6-3

 教会の前に仁王立におうだちした〈アマルティア〉が、十字剣じゅうじけんを〈イフェイオン〉へと向けた。


『わ!?』


 小鈴の声と共に、ライムグリーンの巨人が俊敏しゅんびんんでくる。そして、今まで見たことがないほどの見事な槍捌やりさばきで攻撃をしかけてきた。


 ちなみは〈ヴェスパ〉を操縦そうじゅうしてその攻撃をひらりひらりと回避かいひしつつ、その戦い方に驚きの声をあげた。


「小鈴ってこんなに戦えたの!?」


『そんなとこに驚いてる場合じゃないよっ』


 〈イフェイオン〉がやりを振り回し、次々と攻撃を仕掛しかけてくる。そのするどさに感心しながら機体に回避運動を取らせていると、


『うしろ!』


 という小鈴の声が聞こえた。


「わあ!?」


 いつの間にか背後に回っていた〈アマルティア〉が、横薙よこなぎに十字剣を一閃いっせんしてきた。ちなみは機体を宙返りさせ、間一髪かんいっぱつでその攻撃を回避する。小鈴の戦い方に気を取られすぎて、少し油断ゆだんしてしまっていた。


 〈ヴェスパ〉があざやかに着地する。


 ちなみは着地と同時に機関砲きかんほう照準しょうじゅんした。しかし、〈アマルティア〉がすぐに二段のまわりを放ってきた。十字架の騎士はコマのように回転し、ちなみの攻撃を妨害ぼうがいする。


 そこに〈イフェイオン〉が槍を差し込んできた。さらに〈アマルティア〉が十字剣を繰り出し、隙のない挟撃きょうげきを仕掛ける。しかし、ちなみは即座そくざに機体を転がして二つの攻撃をなんなく回避した。


うわさは本当らしい。よく避けることだ』


「え、私ほめられてる?」


 それには答えず、〈アマルティア〉が腰から長砲身の拳銃けんじゅうを抜いた。タイプM1911ロングバレル――騎士のサイズに合わせた巨大な拳銃で、形状だけならM1911ガバメントのバレルを延長えんちょうしたサイズアップモデルに見える。


 ちなみは〈イフェイオン〉の攻撃を避けつつ、十字架の騎士に向けて機関砲を発射した。


 二十ミリ徹甲砲AP弾がかっとんでいく。


 左の籠手こてでそれを弾いた〈アマルティア〉が、〈ヴェスパ〉を十字剣でりつける。ちなみはそれをジャンプして回避。そこへ〈イフェイオン〉が接近し、槍を振るう。


 その攻撃を避けようとしたとき、ちなみは気付いた――バックステップした〈アマルティア〉が、ちなみと小鈴を両方同時に撃ち抜こうとしていることに。


「……ごめんっ!」


 〈ヴェスパ〉が空中で身体をひねり、〈イフェイオン〉を蹴り飛ばす。


 同時に巨大な拳銃が火をいた。奇蹟きせきがこめられた弾丸がマッハ三で飛翔ひしょうする。その弾丸はキックの姿勢しせいをとった〈ヴェスパ〉の左ももをこすると、その構造体の一部を吹っ飛ばして飛んでいった。


 見た目に反してとんでもない威力いりょくだ。直撃ちょくげきすればただでは済まない。


 息をつく間もなく、十字剣を振りかざした〈アマルティア〉が迫ってきた。回避。背後から〈イフェイオン〉の攻撃。回避。


 ――戦いづらい。


 〈ニンウルタ〉と戦ったときと同じだ。ちなみは『壊さない』ようにするのが一番苦手らしい。


 この二体を同時に相手取あいてどっても勝てる、そんな自信はあった。けれど、それはあくまでどちらも倒していい、『破壊していい』場合に限る。


 そもそも小鈴に銃を向けたくないし、ここで〈イフェイオン〉を破壊するのもまずい。ここまで周到しゅうとうわなをはったアゼリ神父が、小鈴の『一度死んでも復活できる』能力を知らないはずがないからだ。


