7-3
「デレクさん!」
ちなみは
「大丈夫ですか!?」
「いたのか、
全身を血だらけにしつつも、デレクはちなみを安心させるようにへらりと笑った。
「見ての通りさ。俺のかわいいプライドはズタボロだが、身体の方はぼちぼちだ。まあ、そこの『ザミエル』さんが見逃してくれるなら、の話だけどな」
そう言うと、デレクは
『チナミ……ちょうどよかった。今からきみに会いに行くところでした』
〈ザミエル〉が翼を広げて
「その声、その
立ち上がりながらちなみが聞いた。
すると、〈ザミエル〉の躯体が影のように黒く染まり、ほどけて、人間の姿へと
ちなみがあっと声をあげる。
制服を着たその少女は、小鈴とそっくりな見た目をしていた。ただ、目つきは少し鋭くて、
「きみの知る悪魔ではありますが、もう
そう言った少女が、ライムグリーンの目を細めて
「大丈夫ですか、チナミ。ひどい顔をしていますよ」
「そ、そーかな……?」
ちなみは黒い少女を
「髪もぼさぼさです。直しますから、
「え……うん、ありがとう」
言われた通りその場にしゃがむと、ザミエルは
「ねえ、悪魔」
「ザミエルです。痛いところはありませんか? ケガはないですか?」
手をとったザミエルが、
「おい、俺のことを忘れてないか?」
ちなみが振り向くと、あきれ顔をしたデレクが
「少し散歩をしませんか」
*****
ちなみが最初に質問したのは小鈴のことだった。
「非常に残念ですが、シャオリン・ダンバースはこの世界から
目を
「消滅って……なんで急に!? だって、昨日は――」
「落ち着いてください。少し長くはなりますが、何があったのか説明します」
それからザミエルは、ゆっくりと
小鈴は元々
「シャオリンが『無敵の引きこもりになるのが目的』だと言っていたのを覚えていますか」
「覚えてる、けど……」
「今、シャオリンはボクの中で夢を見ています。それも、彼女が望むままのとびきり幸せな夢です。シャオリンは幸福な夢を見たまま、ボクの中で溶けていく。そして、その意識は
横を歩くザミエルの顔を見る。ライムグリーンの瞳は細められていて、小鈴と似た
「『無敵の引きこもり』とはそういうことです。確かにシャオリンの敵はいなくなりました。なにしろ、この世界に彼女自身が存在しないのですから」
歩を進めながらザミエルが続ける。
「ヒトが言うところの『心残り』がボクにあるとすれば、シャオリンに
ザミエルの
『これだけ生きてこれたのは、ズルして悪魔に助けてもらってたから! 小鈴はもう十分ズルをした。ただそれが終わるだけなんだよ』
『ちなみちゃんといるのも結構楽しかったよ。もう小鈴は十分生きられた。だから……っ』
『ごめんね』
『今までありがとう』
――助けられたと思っていた。
小鈴の問題は命を狙われていることで、敵をやっつければ助かるものだと思っていた。しかし、真実は
「そんなのやだ……小鈴に会いたいよ。ねえ、なんとかできないの?」
ちなみがザミエルの左腕を
「残念ながら難しいでしょう」
「どーして? だって、まだ小鈴はそこにいるんでしょ? だったら――!」
「
「じゃあ、そうしよ! 私も手伝う。なんでもするからっ」
ちなみがそう言うと、ザミエルは
「悪霊の本質は、人類社会に
「でもでも、悪魔は今までも沢山助けてくれてたし……」
「その結果として、この状況が生まれました。
「なんで……そんなのやだ。絶対やなのに……」
ちなみは目に涙を浮かべて、ふるふると首を振った。
けれど、それでどうにかなるわけではない。ちなみが
ザミエルが立ち止まりかけたちなみの手を取り、歩を進める。小さな手の
「納得できないようでしたら、もう少しだけ
ちなみは何も言えず、その説明を
「『デビル』はサタンに連なる本物の悪魔を指しますが、『デーモン』は人の悪意から発生する怪物のようなものに過ぎません。通常、デーモンは人間を
二人は住宅街を抜け、車通りのない道路にかけられた
「ですが、シャオリンには
