7-5

 人のいない住宅街を、色褪いろあせた緑色の巨人が爆走ばくそうする。


 〈イフェイオン・ヴォイド〉。


 小鈴はその躯体くたいを操り、急停止して旋回せんかい路面ろめんを滑りながら右腕の武器をかかげた。ヴォイド・エクスキューターと名付けたその武器は、やり射出しゃしゅつ装置そうちとシールドをねた複合ふくごう装備そうびである。


「ちなみちゃん、遅すぎっ!」


 うらぶしさけびつつ、エクスキューターのトリガーを引く。すると、装填そうてんされた四本の槍が次々に発射され、発射されたそばから無限に再装填さいそうてんされていった。無数むすうの黒い槍が、住宅街を一直線にかっとんでいく。


『ここまでえるとは、正直思ってもみませんでした』


 そう言った〈ザミエル〉が左手をかかげ、『幻惑手げんわくしゅダンタリオン』で全ての槍の軌道きどうらす。四方八方に散らされた黒い槍は、すさまじい速度でアスファルトや住宅にさり、あたり構わず破壊の嵐を巻き起こした。


見事みごと躯体くたい運用うんようですね。“ヴォイド”というのもシャオリンらしいネーミングです』


 〈ザミエル〉は左手で小鈴の攻撃を防ぎつつ、低空ていくう飛行ひこうで接近してくる。


 自我じが境界きょうかいを引き直しても、深いところで小鈴と悪魔はつながっている。〈ザミエル〉は五つのパーツから無尽蔵むじんぞう魔力まりょくを引き出すことができるので、小鈴もその魔力を勝手にうばい取って無尽蔵に槍を生成していた。


 本来の〈イフェイオン〉であれば、こんな芸当げいとうは不可能だった。


 槍を一本取り出すのにも、小鈴の生命力を消費しょうひする。だから、今までは護身用ごしんように一本使うだけで戦闘はちなみに任せっきりだったのだ。


 また、『ヴォイド』とは『がらんどう』という意味である。


 元々の〈イフェイオン〉は悪魔が主体となって構成されていたが、〈イフェイオン・ヴォイド〉はそうではない。そこにいるべき悪魔がおらず、模造品もぞうひんで代用していることを指して『ヴォイド』と名付けていた。


「かっこいいでしょ、この名前っ!」


 〈イフェイオン〉が地面に手をついて、〈ザミエル〉の真下ましたから大量の槍を出現させる。悪魔は空中へとのがれてそれを回避かいひし、『業火燭ごうかしょくアイム』を起動。片手剣を炎の剣へとパワーアップさせると、向かってくる大量の槍を地面ごと爆砕ばくさいした。


「うわ!?」


 くだけ散ったアスファルトが、爆音ばくおんと共にあたり一面にき散らされる。〈イフェイオン〉は屋根伝いにんで〈ザミエル〉からはなれ、エクスキューターを連射れんしゃした。


 〈ザミエル〉が連射される槍を左手ではじばしながら『武器庫ぶきこハルファス』を展開。空中に浮かんだ六つのマスケットが光をともす。


「ひぃ~っ!?」


 悲鳴をあげた小鈴がその場で躯体くたいかがませ、足元の屋根から大量の槍を出現させた。槍が無数むすうに重なり、〈イフェイオン〉を守る分厚ぶあつい盾になる。


 同時に全てのマスケットが熱線ねっせんを発射し、莫大ばくだいなエネルギーの奔流ほんりゅうが槍でできた盾を一瞬いっしゅんにして焼きくした。


「ぐううぅ……っ!」


 逃げ出したいのをこらえて槍を発生させ続ける。


 無数の槍にらされた熱線ねっせんくるい、周囲の住宅を次々に爆砕ばくさいしていく。壁が、屋根が、窓ガラスがぼろくずのように吹き飛ばされ、棚やソファ、テレビやベッドといった家具が乱舞らんぶする。


 小鈴は本来、怠惰たいだ臆病おくびょうな人間だ。


 さっきは、子供みたいにわんわん泣くちなみを前にして調子に乗ってしまい、思わず格好かっこうつけた台詞せりふを言ってしまった。けれど、その十秒後にはなぜそんなことを言ってしまったのだろうと深く後悔していたのである。


 冗談じょうだんきで、成体となった悪魔など人間の手に負える存在ではない。それこそ、〈ニンウルタ〉のような神像しんぞう躯体くたいか、大天使クラスの力がなければびることすら難しいだろう。


 約束は果たせないかもしれない。


 小鈴は今も弱気だった。背筋せすじを冷や汗がだらだらと流れ落ち、両脚りょうあしは今にもふるえ出しそうだ。大人しく悪魔に取り込まれてしまえばどんなに楽かとずっと考えている。死んでもいいとは思っていても、辛いのは嫌だし、痛いのはごめんだし、戦うのは怖いままだ。


 けれど。


 ちなみの心が折れていくさまは、それ以上に見ていられなかった。


 アゼリ神父との戦いで、彼女は小鈴を命懸いのちがけで助けてくれた。命をけてでも一緒にいたいと思ってくれたのだろう。だから、ちなみをあのまま放っておけるわけがなかった。それこそが自我じが境界きょうかい再定義さいていぎできた原動力。小鈴がここに立つ唯一ゆいいつ絶対ぜったい存在そんざい意義いぎだ。


 そういうわけで、小鈴はなけなしの勇気をしぼり、今もギリギリのがけっぷちで、悪魔の攻撃にえているのである。


 〈ザミエル〉が翼を広げ、急降下してくる。


 小鈴はバックステップをみ、絶妙ぜつみょうなタイミングで地面から複数の槍を突出とっしゅつさせた。悪魔が炎の剣を振るい、槍でできた防壁ぼうへきを一撃で焼き尽くす。


 〈ザミエル〉がり出したパンチをエクスキューターで防ぐものの、〈イフェイオン〉は後ろに弾き飛ばされ、大きくバランスをくずしてしまった。悪魔の背後で六つのマスケットが光を灯す。防壁ぼうへき生成せいせい……ダメだ、間に合わない――!


