7-6

「お待たせ! 遅くなってごめんね、小鈴」


 ちなみは部室棟ぶしつとうに横たわる〈イフェイオン・ヴォイド〉にあやまりつつ、機体をテニスコートに着地させた。


 それは、対・異方体クリプティッド装備の〈ヴェスパ〉一号機だ。


 二号機は昨日の戦いで大破していたので、ちなみにはこの機体しか残されていなかった。しかし、残っていたのが一号機なのは不幸中の幸いでもあった。


 この機体は、〈ニンウルタ〉のようなTGAクラス戦車級以上の敵を想定した重装じゅうそう仕様しようだ。そのため、TGAクラス軽装甲級を想定した二号機とは対照的たいしょうてきに、一号機は通常の二脚にきゃく運用うんようではありえないほどの重装備となっていた。


 右手には三十ミリライフル砲。左手にはBAW-66グレネードランチャー。背にはL10 REBAT百五十二ミリ無反動砲むはんどうほうとM197三砲身ガトリング砲が装備され、その他にも側胴部そくどうぶのロケットランチャーや発煙弾はつえんだん発射器はっしゃき、フレアディスペンサーなどが使用可能。


 頭部は精密せいみつ射撃しゃげきにも対応したサードパーティー製の複合センサーGシリーズVH10210に換装かんそうされており、今までのVH10427よりもさらに精悍せいかんな顔つきに変わっている。


 まさしく、要塞ようさいのような重装備だった。


 今までちなみが使用したどの武装構成よりも火力が高い反面、〈ヴェスパ〉の想定そうてい積載量せきさいりょう大幅おおはばにオーバーしており、通常の運用ではまともに歩くことすらできない。しかし、ちなみの操縦そうじゅうスキルがあればそのアンバランスさすらもアドバンテージに転換てんかんできる。


『ボクだちが戦うメリットはありません。いずれにせよ、ボクとシャオリンの契約はくつがえせない。それはきみもわかっているのではないですか』


 〈ザミエル〉が問いかけてきた。


「でも、私が得意なのはこれしかないから。いつも通りやるだけだよ」


『……わかりました。それでは、きみの本当の実力を見せてください』


 ちなみは最後に自分の身体に問題がないか確認する。


 髪はぼさぼさで、泣きはらした目は赤くなっていて、生乾なまがわきのシャツとスカートはしわだらけ。フットペダルをむのは素足に履いた上履きうわばで、操縦桿そうじゅうかんを握るのはそでまくりした泥まみれの両手。


 見た目は最悪だけど、それ以外は大丈夫そうだ。


 ちなみはその有様ありさまに少しだけ笑ってから、短く返答へんとうした。


「まかして」


 言い終わるやいなや、トリガーを引く。


 〈ヴェスパ〉が左手に構えたグレネードランチャーから、三発の六十六ミリ対戦車榴弾HEAT-MPが発射された。しかし、それは〈ザミエル〉の左手に接近した途端とたん、あらぬ方向に弾道だんどうが変化して砂の地面を爆砕ばくさいした。


「よし、これはダメ!」


『“ハルファス”』


 ちなみがグレネードランチャーを投棄パージする間に、〈ザミエル〉の左脚から六つのマスケット銃が射出しゃしゅつされた。武器セレクターを回転させて装備そうび変更へんこうを指示、そして機体が武器を持ち替えるのを待たずに操縦桿そうじゅうかんを倒す。敵のマスケットが空中に展開し、光を灯した。〈ヴェスパ〉が背中からガトリング砲を取り出しながら走り出す。


 マスケットが発射された。


 ジグザグに走る〈ヴェスパ〉を追って、次々と赤い熱線ねっせんが放出される。ちなみが向かったのは駐車場ちゅうしゃじょうで、熱線は乗用車を次々に粉砕ふんさいし、アスファルトを弾けさせ、轟音ごうおんと赤い炎をき散らした。


 ――まずは敵の戦闘力を見極みきわめる。


 ちなみはひらりひらりと熱線を回避かいひし、四角く巨大な建造物に逃げ込んだ。それは普段ふだん、特別授業に使用されているホールだった。その裏から相手の様子をうかがおうとして――


「うそ!?」


 〈ザミエル〉の片手剣がえ上がり、肥大化ひだいかし、超巨大な炎の剣へと変化した。赤銅色しゃくどういろの悪魔が、その剣を大きく振りかぶる。


「そんなのあり!?」


 操縦桿そうじゅうかんを倒し、ペダルをる。


 〈ヴェスパ〉がその場から離脱りだんするのと同時に、炎の剣が振り下ろされた。巨大な剣はいとも簡単に巨大なホールを叩き切ると、その建物は一瞬いっしゅんにしてばらばらにはじけ飛んだ。


