5-2

「どれどれ……」


 そう言いながら、小鈴がちなみのノートをのぞき込んだ。


 それは、ちなみが思い出した過去の記憶きおくをメモしているノートである。最初に〈ヴェスパ〉に乗ったときからもう一か月が経っているので、ノートのメモも結構けっこう分量ぶんりょうになっていた。


《最初の名前は『J21』←名前?》


《アイヌントツワンチヒ アインウントツヴァンツィヒ》


《フライシュッツ》


《たぶんドイツ》


《うさぎの卵←うさぎって卵から生まれるんだっけ?》


《結構つ□□□□闘訓□□けてな□□》


《森? 地下?》


《DUBISTNICHTICH》


《眼鏡で背の高いおじさん先生》


《フライシュッツは途中から》


《カレー》


《最初□□□□□はどこかの国□□□隊》


《クリプティッド。三回くらい?》



 メモの内容を見て、小鈴が顔をしかめた。


「……なにこれ? 暗号?」


 メモの内容は傍目はためには脈絡みゃくらくがなく、自分で読み返してもわからない部分が結構ある。消しゴムで消されていて読めない部分もあるし、アルファベットの羅列られつに関しては意味不明だ。


「あはは、そのへんは私にもわかんない」


 ちなみが笑いながらそう言った。


 しかし、わかる部分もある。キーワードを見れば、なんとなく関連する事柄ことがらを思い浮かべることができるのだ。とはいえ、そこに書かれているのは『フライシュッツ』の記録ばかりで、どれも『穂高ちなみ』の記憶とは言いがたかった。


 小鈴がノートのページをめくりながら続ける。


「内容がちっとも整理できてないし、落書らくがきだらけだし……ってかほとんど落書きだし。しかも無駄むだにカラフルなのが腹立つ」


「なんで? カラフルなほうがかわいいじゃん」


「全体的にあたまわるそうなノートだね」


「え、ひどい!」


 ちなみが抗議こうぎすると、小鈴はノートから顔をあげて小馬鹿こばかにしたような表情を浮かべた。


「やれやれ、道理どうりでちなみちゃんはお勉強が苦手なわけだよ」


「そ、それは……そうだけど……」


成績せいせき悪くて留年りゅうねんっていうのもぜんぜんあり得るよ。このままじゃ一生卒業できないかもね? 小鈴の後輩こうはいになっちゃうかも。小鈴先輩せんぱいって言ってみて? 練習しとこうよ」


「言わないよ! ちゃんと進級しんきゅうできるからっ」


 顔を赤くしたちなみを見て、小鈴がけらけらと笑っている。


 そんなやりとりをしていた時、スマホにメッセージの通知がきた。からかわれて涙目になったちなみがスマホのロックを解除かいじょすると、埒外らちがい事象体じしょうたい隔離かくり機構きこう――XEDAゼダに所属する大学生のお姉さん、リア・エバンスからメッセージが届いていた。


『これをあずかっています。返却へんきゃくするので東京に来てください』


 続いて画像が送られてくる。


 それは、見覚えのある真っ黒な十二面体めんたいだった。


「悪魔の武器だ」


 スマホを覗き込んだ小鈴が言う。


「東京だって!」


 目をきらきらさせたちなみが返事をした。


「え、そっち?」


「ねえねえ小鈴、ついでにプチ旅行しよーよ! 東京だよ、東京!」


「いやだ。めんどくさい」


「なんでぇ~。いこうよぉ~」


「べたべたしないで! うざい!」


「あうぅ」


 抱きつこうとしたちなみを小鈴が押しのける。


 四つ目の武器、『ダンタリオンの左腕』――それを所持しょじしていたのはリアだった。三月二十八日、春休み。ちなみと小鈴は、急きょ東京に小旅行をすることとなったのである。



   *****



 東京駅まで新幹線で移動し、そこからJR中央線に乗り換えて約四十分。バスに乗り換えて向かったのは、待ち合わせ場所としてリアに指定された軍事ぐんじ施設しせつ跡地あとちだった。


