5-3

 ちなみは〈ヴェスパ〉を走らせて、建物の中に突入とつにゅうした。


 そこは屋根の高い工場のような場所だった。中には何も置かれておらず、広大こうだいながらんどうの空間になっている。窓ガラスは全て割れていて、オレンジになり始めた夕方の光が差し込んでいた。床には枯葉かれはまっており、まさしく廃墟はいきょといった雰囲気だ。


 〈ヴェスパ〉が建物内に侵入しんにゅうし、勢いのままに地面を滑る。


 正面モニターに〈アーヴィン〉の姿が見えた。そして、無意識むいしきにその周囲をチェックしたとき、おかしなことに気が付いた――いたるところに、大量のロケットランチャーが仕掛しかけられている。


「……やばいかも」


 〈アーヴィン〉がバックステップをみ、アサルトライフルをバースト射撃した。


 ちなみは息をするようにフェイントをかけている。


 三発の徹甲てっこう砲弾ほうだんけようとステップを踏んだ瞬間、そこかしこに配置されたロケットランチャーが次々に発射された。


 一発目はちなみが避けた場所にピンポイントで向かってきた。まるで〈ヴェスパ〉がそこに来ることをはじめから計算していたかのような正確せいかくさだ。


「――っ!」


 反射的にトリガーを引く。


 二十ミリ機関砲きかんほうのフルオート射撃で一発目のロケット弾を撃墜げきついしつつ、二発目のロケット弾をステップで回避。そこに向かって三発目が飛んできたので、ちなみは咄嗟とっさに機体を転がしてギリギリそれをかわした。しかし、それすらも計算していたのか、転がった〈ヴェスパ〉に向かって空中からロケット弾が降ってくる。


 総計そうけい十発のロケット弾がちなみにおそいかかった。


 ロケットランチャーは的確てきかくすきの無い配置とタイミングで発射された。あり得ない周到しゅうとうさだ。ちなみの動きを事前に完璧かんぺきにシミュレートできていなければ不可能な芸当げいとうだった。


 廃墟を爆音ばくおんが揺るがし、赤い炎が乱舞らんぶする。


「これ、さすがに……っ!」


 ちなみは夢中むちゅうで機体を転がし、次々と襲い来るロケット弾を回避する。爆炎と黒煙こくえん、ぐるぐる回る視界の隙間すきまに、〈アーヴィン〉が背中から長いライフルを引き抜いたのが見えた。三十ミリたい装甲そうこうほうだ。


 ――まずい。


 ちなみはロケット弾がかすめていくのも構わず、強引ごういんに機体を立ち上がらせた。ロケット弾の包囲網ほういもうから脱出するため、〈ヴェスパ〉がすぐ横にあった壁を駆け登る。しかし、そこへ〈アーヴィン〉の側胴部そくどうぶから放たれた新たなロケット弾が飛んできて、足場にした壁が爆砕ばくさいされてしまった。


 足場あしばを失った〈ヴェスパ〉が無防備むぼうびに落下する。


 モニター端に映る〈アーヴィン〉は、ひざをついて機体を安定させていた。三十ミリ対装甲砲がえ、マズルフラッシュと共に三十ミリ徹甲砲弾APDSが発射される。


 ちょう精密せいみつ射撃しゃげき


 徹甲砲弾は〈ヴェスパ〉のディーゼルエンジンめがけて正確せいかくに飛んでくる。三十ミリ砲弾を防げるほどの装甲厚そうこうあつはどこにもない。これに当たれば一撃で機能きのう停止ていしだ。


 ちなみは必死で機体を動かす。


 〈ヴェスパ〉が左手を突き出した。飛んできた三十ミリ砲弾は左の機関砲をばらばらに粉砕ふんさい。しかし、そのおかげでねらいがれ、砲弾は操縦室左側の装甲板そうこうばんにぶちあたった。


