第19話

ベアトリスは自分を囲っていた生徒たちを連れて、シルビオの元に合流したらしく、二人を取り囲むようにさらに大きな人の輪を形成している。

まるで、二人が生徒たちに祝福されているかのような図に、リネッタは少し胸が痛んだ。

たびたびベアトリスがシルビオの腕に触れるようにして寄り添い、後方の女子生徒が「やっぱり」「お似合いだわ〜」と憧れの視線を向けている。

「そういえば、ここからの景色が一番綺麗な時間になるんじゃないですか?」

と女子学生の一人が言うと、ベアトリスがシルビオの手を掴んで景色の見える柵の方へシルビオを連れ出そうとしている。

「そんな素敵な景色なら、是非シルビオと二人で見たいわ。ね?」

とベアトリスが言えば、周りも配慮して彼女たちに近づくことをせず、二人きりにさせた。

シルビオもここで断るわけにもいかず、彼女の提案に乗らざるを得なかった。


そんな様子を、少し離れた場所でリネッタと三人の女学生が眺めていた。

「あなたたちも、新聞を見てシルビオのお相手は聖女様に確定したんじゃないかと思ったんですね?」

「………はい、正直…」

「あの記事を私も読みましたが、明かされている情報が限られているので誤解が広まっているように思いました。実は確定ではなくて、今シルビオが私相手にするか聖女様相手にするかを検討しているところなのです」

あまり言いふらさないでくださいね、と付け加えると、女学生たちが知らない情報にワクワクした気持ちを抑えられないでいるようだった。

「私は世間の人々からすれば、なんで婚約者として居座り続けているのか、よくわからない存在になってしまっていますよね」

リネッタが考えていたのはそのことだった。

婚約者ではあるが公的な発表を結婚間近まで控えていたおかげで民衆にリネッタの存在は伝わっていない。学園の生徒であれば噂や事実としてシルビオとリネッタの関係を知ることとなっていたが、貴族と平民では情報にも大きな隔たりがあるので噂が広まることはあまりない。

平民の中でも知っている人は、トレンドに敏感な人に限られる。両親や年配の人たちの年代となると、頼れる情報源は新聞社の報せになる。

そこで「結婚間近か」と書かれれば、王家の考えとしてはと平民が思い込むのも無理はなかった。

「……でもわたくしは、リネッタ様の率先して行動できるところが素敵だと思いました。こんなお方であれば、きっと王妃としてのお役目もこなせるんじゃないかって」

先ほど「リネッタが国母になれば」とぼやいた女学生が、小さな声で、しかしリネッタにしっかり伝わるように言った。

「私もそう思います! リネッタ様は本日は聖女様と同じくゲストの立ち位置のはずなのに、たくさん働いているのを見ていました。私もリネッタ様みたいに、卒業しても後輩や先生を助ける人でありたいと思えましたわ」

別の女学生がそう言えば、もう一人もうんうんと頷く。

「……見ていてくれて、ありがとう」

リネッタはなんだか泣きそうな気持ちになってうまく笑顔を作ることができなかった。

リネッタの表情に慌てた三人の女学生は、口々に「リネッタ様、甘いもの食べましょう!」「なら気分が爽快になるシュワシュワのお飲み物を!」「わたくしフルーツを切ってきますわ!」と言って散り散りになった。

あまりの勢いに、取り残されたリネッタは思わず一人笑ってしまった。


「意外と慕われていますよねえリネッタ様は」

「えっ、ホセ…!?」

「おひさしぶりで〜す」

片手に炭酸の入った黒い飲み物を持って、もう片方の手をひらひらと振り挨拶をするのはホセ・レイズリーであった。

「お、お久しぶり……。あの、チャリティーには参加していなかったはずでは…」

「ボクもここの学生ですから、飛び入り参加したっていいでしょう。関係のない聖女様だってこちらにいらっしゃるのに」

ホセはいまだシルビオと景色を楽しんでいるベアトリスへと視線を促した。

リネッタが振り返り、切なげに二人の後ろ姿を見つめる。そんなリネッタの横顔を眼鏡越しにじっと見ていたら、リネッタがその視線に気づいて目を合わせた。

「……あなたが望んだ結果になっているんじゃないかしら」

「? どゆことです?」

とぼけたようにホセが返事をする。

「ボクなにかしましたかねえ」

「自社の報道をまさかあなたが知らないわけないでしょう。レイズリー社には恐れいりましたわ」

町娘たちの言葉、見知らぬ子供の人形劇、女学生たちの認識、それらを思い出して、リネッタはついため息を漏らしてしまう。

しかしそれでも、ホセはあまりピンときていないようで、さすがのリネッタも眉を顰めた。

「先日のロマリア様の結婚式の記事も、あなたが書いたんでしょう? 編集者の名前は非公開でしたけど、未成年で一面を飾れる権力を持つのはホセ、あなたくらいなものです」

全てはホセがやったことなのだとこちらは気づいている、と睨みをきかせる。

「やだなあリネッタ様、ボクがそんなに薄情なやつに見えていたんですか?」

だがやはりホセは軽薄にわざとらしくがっかり肩を落とすだけで、リネッタを貶める意図はないのだと口走る。

「あれだけ聖女様優位な記事が出回ればそう思われても仕方ないでしょう」

納得のいかないリネッタは思わず手に持つ空のグラスを強く握った。

「リネッタ様、誓って言いますけど、ボクはどちらかに肩入れしているわけではありませんよ」

「………?」

リネッタは意味がわからず小首を傾げる。

「ええそうです、確かに一連の記事はボクが書きました。けれどそれは売るためです。売るためにどういった文章でどう見出しをつければいいのか、それが一番うまかったのがボクだったから任せられただけです」

「……そういう話をしたいのではないのですけれど」

「いいえ、そういう話ですよ。聖女様贔屓のような内容になったのだって、それが今一番売れるからの他なりません。それに、あまり表立っては言えませんけれどアレを一面にして売ることで得することがあったから……というのが実態です」

ホセが口に人差し指をあてて、秘密ですよ、とウィンクする。

軽薄なのは変わりないが、ホセの言葉にリネッタは混乱を極めた。

「それって、不正な取引があったということ……!?」

「いえいえ不正だなんてとんでもない。事実を改竄したわけでもありませんし情報をいただいた時点で一面ものだったからちょっとお小遣いが増えただけの話ですよ」

それのどこが不正でないというのか、業界人でないリネッタには善悪の区別ができずに悶々とした。

「とにかくですね」

ホセはグラスの飲み物をくいーっと飲み干し、美味しそうにぷはーっと声に出してから続けた。

「面白い記事のためなら、ボクはリネッタ様のお力にだってなってみせますよ」

そうやって微笑むホセの顔は、先ほどまでの軽薄さがどこに行ったのか、一瞬信頼してもいいのではないかと思わせるほどに大人びていた。


「リネッタ様〜お待たせいたしました!」

「どうでしょうか、この盛り付けの仕方は!」

「ぜひ召し上がってくださいませ!」

先ほどリネッタのためにと奔走した三人が、豪華に盛り付けられた食事を持ってリネッタの元に駆けつけた。

女学生たちと入れ替わるように「それでは」と一言残したホセは、別の学生たちの輪に溶け込むようにしていなくなった。

待ってと止める間もなく、女学生たちがキラキラした瞳でリネッタに食事を振る舞うので、リネッタはその好意を受け取る方にシフト変更した。


ホセの最後の言葉が妙に心に残る。

頭の片隅に置いておこう、と決め、その後リネッタは夕食会を楽しんだ。

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