならば、少女に姿を変えたイザナミへと罵詈雑言を浴びせて居ただろうが、

「出るってなによ? ひとをオバケみたいにさ」

「イリーガルであることに変わらないさ」

 もうクロには、ナミに対してなんのわだかまりもない。

「ウツシ――」

「その寿限無ジュゲムみてぇな名前で呼ばないでもらいたいね。音のひとつひとつに意味が圧縮アーカイブされてそうでなんか

 クロは声音に少しだけ嫌悪を滲ませ吐き捨てた。

「食う寝るトコロに、住むトコロって? 現に困ってないじゃない?」

け。俺は心の真っ黒いクロくんだ。あんたがそう呼んだんじゃねぇか? ババァ――どちらがよろしいですか?」

 嫌になる。まるで反抗期のだ。過保護に守られ、身動きさえ封じられ、それを忌々しげに呪い、心に渦巻くドス黒い感情を言葉に乗せて吐き捨てていると、少しも成長していないが重なり嫌悪する。冷たな雫が頬を撫でつける。クロは悔しくて仕方がなかった。

のママでお願いしようかな」

 ナミは嘆息すると、少しだけ哀しげに微笑わらった。

 小さな刺がチクりと心に突き刺さる。独りで成長なんか出来るわけがない。だからこれは仕方がないんだ――自分にそう言い訳する。身体からだを得ればなにかが変わる。クロはずっとそう思っていた。いや、

事実婚デキコン。それで俺になんの用なのさ?」

 身体からだがあろうと無かろうと、クロは変えてゆくのだと今この瞬間に決めてやる。クロはあふれ出る感情にセキをして、ホンの少しだけ意趣返し。

「で、じゃねぇからね?」

 少しだけ狼狽うろたえるナミに、

「どっちでもいいさ」

 クロは、苦笑に苦情をき先を促す。

「国を造って欲しいのよクロ」

「このチグハグ文明はお気に召さない。と?」

 国ならばある。きっとここの周りでは、チグハグに文明を得た人どもが国を造っているに違いない。

「そうじゃない。カクリヨを造って欲しいの」

「そのカクリヨってのを知らないんだが?」

 クロの苦言にナミはポンと手を叩き、プロジェクターなホワイトボードを顕現させ、

「言葉の通りに隔離した世界――溢れ出るチグハグを隠す国。マガツなアヤカシを隠す国――カクリヨ・タイプ・イズモカタスはスサが対応中。あなたにはカクリヨ・タイプ・アダシトコシヨにあたって欲しいの」

 ナミはザックリ雑に置き、さらりとメンドーを押しつける。

「アダシって厄介ごとにしか聞こえない響きなんですけどー」

「あ~、大丈夫ダイジョブダイジョブ――ヤソ隊を率いてナカツクニでハバかせてるアヤカシにバッチくれてやって傘下に治めるだけだから。コネ先輩パイセンのバッチをチラつかせるだけのカンタンなお仕事です」

「バッチて、どこの組のもんさ…」

 それに――阿夜訶志古泥アヤカシコネノカミ――とんだビッグネームだ。

「俺、あの小母オバさん苦手なんですけど~」

「じゃあと代わる? いいの? スサが腐ってケガれるよ? あんたでしょ?」

 ナミは、ここぞとばかりにまくし立てる。

「こ、こ~ゆ~時だけ『』ってズルいと思う」

真っ黒ちゅ~になクロくんにはピッタリでしょ?」

 ここぞとばかりに意趣返し。

「まぁ、い~けどよ」

 カクリヨとやらを造らなければ、早晩ナカツクニは破綻する。手に余る超文明オーバーテクノロジーとは、実は諸刃の剣に過ぎやしないのだ。

 クロはスサに大きな借りがある。それを返すためには国造りくらいはやぶさかでもない。

「あ~そうそう。スサ不在時に育ったヤソの子たちは、死にたがりの揃いだから気をつけて」

 ここでナミは不穏。

「どゆこと?」

なら~」

 ナミは雑に答え、

「理想をこじらせた原理主義者スサのファンってこと?」

「身の丈に合わない『ごっこ遊び』をするバカちんよ。お母さん次はゆるしませんからね」

 フンと苛立イラだちを鼻息に吐き捨てる。

 クロはおおよそ察した。自分で自分を護れない『』揃いなのだと。

 やることは山積みだ。チグハグな文明オーバーテクノロジー対策。カクリヨ造り。バカちんどもへの教育的指導シツケ(もとい調教)――思わずに口許くちもとゆるむ。今クロは、このメンドーゴトを愉しんでいた。