「うわ!?」


 操縦室の壁がにぶい音をあげてへこみ、内装ないそう部品ぶひんが勢いよく弾けて脱落だつらくする。砲弾が貫通かんつうしなかったのは幸運だった。もし装甲が破壊はかいされていたら、その破片がちなみの身体をずたずたにしていただろう。


 一命いちめいを取りめた〈ヴェスパ〉が着地する。


 顔をあげると、敵機は工場の外へと離脱りだつしていくところだった。


「今のはやばかった……!」


 吹き出た冷や汗がシャツの背中をぐっしょりとらしていく。左を見ると、操縦室の壁が大きくゆがんでいた。砲弾にもう少し運動エネルギーが残っていたら、操縦室の中は大惨事だいさんじになっていたかもしれない。


 ちなみは軽く頭を振り、〈アーヴィン〉を追いかける。


 廃墟を出ると、三十メートル先の敵機が発煙弾はつえんだんを発射してきた。それは〈ヴェスパ〉の頭上ずじょうで弾け、あたり一帯をもうもうと立ち込める白い煙で包み込む。


 しかし、それはあくまで視界をさえぎられたに過ぎない。


 音と振動で敵機の位置は把握はあくできる。ちなみは〈ヴェスパ〉を走らせ、煙幕えんまくの外から放たれたアサルトライフルのバースト射撃をなんなく回避する。そこに狙いすましたロケット弾が飛来したものの、今回は問題なく避けることができた。


 機体を走らせ、煙幕を抜ける。


 ちなみはモニターに目線を走らせ、周囲をチェックした。すぐに〈アーヴィン〉の姿を見つけて――ちなみはぎょっと目を見開いた。


「うそうそうそ!?」


 いつの間に準備したのか、〈アーヴィン〉は大型のガトリング砲を構えていた。M61A1バルカン。主に〈F-15イーグル〉などの戦闘機に搭載とうさいされている、六連装ろくれんそう航空こうくう機関砲きかんほうだ。


 その連射れんしゃ速度そくどはちなみが持っている機関砲の二十倍を超える。そんなもので撃たれれば、装甲のうすい〈ヴェスパ〉など紙くずのように粉砕ふんさいされてしまう。


「やばいって!」


 〈ヴェスパ〉が駆け出すと同時に、〈アーヴィン〉のガトリング砲が回転を始めた。


 激しい騒音そうおんが鳴り響く。


 走る〈ヴェスパ〉の後を赤い火線が追いかけた。大量の二十ミリ砲弾が雨のようにき散らされ、すぐ近くにあった倉庫の壁をあっという間にはちにしながらちなみの方へと迫ってくる。


 このままではすぐに追いつかれる。


 ちなみは素早すばやく武装を切り替えてトリガーを引き、側胴部の反動はんどうほうを二連射した。八十四ミリロケット弾が倉庫の扉を爆砕して、間髪かんぱつ入れずに〈ヴェスパ〉がその中に転がり込む。


 そこは瓦礫がれきだらけの部屋だった。壁を貫通かんつうしたガトリング砲弾が部屋に飛び込んでくるものの、〈ヴェスパ〉の装甲を貫通するほどのエネルギーは残っていない。


 再び武器選択。


 倉庫内を走った〈ヴェスパ〉が、背中からグレネードランチャーを引き抜く。ちなみがトリガーを引くと、連射された六十六ミリ多目的榴弾HEDPが目の前のパーテーションを吹き飛ばした。瓦礫がれきが乱舞するのに構わず、白煙はくえんをくぐって隣の部屋へと移動する。


 その部屋はかなりの広さの倉庫スペースだった。不法投棄ふほうとうきされたゴミや、長らく使われていないオイルヒーター、大小のたなといった備品びひんが放置されている他は何もない。


