第18話

それから特に何かが起こることはなく、平穏に募金活動は終了した。

すっかり日も暮れて、街明かりの方が眩しく感じられるようになると、一同は再び活動場所に戻って片付けを始めた。先に戻っていたシルビオが「お疲れ様」とリネッタに笑いかける。


『じゃまもの』


人形劇の舌足らずなその言葉が、ふと反芻された。

「リネッタ…?」

「!」

「学園に向かうけれど忘れ物は大丈夫?」

「あ、うん、もう一度確認してくるわ」

辺りを見回してすっかり片付いた広場を確認すれば、リネッタはシルビオの方へ走った。

学園の屋上ともなると、他の場所よりも高い位置にあるため、きっと祭りで賑わう夜の王都が一望できて美しいだろうと胸躍らせる。

素敵な学園の友人たちと、何よりもシルビオと共に同じ空間で楽しめることが、リネッタの楽しみな気持ちを膨れ上がらせた。

シルビオの元に辿り着いたリネッタを、アメリアとマリーがニヤニヤと見つめている。

「リネッタ様、淑女はあまり走らないものですわよ。ねえ殿下」

「あら、でも殿下は元気な方のほうが良いのではありませんか? 昔と好みもお変わりになったのでは〜」

センシティブなところを突かれた気持ちになってリネッタが慌てて二人に口封じしようかと動き出した。

しかし

「走り回っている方がリネッタらしいからいいんじゃないか?」

と言うものだから、三者三様に動きが固まってしまった。

従者に声をかけられてシルビオが前方に向かう。

「あら、あらあらあら」

「リネッタ様、もしかしてもしかしてではありませんか?」

アメリアとマリーがずずいっとリネッタに捻り寄る。

「うーーーーんわかんないのよ!」

リネッタは図書館での出来事を言うわけにもいかず、今の反応に喜びたい気持ちと自重しなければという気持ちでせめぎ合って、弾けるように声を出した。

それでもアメリアとマリーは恋の予感に笑顔を抑えられないようで「おせおせですわよ」「淑女作戦はおしまいですわ!」と鼓舞し続ける。

そうしてじゃれあっていると、先ほど従者に呼ばれたシルビオが再びリネッタたちのところに戻ってくる。

三人でぎゅっと塊になっていたのを戻し、大人しくせねばと呼吸を落ち着かせるが、シルビオがリネッタに何か言いたげな顔で近寄る。

「どうかしましたか?」

「リネッタ、夕食会にベアトも参加するらしい」

「え」

「飛び入りになるが、アメリア嬢もマリー嬢もそれで大丈夫だろうか」

責任者である二人に意見を聞くシルビオに、アメリアとマリーも顔を見合わせてしどろもどろに「大丈夫…ですわ…」と力無く答えるしかなかった。

リネッタの脳内は、「なぜ、学園に、ベアトリス様が?」という疑問しかなかった。


学園の門までたどり着くと、そこには確かにベアトリスが、聖堂騎士を伴って待っていた。

シルビオを見かけると、パッと花やいだ笑顔になって立ち上がる。

チャリティーに参加していた学生たちがベアトリスの姿を見て似たように笑顔になっている。気まずそうに暗い表情のままなのは、リネッタ、アメリア、マリーの三人くらいなものだ。

———思わず、ベアトリス様のことを邪魔だなんて考えてしまった自分が愚かしい…。

リネッタは誰に愚痴ったわけでもないが、強く内省する。

———邪魔、かあ………。

恋しているのだと語っている目でシルビオに話しかけているベアトリス、そしてその周りでベアトリスに話しかけたそうにそわそわする生徒たちの姿を遠目にしてリネッタは思う。

———もしかして邪魔者は私の方、なのですか…?

