第1話『朽草が舞い上がるまで』⑥
夢のような出来事があった後、しばらくの間ぼーっとしていた。再就職先を見つけようと考えていたところ、実家から『帰ってこないか』と提案された。どうやら親戚の事業が上手くいっているようでその手伝いをして欲しいとか。
電話口で申し訳なさそうにしていた両親だったが、私が二つ返事で了承するととても喜んでいた。とは言っても働き始めるのに時間がかかるらしい。今の会社をクビになったからいつでも行けると伝えると、驚きながらも「ありがとう」と言われた。母親と父親の言葉に心が温かくなったのは秘密だ。
その後私はのんびり引越しの準備をしている。
「あ、先輩! こっちです!」
「ゆりちゃん! 久しぶりだねぇ。元気してた?」
「元気ですよぉ! 先輩こそ、よくぞご無事で!」
「戦場から帰ってきた人間に言う言葉だよ、それ」
後輩と目が合い、大きく笑った。今日は二人でランチの約束をしていた。あの会社をクビになった後、何度も心配の連絡がゆりちゃんから来ていた。彼女のミスを被ったことによりクビになったのではないかと考えていたらしい。
確かにいくつか自ら首を突っ込んでいたが、最後は完全に濡れ衣だった。上司……ではなく、木村さんが犯してしまった大きなミスを押し付けられるようにして私は解雇されたのだ。
「そう言えば、聞きました? あのクソ上司、逮捕されたらしいですよ」
「え、そうなの? てか、ゆりちゃんがクソ上司って言うなんて……余程今の会社は居心地が良いのかな?」
「当たり前じゃないですかぁ! やっと労基に摘発されて、私たちにも未払いの残業代を払って貰えたんですよ! ざまぁって感じです!」
ニコニコしている彼女の黒髪がさらりと落ちた。そうか、この子はこんなにも強くなっていたのか。入社一年目であんなところに就職してしまって可哀想だと思っていたけれど、楽しそうなら良かった。
ほっとしていると、目的のお店が目に入った。一目散で駆け寄っていくゆりちゃんを見て、ふふっと笑ってしまう。
「あ、そうそう。なんかあの上司、頭もおかしくなったみたいですよ」
「頭?」
「えぇ。何でも、時計頭と少女が追いかけてくるって。どこまで逃げても追いかけてきて、自分の運気を刈り取っているって。一体、何の話なんでしょうね」
時計頭と少女。その言葉を聞いてめくっているメニューのページが止まった。もしかして、彼らのことだろうか。「どれにしよー」と嬉しそうに悩んでいる彼女を見つめた。
「その、時計頭の人のこと、何か話してた?」
「そうですねぇ。なんか、女みたいな話し方をしているのに声が低いとか、少女がじっと見つめているとか。ま、変なのに取り憑かれたのかもしれませんね!」
これも美味しそう、と目を輝かせている彼女の視線はすっかりメニューの中。そっか。私には見えないだけで、彼らは彼らの生活を送っているのか。見えない方がいいと言われたけれど、あの日々はきっと死ぬまで忘れることはないだろう。
ラミネートされたメニューを握りしめる。
後輩は店員さんを呼び、自分の食べたいものを伝えて私にバトンタッチした。
「私、チャーハンでお願いします!」
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