 壁にはスプレーによるいたずら書きがあった。割れた窓から差し込む燃えるような夕焼ゆうやけが、その落書らくがきを美しく照らし出している。


 不意ふいに、背後の窓枠まどわくが爆砕された。


 はじけ飛んだ破片はへんが地面に落ちる前に、対二脚ミサイルが三発、〈ヴェスパ〉に向かってかっ飛んでくる。ちなみにはその様子がスローモーションに見えていた。


 やはり計算だ。


 計算。計算。計算。


 本当に、コンピューターと戦っているようだった。いや、これは戦いですらない。リアがみちびき出した計算結果に対する答え合わせ。そして、あらかじめ用意された答えに、ちなみの得意なフェイントは通用つうようしない。だから、敵の攻撃は反射神経と直感で回避かいひしていくほかなかった。


 ミサイルがせまる。


 リアの計算は全て正しい。とんでもない計算精度せいどだ。ちなみがどのように動き、どのように回避するのかを完璧かんぺきに計算しきっていた。


 もちろん、それは事前じぜん仕掛しかけられたロケット砲やミサイル、ガトリング砲あっての作戦だ。この戦場自体が、ちなみの行動を誘導ゆうどう制限せいげんする、計算し尽くされたトラップなのである。そして、ちなみはまんまとその罠にかかってしまったのだ。


「……あ」


 そこで、ふと思いついた。


 考えてみれば簡単なことだ。ちなみの回避かいひ挙動きょどうが全て計算済みなのだとしたら――いっそのこと、というのはどうだろう?


 ミサイルが部屋に飛び込んできた。


 ちなみは機体を操作し、即座そくざにグレネードランチャーを投棄パージする。そして、その武器を一発目のミサイルへと


 そのマガジンには二十五発分の多目的たもくてき榴弾りゅうだんまっている。ミサイルが直撃し、マガジンが誘爆ゆうばくして、倉庫内で大爆発だいばくはつが起こった。


 目の前で巨大な火球かきゅうふくれ上がる。


 衝撃波しょうげきはで〈ヴェスパ〉が吹っ飛ばされ、計算もなにもなくなった残り二発のミサイルがあらぬ方向に着弾して爆発する。不法ふほう投棄とうきのゴミが吹き飛び、棚が粉々にはじけ飛んで、オイルヒーターがばらばらになりながら室内を乱舞らんぶする。


 ちなみは〈ヴェスパ〉に受身うけみをとらせ、ダメージを最小限におさえ込んだ。普通なら機体の腕や脚がちぎれたり、衝撃で操縦兵が気を失ったりする状況である。さすがのリアも、このような自滅じめつ行為こういは想定していないはずだ。


 衝撃波にあおられた〈ヴェスパ〉が地面をごろごろと転がった。その状態からくるりと起き上がった〈ヴェスパ〉は、立膝たてひざの姿勢で勢いのままに倉庫内を滑っていく。


 そこで、〈アーヴィン〉が建物内に飛び込んできた。


 その挙動が一瞬いっしゅんにぶったのを、ちなみは見逃みのがさなかった。恐らく計算が狂ったんだろう。態勢たいせいを立て直される前に仕掛しかける――チャンスは今しかない。


 〈ヴェスパ〉が走り込んで機関砲を撃つ。旋回せんかいした〈アーヴィン〉がそれを回避して撃ち返してきた。その挙動は油圧駆動の兵器とは思えないほどなめらかで、弾道だんどうのブレもほとんどない。ハイテクマシンである第五世代機ならではの精密せいみつ動作だ。


 ちなみは敵の砲弾が装甲をかするのも構わずに直進し、りを放った。しかし、〈アーヴィン〉はそれも計算していたかのようにバックステップを踏む。〈ヴェスパ〉のキックは数センチ届かない。針の穴を通すように精密な回避だった。