 木々が立ち並ぶ森の中を、いつもの制服姿をしたちなみと小鈴が並んで歩いている。


 時刻じこくは午後四時。


 日はかげり、空は徐々じょじょに暗くなりつつあった。


わなですね』


 小鈴が手にした黒ボール、悪魔が言った。


「そうだね」


「だよね~……」


 小鈴とちなみが同意どういした。さすがに、こんな場所を待ち合わせに選ぶなんておかしすぎる。ここはそもそも、本来なら立ち入り禁止の場所だった。しかし警備けいびの人間は一人もおらず、二人が素通すどおりでここに入ってこれたのがますますあやしかった。


「小鈴はこのあたりで待ってて」


 ちなみが言った。


 ここから先は、どんな罠が仕掛しかけられているかわからない。もし、ちなみが罠をるとしたらこの辺りにする。だから、安全だと言い切れるのはここまでだった。


「いやだよ。怖いし」


 そう言いながら、顔をしかめた小鈴がちなみの手首をぎゅっとにぎった。


「じゃあ、ねんのためイフェイオンに変身しといて。何かあったらすぐに呼んでね」


 ちなみが真剣な顔で言うと、小鈴は「そこまで言うなら……」と渋々しぶしぶ手を放してくれた。


虚孔接続アクセス・アイズル:ベータ』


 そう悪魔がとなえて、地面に落ちた暗がりから〈ヴェスパ〉二号機が出現する。


 前回出撃したときとは違い、二号機は軽装けいそう仕様しようになっていた。両手に二十ミリ機関砲きかんほうを構え、背面の予備よび武装ぶそうラックにはグレネードランチャーと三十ミリライフル砲が装備されている。また、側胴部そくどうぶにはいつも通り無反動むはんどうほうが二門固定されていた。


 起動手順をませたちなみは、「じゃあ、行ってくる」と告げて機体を立ち上がらせた。


『気を付けてね』


「うん。小鈴もね」


 操縦桿そうじゅうかんを倒し、ゆっくりと機体を歩かせて森の中を進んでいく。しばらく行くと、巨大な工場のような見た目の、ぼろぼろの建造物けんぞうぶつが見えてきた。


 その正面に、モスグリーンの二脚にきゃく兵装へいそうが待機している。


 〈XM17アーヴィン〉。


 それは、商店街で見たのと同じリア・エバンスの乗機だった。


 ジェット機が飛ぶようなガスタービンエンジンの駆動音くどうおんが聞こえる。宇宙服ヘルメットのような無機質むきしつな頭部。多面体で構成された胴体どうたい。引きまった形状の脚部。全体的にスマートで、洗練せんれんされた印象の陸戦りくせん兵器へいき


 これこそ、米軍の特殊とくしゅ部隊ぶたいでようやく運用が開始された、最新にして最強のだい五世代ごせだいがた二脚兵装。第四世代型の〈ヴェスパ〉とは文字通り一線いっせんかくす性能を持っている。


「リアさん……だよね?」


 ちなみが操縦席そうじゅうせきつぶやく。


 すると、それを察知さっちしたかのように、〈アーヴィン〉の外部スピーカーが起動した。


『来たね』


 リアの声がそう言った。五十メートル先の〈アーヴィン〉がM807アサルトライフル砲を構える。安全装置は解除かいじょされていて、いつでも発砲はっぽうできる状態だった。


『悪魔の部品を返す条件は一つだよ』


 二脚の外部スピーカーは音質おんしつが悪いので、くぐもったリアの声は別人のものに聞こえた。


『私に勝ってみせて――フライシュッツさん?』


「――!」


 ちなみの身体が、思考しこうより先に反応した。


 操縦桿を倒し、ペダルをる。準備じゅんび運動うんどうのように軽くねた〈ヴェスパ〉に、〈アーヴィン〉がアサルトライフルをバースト射撃した。


 かっとんできた三発の二十ミリ徹甲砲AP弾は、ちなみが仕掛けたフェイントによりひらりと回避かいひされる。しかし、〈アーヴィン〉は同時に無反動砲を発射していた。八十四ミリのロケット弾は、ちなみが最も回避しにくい場所へと飛んできている。


