バイト先の着ぐるみ先輩に学園一可愛い狼女子を褒めちぎる話をした結果、なぜか日に日に狼女子が挙動不審になってゆく

海夏世もみじ(カエデウマ)

第1話

 ――〝狼女子〟。

 俺こと夏狩なつかり正人まさひとの隣の席にいるクラスメイトには、そんなあだ名がつけられていた。


 本名、冬狼ふゆがみしおり。青のメッシュが入っている黒髪のウルフカットに、ダイヤモンドのように綺麗な空色のつり目。容姿端麗で学園一の美少女でもある。

 だが、口を開けば罵倒し、誰かとつるむことを嫌う孤高な一匹狼のような美少女なのだ。


「ねぇ。そこに居られると風こないからどいてくんない」

「え、で、でも……」

「は? なに」

「ナンデモアリマセン……」


 廊下の窓際に立っていた生徒に声をかける冬狼さん。圧倒的威圧感により、見事に生徒を撃退することに成功した。

 冬狼さんは満足したのか、ツカツカと歩いて俺の隣……もとい自分の席に座る。隣の席だが、俺は彼女と一度も会話がしたことがない。そう、一度もだ。


「まじコエ〜!」

「漏らしそうだったぜ……」

「けどそれがいい」

「わかる。蔑まれたい」

「孤高のクール美女いいよなぁ」

「付き合いたいけど遠い存在だよね……」

「手を出したら噛みちぎられそう」


 こんな態度をしているが、逆に火をつけられた男子生徒が大多数だ。


「(……俺もわからんでもないけどな。まぁ手が届かない存在ってことははっきりわかる)」


 視線を冬狼さんから窓の外に移し、ボーっと雲を眺める。

 冬狼さんは美少女ゆえに、入学当初から告白された人数は数十を超えているらしい。無理やり手篭めにしようと狂った生徒もいたらしいが、冬狼さんに返り討ちにされたとのこと。

 可愛さと強さを持っているとは……。『天は二物を与えず』とはなんなのだろうか。


「(……しかも、普通にしな)」


 俺はクラスメイトの男子の口から出ることがなった言葉を心の中で呟いた。



###



 ――放課後。

 俺はバイト先である喫茶店へ向かった。


 〝喫茶パーン〟。俺のバイト先の名前であり、お洒落なデザートによってSNSでバズり、かなり有名な喫茶店になって毎日人が溢れている。

 しかも今日はいつも以上に人が多く、クッソ大変だった。


「フゥ……。だいぶ落ち着いてきましたね。正人くん、あとはワタシたちに任せてください。君も休憩していきなさい」

「ありがとうございます、店長」


 チョビ髭を蓄えたジェントルマンな店長にそう言われ、俺は休憩室へと向かう。中々の激務だったが、やりがいはあるし時給も高くて最高だ。

 そして何より、このバイト先で同じく働いている先輩が良い人だ。


「あ、先輩お疲れ様です」

『…………』


 休憩室に入ると、そこには先に先輩が休憩していた。

 俺が尊敬している先輩は、この喫茶店のマスコットキャラである羊のぬいぐるみを着ている人だ。


「今日は疲れましたねー。先輩大丈夫でしたか? ……あー、でも着ぐるみには排熱装置もあったから大丈夫か……」

『…………っ』

「先輩? 今日はいつも以上に無口っすね。いつもならその手持ちホワイトボードに書いてるじゃないですか」

『!』


 先輩は基本的に喋らないシャイな人だが、手持ちサイズのホワイトボードで会話をしてくれる。

 だが今日はなんか調子が良くなそうだったが、思い出したかのようにホワイトボードに文字を書き殴り始めた。


《おつかれさま》

「あれ……? なんか、先輩文字が……」

『っ……』

「汚くなりましたか?」

《(# `꒳´ )》

「ははっ、冗談ですってば」


 なんか雰囲気が変わったような気がするが、いつも通りの先輩に戻ってきたっぽいな。

 そして、俺は日課である学校での出来事を話し始めた。


「そういえば、今日学校で例の冬狼さんについてなんですけど……」

『…………』

「廊下の窓の外に顔だしてる生徒に『そこに居られると風こないからどいてくんない』って言ってたんですよ。それ見て俺――やっぱって思ったんですよね〜」

『っ!?』


 俺がそう言うと、先輩は動揺したかのように体が揺れる。


「先輩?」

《なんでもない。でも、なんでそう思ったの》

「なんでって……。実は、そこの窓の上にツバメの巣があったんですよ。フンとか落とされないように彼女なりに注意したと思うんですよ」

《ただじゃまだったからとからじゃない?》

「いんや、舐めないでください。冬狼さんって他にもすげー優しいんすよ。実は朝一番に教室に来て黒板消したり机揃えたり、他にも誰もやろうとしない旧校舎の花壇の手入れとかしてんですよ」

『っ!?!?』


 なんだか着ぐるみの頭から湯気が出ているように見えるが、排熱装置があってもやっぱ着ぐるみの中って暑いのだろうか?

 そんなことを思いつつ時計を見ると、それなりに時間が経っていた。


「さて、そろそろいきますか」

『…………』

「先輩大丈夫ですか?」

《だいじょぶ》


 今日の先輩は様子がおかしいが、まぁ大丈夫か。

 そう思いながら今日のバイトを最後までやり遂げ、明日の学校に備えるために自分の家へと帰った。



###



 正人が家に帰った数分後。

 バイト先に一人の女性がやってきていた。


「あ、あのー……。おつかれさま、です」

「すみませんお客様。今日はもう閉店……っと、ふみくんでしたか。良い就職先が見つかったようで何よりです。お祝いのコーヒーを一杯淹れますよ」

「ありがとうございます店長」


 カウンター席に座り、店長と談笑をし始める。


「もう大学生卒業して社会人ですね。仕事は大丈夫ですか?」

「は、はい。こんなシャイなわたしですけど、うまくやっていけそうなところ見つけたので……」

「それは良かった。はい、特性コーヒーです。……して、今日はなぜやってこられたのですか?」

「じ、実は後輩くんに昨日でバイト辞めるの言いそびれちゃって……。から……」


 ――そう、彼女は元々この喫茶店でアルバイトをしていた人物だ。しかも、正人の話し相手になっている着ぐるみ役の人である。


 では……今日正人が話し続けていた着ぐるみの中身は? 


 答えあわせをするかのように、奥の扉がギィと開く。


『……あの、着ぐるみが脱げなくなっちゃったんですけど』

「フム……。排熱装置を付けて安全性を考慮したのはいいものの、脱ぐ際に一手間かかるのが難点ですね」


 店長がカチャカチャと着ぐるみをいじり、中の人物が顔を出した。

 青メッシュが入る黒髪に、つり目が特徴の綺麗な瞳を持つ容姿端麗な美少女……。そう、彼女は――


「今日から着ぐるみ役のアルバイトとして働いてもらっていましが、やっていけそうですか? ――くん」


 正人が褒めちぎっていた、隣の席の狼女子である美少女であった。

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