第27話
先に応接室にて待機していたホセは、リネッタの姿を見るや否や、ソファの上で観念したと言わんばかりに両手をあげて、じとっとした瞳で諦めたような微笑を浮かべた。
予想より早い時間での来訪にリネッタも面食らってはいるが、ホセが首を垂れている状態なので強気で胸を張ることにした。
リネッタがホセの向かいのソファまで辿り着くと、同時にシルビオが応接室までやってきた。
「こんなに早いとは聞いていないよ」
別件を終わらせてきたのだろうか、慌ただしく焦りを見せるシルビオがソファに沈むとやっとひと心地つけたようで深めのため息を漏らした。
「そんなに急がずとも、ボクは全然待てましたけどね」
「リネッタ一人に相手してもらうのも申し訳ないからな」
「そんな、ボクを厄介者みたいに……すんすん」
ホセはわざとらしい泣き真似をしながら、ちらりとリネッタの顔色を窺うが、厄介者ではないということを断言できず、少しだけ申し訳なさげに視線を逸らした。ホセはまたもわざとらしくガーンとショックを受けた。
「本題に入ろう。ホセがここにいるということは、売上は上々だったということだな?」
シルビオが前のめりになりつつ、口角を上げる。
リネッタも期待を抑えられず、膝の上においた手を握りしめた。
ホセは改めて、リネッタが入室してきた時と同じように困り顔になりつつも、どこか嬉しさを隠せず口角がぴくりと動いて話を続けた。
「いやもう〜…ビックリですよ。リネッタ様の目論見通り、真相究明内容をボクたちが出したことで他社と差別化できましたし、ベリック社への批判を織り交ぜたからか国民の対立心を煽ったような……なんかそういった相乗効果で過去一捌けましたね」
「聖女様の記事よりも多く売れたということで間違いないのですか」
「残念ながら過去一です。……嬉しいですよ! 嬉しいですけど! ああ〜〜もう〜やっぱリネッタ様に言うんじゃなかったなあ」
売り上げに歓喜したい気持ちと、この場にいる目的の憂鬱さでホセのテンションが行ったり来たりしている。見ていて賑やかな人だとリネッタは思いながらただ眺めた。
「真っ当でないやり口はいずれ暴かれるものだ。リネッタのおかげで変に拗れる前に明るみに出せてよかったじゃないか」
シルビオの言葉に、ホセは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「いいんですかね、次期国王がこんなまっさら正直人間で…」
リネッタに小声で陰口を言うようにホセが問うが、リネッタは当然のように
「私は良いと思っていますよ」
と答えた。
「はあ似た者同士ですか。やれやれ」
呆れ顔で肩をすくめたホセは、自分の荷物から手紙の封筒を取り出し、お互いの間に置かれているテーブルの上に置いた。
クリーム色の封筒は、ホセが持ち歩いているせいか一部折れや皺が刻まれているが、宛名も切手もない。
中身を開けていいものかとシルビオが確認するようにホセに視線を向ければ、「どうぞどうぞ」と投げやりな返事をよこした。
シルビオは既に開いている封筒を開き、まずは手前にある紙を取り出した。リネッタもしっかり確認するために、シルビオの方へ体を近づけた。
「これは、我が国の…!」
リネッタは愕然とした。シルビオがハッとして、顔を上げる。
「ホセ、これが前に言っていた提案書の写しということか」
学園の先輩にあたるロマリアの結婚式にて、シルビオはホセと二人で対話をし、その時にホセ及びレイズリー社が出した聖女とシルビオの結婚疑惑報道の裏どりについて明かされたことがあった。
その時ホセが告げたのは、提案書の写しが自社に投函されていたこと。
目の前にある封筒の中身は、その時話した証拠そのものである。
「あの時は……ボクが殿下を翻弄できて気分が良かったのになあ…」
ホセが遠い目をして懐かしんでいる。こんなときにふざけた物言いはよせ、と言わんばかりの視線をシルビオが向けるが、リネッタが小さく呟くように口を開いた。
「シルビオ、この写しの存在を知っていたのですか?」
リネッタは自国の印章に動揺しながら、青ざめた顔でシルビオに問うた。
シルビオは、そういえばと過ちに気づき、リネッタの方に向き直って勢いよく頭を下げた。
「申し訳ない…! 機会を逃して、君の国に関わる大事なことなのに黙っている形になってしまった」