町娘たちの疎んでいる顔。放置された婚約者役であろう人形。まるで追い出されたように位置する今の自分。

改めて、アメリアとマリー以外の王立学園の人たちは、自分とシルビオが並び立つことにどんな思いなのかとリネッタは気にし始めて、人の輪の内側に行く勇気を持てずにいた。

の、だが。

それでは今までと何ら変わりない。

脳内では嫌な言葉が渦巻くが、リネッタは振り払うようにして長い髪を揺らして進んだ。

引率してくれている先生の隣に立つと

「片付けるものや準備するものがあったらお手伝いさせてください」

と声をかける。

何かをしている方が気がまぎれるし、チャリティで予想以上の収穫があったのだから人手は多いに越したことはないだろうとの判断だった。

案の定先生は嬉しそうに、それならばとリネッタに指示を出した。

屋上に行く前に、リネッタはネルソンにも声をかけて共に片付けを手伝った。


「机はこちらに並ばせてくださいまし」

「持ち寄ってくれたものは、料理は右…ええっと皆様からしたら左の方、お飲み物は右、スイーツ系もお飲み物の近くに並べてくださいませ」

「アメリアさん、果実を切りたいんだけどまな板や包丁はあるかな」

「わかりました、職員室で聞いてみますわ」

アメリアがその場を離れるので、マリーが一人で場のセッティングを取り仕切っていた。倉庫の片付けが終わりアメリアと入れ違いで屋上に来たリネッタは、その様子を見てマリーに声をかける。

「マリー、状況はどんな感じなの?」

「リネッタ様、そんな、あちらでおやすみになっててくださいませ!」

「ううんいいの。手伝わせてくださらない?」

「ああう……では…今アメリアがまな板と包丁を探しに行っていますので、お席のセッティングの指示をお願いいたします。私は料理の方を見ますので」

マリーが簡易に描かれた座席の配置図をリネッタに渡した。

「この通りに並んでいれば良いのね。わかりました」

リネッタは早速手が空いてそうな人たちを集める。

先に軽く自己紹介をして、自分が改めて学園の先輩にあたることを周知させ、その後配置図通りに椅子や机を並べるように指示を出した。

学園の生徒たちは貴族や成績の良い商人の子供が在籍しているエリート集団だが、この王立学園においては自主的に動く人が多いように思え、リネッタはとてもやりやすさを感じていた。

リネッタの一番目の弟であり、自国ソレイユ王国の王太子であるディノも、彼らの動く様子を見て感心していたほどだ。リネッタもソレイユ王国の人間ではあるが、学生生活の全てをルナーラ王国に費やしたおかげか、心はすっかりルナーラ王国民になっていて、そんなルナーラ王国の王立学園の生徒たちに誇りをおぼえていた。

あらかた配置図通りに机椅子が並び、アメリアもまな板と包丁を持って、果物を持ってきた生徒たちと共に切り分け始め、マリーも料理の配置を微妙に変えてゆき整然とさせる。

屋上が今までの殺風景な場所から、良い香りの漂うパーティー会場になった。

「リネッタ様、ありがとうございます」

「これで予定時間通りに始められますね」

そうリネッタが笑いかければ、マリーとアメリアが改まってリネッタに礼をした。

手伝った他の生徒たちも、リネッタに感謝を述べる。

場が完成されたので、生徒と先生たちは落としても割れないグラスに各々好きな飲み物を注いで適当な場所に座った。

「よろしければシルビオ殿下、乾杯の音頭をとっていただけないでしょうか」

アメリアがシルビオに頼めば、シルビオは席を立って前に出る。ちゃっかり隣に座っているベアトリスが少しだけ名残惜しそうにしているのを、リネッタはつい隣の卓から見つめてしまう。

「数日間のチャリティー活動、ご苦労様です。このような場に俺やリネッタ、そして聖女を加えてくださりありがとうございます。生徒の皆、そして先生方のさらなる活躍を願って乾杯」

シルビオが高くグラスを掲げると、生徒たちも一斉に「乾杯!」と大きな声をあげてあとは無礼講タイムとなった。

シルビオが男子学生たちに囲まれ、ベアトリスも取り囲まれる状態になる。どちらも忙しそうだ…とリネッタが他人事のように見ていたら、「あの」と三人の女学生に囲まれていた。

