6-2

断言だんげんしましょう。今回は明確めいかくわなです』


 ちなみと小鈴は新青森しんあおもり行きのJR東北とうほく新幹線しんかんせんに乗り、最後の武器『アイムの右脚』の回収に向かっていた。


 もう新学期が始まっていて、ちなみは無事ぶじ高校二年生に進級しんきゅうしている。今日は四月十六日、高二になって二回目の日曜日だ。


 制服姿のちなみは相変あいかわらず手枷てかせ拘束こうそくされていたものの、その状況にもれてきてはし器用きように使いお弁当を食べている。そんなちなみの横で、悪魔が淡々たんたんとした口調くちょうで説明を続けた。


XEDAゼダやロズウェル・インスツルメンツ社はシャオリンをねらっていましたが、より正確せいかくにいえば、その目的は“研究材料としての身柄みがら確保かくほ”でした』


「そう言われるとなんかえぐいね~」


 考えるまでもなく、研究材料、なんて言葉は人間に対して使うものじゃない。


『ですが、今回はちがいます。今回の敵は明確にシャオリンを殺そうとしている。確保かくほした“アイムの右脚”をあえてこわさず、ボクたちをるエサにしてわなをしかけています』


「なんでそんなのがわかるの?」


 牛肉を頬張ほおばったちなみが聞くと、悪魔はこう答えた。


『今回の敵が、“シディム騎士きし修道会しゅうどうかい”の神父しんぷだからです』


「神父さんが敵なの?」


『シディム騎士修道会――通称つうしょう死海しかい騎士団きしだん”は、異教いきょう異端いたん異形いぎょうの怪物から信徒しんとを守るために発足ほっそくした修道会です。すでに歴史の表舞台からは抹消まっしょうされていますが、数百年に渡り異形を滅殺めっさつし続けた歴史の長い組織です』


「しかい騎士団? 歯医者はいしゃさん?」


 ちなみが首をかしげながら言うと、小馬鹿こばかにしたような表情の小鈴が口をはさんできた。


「それは『歯科医』でしょ。相変わらずちなみちゃんはおバカだねー」


「ば、ばかじゃないですう! ちょっと記憶きおく喪失そうしつなだけっ」


 顔を赤くしたちなみを見て、いししと笑った小鈴が説明を付け加えた。


「悪魔が言ってるのは死の海って書いて『死海しかい』。イスラエルのあたりにあるみずうみのことだよ」


「えっじゃあ『死海しかい騎士団きしだん』? なんかこわいんだけど……」


『歴史の裏側うらがわ暗躍あんやくする騎士修道会ですよ。かれらは悪魔をも殺しますが、人間が勝手かってに悪魔を消滅しょうめつさせることは教義的きょうぎてきにルール違反いはんらしく、“背教はいきょう騎士きし”とも名乗なのっています。たいへん滑稽こっけいですね』


 はいきょう。


 ちなみの脳内でそれが『背教』に変換へんかんされる。その意味は『教えに背くこと』だ。


「どーしてそんなことするの? いやならしなきゃいいのに」


『今回の敵は、アゼリ・ダンという人物です。三十六歳の日本人。シディム騎士修道会の神父であり、能力の高い異端いたん処刑人しょけいにんであるとのことです。この人物がなぜ“背教はいきょう騎士きし”になったか想像してみてください、チナミ』


「え? うーん」


 しばらくもくもくとお弁当を食べていたちなみが、ふと思いついたように顔をあげ、


「友達にさそわれたから……?」


 と間抜まぬけな回答をした。思わず吹き出した小鈴は、「部活じゃないんだよ、ちなみちゃん」と言ってけらけら笑った。


「だっ……だよね! 私も違うかな~とは思ってた!」


 必死で弁明べんめいしようとするちなみを置いて、悪魔が説明を続ける。


『もちろん、友人に誘われたからではありません。アゼリ・ダンは家族を“吸血鬼きゅうけつき”に殺された。それがきっかけとなり、この世に蔓延はびこる魔をころくすため、背教騎士になった。実につまらない、ありふれた理由です』


