第五章 埒外事象体隔離機構
5-1
『
それは、一八二一年に発表されたドイツオペラのタイトルである。日本語でいえば『
目の前の
森の中で、
敵は一機、『フライシュッツ』というコードネームの機体だけだ。対してこちらは五機。
だというのに、誰も『フライシュッツ』を止められない。
敵機――赤褐色の〈ヴェスパ〉が
近くにいた三機目の〈ホルダード〉がロケットランチャーを発射する。しかし、敵機はそれを
あまりに速い。速すぎる。
『フライシュッツ』の
「タウラス5、私の後ろに――」
アイラが言いかけたときには、最後の
「……ッ!」
アイラの〈ホルダード〉が
〈ヴェスパ〉がジャンプし、すぐ横に生えていた木に着地した。敵機はそのまま木々を蹴り、空中を自在に
アイラ・ガンターは
その
しかし、そんな彼女でも『フライシュッツ』を止めることは不可能だった。
アイラの〈ホルダード〉が専用装備であるレールランスを突き出すが、それをフェイントで回避した〈ヴェスパ〉が
ダークブルーと赤褐色の二脚兵装が、目まぐるしくポジションを変えお
右肩をずたずたに
「待て……っ!」
アイラはめまいをこらえて機体を立ち上がらせるものの、『フライシュッツ』はとんでもないスピードで森を駆け、視界の外へと消えていった。
結局、作戦に
*****
壁も床も白い
デュアルモニターのタワーPCが乗ったデスクと、
デスク前の椅子に腰かけた青年が言う。
「聞いたよ。あの子とまた
その青年はドクターと呼ばれていた。白衣を着た、白髪で
「もう三度目だっけ。やっぱり同じ結果だったのかい?」
ドクターが話しかけているのは、ベッドに腰かけたビジネススーツ姿の女性――アイラ・ガンターだ。
アイラはこくりと
「前に森で戦ったときは、もっと異常な戦闘力をしていた」
「そのはずなのに、ずいぶん弱くなっている……だったっけ?」
「そう。何かわかった? あの子に関して」
あの子、とはつまり、『フライシュッツ』のことである。
先日交戦した強化人間の正体は、
明るい茶髪をした十三歳の少女。
名前はなく、与えられていたのはコードネームだけ。
それから数日は
問題になっているのは、その後の彼女の扱い方だ。
「そうだね……」
ドクターが目を
「よく笑うし、
「熱?」
アイラが無表情のまま聞き返す。
「体温の話じゃないよ。どう言えばいいのかな、彼女には欲がないんだ。生きる目的を失くしてしまったような感じでね。自分から『こうしたい』って言ってこないんだよ」
「能力が弱体化しているのはそれが原因?」
「それもある。だけど、彼女を
「教えて」
すると、ドクターはため息をついてからこう続けた。
「昨日あの子に、『この先きみが何をしたいか、一緒に少しずつ考えていこう』って言ったんだ。そしたら彼女がなんて返事をしたかわかるかい?」
「わからない」
「彼女は笑顔でこう聞いてきたんだ。『それは命令ですか?』ってね」
アイラの表情が少しだけ動いた。ドクターはそれを返事と受け取ったのか、さらに説明を続ける。
「多分、彼女を再起させる方法は
そう言って、ドクターは肩をすくめる。アイラはちらりとドアを振り返ってから、ドクターにこう聞いた。
「私以外にその事実を知っている人はいる?」
「いないよ。これを話したのはきみが最初だ」
「じゃあ、誰にも言わないで。記録にも残さないで」
「隔離局の職員として、僕には報告の
「私には
「明白な
しかし、言葉とは
『特務隔離官』とは、特に能力の高い十二人のエージェントに付与される
「でも、珍しいね。きみが個人に肩入れするなんて」
「個人に肩入れするわけじゃない」
「善良な人間が不当に扱われるのを見過ごせないだけ」
「そうだったね」
「あの子の能力は弱体化していて、XEDAの戦力としてはふさわしくない。彼女は
「勝手にことを進めるのかい? また局長に怒られるよ」
「私には特権が認められている。局長に怒られる筋合いはない」
「きみのそういうところ、僕は結構好きだよ」
それには返事をせずに立ち上がり、アイラは
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