第25話

「まず第一に、ベリック社の記事にある大きな嘘はここです」

リネッタは衣装と共にしまっていた今朝の新聞を取り出してはテーブルに広げ、該当の文章を指差す。


『子供の背後には、ソレイユ王国から条約に則り婚約者として留学中のリネッタ・マレ・ソレイユの姿があった可能性がある。実際現場で目撃した私(記者)は走り去る足音とその人影を目撃した。長い髪とドレスは高位貴族でないとありえない。』


「なぜ私の名前をこうも明確にしたのか、その理由も気になるところですが、世に出回ってしまったからには国民は私に対する疑心がつのっていることでしょう。ただ私ではないと言うだけではいけないと思ったので、まずはこれに対する反論を列挙します」

リネッタがホセの方へ視線を向ける。メモの用意はいいか、と確認を取るように彼の手元を見た。ホセはリネッタの発言を既に書きとっている様子だった。

リネッタは箱の中の昨日の衣服のスカートのみを取り出し、広げた。そして自分の腰元にあて、スカート丈の長さを見せつけた。

「ご覧のように、私は昨日膝までのスカートを着用していました。この記事の『長い髪とドレスは高位貴族でないとありえない』という言葉が指す長いドレスは、膝丈ではありえません。なぜならこのスタイルは平民発祥だからです」

夕食会の時、自分を慕う後輩女子学生たちにも、同じように衣服の話をした。このスタイルは治安悪化に特化して逃げ足を確保するためのスタイル。元々護衛者がいる貴族には無意味な丈の短さである。幸運なことにリネッタは昨日、足元が軽くなるこの格好を望んで着用していた。

「そして何より、昨日は夕食会でベアトリス様と別れた後、私はずっとシルビオと共にいました。夕食会での片付けを終え、学園探索のため宿直室にて担当教員から鍵を受け取っておりますので証言は私たちの他にもいます。そして学園から帰るまでもシルビオと騎士であるネルソンが共におりました」

「………ですが、学園から王宮に帰るまでの時間は王宮側の人間のみが証言を持つとなると、疑惑を払拭しきれない可能性がありますよ」

ホセが口を挟み、それを受けたシルビオが眉を上げて言った。

「……つまり、俺たちがリネッタに不利な記事を強引に反論するために嘘を言っている可能性がある、と」

学園から王宮まで、本当にシルビオと共にいたのか、それを証言できる第三者を王宮関係者の他に立てなければいけない、とホセは言いたい。

「いいえ、学園から王宮までの私のアリバイを国民に向けて説明する必要ありません」

リネッタはまっすぐな瞳をホセに向けた。

「どういうことですか…?」

「私たちは学園にいる間に、事件後の襲撃事件の犯人と出会っているからです」

「犯人!」

ホセは興奮して口角が上がる。

「犯人の詳細は現時点では伏せます。大事なのは、この学園内での遭遇により、学園のセキュリティ問題に発展したため既に詳細な報告が済んでいることです。敷地内に落とした凶器も、我々がいったん犯人と共に王宮に戻った後で、騎士が回収しました。この武器の回収にも学園の警備と連絡がついています」

「なるほど……ちなみにその凶器には血が付着していましたか? それは残されているんでしょうか」

「状況証拠の手がかりになるため、何も手を加えずに保管してあります」

ホセのメモをとる手は止まらない。もはや手元を見ずに書き進め、リネッタへの質問を続ける。

「ちなみに犯人は子供で間違いないですよね? その子とは何か会話をしましたか?」

リネッタは一回シルビオに目配せをした。シルビオが頷くと、リネッタはホセへの回答を口にする。

「犯人は、自分に凶器を持たせ襲撃を示唆した別の女性がいるということを教えてくれました」

「なんと! 裏で手を引く人物がいたと!」

「記事にある女性の後ろ姿の正体が、この女性なのではと私たちは考えています」

「であれば……高位貴族たちの中に聖女様を襲撃したいと考えた人がいる、というのが真相なんですかね」

不謹慎だというのも気にせずに、ホセはワクワクとした態度を隠さずに語る。口角が上がりっぱなしである。

「はいはいはい……なるほどぉ。ははは、ベリック社の詰めが甘くてよかった」

ホセはメモ帳を横に置き、そこら辺に落ちていた適当な裏紙をテーブルに置いたら再びペンを走らせた。

「襲撃の時間は未定だが、事件後の犯人と学園でリネッタ様は殿下と共に遭遇している。その日の服装は王宮に戻るまで着替えることなく丈の短いスカートだったため、ベリックの記者が目撃した女性とはそもそも時間も服装も噛み合わない。証拠に学園の警備との連絡情報があるため、証言は王宮関係者以外にも存在する」

言葉と同時に、同じ内容の文字が裏紙に綴られていく。

「犯人とされる子供の証言には、犯行を教唆した女性の存在がある。そしてそれは確実にリネッタ様ではなく別の人である。ここは『脅して別の証言をさせたんだろ』と突っ込まれたら面倒ですが、まあ気にしなくていいでしょう。いざとなったら犯人が表に出てもう一度証言すればいいわけですし。なんなら高位貴族女性全員並べて指さしてもらいますか?」

