6-4

 〈ヴェスパ〉が勢いよく駆け出した。向かった先は、最初にアゼリ神父が立っていた木造もくぞうの教会だ。


「こっちだ!」


 牽制けんせい射撃しゃげきをしながら移動する。〈アマルティア〉はちなみのさそいに乗り、拳銃で撃ち返しながら教会の方へと接近してきた。


 弾切れになった三十ミリライフル砲を投棄パージ


 教会の壁が近づく。〈ヴェスパ〉が背中のグレネードランチャーを引き抜きざまに発射した。六十六ミリ多目的榴弾HEDPが爆ぜ、その壁が粉々こなごなに吹き飛んで大穴が開く。〈ヴェスパ〉はその大穴を通り、教会の中へと飛びこんだ。


 身体中が痛い。


 操縦桿そうじゅうかんを動かし、ペダルを踏み、機体が揺れるたびに、激痛げきつうで両目に涙がにじむ。でも、ここでへこたれてはいられない――ちなみは最強の操縦兵なのだ。


『わざわざありがとう。閉所へいしょではこちらが有利だよ』


 〈ヴェスパ〉を追って教会の中へと飛び込んできた〈アマルティア〉が、十字剣じゅうじけん逆手さかてに構えてちなみの方に向かってきた。痛みをこらえてトリガーを引く。グレネード弾はあっさりとかわされ、木造の柱を爆砕ばくさいした。


『そういうことか――!』


 敵もちなみの意図いとに気付いたようだった。


 〈ヴェスパ〉は狭い教会内を走り、整然せいぜんと並ぶベンチを次々と蹴り飛ばしていく。飛び掛かってきた〈アマルティア〉の斬撃ざんげきを地面に転がって回避。木製のベンチが粉砕ふんさいされる音を聞きながらグレネードを発射。二つ目の柱が爆砕される。


 炎がばちばちとぜ、一気に燃え広がる。


 もとより木造の建築だ。爆発ばくはつによって花開いた炎は、次から次へと燃え移ってせまい建物の中を赤々と照らし出した。


 きた〈ヴェスパ〉が〈イフェイオン〉の槍を回避し、壁にグレネードランチャーを向ける。そこへ十字架じゅうじかの騎士が走り迫った。


『やらせまいよ!』


「こっちこないで!」


 〈アマルティア〉の拳銃――ガバメント・ロングバレルが火を噴き、発射された拳銃弾けんじゅうだんが〈ヴェスパ〉の右腕をばらばらに粉砕した。しかし、同時に放たれていたちなみのグレネードは、十字剣ごと〈アマルティア〉の右腕を吹き飛ばしている。


 兵器と騎士が交錯こうさくした。


 同時にかえった両者がお互いの武器を発射する。敵の拳銃弾は〈ヴェスパ〉の頭部を吹き飛ばし、ちなみのグレネードは教会の柱を爆砕した。


 天井がぎしりときしむ。


 いくつもの柱を破壊された教会は、もう崩壊ほうかい寸前すんぜんだった。あと一押しでこの建物は崩れ落ちるだろう。


 〈アマルティア〉が拳銃を発射。ちなみはそれを避けずに突っ込んでいく。〈ヴェスパ〉の左手からグレネードランチャーがはじけ飛んだ。それに構わず武器セレクターを回転させ、トリガーを引く。


 〈ヴェスパ〉側胴部そくどうぶ無反動砲むはんどうほうから八十四ミリ対戦車榴弾HPが発射された。


『なんという――!』


 拳銃を構えようとした〈アマルティア〉の左脚にロケット弾が直撃ちょくげき。勢いよく吹き飛んだ十字架の騎士は天井へと激突げきとつし、どさりと地面に落下した。


「小鈴っ!」


 手を伸ばす。


 〈ヴェスパ〉の左手グリッパーが〈イフェイオン〉の腕をつかんで引っ張った。そして、残るもう一発のロケット弾を発射して壁を爆砕する。


『行かせるか!』


「しつこい……っ!」


 地面をいつくばった〈アマルティア〉がガバメント・ロングバレルを発射。ちなみは咄嗟とっさに〈ヴェスパ〉を盾にして小鈴をかばう。拳銃弾は機体の胴体に直撃し、ディーゼルエンジンが損傷そんしょうした。


 エンジンが異音いおんを発している。温度計の針が振り切れる。油圧が急激きゅうげきに低下する。このままではすぐに〈ヴェスパ〉は停止してしまう――けれど、もう大丈夫。

 

 〈ヴェスパ〉が最後の力をしぼり、〈イフェイオン〉を引っ張って教会の外へと飛び出していく。


 次の瞬間しゅんかん、炎上する教会は轟音ごうおんを上げて崩壊ほうかいした。


 屋根が一斉に崩落ほうらくし、地面を這った〈アマルティア〉が大量の瓦礫がれき下敷したじきになる。何もかもが崩れ落ちて、教会だったそれは白煙はくえんをあげる無惨むざん残骸ざんがいへと姿を変えた。


「あ、あぶなかったぁ……」


 ちなみが間の抜けた声を上げる。


 全て作戦通りだった。アゼリ神父を殺さずに無力化むりょくかし、小鈴を敵のコントロールから救い出す。神父は確実に生きているだろうけれど、しばらくは瓦礫がれきの下から出てこられないだろう。


 ついに〈ヴェスパ〉がひざをつき、エンジンが完全に停止する。ちなみは最後まで頑張ってくれた〈ヴェスパ〉に「おつかれさま」と声をかけると、痛む全身をかばいながらのろのろと機体の外に出た。


「血まみれじゃん! ほんとに大丈夫!?」


 黒いボディスーツ姿の小鈴が駆け寄ってくる。


 ちなみは本当にひどい有様ありさまだった。左半身は血でべったりと赤く染まり、シャツもスカートも黒ずんでいる。ちぎれた装甲の破片はへんが身体中に突き刺さっていて、制服はぼろぼろになっていた。右腕はぷらぷらと力なくれ下がり、左目はなぜか開けられず、開いている右目は赤くなってれあがっている。


「へーきだよ」


「平気じゃないよっ!」


「あ、あはは……」


 何も言い返せず、ちなみは力なく笑う。気を抜いたら、だんだんと視界が白くなっていった。意識がもうろうとしてきて、思考はもやがかかったようにぼやけてくる。


「やっぱりちょっと疲れた、かも」


 ふらりと倒れそうになったちなみを小鈴が優しくめ、ゆっくりとその場に横たえた。


「ちなみちゃんは休んでていいよ。最後の武器は小鈴がとってくるから」


「ん……」


 曖昧あいまいに返事をしたちなみに、小鈴がさみしげに笑いかけた。


「ごめんね」


 どうしてそんなことを言うんだろう。なぜ泣きそうな顔をしているんだろう。そう聞こうと思っても、ちなみには声を発する元気が残っていなかった。


「今までありがとう」


 小鈴が言う。


 その言葉を聞いたきり、ちなみの意識は途切とぎれてしまった。

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