「えっ、あんたMなの?」

「どちらかと言えばぁ~」

 少し照れたように笑うクロにナミはドン引き。

「って、Mちゃうわっ! 充実ジュージツした毎日が過ごせそうでワクワクしてるだけさ」

 クロは訂正。

「あぁ~、真っ黒クロスケ中二病なだけね~。Mよりそっちチューニのがまだだわ。いずれ目覚めるもの――Mに目覚めたらめないものが」

 ナミは揶揄からかい、

「なんのことさ」

 クロはキョトン。そこで、

「それは自分で見つけ――」

 目が覚める。


 ここでクロは、

「てか、天井見るの初めてだ」

 オヤクソク。

 大海原うみでは海と空ばかり見ていた。

 なにもかにもが新鮮だ。

 だから、これを大切に思えないヤソの連中に少しばかりも苛立イラだった。

「じゃあ、から手をつけようか」

 クロは少しだけ獰猛どうもうわらう。備え付けのキッチンに立ち、フライパンに熱を通して油をひく。卵を器に割り入れ、ジッと機をうかがう。

伯父御オジゴさま――朝食の」

 ウカノとエベっさんが部屋の戸を叩くと、

「おはようウカノ、エベっさん。今、目玉焼きをこさえるから、あがって待ってて」

 クロは器にあけた三つの卵をフライパンに流し込む。

 っと美味おいしそうな音が鳴り響き、

「伯父御さま」「クロー」

「「ターンオーバーでお願いします」」

 と、ふたり。

 黄身の回りに何度も何度も熱した油を回しかけ、クロは頃合いに、

「よっ」

 フライ返しを使わずにターンオーバーをきめる高等テクニックを披露。

「お料理お上手ですね」

 と、ウカノ。

「料理に裁縫、掃除に洗濯――どうにも俺たちはが高い仕様らしいね。スサやツクヨもそうだろ? あともね…」

「そう言えば…」

「きっとの女子力が低いからだろうね。だって料理したことないからね俺」

 クロは苦笑し、

「ウカノは謎の呪縛のろいから解き放たれたんだね。ヤキソバ美味しかったもの」

 コンロの火を落とすと目玉焼きを皿にのせる。

呪縛のろいですか? そう言えばママのご飯食べたことないかも…」

「たぶん忙しいのだろうさ」

 苦笑にフォローし、卓袱台ちゃぶだいの上に皿を並べ、ウカノはパチンと指をひと鳴らし。たちまち母屋の釜と鍋を引き寄せる。

 ご飯に味噌汁、ほうれん草のおひたし、ウィンナーに目玉焼き。食後のデザートはプレーンヨーグルトとマーマレードジャム。

 少しばかり贅沢ごうせい朝食アサメシだ。そもそも朝食を摂ること自体が初めてだ。

 とかしわ手、声を揃えて、

「「「いただきます」」」

 三人はゆっくりと朝食を味わい、ゆっくり咀嚼し飲み下す。


「ウカノ。ここのことが知りたい。案内をお願いできますか?」

 気がつけば、体が独りでに食事の後片付けに動いている。これも仕様か?――と苦笑するが、別段イヤなわけではない。きっとこれも仕様だろう。

「伯父御さま。片付けなどは、あたしがしますから――あら? 今デートを申し込まれましたか、あたし?」

「申し込みましたよウカノ。それともお忙しい?」

「おぉ~伯父御さま。ウカノは年中無休で昼間はお暇です」

「それは困ったね。遊びに行きなよなんだから」

 エベっさんはジト目。

「おぉ~エベっさん。エベっさんが居れば他は要らない。エベっさんあなたはどうしてエベっさんなの?」

「それ後ほどあとで悔やむな」

 エベっさんは少しすげない。なにかあったのか?

