7-2

 どのくらい走っただろうか。


 走り疲れたちなみは、とぼとぼと住宅街を歩き、あてもなくさまよっていた。スクールバッグとローファーは学校に置いたまま。新学期に買い替えた上履うわばきは、今日だけでかなり汚れてしまった。


 住宅街は静寂せいじゃくに包まれている。


 車通りがないどころか、誰ともすれ違わなかった。ちなみを置いて、誰も彼もが街を出てしまったらしい。世界の全てが『穂高ほだかちなみ』を忘れてしまったかのように思えて、胸がめ付けられるように痛かった。


 ――小鈴に会いたい。


 不意にそう思った。小鈴はちなみのことを忘れたりしない。小鈴は特別だから、他のみんなとは違う。小鈴に会いたい。会って話をしたい。そして、ちなみはここにいていいと声をかけて欲しい。


「小鈴……!」


 もうそのことしか考えられなくなって、ちなみはすぐに駆け出した。スマホは学校に置いてきてしまったので、直接家に行くしかない。


 しばらく走ったとき、誰かのしゃべり声が聞こえた気がした。それも、どこか聞き覚えのある声だ。なんだか気になって、来た道を声の聞こえた方に引き返す。その声のぬしは、車通りのない大通りの交差点に立っていた。


『こりゃまたずいぶんと変わっちまったな、自称じしょう“悪魔”さんよ』


 デレク・カーン、そして古代メソポタミア文明の戦闘神せんとうしん〈ニンウルタ〉。そこに立っていたのは、大剣のようなメイスをかついだ青い甲冑かっちゅうの巨人だった。


『これからは、ボクのことは“ザミエル”と呼んでください』


 そう返事をしたのは、〈ニンウルタ〉の十五メートル先、交差点をはさんだ向こう側に立っていた、赤銅色しゃくどういろ禍々まがまがしい巨人である。


『低級の悪霊あくりょう出世しゅっせしたな。晴れて個体名を名乗なのれるってわけか』


『ええ、成体せいたいの悪魔になりましたので。もうあなた方に後れを取ることはありません』


 その丁寧語ていねいごには聞き覚えがあった。中性的で機械的きかいてきな声。いつも小鈴と一緒にいた『悪魔』の声だ。


 その声を発している〈厄災やくさい躯体くたいザミエル〉も、見覚えのあるパーツで構成されていた。小鈴がよく使用していた『ハルファスの左脚』。商店街しょうてんがいで回収した『フォルカロルの翼』。空中戦で回収した『アンドラスの右腕』。リアに返してもらった『ダンタリオンの左腕』。昨日回収したばかりの『アイムの右脚』。


 そして、胴体と頭部は〈イフェイオン〉に酷似こくじしていた。ただ、きばのようなマスクが装着され、元々鋭利えいりだった顔はさらに凶悪きょうあくなものに変化している。


「悪魔、なの……?」


 〈ニンウルタ〉も〈ザミエル〉も、交差点のはじにいるちなみには気付いていない。青い巨人はメイスを両手で構え、低く姿勢しせいを落として戦闘態勢たいせいをとった。


忌々いまいましいですが、あの悪霊の言っていることは本当のようです。気を付けてください、デレク。あれは成体の悪魔、今までとは魔力量まりょくりょうがケタ違いです』


『わかってるさ。全力でやるぞ、シャル』


 デレクとシャルーアが言葉を交わす。


『第四段階、解放』


 シャルーアがとなえると、メイスがじゃきりと展開して高速回転しはじめた。それと呼応こおうするように、曇天どんてんの空からぽつぽつと雨が落ちてきて、次第に強風をともなう大雨へと変化していく。


 ちなみはあわてて交差点に面した店舗てんぽの下に移動した。吹き付ける風は強く、屋根の下にいても雨粒あまつぶ横殴よこなぐりにちなみの身体をらしていく。


『“アンドラス”』


 赤銅色しゃくどういろ禍々まがまがしい巨人〈ザミエル〉が言うと、その右手に片手剣が出現した。


 ――鏖殺おうさつけんアンドラス。


 敵を傷つけるという結果を先に発生させる、必中の斬撃ざんげき武装ぶそうである。


『行くぞ、狩りの時間ハンター・タイムだ!』


 デレクの声がそう言って、〈ニンウルタ〉が力いっぱい躯体くたいをたわめる。次の瞬間しゅんかん、神の躯体は爆発的な加速力で飛び出し、棒立ぼうだちちの〈ザミエル〉に向かってミサイルのようなスピードで突っ込んでいった。


