7-7

「わあっ!?」


 着地に失敗し、〈ヴェスパ〉が体育館の屋根上を転がる。あわてて機体を立ち上がらせるものの、黒煙こくえんの中から左腕を失った〈ザミエル〉が現れ、ちなみが態勢たいせいを整える前に強烈きょうれつなキックを炸裂さくれつさせた。


 ――インパクト。


 ちなみが悲鳴をあげ、キックの直撃ちょくげきを受けた〈ヴェスパ〉がロケットのような勢いで吹っ飛んでいく。脳みそがさぶられ、何が起きたのかもわからないまま、機体がどこかにたたきつけられた。


 勢いは止まらず、視界がぐるぐると回転する。


 素早く状況確認。事前じぜん把握はあくしていた学校設備の位置関係と照合しょうごう。多分、ここは第一体育館の屋上だ。〈ヴェスパ〉の右腕はぐしゃぐしゃにつぶれていたが、どうやら動きはするらしい。キックを受ける前に機体を浮かせていなければ、〈ヴェスパ〉はちなみの身体ごとばらばらに粉砕ふんさいされていたことだろう。


 状況じょうきょう確認かくにんもそこそこに、機体を立ち上がらせる。


「――っ!?」


 その最初の一発をかわせたのは本当に偶然ぐうぜんだった。


 いつの間にか〈ヴェスパ〉を包囲ほういしていた六つのマスケット銃が、一斉いっせいに射撃を開始していたのだ。ちなみは夢中むちゅうで機体を操作してそれらを回避かいひする。体育館の天井が爆砕ばくさいされ、破片が周囲を乱舞らんぶし、足場が次々に脱落だつらくしていく。


 トリガーを引く。


 〈ヴェスパ〉のガトリング砲がえ、赤い火線が次々にマスケットを破壊はかいした。一基、二基、三基、四基――そこでようやく、翼を広げて突っ込んでくる〈ザミエル〉に気が付いた。


「やば」


 ――かわしきれない。


 すれ違いざま、『アンドラス』が振るわれた。甲高かんだかい音がして、咄嗟とっさに身をかがめたちなみの頭上、操縦室そうじゅうしつの右上半分がごっそりと


 斬り飛ばされた天井から、湿しめっぽい空気がなだれ込んでくる。ちらりと目を向けると、ペリスコープごと天井が切り取られ、曇天どんてんの空が直接見えるようになっていた。


 フェイントをかけつつ〈ヴェスパ〉を振り向かせる。踏み込んできた〈ザミエル〉が振るった片手剣は、〈ヴェスパ〉の左肩をあさく斬りくにとどまった。


「お返しだっ!」


 左手のガトリングを〈ザミエル〉の左脚に突っ込み、ゼロ距離きょりで射撃する。赤々あかあかとした火花がはじけ、『武器庫ハルファス』の召喚しょうかん機能きのうとちなみのガトリングが両方とも破壊された。


 〈ザミエル〉がよろける。そこに〈ヴェスパ〉がいきおいよくりを入れた。バランスをくずした赤銅色しゃくどういろの悪魔が翼を広げるものの、それを予期よきしていたちなみは側胴部そくどうぶから八十四ミリロケット弾を発射する。


 爆炎ばくえんと共に『風司翼フォルカロル』が吹き飛ばされた。〈ザミエル〉は天井に空いた穴から体育館の中へと落ち、轟音ごうおんをあげてフローリングの床に突きさる。


「はあ……、はあ……っ」


 ――息が上がっている。


 ちなみは〈ヴェスパ〉を体育館の屋根から飛び降りさせた。地面を転がって着地の衝撃しょうげきを逃がす。機体を立ち上がらせ、ねじ曲がったガトリング砲をボックスマガジンごと投棄パージしながら状況を確認する。


 残っている武器は八十四ミリ無反動砲むはんどうほうが一発だけ。他の武器は全部使い果たしてしまった。


 〈ヴェスパ〉は駐輪場ちゅうりんじょうの自転車を蹴散けちらして走り続ける。


 もう機体はボロボロだった。ちなみは素早く状態をチェックしながらマニュアルでダメージコントロールを実行する。


 油圧ホースの損傷そんしょうにより作動油さどうゆ漏出ろうしゅつ。作動油の減少げんしょうで油圧が低下中。一部の油圧回路を閉鎖へいさして漏出ろうしゅつを最小限にするも、じりじりと油圧メーターがゼロに向かっていく。もうこれはどうしようもない。


 右のカメラが破損はそんしている。トグルスイッチを倒し、予備の光学カメラに切り替え。モニターに表示されたのは画質のあらい映像だったけれど、ないよりは幾分いくぶんかマシだった。


