第2話(栞視点)
私こと
人と話すのが苦手で、いざ対面して話そうとすると緊張が勝ってぶっきらぼうになり、思ってもいないような暴言が自分の口から出てしまう。
それで私は昔っから友達がおらず、孤高の狼女子とかいう変なあだ名をつけられる始末。
顔は昔からそこそこ可愛いらしく、男から言い寄られたり告白されたり、はたまた無理やり自分のものにしようとする奴らが出てきた。まぁ運動神経がいいし、空手も習っていたから全員はっ倒したけれど……。
せめて、友達の一人は作りたい。
高校生になったら何かが変わるかもと思っていたが、現実は非情だった。何も変わらない、一人ぼっちの高校生活だ。
けれどそんなある日、私の姉が『新しい挑戦としてバイトをしてみたらどう?』と提案してきた。
私みたいな社会不適合者にバイトなんか収まるかと思っていたが、どうやら人と話すこともなく、着ぐるみ越し接客をするというものらしい。
これなら怖がれることもないし、人と接することができると思った私は早速バイトをしてみることにしたのだけれど……。
「いらっしゃいませー」
『(あ、あれって私の隣の席の人じゃん!)』
とある喫茶店で働くことになった私だが、そこには隣の席の男子が先に働いていたのだ。
確か名前は……
『(ば、バイト辞めたくなってきた……)』
幸いにも彼はこちらの中身を確認していないからおそらくバレていないはず。もしバレたら恥ずかしくて死ねる。
事前に教わった接客方法で店の前でお客さんを招いたり、ホワイトボードで子供達と会話したりした。
普段だったら怖がられてできないけど、この着ぐるみのおかげで話せられる。この時間が楽しかった。
「栞くん、そろそろ休憩室で休んでいきなさい」
『は、はい』
店長にそう言われて休憩室に向かったのだが、着ぐるみの脱ぎ方を忘れた。排熱装置が付いていてそこまで暑くはないのだが、圧迫感が少し不快だ。
突っ立っていても仕方ないと思い、椅子に腰掛ける。
一息つくのも束の間。ドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。
「あ、先輩お疲れ様です」
『(ギャーーーー!)』
件のクラスメイト、夏狩正人がやってきたのだ。
……というか、今私のことを先輩って呼んだ? やっぱりまだ気がついていないのかもしれない……。
早く何処かに行って欲しかったが、その思いをぶち壊すように私の隣に座ってきた。
「今日は疲れましたねー。先輩大丈夫でしたか? ……あー、でも着ぐるみには排熱装置もあったから大丈夫か……」
『…………っ』
「先輩? 今日はいつも以上に無口っすね。いつもならその手持ちホワイトボードに書いてるじゃないですか」
『!』
そ、そっか! ホワイトボードで意思疎通すれば声バレもない! なんとか難を乗り越えられそう……。
そう思い、急いでホワイトボードに文字を書きなぐる。
《おつかれさま》
「あれ……? なんか、先輩文字が……」
『っ……』
声の心配は必要なかった。だが、その先輩という人の文字の違いでバレる可能性が……!
「汚くなりましたか?」
《(# `꒳´ )》
「ははっ、冗談ですってば」
一応私だって女の子だ。字が汚いと言われたら普通にムカつく。……まぁ字が汚いのは知ってるけども!
ムカムカとしたが、夏狩が始めて笑った姿を見て少しどうでもよくなった。
「そういえば、今日学校で例の冬狼さんについてなんですけど……」
『…………』
「廊下の窓の外に顔だしてる生徒に『そこに居られると風こないからどいてくんない』って言ってたんですよ」
夏狩が学校のことを話し始めたのだが、そこで私の話題が出てくる。
どうせ『怖い』だとか、『高圧的』だとか言って愚痴るんだろうなと心がズキズキし始める。しかし、彼から予想外の言葉が出てきた。
「それ見て俺、やっぱ冬狼さんめちゃくちゃ優しいなって思ったんですよね〜」
『っ!?』
や、優しい? あのぶっきらぼうで態度がでかくて威圧感のある私を見て?
疑問に感じた私は、ホワイトボードに文字を書く。
《なんでそう思ったの》
「なんでって……。実は、そこの窓の上にツバメの巣があったんですよ。フンとか落とされないように彼女なりに注意したと思うんですよ」
バレてる。
実は最近学校にツバメの巣ができていたのを発見し、密かに成長を見守っていた。それであそこの窓から顔を出していたらフンが落ちてくるから、注意をしに言ったってことが、全部バレてる。
《ただじゃまだったからとからじゃない?》
動揺しながらも文字を書き進め、そう言ってみた。
「いんや、舐めないでください。冬狼さんって他にもすげー優しいんすよ。実は朝一番に教室に来て黒板消したり机揃えたり、他にも誰もやろうとしない旧校舎の花壇の手入れとかしてんですよ」
『っ!?!?』
な、な、なんで!!? 人に見られたら恥ずかしいなーと思ってこっそりやってたことが全部!
は、恥ずかしい……けど、なんだろう。胸がポカポカするような……。
「さて、そろそろいきますか」
『(ど、どうしよう。明日から学校で挙動不審になっちゃう気がする……)』
「先輩大丈夫ですか?」
《だいじょぶ》
手が震えて文字が歪になったが、夏狩はニコッと笑って先に休憩室を後にした。
その直後、スポッと着ぐるみの頭が取れる。
「あ……確か、熱がこもりすぎると強制的に外れるとかあったっけ……」
でもおかしい。
排熱装置はちゃんと動いていたはず。冷房も効いている休憩室だ。なのになんでこんなに暑く――。
ふと休憩室にある鏡に顔を向けるとそこには、まるで自分とは思えない顔が映っていた。
色白なはずの私の顔は真っ赤で耳まで染まっており、ぐるぐる目の目尻には涙がたまっていて、口角が上がっていて下がる気配がない。
「あ、あぁ……どうしよう……」
恥ずかしさで死にそうだった。
けれど、同時に――心の底から嬉しかった。私を見てくれている人がいたんだって知れた。
「夏狩、正人。……えへへ」
学校では考えられないような甘い声が、休憩室に響いた。
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