 轟音ごうおんはじける。


 交差点の一角が爆砕ばくさいされ、アスファルトの破片はへんが四方八方に飛んでいく。古代兵器であるシャルーアがその能力を第四段階まで解放かいほうした、文字通りの『神の一撃いちげき』。一振ひとふりで周囲の全てを粉砕ふんさいする超威力の攻撃だった。


 しかし――


『おいおい……なんてパワーしてやがる!』


 その一撃を、棒立ぼうだちの〈ザミエル〉は片手剣かたてけん一本で防いでいたのである。


 〈ニンウルタ〉は全力でメイスを押し付けている。しかし、高速回転するメイスは、『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』の刃を破壊できずにはげしくスパークをあげていた。


『クソ!』


 青い巨人のメイスは、〈ザミエル〉がるった剣に軽々かるがると弾かれた。そのまま、二体の巨人はものすごいスピードで斬り結ぶ。


 明らかに〈ザミエル〉の方が優勢ゆうせいだった。振るわれた片手剣は、何度も〈ニンウルタ〉のよろいを斬りつけて火花を散らす。数度の剣戟けんげきの末、赤銅色しゃくどういろの巨人が回しりを放って、吹き飛ばされた〈ニンウルタ〉が雨にれた交差点を後ろ向きにすべっていった。


 だが、無傷だ。


 古代メソポタミアの神〈ニンウルタ〉には、傷一つついていなかった。


『これだけ出力を上げても突破とっぱできないとは、厄介な魔術まじゅつ耐性たいせいですね。さすがは神像しんぞう躯体くたいといったところですか』


『だろう? それがわかってるなら大人しく殺されて欲しいね』


『では、これならどうでしょう』


 〈ザミエル〉は両手で剣を構えると、こうとなえた。


『“アイム”』


 赤銅色しゃくどういろの巨人の右脚に装備された物体が耳障みみざわりな高音を発し、まるで溶鉱炉ようこうろのように赤く輝き出す。それと呼応こおうするように、〈ザミエル〉が両手で構えた剣が赤く燃え上がり、禍々まがまがしい炎の剣へと変化した。


 赤銅色の巨人が駆け出す。


 重装甲の〈ザミエル〉は、その見た目とは裏腹うらはら肉食獣にくしょくじゅうのような荒々あらあらしさで交差点を駆けた。相対あいたいする〈ニンウルタ〉も、メイスを構えて〈ザミエル〉へと突撃する。


 インパクト。


 炎の剣とメイスがぶつかりあい、強烈きょうれつ衝撃波しょうげきはがアスファルトをめくりあげて吹き飛ばす。〈ニンウルタ〉が先にバランスをくずし、〈ザミエル〉がすかさずそのよろいを斬りつけた。


『ッ!? マジか……!』


 デレクがうめく。


 鉄壁てっぺきほこる〈ニンウルタ〉の異方いほう防壁ぼうへきが打ち破られて、炎の剣に斬りつけられた箇所かしょななめにけて燃えあがる。


 ――業火燭ごうかしょくアイム。


 地獄じごくの炎をとも松明たいまつであり、その業火ごうかは全ての罪ある者を焼き尽くす。


『デレク、下がって!』


『わかってる!』


 〈ニンウルタ〉は、赤銅しゃくどうの巨人が振り下ろす炎の剣をなんとか左腕で受け流した。そのまま後方に跳躍ちょうやくし、クロークをひるがえしながら距離をとる。〈ザミエル〉はそれを追わず、炎の剣を片手に大雨の交差点に佇んでいた。


『接近するのは危険です』


『だろうな』


 青い巨人は〈ザミエル〉から数十メートルはなれた位置に着地した。そして、間髪かんぱつ入れずに躯体くたいをたわめ、メイスの投てき姿勢をとる。


 シャルーアは悪霊あくりょう退治たいじのために生み出された神像しんぞう兵装へいそうである。能力を解放したメイスが〈ニンウルタ〉のパワーで放たれれば、〈ザミエル〉がどんな装甲を持っていようが致命傷ちめいしょうまぬがれないだろう。


『“ダンタリオン”』


 中性的な声がそうとなえると、〈ザミエル〉の左腕ガントレットが展開された。交差点の先で、赤銅色しゃくどういろの巨人が静かに左手をかかげる。


『くらえッ!』


 それと同時に、〈ニンウルタ〉がメイスをぶん投げた。


 超高速でかっとんだメイスが、ミサイルのように〈ザミエル〉へと迫る。直撃ちょくげきコース、もはや回避はできない。デレクもシャルーアも勝利を確信かくしんしたその時――


『なに!?』


 轟音ごうおんひびく。


 アスファルトとコンクリートが盛大せいだいにはじけ飛び、交差点の一角が跡形あとかたもなく吹き飛ばされる。付近の電柱でんちゅうや信号機までもがその余波よはで粉々になり、千切ちぎれた電線はスパークをあげながら生き物のようにのたうった。