 そして、ちなみは〈アマルティア〉からはなれられない。常時十メートル以内の距離きょりを保ってプレッシャーを与えておかなければ、小鈴の方が先にやられてしまう。


 トリガーを引く。


 〈アマルティア〉が十字剣と左腕をクロスして二十ミリの砲弾を防いだ。騎士は拳銃で応射おうしゃしつつ、そのままつっこんでくる。


 そして背後からも〈イフェイオン〉が迫る。またもやすきのない挟撃きょうげきだ。


「うぅ……一回休憩きゅうけいさせて~っ!」


 言いながらその攻撃を回避する。


 操縦桿そうじゅうかんにぎる両手に汗がにじんだ。気を抜けば間違って小鈴を攻撃しそうになるし、神父の攻撃をそこねてしまいそうになる。


 アゼリ神父はきわめた達人たつじんだった。


 その攻撃は嵐のようだ。十字剣による鋭い斬撃ざんげきを起点に、コートのすそひるがえし、コマのように回転して鮮やかな足技あしわざを繰り出してくる。


 ちなみが反撃しようとすれば〈イフェイオン〉を前衛ぜんえいに出し、自身は下がって拳銃を撃つ。敵は勝負の勘所かんどころがわかっている。このままではジリひんだった。


「やばいやばいやばいっ」


 フェイントをかける余裕よゆうがなくなってきた。十字剣が振り下ろされる――避けられない。即座に狙いを定め、間髪かんぱつを入れずにトリガーを引く。発射された三十ミリ砲弾の運動エネルギーが、十字剣をギリギリで弾き返した。


『なんという操縦そうじゅう精度せいどだ。だがね』


 割って入ってきた〈イフェイオン〉の槍が胴体装甲をこする。その一瞬いっしゅんだけ神父を見失った。コンマ五秒後に発見。しかしもう遅い。


「やば……!」


 コートをひるがえした〈アマルティア〉が、〈ヴェスパ〉に強烈きょうれつな回し蹴りを食らわせた。


 ちなみの口から悲鳴がれる。


 オレンジの二脚兵装は派手はでに吹っ飛ばされて森を転がっていった。


『ちなみちゃんっ!』


 小鈴の声が頭にひびく。右腕がじんじんと痛んだ。咄嗟とっさ受身うけみをとったものの、かばいきれていなかったらしい。回し蹴りの直撃を受けた〈ヴェスパ〉の右腕は、おそらく構造体がゆがんでしまっている。これで右腕はまともに使えなくなってしまった。


 素早すばやく状況確認。


 〈アマルティア〉と〈イフェイオン〉が接近してくる。大型の拳銃がこちらに向けられた。回避を――


「い……っ!?」


 操縦桿を握った右腕に激痛げきつうが走った。


 〈アマルティア〉が拳銃を発射。回避かいひ行動こうどうをとるも、遅すぎた。〈ヴェスパ〉が立ち上がりながら身体をひねる。巨大な拳銃けんじゅうだんがマッハ三でかっとんできた。


 ――ダメだ、かわしきれない!


「~~っ!?」


 〈ヴェスパ〉の装甲をぶち破って、銃弾が飛び込んできた。


 左上の壁が粉々こなごなになり、装甲の破片はへんがはじけ飛ぶ。左モニターがばらばらになって火花が散る。悲鳴をあげ、身体を丸めたちなみの真横を、超高速ちょうこうそくの銃弾がとおぎる。そして後部こうぶドアの上半分を吹き飛ばし、銃弾は背後へと抜けていった。


「――は、ぁ」


 ちなみがあえぐ。


 何も見えない。何も聞こえない。


 今まで感じたことのない恐怖が感覚を麻痺まひさせる。


 それでも身体は勝手に動いた。痛む全身を動かして機体を操縦そうじゅうし、その場から離脱りだつ。緊急回避行動をとりつつ原状げんじょう復帰ふっきをはかる。


「うぅ……いたい……」


 機体を操縦しながらちなみがうめく。


 視界の左半分が赤かった。多分、頭部から出血している。左の太ももに大小の破片はへんさっていて、そこからもどくどくと血が流れ出ていた。左腕にもいくつか破片が刺さっている感覚かんかくがある。ブレザーはずたずたに破けていて、弾丸がかすってめくれあがった左袖ひだりそでからは血まみれの二の腕が見えていた。