「それはぜんぜんありふれてないと思う!」


『シディム騎士修道会はそういった狂信的きょうしんてきな人物の集まりです。かれらは敬虔けいけん信徒しんとでありながら、魔を殺さずにはいられない』


 もしそれが本当だとしたら、かなり壮絶そうぜつな組織だ。


 ちなみは「やばいね~……」と呟きながら、拘束こうそくされて首輪につながれた両手で食べ終わったお弁当を片付けた。


「とにかく、そのアゼリさんって人が小鈴の命を狙っていて、青森でわなをしかけて待ってるってことね」


 ちなみが聞く。


『ええ。その通りです』


「じゃあ、その人たちも二脚にきゃく兵装へいそうに乗ったりするの?」


 小鈴と戦うなら相応そうおう装備そうびが必要になる。いくら小鈴がへっぽこでも、生身のまま〈イフェイオン〉にいどむのは無謀むぼうだろう。


 しかし、小鈴は「二脚には乗んないよ」と否定した。続けて悪魔が、


『チナミは虚像きょぞう天使てんしを覚えていますか』


 と聞いてきた。


「さすがのちなみちゃんもそれは覚えてます!」


結構けっこうです。背教騎士たちは、洗礼せんれいを受け、鍛錬たんれんを積み、常に祈祷きとうを絶やさずにいることで、天使に近しい“ヒトを超えたオーバード・規格の躯体スケール”を顕現けんげんさせることができます』


 悪魔が説明すると、小鈴がこう付け加えた。


「そうは言っても見た目はただの騎士だよ。でっかいけど」


「見たことあるの?」


「うん。逃げてばっかりで、まともに戦ったことは一回もないけどね。背教騎士はずっと小鈴の命を狙ってて、どこに逃げても追いかけてくる。死海しかい騎士団きしだんが存在する限り、何度でも小鈴を殺しにくるんだよ」


 そう言った小鈴の横顔よこがおは、いつも通りの表情に見える。


 小鈴はなんでもないことのように言うけれど、そんな仕打しうちはあんまりだ。彼女は何も悪いことをしていない。もっと小鈴のことを知ってもらって、命をねらうのをやめにすることはできないんだろうか?



   *****



 ちなみは〈ヴェスパ〉の操縦席そうじゅうせきに座り、周囲を警戒けいかいしながら機体を歩かせていた。天気はくもりで、空は一面の灰色。薄暗うすぐらくて不気味な森の中、ダークオレンジの二脚兵装は単機たんきで歩を進めていた。


 小鈴は一キロほどはなれた場所で待機たいきしている。


 罠だと知ってわざわざ小鈴が出向でむく必要はない。だからちなみは、お使いに向かう赤ずきんのごとく、一人で森の中へと向かったのである。


 搭乗とうじょうしている〈ヴェスパ〉は二号機だった。右手にゾロターン二十ミリ機関砲、左手に三十ミリライフル砲を構え、予備よび兵装へいそうとして背中にBAW-66グレネードランチャーを装備しているだけの軽装けいそう仕様しようだ。


 しばらく進むと、目の前に古びた木造もくぞうの教会が現れた。


 赤い三角屋根に白い壁。塗装とそうは半分以上はがれていて、見るからにぼろぼろだった。しかしてているわけではなく、誰かが定期的に手入れをしていることがうかがえる。


 そして、教会の入り口前に一人の人物が立っていた。


 ちなみは外部スピーカーをオンにして、その人物に話しかける。


「あなたが阿舎利あぜりダンさんですか?」


 黒髪くろかみをセンター分けにした、落ち着いた雰囲気ふんいきの長身の男だった。カソックと呼ばれる黒い神父服をまとい、おだやかな表情で〈ヴェスパ〉のことを見上げている。


 男が口を開いた。


『そうだよ、穂高ちなみさん』


「私のことも知ってるんですか?」


 ちなみが聞くと、アゼリ神父はにこりと笑ってこう答える。


『もちろんだとも。小鈴さんにまつわる情報はおおむね収集しゅうしゅうみだ。高校二年生、仙台せんだい在住ざいじゅう、十六歳の穂高ちなみさんだろう? 無事ぶじ進級しんきゅうできたようだね。おめでとう』