 しかし、左手をかかげた〈ザミエル〉には傷一つない。


 ――幻惑手げんわくしゅダンタリオン。


 あらゆるものを幻惑げんわくするその左手は、事象じしょうすらまどわせ、ねじ曲げる力を持つ。


 〈ザミエル〉の左手がメイスの攻撃性にれた瞬間、メイスの軌道きどう強制的きょうせいてきに変更され、あらぬ方向へと飛ばされた。『ダンタリオン』は触れた攻撃こうげき事象じしょうをねじ曲げて無効化むこうかする、究極きゅうきょくの防御装備なのである。


『ふざけんな、反則だろ!?』


 爆心地ばくしんちから浮上ふじょうしたメイスが〈ニンウルタ〉の手元へと戻っていく。


『攻撃続行ぞっこうです。左がダメなら右から攻めましょう』


『わかってる。行くぞ!』


 メイスを回収した〈ニンウルタ〉が、躯体くたいをたわめて跳躍ちょうやくする。神の躯体が爆音ばくおんとともにアスファルトをくだき、大雨の空へとびあがった。


『“フォルカロル”』


 〈ザミエル〉が翼を広げ、曇天どんてんへと飛翔ひしょうする。


 ――風司翼ふうしよくフォルカロル。


 風を支配し、制空権せいくうけんうばい取るけものの翼である。


『きやがった!』


 クロークをはためかせて滞空たいくうする〈ニンウルタ〉のもとに、翼を広げた〈ザミエル〉が突撃とつげきしてくる。青い巨人は上空で躯体くたいを回転させ、先手せんて必勝ひっしょうとばかりにメイスの一撃を繰り出した。


無駄むだですよ』


 赤銅色しゃくどういろの悪魔があざ笑う。


 高速回転するメイスは、〈ザミエル〉の左手――『ダンタリオン』に軽々と受け止められ、その回転を強制きょうせい停止ていしさせられた。


『ヤバい――!』


 動きをふうじられた神の躯体に向け、〈ザミエル〉が炎の剣を振り下ろす。最初の一撃は〈ニンウルタ〉の右腕をひじから両断りょうだんし、二撃目はその左腕を肩からとした。


 両腕りょううでをもがれた神の躯体が、無防備むぼうびに落下を始める。


『“ハルファス”』


 悪魔が言うと、左脚の装甲が展開てんかいされ、六つの巨大なマスケット銃が次々に射出しゃしゅつされた。


 ――武器庫ぶきこハルファス。


 無限の弾薬だんやく現出げんしゅつさせる、地獄じごくの武器庫である。


 六つのマスケットが〈ザミエル〉の周囲しゅういかび、それぞれが銃口に光をともす。それは、あまりにも圧倒的あっとうてき暴力ぼうりょくだった。成体となった悪魔の力を誇示こじするように、巨人の両目がライムグリーンに爛々らんらんかがやく。


ものじゃないか』


 自由落下する〈ニンウルタ〉が呆然ぼうぜんつぶやく。


 その躯体に向けて、六つのマスケットから一斉いっせい赤々あかあかとした地獄の業火ごうかが、レーザービームのように〈ニンウルタ〉へと殺到さっとうする。それは神の躯体を一瞬にして地上へと叩き落として大爆発を起こし、周囲一帯いったいを粉みじんに吹き飛ばした。


 アスファルトやコンクリートが炎上えんじょうして焼け落ちる。雨が降る中、交差点は火の海と化していた。四方しほう八方はっぽうで火災が起き、高く上がった炎が赤くゆらめく様は、まさに地獄の様相ようそうと言えるだろう。


『が、は……っ』


 瓦礫がれきもれた〈ニンウルタ〉がうめく。


 その躯体は黒焦くろこげになっており、神聖さをたたえる青と金の装飾そうしょくは見る影もない。その鎧がひび割れ、粉々にくだけ散ると、中から傷だらけのデレク・カーンが転がり落ちた。


 そこへふわりと降り立った〈ザミエル〉が、背中に生えた翼をたたむ。左手には動作を停止させられたメイスを持ったままで、そのメイスからは〈ニンウルタ〉の右腕がぶらりとれ下がっていた。


 本物の悪魔だった。


 炎の中でらめく、禍々まがまがしい形状をした赤銅色しゃくどういろの巨人。ライムグリーンにぎらぎら輝く目でデレクを見下ろした〈ザミエル〉は、炎のたぎる地獄に君臨くんりんする悪魔そのものの姿をしていた。





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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・厄災躯体ザミエル

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086070929510

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