「この人、強い……!」


 論理的ろんりてき洗練せんれんされた機体コントロール。今まで戦った誰のものよりハイレベルな戦術。気を抜けば、ちなみは確実に負けていた。


 〈ヴェスパ〉と〈アーヴィン〉が交錯こうさくし、同時に着地。そして同時に振り返る。敵機のアサルトライフルの砲口がこちらを向いていた。


「けど――」


 〈アーヴィン〉が発砲。二十ミリの砲弾が至近しきん距離きょりで〈ヴェスパ〉へとせまる。


「――これは私の距離だ!」


 あざやかなフェイント。


 〈ヴェスパ〉がひらりと砲弾を回避し、〈アーヴィン〉の背中へとすり抜ける。そして、無防備むぼうびな操縦室へと機関砲をきつけた。


『――!』


 鋼鉄こうてつせいのドアごしに、リアの動揺どうようを感じ取る。


 あたりがしんと静まり返った。行動を停止ていしした二機の陸戦兵器が夕焼けに照らされ、廃墟はいきょの地面に長い影を落とす。


 目の前の〈アーヴィン〉から戦意が消え失せた。


 戦闘終了――そう思った時だ。


「ん……?」


 なにか違和感いわかんがある。


 左サイドモニターのすみの一ピクセルが不自然にらいだ。その一ピクセルの揺らぎから、ちなみは強い殺気を感じ取った。


 次の瞬間しゅんかん、破壊された窓枠の向こうから、光の速度でレーザービームのようなものがかっとんできた。


「え――」


 間に合わなかった。いや、間に合うはずがない。一ピクセルの揺らぎが見えた時点で、ちなみの負けは決まっていた。明らかな特殊チート能力。通常の手段では回避するすべのない、事象じしょうレベルの狙撃そげき


 〈ヴェスパ〉の二十ミリ機関砲が粉々に吹っ飛んだ。


 遠くから、狙撃兵そげきへいがこちらを狙っている。ちなみは動くことができなかった。敵の居場所いばしょ把握はあくできたものの、次の攻撃を回避できる可能性は五分五分ごぶごぶだ。下手に動けば、本当にちなみは死んでしまうかもしれない。


『……やっぱ強いね、穂高ほだかちゃんは』


 敵機の外部スピーカーからリアの声が聞こえてきた。〈アーヴィン〉は持っていたアサルトライフルを地面に捨てると、立ち上がってこちらを振り返った。


『穂高ちゃんの勝ち。約束通り、悪魔の部品は返すよ』


「でも……」


 ちなみはまだ勝っていない。未だに狙撃兵がちなみのことを狙っているからだ。


『あ、そっか。ごめんごめん』


 リアがそう言った六秒後に、敵の気配けはいは消え失せた。どうやら、リアが狙撃兵を下がらせてくれたらしい。


『見えない狙撃手とかズルじゃん。一応バックアップとして待機させてたんだけど、なんか早とちりして攻撃しちゃったみたい。もういなくなったから安心して』


 リアの言う通り、もう狙撃兵の気配はどこにもない。


 ちなみはほっと胸をでおろして、背もたれに身体を預けた。でも、あの狙撃兵は一体全体どこの誰だったんだろうか?


『これで、穂高ちゃんが本来の実力を取り戻していることが十分わかったよ。あとは戦闘の内容を本部に報告して申請しんせいが通れば、悪魔の部品を返してあげられると思う』


「えと……どーいうことですか?」


 ちなみが聞き返すと、リアは少しだけ考えてからこう言った。


『まあ、テストみたいなものだと思っといて。詳しいことはまた説明しに行くから、それまで待っててもらっていい? 今って春休みでしょ。高層こうそうマンションの最上階に部屋とったから、そこに泊まっていって』


「えっ、高層マンションの最上階!?」


『せっかくだし、小鈴ちゃんと一緒に遊びに行ってきたら? お金はウチが全部出すって言ってたよ』


「ほんとですか!? ありがとーございますっ」


 ちなみが目をかがやかせて、操縦室で頭を下げた。


 すぐにスマホを取り出し、小鈴にメッセージを送る。どこに遊びに行こうか考え始めたとき、ちなみの耳にこんなつぶやきが聞こえてきた。


『でも、自信無くすなあ。穂高ちゃんの戦い方を研究し尽くして準備も万端ばんたんに整えたから、最後にはしっかりヴェスパを無力化むりょくかできる計算だったんだけど……』

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