 られたダメージで冷却系に異常が発生していた。エンジン温度を示すはりがぐらぐらと不安定に揺れている。その他、パワーパックに複数個所かしょ損傷そんしょうがあり、エンジン回転数は上がらず、出力は下がる一方だった。


 四肢ししのダメージも限界だ。右腕の破損はそんもさることながら、左脚の損傷そんしょうが一番ひどい。これでは、通常運用でもあと数分しかえられないだろう。


 一歩み出すたびにどこかがこわれる。もう今までのようにジャンプして壁を登ったり派手はでなアクロバットをすることはできない。それどころか、機体はいつ機能きのう停止ていししてもおかしくない状況だった。


「お願い、もうちょっとだけ頑張って……!」


 片手で機体を操縦そうじゅうし、片手でダメージコントロールを実行しながらちなみが懇願こんがんした。〈ヴェスパ〉は装甲もうすければ射撃能力も低いけれど、構造体こうぞうたいとしてのタフさだけには定評ていひょうがある。それこそが〈ヴェスパ〉を『世界で最も量産された二脚兵装』たらしめる信頼性しんらいせいだ。だからきっと、最後までちなみの操縦そうじゅうに応えてくれるはずだった。


 校舎の角を曲がる。


 最初に破壊されたホールの残骸ざんがいが見えたところで、背後から〈ザミエル〉の声が聞こえてきた。


『たった数百万円で買える中古の量産兵器を使って、成体の悪魔と互角に戦う操縦兵そうじゅうへい。そんな人間は、世界中探してもきみくらいのものですよ』


「そーかもね!」


 〈ヴェスパ〉が走り込みながら振り向いた。


 背後から〈ザミエル〉が追ってくる。このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。


 ちなみはトリガーを引いて最後のロケット弾を放ち、全速力で〈ヴェスパ〉を前進させた。駐車場ちゅうしゃじょうを駆けた〈ザミエル〉が片手剣を振るい、そのロケット弾をはらう。


 もう、ちなみには武器が残されていない。完全な丸腰まるごしだ。


 そのままテニスコートに駆け込み、急停止して機体をすべらせる。ほぼ同時くらいに、〈ザミエル〉がテニスコートへと飛び込んできた。


『しかし、これで終わりです』


「それはどーかな」


 軽くステップをんだ〈ヴェスパ〉が立ち位置を調整し――


「小鈴っ!」


 ちなみが外部スピーカーでさけんだ。


 瞬間しゅんかん、〈ザミエル〉の足元の影から三本の槍が突出とっしゅつした。悪魔はギリギリでバックステップし、それを回避かいひしている。


『ちなみちゃんっ!』


 ぼろぼろの〈イフェイオン・ヴォイド〉がやりを投げてよこした。ちなみは〈ヴェスパ〉の左手にそれをキャッチさせ、即座そくざに〈ザミエル〉へと突き出す。しかし、赤銅色しゃくどういろの悪魔はそれすらも回避し、片手剣でその槍をおさんだ。


無駄むだです。ボクが何年シャオリンと一緒にいたと――』


「だよね!」


 操縦桿そうじゅうかんを押す。


 〈ヴェスパ〉のぐしゃぐしゃになった右手が動き、さっきの攻撃の合間あいまに回収していたBAW-66グレネードランチャーを突き出した。それは、ちなみが最初に投棄パージして、テニスコートに放置ほうちしておいた武器だった。


『……素晴らしい』


 オレンジの二脚兵装が、悪魔の胴体どうたいにグレネードランチャーを突きつけている。兵器と巨人は、その姿勢しせいのまま停止した。頭上に広がる曇天どんてん、その雲のから太陽の光がれ出して、スポットライトのようにちなみと悪魔を照らし出す。


 悪魔ザミエルが感嘆かんたんのため息をらした。そして、うっとりとした口調くちょうで告げる。


『フライシュッツ。やはりきみは破壊のカリスマ、究極きゅうきょく戦闘兵器せんとうへいきだ』


 そうかもしれない。


 悪魔にとって価値があるのは、『穂高ちなみ』ではなく『フライシュッツ』だ。この戦闘せんとう技能ぎのうは女子高生であるちなみのものではなく、兵士であるフライシュッツがかさねたものだから、それも当然のことだろう。


 けれど、今ここに立ち、悪魔と戦い、小鈴と一緒にいたいと願っているのは、まぎれもなく『穂高ちなみ』だ。たった二年間しか記憶を持たない、作り物の人格だったとしても、その意志だけは絶対にちなみ自身のものだった。


