第1話『朽草が舞い上がるまで』③
「でも、二人は死神なんでしょ? なら、私を救う側じゃないんじゃない?」
「普段はそうですが、ケイが決めたんです」
「ケイさんが?」
「はい。だから、私はそれに従います」
私を、助ける。言葉にして言われると、こんなにも胡散臭く感じてしまうのか。彼女の目は黒いけど、輝きを持っていた。絶望を知らない目。あぁ、私もこんな時があったのだろう。
羨ましいと妬ましい気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合い言葉を上手く紡ぐことができない。何も言わない私を不安に思ったのか「あの」と声をかけた時にトンっとミニテーブルに皿が置かれた。
「ほら、できたわよ。冷凍庫に何ヶ月前か分からない冷凍ご飯があったから使ったわ」
「え、これって、チャーハン?」
「それ以外に何に見えるのよ。ほら、さっさと食べなさい」
ついでに置かれたスプーンはここ数ヶ月出番がなかったもの。使われた回数が少ないからなのか、ピカピカの状態。自分の顔が写っているが見えた。
「カップ麺でチャーハンを作ったわ。そこそこ美味しいと思うから」
「あ、ありがとう……」
この短時間でこれを作ったんだ。かなり手慣れているし、料理が得意だったりするのかな。目の前に置かれたご飯をじーっと見つめる。湯気が天井へ向かって上っていく。自然と自分の鼻へ匂いが来て、お腹が空いていることをもう一度実感させられた。そう思った時にはスプーンを手に持ってご飯をすくい、口の中へ。
「! お、美味しい!」
「そ。良かったわ、お口に合って」
もぐもぐと口を動かすたびに美味しさが広がり、温かい食事はしばらくぶりだったことを思い出した。美味しい、美味しいなぁ。最後に人の作ったご飯を食べたのって、いつだっけ。思い出そうとしてもモヤがかかって見えない。
ここ最近の出来事しか頭の中に入っていないのか、思い出せることは全て怒られている自分の姿だけ。あれ、しょっぱいな。ポタポタと何かをこぼしながら手は止まらなかった。
「……あんた、帰ってからいつも何してるの」
「え? うーん、スマホで動画見たり、とか」
「出た、スマホ。あの四角い物体に何の魅力があるんだか」
懸命に涙を拭っていると、はーあ、と呆れたようにため息をつき、両手を広げていた。海外ドラマの主人公が似たようなジェスチャーをしていたような。というか、わざわざ聞いておいてその反応はないだろう。少しむすっとしながら口を動かす。
「すみません、ひかりさん。ケイは励ましたいだけなんです。ちょっと、それが下手なだけで」
「え、励ます?」
「は、はぁー? そんなわけないでしょ! 世間話よ、世間話!」
「はいはい、そうですね」
ふんっと言いながら頬杖をつき、そっぽを向いてしまったケイさん。表情がないから分かりにくいのだが、話をしていると体全体で表現してくれるので分かりやすい。良くも悪くも素直で可愛らしい印象を受ける。彼のツンデレを受け流している黎ちゃんの対応は大人顔負けだ。
「先ほどの話に戻りますが、どうにかしてこの負のループを抜けるために休むことはできないでしょうか」
「無理だよ、無理無理。だって、私が辞めたら後輩が可哀想じゃん」
「後輩?」
「そうそう。ここまで健気に続けてきたのに、ぜーんぶパァになっちゃうもん。そんなこと、したくないしさせたくない。あの子が困るなら、私が不幸になった方がいいよ」
だって、誰も私を見てくれないし。なんて、言えなかった。言葉に出したら虚しさが増してしまいそうで、口から出せなかった。今まで特に目立つこともなく、誰かの役に立てることもなかった私にとっては大きな使命なのだ。
少しでも、自分の仲間が困らないようにするための、苦肉の策。そうすればきっと、地元の両親も喜んでくれるはずだから。
「まぁまぁ、立派な自己犠牲精神ね」
「へ?」
「このままいったら自分が死ぬかもしれないと言うのにも関わらず、他人のために自分の命は安いもんだと。そう言いたいんでしょう?」
「いや、別にそこまでは……」
「思ってないって? 本当に?」
グッと出かかった言葉がチャーハンと一緒に飲み込まれた。ほんのり塩気のあるご飯は食欲をそそるには十分で、今の今まで手が止まるようなことは一切なかった。でも、彼の言葉で、勢いのあった手は止まり言葉も止まってしまった。圧力を、感じた。
じっと見られている感覚と、心を無理やり開けさせるような感覚。ガチガチに閉じこもったこの殻を破れと言うのだろうか。
「私はどうでもいいわよ、あんたがどうしようが。ただ、このままだと私もあのクソ神に怒られるから終わらせたいだけ。それ以上もそれ以下もないわ」
座っていたケイさんは「ヨイショ」と立ち上がり、窓の方へと向かった。
「まぁ、悩みなさい。私はさっさとその禍々しい空気を刈り取りたいけどね」
カシャン、と何かを担ぐ音がした。固まっていた私は音のする方向へ視線を動かす。いつの間に移動したのか黎ちゃんが立っており、隣には大きな大きな鎌を持ったケイさんがいた。
そんな大きなものをどこに隠していたのか、警察に見つかったら捕まるんじゃないか、などと見当違いなことを心配しつつ、「あの」と声を出した。
「ちゃんと食べたのも見届けたし、私たちは退散するわね」
「また明日、来ますね」
「え、ちょっと!」
ヒュンッと下へ消えていくのが最後。持っていたスプーンを握ったまま、小さなベランダへと走って下を見た時には何もなかった。いつも通りの、駐輪場の屋根だけがポツンとある。夢でも、見ていたのだろうか。
「……もう寝ようかな」
明日の朝も早い。寝られる時に寝ないと、次はいつ帰ってこられるか分からないのだ。家賃を払っているのだから、家にいられる間くらい幸せな気持ちでいたいものだ。
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