「えっ? あ、ありがとうございます……じゃなくて、早速さっそくですけど『アイムの右脚』を返してもらってもいーですか?」


『わかっているとは思うが、答えはNOだよ』


 アゼリ神父がおだやかな表情のまま片手を上げた。


隣人りんじんたちに害をす前に、悪霊あくりょう滅殺めっさつされなければならない。きみたちをここに呼んだのはそのためだからね』


「でも、小鈴はなんにも悪いことしてないですよ?」


『そうだね。まっとうなエクソシストなら、小鈴さんから悪霊をはらおうとするだろう』


 それはそれで悪魔がかわいそうだと思いつつ、アゼリ神父の次の言葉を待つ。


『だが、今となってはそれも難しい』


「どーしてですか?」


『小鈴さんは境界きょうかい喪失そうしつしかけている。すでに悪魔とざり合いはじめているんだよ。赤と青の絵の具を混ぜれば紫になるだろう? それと同じだ。小鈴さんはすでに“紫”になり始めているんだ。抹殺まっさつ以外いがいの道はない』


 そう言った神父は穏やかな表情を浮かべたままだ。


 ぞぞ、と寒気さむけが全身をいあがってきた。事前に言われていた通り、この神父さんはちょっとおかしい人らしい。ちなみは両手で自分の身体を抱きながらも、ちょっとだけ得意げな口調でこう言った。


「で、でも残念でしたね! 小鈴はきませんよ!」


『それはどうだろう?』


 アゼリ神父が持っていたロザリオをかかげる。すると、地面があみの目状に青い光を放った。


『うわ、なに!?』


 小鈴のあわてた声が耳元に届く。続いて悪魔がこう説明した。


『ボクとしたことが見誤みあやまりました。その教会を中心に、半径一キロメートル以上の巨大な魔法円まほうえんかれていたようです』


 魔法円。


 それは、中世ヨーロッパのグリモワールに記された、ための魔術的まじゅつてきな境界である。それが一キロメートル以上の範囲はんいに渡って地面にまれていた。


 一キロメートル以上の魔法円など、一朝いっちょう一夕いっせき仕掛しかけられるものではない。予想を大きく上回るトラップの大きさだった。と、いうことは――


『申し訳ありません、チナミ。躯体くたいの制御を乗っ取られました』


『ちなみちゃん、けてっ!』


「――!」


 小鈴がそう言う前に、ちなみの回避かいひ動作どうさは始まっていた。〈ヴェスパ〉がステップを踏み、槍を構えて突っ込んできた〈イフェイオン〉の攻撃をひらりとかわす。


 ライムグリーンの巨人が即座そくざ退すさった。そして、今まで見たことのないほどのするどさで槍をぐるりと回すと、ちなみに対してすきのない構えをとる。


『穂高ちなみ……いや、“フライシュッツ”と呼んだ方がいいのかな?』


 アゼリ神父がそう言った。


 まただ。


 誰もがちなみを『フライシュッツ』と呼ぶ。その名前を聞くたびに、ずきりと胸が痛んだ。ちなみはフライシュッツじゃない。穂高ちなみは穂高ちなみであるはずなのに。


 胸をおさえて深呼吸しんこきゅうする。今はそんなことに思い悩んでいる暇はない。


『悪魔にくみするおろかな狩人かりゅうどよ。まずはきみから滅殺めっさつしよう』


 ロザリオをかかげ、アゼリ神父がとなえた。


超人体顕現オーバード・スケール:アマルティア』


 瞬間、後光ごこうが差す。


 光の中でアゼリ神父の身体が伸長しんちょうし、三メートルを超える長身へと変化した。細身の躯体くたいがダークグレイに変わり、腰から下が長いコートに包まれる。続いて上半身ににぶい銀色のよろいが発生し、頭部に十字架じゅうじかしたヘルメットが装着された。


 その十字架が青く発光する。


 さらに、右手に十字型の片手剣かたてけんが出現した。神父しんぷでありながら戦士である、二つの要素が融合ゆうごうしたような騎士。またたきの間に、アゼリはそんな騎士へと変身してしまった。


 〈制圧躯体サプレッシブ・フレームアマルティア〉。


 天使に近しい、人智じんちを超えた十字架の騎士である。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ヴェスパ二号機通常仕様

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093085157045158


・制圧躯体アマルティア

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093085428196642

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