『ちなみちゃん、大丈夫!?』


「へーきだよ。ちょっとだけ……っ、血は、出てる、かもだけど……」


『もういい。もう小鈴のことは放っておいて』


 小鈴がふるえる声でそう言った。


 三十ミリ砲で牽制けんせい射撃しゃげき。〈アマルティア〉が回避し、拳銃で撃ち返してくる。ちなみはそれをフェイントで回避し、突っ込んできた〈イフェイオン〉の槍をひらりとかわした。


 深呼吸しんこきゅうをする。


 とにかく回避に集中だ。そして態勢たいせいを立て直す。


 全身が痛い。特に左半身が異常いじょうに熱くて、少し動くだけで視界がちかちかと点滅てんめつした。鼓動こどうの音はどくどくとうるさく、心臓は今にも飛び出そうだ。


 神父が拳銃を撃ち切ったのか、グリップから空のマガジンがすべり落ちる。そこへ機関砲で牽制けんせい射撃しゃげき。右腕にキックを受けたせいでかなり照準しょうじゅんが狂っていたけれど、時間かせぎに使うことくらいはできるようだ。


 その時、小鈴がこんなことを言い出した。


『小鈴はね、なんだよ。見捨てられて、ほんとだったら死んでるはずなの……!』


 声を無視むしして回避に集中する。


 いつもより派手はでに機体を動かし、吹き飛んでしまった左モニターの分まで立ち回りでカバーする。機体が足を踏み出すたび、ちなみは短く悲鳴をあげた。身体中のあちこちが痛くておかしくなってしまいそうだった。


 耳元では、小鈴が必死になにかをうったえかけてくる。


『これだけ生きてこれたのは、ズルして悪魔に助けてもらってたから! 小鈴はもう十分ズルをした。ただそれが終わるだけなんだよ』


 全身にあぶら汗がにじむ。


 相変あいかわらず息は荒かったけれど、思考は少しだけ安定してきた。


 機体を操縦し、回避と牽制けんせいを続ける。


『ちなみちゃんといるのも結構けっこう楽しかったよ。もう小鈴は十分生きられた。だから……っ』


 〈ヴェスパ〉が三十ミリ弾を発射し、十字剣をはじかえした。ステップを踏んで騎士の回し蹴りを回避かいひ。〈イフェイオン〉が振り回す槍をすり抜け、機関砲を乱射らんしゃして〈アマルティア〉の行動を妨害ぼうがいする。


『ねえ、ちなみちゃんっ。ちゃんと聞いてる?』


「聞いてない!」


『え!?』


 小鈴が戸惑とまどいの声をあげた。


『なんで!? だからね、小鈴のことはいいから早く逃げ――』


「やだ!」


 機体を操縦しながら返事をする。


 ちなみはめちゃくちゃな状態だった。思考は冷静に戦況せんきょうを分析し、回避と牽制けんせいを続けながら自分のペースを作っていく。一方で頭や太ももからはだらだらと真っ赤な血が流れていき、両目からは大粒おおつぶの涙がぽろぽろと流れ落ちていく。


 理不尽りふじんなことだらけだ。


 それを受け入れなきゃいけないときもある。穂高ちなみが普通の女の子ではなく、操縦兵そうじゅうへいとして育てられた強化人間だったことは変えようがなくて、実感じっかんがなくてもどうにか受け入れていくしかない。あまり好きになれない『フライシュッツ』という名前にも、折り合いをつけていくしかないだろう。


 けれど、小鈴のことは違う。


 今なら手が届く。手を伸ばせば変えられる。


『これ以上はむりだよっ。ちなみちゃんが死んじゃう!』


「死なない!」


 拳銃弾をステップで回避する。


「だって私、最強の二脚操縦兵なんでしょ。それだけが私のだもん」


 拳銃を撃ち尽くした〈アマルティア〉がマガジンを捨て、リロードする。


 時間かせぎに仕向けられた〈イフェイオン〉の槍をかわしつつ、ちなみはぼろぼろのそでで涙をぬぐった。


「待ってて、小鈴」


 満身創痍まんしんそういの手足で操縦桿を倒し、ペダルを蹴る。


「絶対勝ってみせるから――!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・アマルティア

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093085428196642

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る