緊急きんきゅう防御ぼうぎょっ!」


 小鈴がさけんだ。


 瞬間しゅんかん、エクスキューターに装填そうてんされた槍が十字に展開し、それが円を描くように増殖ぞうしょくして巨大なラウンドシールドへと変化した。


 マスケットの一斉いっせい射撃しゃげき


 ラウンドシールドに六本の熱線ねっせんが集中する。それを防げたのは一瞬だった。莫大ばくだいなエネルギーがシールドの上で弾けて、エクスキューターはすぐに大爆発を起こした。


「わあああっ!?」


 その衝撃波しょうげきはで〈イフェイオン〉がいきおいよく吹っ飛ばされる。視界がぐるぐると回転し、落ちているのか飛んでいるのかもわからない。バキバキと乾いた音がして、躯体くたいがいくつかの木々を勢いのままになぎ倒したことが辛うじてわかった。


 何度か地面をバウンドし、ようやく躯体が止まってくれた。パニックになりそうな頭を振って、できるだけ素早く立ち上がる。そこはテニスコートのようだった。小鈴は敷地しきちを囲う木々をけ、ちなみが通う高校校舎へと飛ばされたらしい。


 空中から〈ザミエル〉が降下こうかしてくる。


 ――まだだ。まだえないと。


 足元に影が落ち、長槍ちょうそう短槍たんそうが出現する。それをつかんだ〈イフェイオン〉は、二本の槍をくるくると回して油断ゆだんなく構えた。


 昨日、アゼリ神父に躯体くたい制御せいぎょを乗っ取られたことで戦い方を思い出した。まともに戦ったことなんてないはずなのに、どういうわけか二本の槍が手に馴染なじむ。


 多分、悪魔が小鈴の記憶をいじって、その影響えいきょうで戦い方を忘れていたんだろう。そのことに気付いてはいたものの、別段べつだん追求ついきゅうするつもりはなかった。悪魔がそうしたのなら、それは必要なことだったに違いない。


「ふう――」


 深く息をき出す。


 ゆっくりと地面に降り立った〈ザミエル〉が、つばさただんで炎の剣を構える。


「……よし、来るならこい!」


 言った途端とたん、〈ザミエル〉がするどみ込んできた。炎の剣、『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』が振るわれる。この剣は必中で、どうあってもけることはできない。なら、むしろ――


 短槍たんそうを叩きつける。


 小鈴が繰り出した槍は、赤熱せきねつした片手剣にあっさりと両断された。すぐに長槍ちょうそうを突き出し、〈ザミエル〉にガードさせる。その間に左手に短槍たんそうを再出現させた。そして右手の長槍が両断りょうだんされるのに合わせ、左手の短槍をもう一度り出す。


 〈イフェイオン〉は次から次へと新しい槍を出現させ、二本の槍をぐるぐると振り回しながら〈ザミエル〉と切り結んだ。


 小鈴には、ちなみのような圧倒的あっとうてき戦闘せんとう技能ぎのうはない。


 これはただの意地いじだ。負けることなんて最初からわかりきっている。けれど、ここまで頑張って耐えたんだから、一秒でも長く耐えなければもったいない。


『さすがはシャオリンです。ここまでよく頑張りましたね』


 そう言った〈ザミエル〉が刃を振るい、〈イフェイオン〉の左腕がり飛ばされた。


「まだ――!」


 バックステップを踏み、右の長槍ちょうそうを突き出すものの、その長槍も両断される。槍の再出力は間に合わない。咄嗟とっさに右脚をあげてキックをり出すが、〈ザミエル〉はそれを軽々と受け止め、炎の剣でそのあしを斬り落とした。


「もう、ちょっと……っ!」


 〈イフェイオン〉が右拳をにぎり、倒れ込むようにパンチを繰り出す。しかし、その前に〈ザミエル〉が右足を繰り出し、小鈴を勢いよく蹴飛けとばした。


「~~っ!?」


 悲鳴をあげながら〈イフェイオン〉が吹っ飛んだ。躯体くたいはテニスコートの部室棟ぶしつとうに叩きつけられ、その壁を半壊はんかいさせながら倒れ込む。


「うぁ……ぅ……」


 しゃべろうとしたものの、のどからは意味不明なうめき声しか出なかった。


 視界がはしからブラックアウトしていく。もうダメだ、意識を保つことができない。


 しかし、小鈴は口のはしり上げて笑っていた。


 一つ訂正ていせいしなければならない。成体となった悪魔など、『普通の』人間の手に負える存在ではない。〈ニンウルタ〉のような神像しんぞう躯体くたいか、大天使クラスの力がなければ逃げびることすら難しいだろう。


 けれど、


 意識を失う寸前すんぜんに見たものは、テニスコートに現れたダークオレンジの二脚にきゃく兵装へいそう――ちなみが操る、フル装備状態の〈ヴェスパ〉だった。




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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ヴェスパ(決戦仕様)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086167075059

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