その説明をぼんやりと聞きながら、ちなみはザミエルに手を引かれて階段を下りていく。
「二つめの問題は、ボクが
ヒトを
ヒトの願いを悪意で
それが小鈴に
だとしても、今ちなみが触れているザミエルの肉体は、まぎれもなく小鈴と同一のものだ。ちなみは
「じゃあ、小鈴の身体はどーなっちゃうの? 悪魔――ザミエルは、これからどうするつもりなの?」
「そうですね」
少女の姿をした悪魔が言葉を続ける。
「通常、成体となった
はっとしたちなみが顔を上げ、ザミエルの横に並ぶ。
「どーしてそんなことするの? ほんとにそれがやりたいことなの?」
「その問いは意味を成しませんよ。なぜヒトが
「そんなのって……でも……」
何も言葉が出てこなくなってしまい、ちなみは口ごもった。
小鈴がいなくなって、悪魔はザミエルとなり、悪性を振りまく存在に変わってしまった。こんな結果はあんまりだ。けれど、その
あまりに問題が大きすぎる。全ては終わってしまったことで、ちなみにできることは何一つ残っていなかった。
「
ザミエルの
ぽつぽつ落ちた
「『やりたいこと』と言いましたか。ボク自身の
言いながら振り返ったザミエルが、ちなみに
「ボクはきみが好きです。フライシュッツ」
そう呼ばれて、ちなみの身体がびくりと
「
熱に浮かされたようにザミエルが
ちなみは本当におかしくなってしまいそうだった。小鈴に会えない悲しさと、フライシュッツと呼ばれた気分の悪さで、思考がぐちゃぐちゃになってまとまらない。その場で
「みんな、私のことを覚えてなかったの。友達も、クラスの人達も……お母さんも。それで、みんなこの街からいなくなっちゃった」
人気のない大通り。
歩いているうちに戻ってきていたらしく、その先にはちなみが通う高校の校舎がある。平日の午前中だというのに、学校に人の
「ねえ、これってザミエルがやったの?」
「その通りです」
ちなみが聞くと、ザミエルが少女のようにはにかんで
「きみの
嬉しそうに言ったザミエルが手を伸ばしてくる。
「ちがう」
ちなみは後ずさりして、ふるふると首を振った。
「私は……私はフライシュッツじゃない」
言いながら自分の身体を抱き、ザミエルの手から逃れる。
身体に
だって、ちなみには『過去』というものが存在しない。そこにあったのは、フライシュッツという少女の記録でしかなかった。
普通の人なら当然持っているべきパーソナリティが
しかし、
「いいえ。きみはフライシュッツです」
優しげな顔をしたザミエルが、やんわりとちなみを
「これまでの戦いがそれを証明しています。古代メソポタミアの
「でも、私……」
「きみの本当の価値は、その戦闘力にあるんです。『穂高ちなみ』は、フライシュッツを
それを聞いて、ちなみが目を見開いた。
誰かが用意した作り物の人格。
意味のない
「ああ、そっか……そーなんだ」
ふいに納得できてしまった。
『フライシュッツ』が
「そーだよね、あは、は……」
苦しい。
息ができない。
視界がぐらりと
立っていられなくなり、雨の道路にへたり込む。身体が
――穂高ちなみは何者なのか。
その答えは、その中身は空っぽだった。ちなみという人格は誰にも必要とされていない。もし『フライシュッツ』に価値があるなら、むしろちなみは
もう誰も、ちなみのことなんて見ていない。
『さあ、立って』
そう声をかけられ、顔を上げる。
そこには、いつの間にか
『立ってください、フライシュッツ。そして、ボクと一緒に来てください。今はまだ実感が持てないかもしれませんが、問題ありません。いずれ、きみは
雨の中、道路の真ん中でへたりこんだ少女は、巨大な悪魔を
残されたものは息苦しさだけ。胸を
「だめだよ」
その時、
『これは予想外ですね』
〈ザミエル〉が驚きの声を
現れたのは、制服を着た小柄な女の子。身体を明け渡し、
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