UNKNOWN

まくつ

不明

 『恐怖』と聞いて思い浮かぶ情景はどんなものだろうか。


 暗闇にそびえ立つ洋館? 深夜の廃寺? 逢魔ヶ時のトンネル?


 十人十色の答えがあるだろう。しかし、大抵の人間が思い浮かべる恐怖の情景には共通点がある。それは『暗闇』だ。

 快晴、炎天下の洋館というのもそれはそれでアリだ。怖いか怖くないかで言えば怖い。しかし、暗闇の方が恐怖が強調されるというのは共通認識だろう。


 ではなぜ暗闇は怖いのか。理由は『分からない』という点にある。

 一寸先すら何があるのか分からない。足元に悍ましい何かがあるのかもしれないし、無いのかもしれない。情報が決定されない恐怖というのは耐え難いものだ。

 例えば、テストで自信が無かった時。赤点かもしれないと思いながら返却を待つ時間だ。出席番号が後ろの方の人はあのじわじわとにじり寄る恐怖をご理解頂けるだろう。結局、返ってきてしまえば赤点なら赤点で清々しいのだ。一つくらい赤点を取っても単位には差し支えないのだもの。

 つまりこれは、赤点そのものへの恐怖ではなく『赤点かどうかはっきりしない』という状況への恐怖だと言えよう。『分からない』事が怖いのだ。


 その点、明るければ周りは見える。だから別に怖くはないのだ。よっぽどグロテスクな物があったら別だが、10メートル先に白骨死体があってもそこまで恐怖は感じないだろう。暗闇で突然現れるから怖いだけだ。白紙で提出した答案は0点が確定している故にテスト返却時の恐怖は無く、恐ろしいのは母親にどのように怒られるかという点である。これもまた、分からない故の恐怖。


 これではっきりしただろう。

 『暗闇』そのものが恐怖なのではなく『分からない』事が恐怖なのだ。


 それなら、こうも言えよう。


 『分からない』ならばいかなる状況であろうと恐怖を感じる、と。


 本物の恐怖は、場所も時間も選ばない。




 ◇ ◆ ◇




「お、タカヒロからLINEか」


 昼飯後にスマホを弄っていたら通知が鳴った。小学校からの友人である孝宏からだ。また推しのアイドルの布教か?




――――――――――――――


 Takahiro




帰省した

肝試し行こうぜ!


          突然やな

    いいけどいつどこで?


明日の昼

場所はお楽しみ


          突然やな

        何で昼なん?


夜は怖いだろ


    肝試しに行く人間の発言

    じゃないんよ

     怖いのを楽しむ物やろ


肝っ玉の太さと試すと書

いて肝試しやろ? 

肝の太さを試せるなら昼

でもいいはずや


   肝試しって言葉をそのま

   ま解釈したのかよ

        馬鹿やろお前


まあいいやん

明日の一時にイオンな


           ういー


――――――――――――――



 スマホを閉じる。


 肝試しに誘ってくるとは珍しい。怖い系はあまり得意ではないのだが折角の大学生の夏休みだ。何か夏っぽいことをやりたいと思っていたし丁度いいだろう。肝試しなんて小学校の合宿以来だ。若干楽しみな自分がいる。


「おまじないでも予習して行こうかねぇ。レッツゴー!陰陽師みたいに悪霊退散やらドーマンセーマンって唱えればいいのか?」



 ◇ ◆ ◇



 翌日、孝宏は俺の姿を捉えるなり駆け寄ってきた。


「おっす拓也、久しぶり。大学はどうけ?」

「まあぼちぼち。そっちは?」

「でかい研究やっとるよー」

「そう言えばお前って何の研究しとるん? 確か心理学科やとか聞いてたけど」

「うーん、平たく言えば人間の感受性みたいな内容かな。詳しく語ろうと思えばいくらでも話せるけど、どうする?」

「遠慮しとくわ。お前が本気で語りだしたら徹夜ルートなんよ。昔、興味本位でお前の推しの話聞いた時覚えとる? 三時間かかったの忘れとらんからな」

「いやー、μ'sの良さは無限だからね仕方ないね」


 そんな他愛もない話をしながら歩く。孝宏について行くもののどれだけ歩けばいいのか見当もつかない。


「目的地が分からん旅って長く感じるよなー」

「分からない恐怖ってあるよな。でもご心配なく。あと五分程度で到着や」


 そう言われると途端に脚が軽くなって、気がつけば着いていた。


「てってれー。古びた洋館〜」


 眼の前にあるのは巨大な洋館。骨川スネ夫の家みたいに立派な建物を滅茶苦茶にボロくした感じ。窓は割れていて壁面はツタで覆われている。ホラー映画の舞台だと言われても驚かないレベルにホラーな建物だ。確かに夜に来るのは怖すぎる。


「THE☆肝試しって感じで好きやわ。でもこれ普通に不法侵入じゃないん?」

「問題ないんだなあこれが。実はこれ、知り合いの建物なのだ! 大学の友達にえっぐい金持ちがおってさ。お前も日々世話になってるであろう某有名企業の御曹司ねんけど、その一族の古いお屋敷なんよ。倒壊しそうで危ないから壊すらしくってさ、興味あったら中に入って金目の物を回収してほしいって言われてなー。危なすぎて関係者は誰も入りたがらんらしい。で、俺等の出番ってわけよ」