 飛んできたホールの残骸ざんがいが機体の装甲を叩き、がん、ごん、とにぶい音がしている。ちなみは機体を走らせつつ、視界を飛び交う瓦礫がれきにはお構いなしにトリガーを引いた。


 〈ヴェスパ〉が左手に保持ほじしたM197機関砲きかんほう――三連装さんれんそうガトリングが火を噴く。


 赤い火線がはしり、すさまじい連射れんしゃ速度そくどで二十ミリ徹甲てっこう砲弾ほうだんをばらまいた。しかし、その全てを左手で無効化むこうかした〈ザミエル〉は、翼を広げて逃げるちなみを追いかけ始めた。


 マスケット銃が熱線ねっせんを放つ。


 ちなみは右へ左へと機体をり、それらを回避かいひしながら校舎の横を駆けた。ながだまで一階の教室が吹き飛び、地面がえぐれ、植木うえきが燃えてちりになる。渡り廊下をジャンプで飛び越え、機体を振り向かせてガトリングを発射。〈ザミエル〉はその攻撃を左手で防ぎながらすさまじい速度でちなみの方に接近してくる。


 『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』。振るわれた剣は必ず当たる。


 『幻惑手げんわくしゅダンタリオン』。あらゆる攻撃を無効化する。


 『業火燭ごうかしょくアイム』。攻撃を地獄じごくの炎で強化する。


 『武器庫ぶきこハルファス』。無限の銃火器を召喚する。


 『風司翼ふうしよくフォルカロル』。自由な飛行能力を得る。


 この中で一番厄介やっかいなのは『アイム』だ。特に、『アンドラス』との組み合わせはまずい。地獄の炎で強化された片手剣は、かすっただけでも〈ヴェスパ〉を戦闘不能にするだろう。つまり、一度振るわれてしまえば確実にこちらの負けになるということだ。


「よーし!」


 ――だったら、まずは『アイム』から破壊する!


 ちなみの操縦そうじゅうで〈ヴェスパ〉が後退し、バックステップで校舎裏こうしゃうらへと踏み込んだ。空中から飛来した〈ザミエル〉が、炎の剣を振り上げて真正面に迫る。


 即座そくざ照準しょうじゅん、トリガーを引く。


 ライフル砲が火をいた。三十ミリ徹甲弾APDSは、剣を振り上げた〈ザミエル〉ではなくその左横にあった乗用車を貫通かんつうする。瞬間しゅんかん、そのボンネットが爆発してはじけ飛び、車体が浮き上がって悪魔の方に飛んでいった。


 〈ザミエル〉が無造作むぞうさに剣をはらい、車の残骸ざんがいを叩き切る。


 ――今だ。


 剣を振り切った赤銅色しゃくどういろの悪魔へと〈ヴェスパ〉が突撃とつげきした。そのまま飛びりを繰り出すものの、〈ザミエル〉はそれを左肩でガードしている。


 それでいい。


 その左肩をり、〈ヴェスパ〉が宙をって半回転した。右手の三十ミリライフル砲が『アイム』をねらう。しかし、それを予想していた〈ザミエル〉が炎の剣を振るい、ちなみのライフル砲を一瞬にして蒸発じょうはつさせた。


『させませんよ』


「いや――」


 言いながら、ちなみは胴体どうたいかげに隠していたガトリング砲を突き出す。


「こっちが本命っ!」


 ガトリングが火をいた。


 宙を舞った状態で、〈ヴェスパ〉がガトリング砲をちまくる。大量の二十ミリ徹甲てっこう砲弾ほうだんが悪魔の右脚、『アイム』の駆動部に撃ち込まれ、その動作を停止させた。


『――!』


 一回転した〈ヴェスパ〉が着地する。


 そこへ、炎が消えて黒鉄色くろがねいろもどった片手剣が振るわれた。『アンドラス』は敵を傷つけるという『結果』を先に発生させる魔術剣まじゅつけんだ。それは〈ヴェスパ〉の胴体に食い込むと、その装甲をななめに浅くいた。


「あぶな……っ!」


 ペダルをり、操縦桿そうじゅうかんを動かす。


 〈ヴェスパ〉が三角さんかくびの要領ようりょうで壁を蹴り、渡り廊下を経由けいゆしてひらりと第二体育館の屋根上やねうえにのぼった。それを追って六つのマスケット銃が飛び、ステップを踏んだ〈ヴェスパ〉を包囲ほういする。