「それでも、私は……」


 そこでふと、冗談じょうだんで小鈴につけられたあだ名を思い出した。最初は可愛くないと思ったけれど、こうして考えてみると案外あんがい悪くないかもしれない。


 だから、ちなみは得意げに笑ってこう言ってやった。


「私の名前は穂高ちなみ――『JK』だ!」


 トリガーを引く。


 六十六ミリグレネードが連射される。


 轟音ごうおんと共に紅蓮ぐれんの炎がはじけ、〈ザミエル〉の躯体くたいみじんに吹き飛んだ。



   *****



 ちなみと小鈴が、公園のベンチに並んで腰かけている。


 〈ザミエル〉を破壊した後、すぐに〈ヴェスパ〉も機能きのう停止ていしして動かなくなった。そして、機体を降りたちなみが小鈴と合流したとき、シャルーアが『早く身をかくした方がいい』と伝えにきてくれた。


 ちなみが悪魔を『半殺はんごろし』にして弱体化させたことで、悪魔が行使こうしした大規模だいきぼ魔術まじゅつの効果が切れ始めたらしい。半日もすれば人々が街に戻ってきてしまうそうで、どこからかいてきたXEDAゼダのエージェントたちが事態の収拾しゅうしゅうのために動き始めている。


 だから、二人は学校を後にし、そこそこはなれた公園で一旦休憩きゅうけいしていたのである。


 ちなみは相変あいかわらずシャツにスカート、その下は素脚すあし上履うわばきという状態のままだった。ブレザーやソックスはどこかにててきてしまったので、それらはもうあきらめるしかないだろう。


 対して小鈴は普通にブレザー制服を着ている。ひざの上には黒いボール――悪魔が乗っているものの、現在は意識いしき再構築さいこうちく中らしく、話しかけても何も反応しなかった。


「シャルーアの言ってた通りだよ」


 小鈴が言った。


「今は小鈴と悪魔の人格が分かれてて、悪魔が弱体化じゃくたいかしたから身体の主導権しゅどうけんは小鈴側にあるけど、それがいつまで続くかはわかんない。急に小鈴がいなくなるかもだし、見た目は小鈴のまま中身だけ悪魔になっちゃったりするかも」


「そーなの?」


「うん」


 随分ずいぶんと雲は晴れて、空はかなり明るくなっている。いつの間にか時刻じこくは十二時を回っていた。とはいえ人々はどこかに行ったままで、公園はちなみと小鈴の二人っきりだった。


「あのね」


 空を見上げながら小鈴が言った。


「小鈴はね、ちなみちゃんにだったら殺されてもいいよ。小鈴と悪魔の契約けいやくは絶対にくつがえせないから、いつかおかしくなっちゃう日が来ると思う。だから、そうなったら迷わず小鈴を殺してほしいんだよ」


「え、やだ」


「やじゃない」


「やだ」


「だめ」


「やだあ~っ!」


 そう言いながら、ちなみが小鈴に抱きつこうとする。


「暑苦しい、うっとおしい! くっつかないでよ!」


 顔をしかめた小鈴がちなみを押しのける。それでもあきらめずに小鈴にくっつこうとしたちなみのお腹から、『ぐう』と大きな音が聞こえてきた。


 一時停止した二人が顔を見合わせる。


 そしてちなみは赤面し、小鈴はにやにやと笑い出した。


「え、今のなに? もしかしてお腹すいちゃったのかな? ねえ、ちなみちゃん?」


 お腹をぎゅっと押さえたちなみが、赤い顔のまま抗議こうぎする。


「しょ、しょーがないじゃんっ。だってもうお昼だよ!?」


「ちーちゃんは腹ペコでかわいいねえ。お腹すいちゃったねえ」


「ちーちゃんって呼ばないで!」


 顔を真っ赤にしたちなみをひとしきりからかったあとで、小鈴が「でも、ほんとにお腹空いたね」と言い出した。


「ハンバーグとか食べに行く? 好きなんでしょ」


「うん、好き! 行きたい! ……あ、待って」


 ちなみは自分の身体をひとしきりながめて、れ笑いながら続けた。


「やっぱ先お風呂ふろ入りたいかも」


「そうだね。じゃあ一旦いったん小鈴のうちくる?」


「行く行く!」


 目をかがやかせたちなみがベンチから立ち上がり、意気揚々いきようようと歩き出した。その姿はおバカで明るい女子高生でしかなく、とても世界最強の二脚操縦兵とは思えない。


『ちなみちゃんにだったら殺されてもいいよ』


 その言葉にうそはなかった。小鈴もちなみも、おたがいこのままではいられないだろう。ちなみはその戦闘能力を開花させてしまったし、小鈴はいつ成体の悪魔になるかわからない身体になってしまった。


 そして、悪魔になった小鈴を殺せる人間は、世界中探してもそうはいない。だったらやはり、その役目は穂高ちなみであってほしかった。


 立ち上がった小鈴は、ちなみの後ろ姿に微笑ほほえみかけて小さくつぶやいた。


「だから――それまでずっと一緒にいてね、ちなみちゃん」




〈第一部『自分探しJK』 終わり〉

・ノート:https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086295863053

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