「おいマジモンの恐怖じゃねーかそれ。もっとこう、お化けが出るみたいな恐怖を期待して来たのにガチの命の危険を味わうのかよ!? 確かにスリルあるのは認めるけどさぁ」

「ご心配なく。ちゃんと怖い噂もあるぜ!」

「ご心配なくじゃないんよ。しっかりそっちも充実してんのかよ。肝試しに最適すぎて怖いわ。で、どんなやつ?」

「ふっふっふ。実はこの屋敷は戦前からあってだな。」

「ガチで歴史ある屋敷じゃねーか。まあ空襲に遭ってないここ金沢なら不思議じゃないか」

「それでだな、なんとこの屋敷では違法な人体実験が行われていたのだ!」

「本当にあった怖い話キタコレ! ガチのガチでヤバいじゃねーかよ!」

「無惨に殺された人々の怨念は妖力となり、この屋敷を自在に改造するようになったそうじゃ。気がついたら部屋が入れ変わっているなんてことも……」

「結構リアルで怖いな」

「まあね。それじゃあ早速どうぞ。マジで価値のある物を回収したら友達の家から報酬もらえるし、頑張れ」

「マジかよやる気湧いてきた! やってやるぜ!」

「これ、ヘルメットと腕時計型トランシーバー。危なくなったら呼んでな。そんじゃ、エントリィィィィ!!!!!!」

「いえぇぇい!!!」


 とまあ、そんな感じで意気揚々と中に入ったわけだ。


 が、入って五分とたたず後悔している自分がいる。


 常軌を逸したレベルで埃っぽい。2センチほどホコリやらゴミやらが積もっているし空気が淀んでいる。雨漏りで腐食した建材が嫌な匂いを放っているのだ。孝宏が持ってきた防塵マスクがなければ息もできないレベルの空間。

 さらに、普通に怖い。明るいのだがそれでも怖い。ボロボロの肖像画とかモノクロ写真にギーギー鳴る床板とか、ホラーの定番のオンパレード。


「特に何もないし、つまらんね。つーかこういう場所って野生動物が住み着いてるんよな。感染症とかもシンプルに怖いぜ」

『調子はどう?』


 トランシーバーから声がした。


「特に何もないわ。酷い荒れようやし期待外れ。割と怖いね」

『泥棒とかも入ってるやろうし金目の物はないか。ほんじゃ、もう戻って来て構わんよー。ぶっちゃけすげー危ないから長居せん方が良いわ。怖いなら良かった』

「ういー。今から戻るわ」


 俺は踵を返して歩き出す。


 が、しかし。


「なんか景色変わってね?」


 どうもさっきまで通ってきた廊下と違う。広い屋敷だから道を間違えたのか?


「こっちかな?」


 取り敢えず引き返してみるが、またもやハズレのようだ。仕方ない、再び引き返すとしようか。


「……は?」


 あり得ない。ただ後ろを向いただけなのに、十秒前と全く別の光景が広がっている。今度は慎重に来たから間違えるはずがない。さっきと同じ廊下のはずが、違う。


 ギイィィ


 後ろで床が軋む音が鳴った。咄嗟に振り返る。


「……おい」


 またもや、さっきとは違う廊下。


「なあタカヒロ。ヤバい。廊下が次々に変わっていくんだ」


 トランシーバーに縋った。しかし孝宏は笑う。


『おいおい、拓也、お前まさか俺の話でビビったのかよ。家が改造されるなんあるわけねーよ。深呼吸して落ち着いて戻って来い』

「本当なんだ! やべえって、こいつはマジだ。助けてくれ!」

『いいか、幻覚だ。ゆっくり息を吸って、吐いて』

「もういい!」


 俺は腕時計型のトランシーバーを床に叩きつけた。埃まみれの床は鈍い音を響かせる。


「クソッ、とにかく逃げるしか無え。窓から脱出すれば!」


 俺は近くの窓をめがけて駆け出す。


 だが、しかし。


「一歩ごとに周りが変わるなんて聞いて無え!」


 脚を踏み出す毎に遠ざかったり、近づいたり、左右に移動したり。挙げ句の果てには見知らぬ部屋にワープしたり。滅茶苦茶だ。


「畜生ッ! 誰でもいい、助けて……」


 心が折れた俺はそのまま埃まみれの床に崩れ込んだ。でも、その床は不気味なほど無機質で硬い。


「何だよ、これ」


 限界を迎えた俺の意識は闇に堕ちた。




 ◇ ◆ ◇




 扉を無造作に開き、孝宏は洋館に入る。入口すぐの所にドーム状の白く狭い空間があり、床には黒い細かなタイルが敷き詰められていた。そこに意識を失った拓也も倒れている。


「成功だね、加藤君」


 初老の男性が入ってきた。


「教授、お疲れ様です。いやー、良いデータが取れました。最高の論文の材料ですよ。いやはや、絶えず情報が変わると人間はここまで混乱するとは。『分からない』ってのはすごい恐怖なんですね」

「感謝するよ。君の友人のお陰で有意義なデータが取れた。この腕時計型トランシーバーで計測した心拍数なども非常に興味深いな」

「それにしても、最近の技術は凄いですね。どれだけ歩いてもその場に留まり続ける可動式タイルとはハイテクだ。これに壁面の映像の組み合わせはとんでもないですね。こいつ、完璧に現実だと信じ込んでましたよ。人類のテクノロジーもここまで来たとなると感動です」

「確かに、これを貸与してくれた工学科には感謝だな。そうだ、この寝ている彼に謝礼と慰謝料を兼ねてこの封筒を渡しておいてくれ」

「おお、結構な分厚さですね。いくら入ってるんです?」

「そいつは開けてみてのお楽しみだよ。『分からない』方が恐怖も大きいし、同時にワクワクも大きいだろう?」

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UNKNOWN まくつ @makutuMK2

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