 一斉いっせい射撃しゃげき


 それは熱線ではなくなっていた。しかし、発射された弾丸は一発一発が致命傷ちめいしょうとなる威力を持っている。ちなみが機体をあやつってそれらを回避していくと、流れ弾で屋根や壁がはじけて次々に吹き飛んでいった。


 回避行動を取りつつ、背中からL10 REBATリーバット百五十二ミリ無反動むはんどうほうを引き抜く。主力戦車の正面装甲すら貫通かんつうできる対戦車榴弾タンデムHEATを一発だけ放つことができる必殺兵器だ。


 〈ザミエル〉が翼を広げて飛び、体育館の屋根の上に着地する。


 次に厄介やっかいなのは『幻惑手げんわくしゅダンタリオン』だ。全ての攻撃を無効化むこうかする左手。いくら無反動砲の火力が高くても、防御されてしまっては意味がない。


「でもなあ……!」


 敵に決定的なダメージを与えるためには、まず『ダンタリオン』をどうにかするしかない。しかし、『ダンタリオン』を破壊するためには、『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』の間合いの内側に入る必要がある。そして、その間合いで『アンドラス』の直撃ちょくげきを避けることは不可能だ。


 マスケットの銃撃をかわす。


 〈ザミエル〉が接近する。


 接敵せってきまでのコンマ数秒で、ちなみは思考をめぐらせる。


 このままでは良くて相打あいうち。失敗すればちなみだけが死ぬ。それをくつがえすには、どうにか『アンドラス』を避けるしかない。しかし、『アンドラス』は敵を傷つける結果を先に与える武器で、けることは不可能だ。


 ――本当に?


 ちなみの腕と脚が動く。思考と同時に機体を進ませる。


 『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』は、結果を先に与える武器だ。原因と結果の逆転。より正確に言えば、先に結果を与えて、その結果を生み出すように原因を作り出すのろいの魔術まじゅつである。


 もし、その呪いすらもだませるなら。


 斬撃ざんげきをかわすことはできない。しかし、斬撃の前に発生する『結果を与える呪い』を回避することはできないだろうか。


「……っ!」


 もう時間がない。〈ザミエル〉は目と鼻の先だ。


 呪いの発生は人智じんちを超えている。だから、普通ならこれを避けることはできない。けれど、一度だけなら。ステップのタイミング、方向、距離――何もかもを最適化する。〈ザミエル〉の意志を超え、物理現象を超え、この世界のルールすらもあざむくフェイント。


 その行動だけに集中する。


 マスケットの弾丸が左ももの一部をえぐり取る。右肩のチャフディスペンサーに弾丸が直撃ちょくげきし、赤い炎を上げて盛大せいだいに吹っ飛んでいく。


 それらを無視して、集中する。


 事象の流れをつかむ。カオスにしか見えない波のような事象の奔流ほんりゅうを感じ取る。


「――!」


 スローモーションだった世界が通常時間に復帰ふっきする。〈ザミエル〉が『アンドラス』を振るった。必中の片手剣が、至近しきん距離きょりで振り下ろされ――


 ジャンプした〈ヴェスパ〉が、


 必中のはずの『アンドラス』は、ちなみの機体にかすりもしなかった。人智じんちを超えた悪魔的な呪いを、穂高ちなみは完璧かんぺきにかわしてしまったのだ。


『まさか……!?』


 悪魔の声が、初めて驚愕きょうがくれる。


 超至近しきん距離きょり跳躍ちょうやくした〈ヴェスパ〉は、空中で無理やり身体をひねって横ロールし、無反動砲を〈ザミエル〉の左肩に向けた。常軌じょうきいっしたアクロバット。悪魔が左手をあげようとするが、もう遅い。


 発射。


 猛烈もうれつなバックブラストと共に、百五十二ミリ対戦車榴弾タンデムHEATが発射された。


 巨大な砲弾が〈ザミエル〉にヒットすると、成形炸薬せいけいさくやくが爆発し、モンロー・ノイマン効果で発生したメタルジェットがその左肩を粉々に爆砕ばくさいした。


「……ぁ」


 その一瞬、ちなみの集中力がわずかに途切とぎれた。


 避けることのできない攻撃を避けたのだから、それも当然のことだっただろう。

 しかし、それは致命的ちめいてきすきとなってしまった。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ヴェスパ(決戦仕様)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086167075059

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