 ――本気だ。


 手加減てかげんはなかった。相手は全力でこちらを倒しに来ている。


 ちなみは反射的はんしゃてきに機体を操作し、ギリギリでその攻撃を回避。〈ヴェスパ〉の胴体装甲をロケット弾頭が擦過さっかし、背後へとかっとんでいった。


 やらなきゃやられる。


 安全装置解除。〈ヴェスパ〉が両手の機関砲を持ち上げ、即座そくざに発砲した。やかましい炸裂さくれつおんと共に大量の二十ミリ砲弾がき出され、モスグリーンの二脚へと飛んでいく。


 しかし、〈アーヴィン〉は一歩も動かなかった。


「うそ……」


 二十ミリ砲弾は敵機の近くを通り過ぎ、その後ろのコンクリートに弾痕だんこん穿うがつ。リアには最初からわかっていたのだ――ちなみの最初の射撃がけん制であり、直撃ちょくげきを狙ったものではないことに。


 驚愕きょうがくするちなみを置いて、身をひるがえした〈アーヴィン〉が建物の中に消えていく。


 普通の操縦兵なら、たれそうになったらけるだろう。ちなみでも、フェイントをかけて直撃しないように差し向ける。しかし、リアはそれをしなかった。完全に、完璧かんぺきにこちらの動きを予想していなければできない芸当げいとうだ。


 ――いや、違う。


 ちなみは本能的にさとった。リアはちなみの行動を予想したのではなく、『計算』したのだ。コンピューターのような冷徹れいてつさであらゆる環境情報を変数に取り入れ、ちなみの射撃が当たらないことを計算していた。


「ふう……」


 ちなみが短く息をつく。


 『ダンタリオンの左腕』を返してもらうためには、〈アーヴィン〉を無力化むりょくかする必要がある。しかし、リア・エバンスは普通の操縦兵そうじゅうへいではなさそうだ。もしかしたら、今回の戦いは今までで一番きびしいものになるかもしれない。


 操縦桿を倒す。


 〈ヴェスパ〉が走り出して、敵機てっきが消えた建物の入口いりぐちへと向かって行った。



   *****



『チナミの一番の武器は生存せいぞん能力のうりょくです。いかなる攻撃も彼女をとらえることはできない』


「それはなんとなくわかるよ。すごい反射神経してるよね」


 木々のかげかくれた〈イフェイオン〉の中で、小鈴と悪魔が会話している。


『確かにチナミの反射神経は人間にんげんばなれしていますが、それだけではあの生存能力に説明がつきません。虚像きょぞう天使てんし、ニンウルタ、ダウリクス……今まで戦ってきた敵は、二脚兵装では到底とうてい反応しきれないスピードで攻撃をり出すことができた。いくらチナミの操縦そうじゅうがうまくとも、その性能差はくつがえせません』


「じゃあ、どうやって避けてるの?」


『フェイントです』


「右に避けると見せかけて左に避ける、みたいな?」


『実際はそれほど単純たんじゅんではありませんが、その認識でほぼ正解です。チナミは敵をあざむくことに異常なまでにけています。もはや、敵をコントロールしていると言ってもいい』


「どういうこと?」


『フェイントによって、敵は最も避けやすい場所に攻撃するよう誘導ゆうどうされる。チナミをたおそうとすればするほど、敵はそのフェイントにかかってしまう。彼女の戦闘せんとう挙動きょどうはそういうものです。どんなに速く動いたところで、チナミを倒そうと思考する以上、彼女をとらえることは不可能ということです』


「なにそれ、かっこいい。チートじゃん」


『では、チナミに攻撃を当てるにはどうすればいいと思いますか?』


「それが無理なんでしょ。倒そうとすると攻撃を誘導されて避けられちゃうんだから」


『ええ、ですから』


 一度言葉を切ってから、悪魔はこう続けた。


『倒そうと思わなければ、攻撃を当てられるのではないでしょうか?』



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ヴェスパ二号機通常仕様

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093085157045158


・XM17アーヴィン

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086071002985

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る