仮想パーティー【ゴーハロ後日談】

八影 霞

After story

酒樽のような容器に、僕の分の飲み物が注がれた。

当然、アルコールではない。僕は結婚できる年齢ではあるが、飲酒できる歳にはまだ届いていない。おそらく、炭酸飲料か何かだろう。喉が渇いていたので、確かめることもなく口を付ける。


レイカの消失を受け入れたわけではなかった。彼女にも言ったように、彼女は『消えた』のではなく、『姿が見えなくなった』だけで、僕をそばで見守っていてくれているに決まっている。

きっと今も、僕の目の前に座りその綺麗な髪を弄っているに違いない。そして、僕を見てこう注意するんだ。「未成年飲酒ですよ」と。


母親は僕と話がしたい様子だったが、何か「準備がある」などと言って人を連れてどこかへ行ってしまった。特に僕から話したいことはないのだが、向こうから僕に聞きたいことは溢れるほどあるはずだ。


テーブルで一人時を過ごしていると、ある夫婦が僕に声をかけてきた。どこかで会ったことのある顔だったが、誰だったか上手く思い出せない。二人は「相席、いいかな?」と優しい面持ちで言った。断る理由もなかったので、僕はその夫婦に場所を開けた。


「聖人くん、ありがとうね」


妻とおぼしき女性が、何の前触れもなく僕に向かってそう言った。

僕の名前を知っているということは、母の知人か父の知人、あるいは僕自身の知り合いということになる。しかしながら、年上の、それも夫婦に感謝されるようなことをした記憶がまったくない。


僕は「いったい、何のことですか?」と二人の顔を凝視した。すこし見つめれば、正体が分かるかもしれないと考えたが、それでも覚えがない。


すると、夫が微笑みながら妻の方を見た。「思い出せなくて当然だよ。だって、聖人君がずっと幼いころの話だから」

妻も「それもそうね」と視線を落とした。「でもよかった。あなたが来てくれて。これでやっと安心できる」


同じような言葉をどこかで聞いた気がした。まさか、と僕は尋ねる。

「もしかして、レイカさんのご両親ですか?」

「そうよ」

「そうだよ」

言われてみれば、似ていないこともなかった。レイカの目の色は父親譲りだったようだ。少し大人びているが、母親の顔や髪の感じもレイカにそっくりだった。


「君にどうしても会いたかったんだよ」

レイカの父親が、言う。母親は少し涙ぐんでいた。

「レイカの大切な人だから」

「会って、話をしたかったんだよ。それにちゃんと挨拶してほしくてね」


そう言うとレイカの両親は、大広間の前方を指でさした。

「ちょうど始まるみたいよ」

振り返えると、何人かの仮装した大人たちが壇上に上がっていた。その中に母親の姿もあった。

「聖人君ははじめて見るんだよね。これから追悼をするんだよ」

レイカの父親が教えてくれた。

話には聞いていたが、実際に立ち会うのはこれが初めてだった。


壇上にいる大人たちは、皆、今年になって大切な人を失った人たちだった。ある人は妻を、ある人はわが子を、ある人は恋人を失くしていた。それぞれが故人に対する、思いを語り、中には絶望を表す人もいた。

母親の語った内容は、それほど感動するものではなかったが、涙を誘われた者も聞き手には居たようだ。登壇者は自分たちの言葉が終了すると、手に持っていた花束を空中に投げた。

どうやら、空に向かって愛する人への最後の贈り物であるらしい。


そして最後の一人が壇上から下りると同時に、レイカの父親が僕の肩をそっと叩いた。

「君の番だよ」

当惑する僕にレイカの母親も、背中をさする。「実は、レイカの追悼はまだ正式には行っていないのよ。するなら、私たちじゃなくて聖人くん、あなたにやってもらいたくて」

「さあ、頼むよ」

僕は二人に促され、席を立つ。壇上に足を掛けると、係の女性が僕に花束を渡してきた。

偶然ではない。家のリビングに飾ってあるのと、同じ種類の花だ。

真っ赤な、小さくて繊細な花びら。街外れの丘によく咲いている、この街の象徴ともいえる花。


僕は壇上から、大広間を見渡した。

子供の頭を撫でる死神、人のために涙を流す魔女、喪服のジャックオーランタン、獣の姿の中学生たち、礼儀正しく手を合わせるフランケン。


皆、仮装をして仮想をしているんだ。

大切な存在を、手放してしまった人々を、見送るために集まっている。

からからのはずの目から、大量の涙が零れてきた。

情けなくてなまらなかった。

自分が馬鹿らしくて堪らなかった。

ここにいる皆、全員、死者を心から想っている。

それなのに、僕は


ふと、幽霊のレイカとはじめて会ったときのことを思い出した。思い返せば、あの時彼女はどこか悲し気な顔をしていた。そしてこういった。「唯一、出てきてくれたのが、この家だけだったので」。


今思えば、あの時の彼女は、僕に家に居てほしくなかったのではないか?

きちんと行列に参加して、自分のことを弔ってもらいたかったんじゃないか?


自分が愚かに感じて仕方なかった。だが、今更どうすることもできない。


今の自分にできることをやるんだ。そうすることでしか、レイカに謝ることはできない。


僕は花束を片手に持ち、手を高く伸ばした。



「トリック・オア・ウエディング」



宙に投げた花束が、一瞬、浮いた気がした。

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