彼の深く深く下がっている頭に、リネッタは逆に面食らった。
「あ、いや、あの責めているわけではなかったのでそんなに謝らなくても……」
「いや、ともすれば信頼関係に関わるものだ。これは俺の落ち度だよ」
シルビオは許しを乞うような顔ではなく、ただ真摯に非礼を詫びて自分の行動を深く反省しているようだった。真正面から謝罪を受けたリネッタには強く伝わり、それならばきちんと返事をしなくてはと一呼吸おいて言った。
「……ならば、その謝罪は今、受け入れました。なので、もう大丈夫です。今後はシルビオも、そして私も、気になることはちゃんとすぐに伝え合いましょう」
それがきっと理想的だ、とリネッタは思った。
シルビオがようやく顔を上げて、複雑そうにしながらも、「リネッタがそう言ってくれるなら」と眉を下げて微笑を浮かべた。
「あーー…おほん。話の続き、いいですか?」
ホセが気まずそうに遮ると、二人は改めてホセとテーブルの上に置いてある資料の方に向き直った。
「整理しよう。とりあえず
シルビオは提案書の写しをテーブルに並べつつ言う。
「はいそうです」
「……で、それがベアト側を持ち上げることでもらえる不正金と何か繋がりがあるのか?」
今回の主題は、聖女の話題を一面に取り上げることでもらえる不正金の出所についてである。
ホセは、封筒の中にあった提案書については「自分たちもわからない」とシルビオに言い切っていた。
「殿下、すみません。ボクはあの時嘘をつきました」
今度はホセが深く頭を下げた。
シルビオが「嘘…?」と低い声で呟く。ホセが顔を上げると、シルビオではなくリネッタを見た。リネッタはその視線の意味が分からず、眉を寄せる。
「あの時もし出所を明かしていれば、それこそリネッタ様の不利になってしまうんじゃないかと思っていたからです」
まだシルビオたちが取り出していない封筒の中身をホセがテーブルに広げた。
一つは一枚の手紙、一つはコインである。
二人はアイテムを確認する前に、ホセの言葉を待った。ホセはコインを手に取って自分の顔に近づけて二人に問うた。
「この金貨に見覚えがありますよね?」
手にあるコインは部屋の明かりに反射して眩しく輝く黄金色をしている。そして彫られている装飾は緻密で高度なものであった。
リネッタが神妙に頷いた。
「………我が国の、最高金貨です」
リネッタの国、ソレイユ王国内で、特定の条件が満たされなければ銀行にて発行されない金貨が、まさにホセの持つコインである。
そのコイン一枚には平民が1年間かけてやっと稼げるか否かの価値がある。そんなものがこの封筒に無造作に放り込まれているということは、差出人にすれば大した額ではないのかもしれない。そんなことをこの場の三人は確信していた。
「あの、つまり、その金貨が入っていた、ということは……」
「はい。この金貨だけでなく、事前情報もなくボクたちのところに提案書の一部が流出したことも踏まえれば、少なくとも差出人はソレイユ王国の人間と見て間違い無いでしょう」
「………」
リネッタは絶句した。まさか自分の国の名前がこんなところで挙がると思わなかっただからだ。
ホセが気の毒そうにリネッタに視線を向けるも、話を続けた。
「聖女を支援する動きとリネッタ様の意思が全く噛み合わなかったので、ボクとしてもリネッタ様がこの件に関与していることはハナから考えていませんでしたが、確証はありませんでしたからね。だから殿下には嘘をついて隠して、リネッタ様にはカマをかけるように打ち明けたんです。…まあその結果こうして全部話す羽目になりましたけど」
ははは、とホセは乾いた笑いを出した。
「……ホセは、あの時……リネッタを守ってくれていたのか」
シルビオがロマリアの結婚式で話していた時のことを振り返りながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
ホセが照れ隠しで頬を掻きながら、「守っていたなんて大袈裟な」と言った。
「信じたくなかったんですよ。殿下とリネッタ様は仲良しでしたから。自分が発端で仲違いさせることはしたくなかったんで」
そう言って笑うホセの顔は、学園時代によく見た人懐こい笑顔そのものだった。
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