「あの……在学中の頃は話しかけられなかったのですが、リネッタ様とお話がしてみたくて…」

小さな声の内気そうな女学生がおずおずと話しかけてくる。

そんなことを言われたら嬉しくてたまらなくなり、リネッタは満面の笑みで返した。

「嬉しいわ! ぜひこの機会に仲良くなりましょうよ。みなさんお名前は?」

リネッタの朗らかさに三人の女学生たちは緊張感をふっと解いて、元気に名前を名乗る。確認するようにリネッタが三人の名前を呼べば、さらに嬉しそうに詰め寄った。

「あのあのあの私たち運動祭でのリネッタ様の活躍に惚れ惚れいたしまして」

「その時私たちまだ入学したてだったのですが、女性でもあんなに動ける方がいるなんて知らなかったので!」

「男子学生を凌ぐほどの走りの速さ、猛烈に感動したのです!!」

「そ、そうだったんですね……」

運動祭は毎年学園が行なっている行事の一つ。普段は健康のためにと男女別で運動の授業があるのだが、運動祭では男女の垣根なくやってみたい競技に参加できるその名の通りお祭り騒ぎな日となる。

元々活動的なリネッタの独壇場となっており、在学中はその日に合法的にリミッターを外せる快感で無双したものだった。

(あの頃は淑女たれと思っていたけれど、運動祭で手を抜くのはまた別の話だものね)

「わたくしが運動を頑張ると、はしたないとお父様に言われてしまうので、なかなか体力向上ができませんわ…」

「リネッタ様のように機敏に動くには、何かコツがあるのでしょうか」

運動することは気持ちが良い。女性がはしゃぐことをあまりよしとしない価値観がまだ少し残っているルナーラ王国では、女子学生が言うように家庭で運動を禁止される人も多い。

王立学園の運動祭をきっかけにもっと女性が活動的になる機運を高められたら良いのにとリネッタは思う。

「そうですね……私は小さい頃から動き回るのが本当に好きで、よく泥だらけになっていました。服もドレスではなくパンツスタイルが多かったので、そういったツッコミをするのも野暮、と思われていたのかもしれません」

ソレイユ王宮の庭でカロリーナに呆れられ母親に叱られてマテオが便乗してきた日々を思い出す。

女子学生たちが口々に「意外です」「パンツスタイルなんて許されるんですか?!」「リネッタ様ってお姫様なのに!?」と素直に驚いた。

「私の今日のファッション、足が出ていてとても動きやすいでしょう。貴族令嬢の皆様のトレンドを真似て私の侍女が用意してくれたのですが、この衣装が流行っている理由を改めてご家族に説明してみたら、運動に対する偏見も紛れるかもしれませんよ」

「流行っている理由……?」

「はい。一説の話ですが、戦争難民の方々が国内に入り込むようになったおかげで、物流が活発になる一方、犯罪も増えましたよね? ネガティブな話ですが、女性が逃げる際にドレスが引っかかったり足にもつれたりして危なかったので、こうして足元を軽くしたのだと言います」

三人が「へー」と口を揃えてリネッタの足元を見た。

「平民女性たちが作り上げた機能的な面を、貴族令嬢の方々が可愛いと思って着るようになったのが始まりのようです。足が見えるのは少しセクシーにも感じるので、男性からお声がかかる確率が高まったというのも流行の背景にあるようですよ」

「私も着ようかな…」

「ええ、似合うと思います! それに、先ほども言いましたけどれ、いざという時に逃げられる機敏さや体力がなければそもそも脱出も叶いません。娘を心配してくれる父親であれば、そういったことを助言すればきっとお許しになるはずです」

「それでもダメだと言われたら……?」

「そんな時は逆に父親を叱るのです。なんてひどい人だ、時代遅れだ、何が悪いのだと立ち向かってしまえばいいのです。………少々乱暴ですかね?」

リネッタの答えに三人はぽかんとしたが、次第にまた目をキラキラとさせて「かっこいですわ〜〜」と惚けた声を出した。

「……私、リネッタ様みたいな方が国母になっていただけたらと願いますわ」

ドキンとリネッタは動揺する。

「ちょっと」

「あ、あわ、あ、あの、ごめんなさい」

言ってはいけないことを言ったのだと女学生が小突きあうが、リネッタは微笑んで答える。

「私も、皆様が誇れる人間としてシルビオの隣に立ちたいと思います」

それに対しての女学生たちの反応は、不思議そうにしていた。

一人が

「不躾ながら聞きますが、殿下のご結婚相手は、その……聖女様に決まってしまったのではありませんか?」

と、ベアトリスとシルビオのいる方へ視線を向けて尋ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る