第9話

 たい焼きを食べ進めてて無事完食したのだが、結局冬狼ふゆがみさんを褒めることは叶わなかった。

 あと一軒くらい寄ったら解散しようと考え、三つほどオススメのお店候補を立ててスマホを見せたのだが……。


「この中だったらどれがいい?」

「全部行くんでしょ?」

「え?」

「は?」

「ウン……行こうか」


 とのことで、全部行くことに。

 圧を感じたのもそうだが、何よりどこか楽しそうだったから断ろうにも断りずらかった。


 明日は土曜日だし、少しくらい遅くなっても俺は構わないが……彼女は大丈夫なのだろうか?

 まぁ大丈夫だろうと信じ、目的の店まで向かう。


「お肉……!」

「牛串とか販売してるキッチンカーが金曜日にここに来るんだよ」

夏狩なつかり、早く行こうよ」


 彼女はふんすと鼻息を鳴らし、尻尾(幻覚)をブンブンと振りながらキッチンカーに向かって早歩きし始めた。


「牛串、4本ください」

「俺の分も買ってくれてるのか? 俺は別で――」

「何言ってんの? 自分の分だけど」

「……そう。いっぱい食べるんだな」


 冬狼さんは結構大食いなんだなぁ。褒めポイントとして一応押さえておこう。

 隠しきれていないウキウキと涎を垂らしかける冬狼さんを横目で見ながら、串焼きが焼きあがるのを待つ。


 出来上がったらそれをもらい、壁にもたれながら食べ始めた。


「おいひい……」

「やっぱ美味いなぁ」

「んふふ♪」


 実に美味しそうに食べる冬狼さん。4本もある牛串だが、みるみる減ってゆく。

 その勢いに若干引きながら見ていると、ジトっとした目で俺を見つめてこう言ってきた。


「……あげないから」

「いらないが……」

「どうしてもって言うならあげてもいいよ」

「いや、十分お腹いっぱいだから大丈夫だ」

「むぅ……」

「えぇ……」


 なぜか不満げに頬を膨らませるが、その理由がわからん……。


 その後も色々な店を巡りながら食べてを繰り返して楽しいひと時を過ごしたのだが、未だに褒めることはできずにいた。

 そしてついに最後の店に到着する。ここはSNS映えする写真が撮れると言う理由で人気になったクレープ屋だ。


「夏狩。行こ」

「おう。……冬狼さんの胃袋どうなってんだ……」

「聞こえてんだけど」

「あ、ごめん」


 正直言って俺は腹八分である。家族に夜ご飯はいらないと伝えておいて正解だったかもしれないな。


「私は限定のキャラメルマキアートのやつ」

「俺はスムージーでいいかな。ちょっと胃が……」


 すっかり日が沈めかけて映えスポットもエモい感じになっているが、まぁいつでも来れる場所だし撮る必要はないだろう。

 そう思いながら注文したのだが、店員さんから提案をされた。


「もしよろしければ、お二人のツーショットのチェキを撮らせてもらっても良いでしょうか……?」

「ち、チェキ?」

「はい! このコルクボードに貼って宣伝する用なんです! 7回使える割引券も付いてきます!」

「えーと……」


 なぜ俺たちが選ばれるんだと思ったが、冬狼さんがいるからかと推測した。


「俺は別にいらないかな……。冬狼さんはどうする?」

「写真……」


 冬狼さんはコルクボードに貼ってあるお洒落な写真と俺を数回交互に見比べると、またいつぞやの時と同じキラキラした瞳に変化する。

 そして、


「撮る。撮ろ。撮る以外ない」

「お、おう……。じゃあ撮ろうか」


 そこまで割引券が欲しかったのだろうか……? いや、まぁ俺も冬狼さんと食べ歩きできたという思い出が手に入って良いけれども。

 商品を受け取った後、グイグイと冬狼さんに引っ張られて映えスポットであるスプレーアートがある壁まで連れていかれる。


「じゃあ撮りますよー! ……ぐへへ、美男美女カップルのチェキゲットだぜ。脳が回復するぅ……」


 なんか途中でカメラマンである店員さんの挙動がおかしくなり始めたが、無事に撮影が終わった。


「ではこちら、割引券とチェキです! またのお越しを〜!」


 スムージーも飲み終え、俺たちは店員さんから割引券と先程撮ったチェキをもらって帰路を辿り始める。

 チラリと横を見ると、冬狼さんはもらったものをジッと見つめて少し口元がほころんでいた。


「ふふっ……」

「そんなに割引券が嬉しかったならまたあそこに……って、あれ。それチェキか?」

「っ!!!」


 覗き込んだ俺に対し、冬狼さんは目に見えないスピードでチェキを後ろに隠す。


「か、勝手に見んな……!」

「いたたたたた! ごめんなさいごめんなさい!!」


 手の甲を指でつねられる。

 冬狼さんの顔が真っ赤に見えるが、指摘したらまた怒られそうだから夕陽のせいだろうと思うことにした。


 それにしても、結局褒めることはできなかったなぁ。けど、ぎこちない感じがなくなって友人といるような感覚でとても良い食べ歩きだった。


「(……楽しかったなぁ)」


 機会があれば、また冬狼さんとどこかに行きたいと思えた。

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