滝のように言葉を紡いで、あはははっとホセが流れるまま声だけ笑うので、マテオは少し引いてその様子を眺めた。

「ひとつ気になるのは、ベリックの記事で聖女様もリネッタ様ではないかと疑っちゃってるところなんですよね〜。これがあったからベリック社も堂々と一面に書いたんでしょうし」

「………」

リネッタもシルビオも、同じ部分に引っかかっている。

ベアトリスがリネッタの後ろ姿を見間違えることが果たしてあったのだろうか。もしくは、ベアトリスが見間違えるほどにリネッタを模した特徴があったのか。

「シルビオ、ベアトリス様には夕食会後に私と散策する話はしていたの…?」

「いや……伝えていない。彼女を聖堂に帰すために、リネッタと二人きりになる事実は隠したほうがいいかと思って」

二人きり、という単語にリネッタも少し頬を赤らめ、ホセも「おやおや〜」と囃し立てた。シルビオは淡々と事実を述べる。

「それを踏まえれば、リネッタがその場にいると勘違いしてもおかしくない。立ち去った人物の髪色がリネッタと同じだったとしたら、格好が違えどもベアトはリネッタだと認識するかもしれない」

シルビオの言葉を受けて、メモを書き終わったホセは肘掛けを利用し頬杖をついた。シルビオの言葉に納得しかねるといった表情である。

「改めてこの記事、妙ですよね」

ホセは机にある新聞に手を伸ばし、摘み上げた。

「お名前をわざわざ公表したのも、リネッタ様を陥れたい聖女様側の人間が、ベリック社に依頼して記事を書かせたと考えられますよね」

リネッタは暗く表情を曇らせ、両膝の上の拳に力を込めた。シルビオも眉間に皺を寄せ、睨みつけるようにしてその新聞を見やる。

そんな新聞の向こう側からホセが顔をチラリと覗かせて、続けて言った。


「あるいは、聖女様本人がそう仕向けたか」


部屋の空気に緊張が走った。

「そんなこと……!」

思わずシルビオが立ち上がり反論するも、断言できないのか途中で言い淀んで視線を泳がせた。

「相変わらず殿下は素直なお人ですねえ」

発端のホセはケラケラと笑って新聞をたたみ、椅子を降りてメモを片付け始めた。

「待ってください」

とリネッタが言うと、ホセの動きが止まる。

「……ホセ、無いことだとわかっているけれども、確認させてください。……今言ったことは記事にはしませんよね」

「リネッタ……」

シルビオが少し驚いてリネッタを見た。

「私が求めているのは私自身の潔白です。不確定な記事を糾弾したいだけ。憶測だけでベアトリス様の名誉を貶めるような真似は絶対にしないでください」

リネッタの発言に、ホセは呆気にとられ、しばらくしてはははと声をあげて笑った。

「ライバルの信用を落とすチャンスなのにですか?」

「ベアトリス様をくだすようなやり方はしません。それに、そんな人間は、シルビオの隣にふさわしくありませんから」

そうですよね、とリネッタはシルビオの方へ向き直った。シルビオも安堵と観心で微笑みを返す。

「あーあ、敵に塩を送るような結果になっちゃって……」

二人の視線のやり取りをぼんやり見ていたホセは、誰もが聞き逃すほどに小さな声で呟いた。

「それではボクはこれから学園の方に取材をします。凶器が王宮騎士団にて回収されている旨も記載してよろしいですね?」

「ああ、問題ない。ところでホセ」

「はいなんでしょう」

「レイズリー社がした不正な金の出どころについてだが……」

すっかり忘れられた話だと思っていた内容を引き合いに出され、ホセはビクッと肩を振るわせた。シルビオの顔を見ると、いまだに冷えた視線で真相解明を求めていることがよくわかる。

はぁ、と大きな息を吐いて、観念するように両手を上げたホセは言った。

「明日の新聞の売り上げが、聖女様についての報道を上回ったらボクの方から王宮に赴きます」

「それはいつわかる」

「早ければ明日のうちに」

「わかった。夜には確実に応対できるようにしておく。リネッタも大丈夫だろうか」

「はい、問題ありません」

シルビオとリネッタの予定も確約し、ますます肩の荷が重くなったと考えたホセが再びがっくりと姿勢を悪くした。

昨日リネッタに打ち明けるんじゃなかったと後悔するも後の祭り。



レイズリー社を後にして街へ繰り出せば、シルビオがいるため自然と民衆の視線が集まった。

リネッタへの視線もあるが、誰もが困惑する。シルビオの引き連れている女騎士のおかげで、彼女もそうなのではないか、いやでもあの髪色は…しかし姿が……と、ヒソヒソと話し声が聞こえる。

リネッタがパンツスタイルを選んだ理由の一つはこれだった。ドレスで出てしまえば、攻撃の的にしてくださいと言わんばかりであるからだ。

マテオが「人通りの少ない方から戻りましょう」と道順を示し、やっと衆目から逃れた。


しかし王宮門の前に辿り着けば、群衆があった。別ルートから入場するにも、その前に誰かが気づいてシルビオたちの方へ顔を向けてしまった。


「王子様、隣国の姫との婚約を今すぐ破棄なさってください!」


先頭にいた恰幅の良い男性が、怒りを込めて叫んだ。彼の手には、ベリック社の新聞があった。

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