「お風呂のことは、ごめんてエベっさん」

 あったようだ。どうやらエベっさんを風呂に入れたらしい。それはすげなくされても仕方がない。エベっさんはぬいぐるみなんだから。

「今さらだけどさ。ここの地名って?」

「イナバですよ伯父御さま。イズモヤヱガキの最果てで、ヤクモの護りが最も薄い場所――言ってみれば最前線ですね」

 話題を変えるつもりで軽く投げるが、返されたのは重たい情報だ。いったいなにと戦っているのだろうか? クロがフムと腕組みして顎を撫でると、

土地神トチガミ――トコロのヌシたちの懐柔の最前線です。叔父さまの方針に疑いは持ちませんが…」

 どうやら進捗状況シンチョクかんばしくないらしい。

 カクリヨのことが頭をよぎる。ウカノの言葉にもが引っ掛かる。

――次は赦しませんからね

 ナミの言葉が耳を揺さぶる。

 草薙剣クサナギを腰に佩き、

「ウカノッ! ヤソエイトに緊急指令! 安全圏まで緊急待避! 俺たちも懐柔予定の土地神トチガミの元に向かいます」

 吼えるように下知する。

 アナムチの名が隊長の頃から変わっている。理由はひとつだ。死んだのだ。

「ヤソエイトに達する――通称コードネームビッグボアには近づくな。繰り返すビッグボアには近づくな――ただちに安全圏まで緊急待避! 作戦コードはイノチダイジニ。繰り返す作戦コードはイノチダイジニ」

 変名の理由はナミの嫌がらせに違いない。きっと胸毛でも生い茂っているのだろう。

 ウカノは無線な神器で緊急指令を通達する。

『こちらヤソエイトヤカミ。指令を受諾――これよりイナバまで退く』

 ヤカミの声が聞こえたので、クロはウカノから神器を引っ手繰り、

「アナムチを見張っとけ。なんなら亀甲に縛っておけッ!」

『えっ、クロさま。まだ朝で――』

 クロは遮るように、

「ウツシクニタマノミコトが命ずる――イナバまで速やかに、全方位警戒しながら撤収せよ。誰一人とて欠けること断じて赦さん」

 言霊を発動させる。神の爪ツメがなくても使える術、禁厭マジナイのひとつである。クロは禁厭のオタクである。なんならサークルの盟主である。もっともメンバーはエベっさんだけだが…

『『『『仰せのままに』』』』

 まるで生気のない返答に、クロはホッと胸を撫で下ろす。言霊が発動している証左である。

「ウカノ。怒鳴ってごめんなさい。第8小隊の元まで連れて行ってくださいお願いします」

 クロがペコリと頭を下げて詫びを入れると、ウカノは首を左右にふりふり、

「伯父御さま。なおあるをなさったのだから頭を下げることはありません。ウカノは伯父御さまのサポート役です。もちろんお連れいたします」

 胸を張るよう要請する。

 独りとで生きてきたクロには、まだ他者との距離が掴めない。

「さあ、参りましょう」

 ウカノはスニーカーを履きかけているクロの手をとり表にでる。

 宙には、

「サメ」

 が、浮いている。鞍と鐙のような物が付いているが、生き物ではなさそうだ。きっと神器の一種だろう。

「ワニ・モデル・ニゲジョーズ。ウカノの愛騎です」

 ウカノはニゲジョーズに跨がっている。必然的に、

「えっと、ウカノにしがみつく感じ?」

 それとなる。姪(推定)とは言え、出会ったのは昨日の今日だ。うら若い乙女の腰にしがみつくのは、なんとも気恥ずかしくてかなわない。

「伯父御さまですよ。さあ」

 不承不承しぶしぶとクロはニゲジョーズに跨がりウカノの腰にしがみつく。

「てか、これ飛ぶヤツだよね」

「ウカノ。ニゲジョーズ。行きまぁ~すぅッ!」

 ニゲジョーズは中空に急上昇からの急発進。

「う、ウカノさぁん! 俺たちヒョロいモヤシだからぁ~ッ!」

「ぼくをクロと一緒にしないでよ失礼シツレーな」

 エベっさんは、ウカノの長い黒髪に掴まりタンデムなランデブー。クロは気が気でない。モヤシな腕が唯一の命綱だ。そして、この命綱は汗で滑るし、

「もっと低くいとこ飛んで~。さ、寒いぃ~」

 高度が上がれば上がるほど気温はもちろん低下する。

「伯父御さま。ですよ」

 と、ウカノ。にべもない。

 どうやら、デートのドタキャンにご機嫌が斜めなようだ。

「きゃーっ。もう落ちるから~」

 イナバの空にクロの悲鳴が木霊する。

 ニゲジョーズは全速力で第8小隊の元へと飛んだ。

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