4-5

『正気か!?』


 サカマキの声がする。


 地上千五百メートルからの自由落下、しかもパラシュートなし。二脚兵装は空挺くうてい降下こうかに対応しているが、こんな運用は想定されていない。このままでは、一分とたたずに〈ヴェスパ〉は地上へ叩きつけられ、ちなみはぐちゃぐちゃの肉塊にくかいになってしまうだろう。


「さすがにちょっと怖いかも――!」


 けれど、小鈴に嫌われたままなのはもっとイヤだった。


 作動レバーを『N(ニュートラル)』から『AIRB(エアボーン)』に切り替え。モニターの表示が切り替わり、操作系そうさけいが空挺降下用に最適化さいてきかされる。しかし、この機体の高度表示はアテにならないから、感覚で計測けいそくするしかない。


 風がうなって装甲を叩き、機体がぎしぎしと嫌な音をたてている。座席はがたがたとれ、いつも通りの姿勢しせい維持いじするのが難しい。


 それでも、やるしかない。


 操縦桿そうじゅうかんを倒すと、〈ヴェスパ〉が横ロール回転して上空を向いた。夜闇よやみに星々が遠ざかっていく――その中に、こちらへと飛んでくる〈イフェイオン〉と、それを追う〈ダウリクス〉が見えた。


『ちなみちゃぁ~~~っ!?』


 小鈴が情けないさけび声をあげる。その背後で、〈ダウリクス〉がミサイルを発射した。対機兵誘導ゆうどうミサイルが、超高速で飛行しながら生き物のように〈イフェイオン〉を追尾ついびする。


「そのままこっち来て!」


 つばさを広げたトゲ巨人が、落ちる〈ヴェスパ〉に向かって飛んでくる。現状げんじょう高度こうどは八百メートル、まだ大丈夫。ちなみは背中向きに落ちながら、がたがた揺れる操縦席そうじゅうせきで機体を操作し、トリガーを引いた。


 右腕のガトリング砲が夜闇にえる。


 まばゆいマズルフラッシュと共に、大量の二十ミリ徹甲焼夷API弾がかっとんでいく。本来は航空機に搭載とうさいされる電動式でんどうしきのガトリング砲だ。その連射速度はいつもの機関砲の比ではない。


 空中で爆炎ばくえん花開はなひらく。


 制御の難しいガトリング砲で、ちなみはなんなくミサイルを撃墜げきついした。


「お返しっ!」


 ロック・オン。ちなみが左トリガーを引くと、〈ヴェスパ〉の背中から対空ミサイルが発射された。商店街でXEDAゼダの〈フィンドレイ〉が装備していたのと同型の、高性能な地対空ちたいくうミサイルだ。


『クソ! 死にやがれ!』


 ミサイルが〈ダウリクス〉に追いすがる。黒い戦闘機は空中でひらりと人型に変形し、『鏖殺剣おうさつけんアンドラス』でミサイルを斬りはらった。そして再び戦闘機へと変形し、闇の中へと消えていく。


「小鈴! そろそろやばい!」


 現状高度、三百メートル。


 夜の街が目と鼻の先に見えて、お腹がひゅんとなった。危ういところで〈イフェイオン〉が〈ヴェスパ〉をキャッチし、勢いよく上空へと運んでいく。


『もうムリ! こんなの怖すぎる!』


「大丈夫だからっ」


 上空で〈ダウリクス〉が旋回せんかいし、獲物えものを狙う猛禽類もうきんるいのような獰猛どうもうさでこちらに向かってくる。高度は千四百メートルに到達。落ちるのに十分な高さだった。


「もっかい! 降下フォールダウン!」


 小鈴がちなみを放り投げる。〈ヴェスパ〉が夜闇を切って無抵抗むていこうに自由落下した。


『死ねッ!』


 〈ダウリクス〉がミサイル発射する。しかも二発だ。ちなみは機体を回転させ、ミサイルを正面にとらえてトリガーを引く。


 穂高ほだかちなみの操縦技能は異常だった。機体ががたつく中、ただでさえ精密せいみつ射撃の難しいガトリング砲を使って、二つのミサイルを即座そくざに迎撃する。赤い火線が夜闇を走り、マッハ三でかっとんでくるミサイルを空中で爆散ばくさんさせた。


 素早くモニターに目を走らせる。


 〈イフェイオン〉は見つけた。〈ダウリクス〉はいない。だったら――


「――うしろ!」


 振り向く時間はない。ちなみはペダルをみ、機体に両手足を広げさせた。〈ヴェスパ〉が下から吹き付ける風を全身で受ける。空気抵抗が瞬時しゅんじふくれ上がって、浮き上がったと錯覚さっかくするくらい減速した。


 そのすぐ下を、〈ダウリクス〉のイオンブラスターが擦過さっかしていく。


 ミサイル二発をおとりにし、背後に回り込んで本命のイオンブラスターを叩き込む高度な戦術せんじゅつ。サカマキは優れた空間くうかん把握はあく能力のうりょくを持つ天性てんせいのエースパイロットであり、空中戦で彼に勝つことはほとんど不可能だ。


 ちなみはそれを完璧かんぺきに回避したのだ――それも、空中戦など考慮こうりょされていないただの陸戦兵器で。


『フザけやがって!』


「真面目にやってますうっ」


 〈ヴェスパ〉の姿勢しせいを変更すると、機体がものすごいスピードで落下し始める。現状げんじょう高度五百メートル、そろそろやばい。その時、〈ダウリクス〉から最後のミサイルが放たれた。武器変更、左トリガーを三十ミリライフルに設定。


「やばいやばいやばいっ!」


 叫びながら両方のトリガーを引く。


 ガトリング砲が吠え、ギリギリでミサイルを撃墜。そして――


『バカな!?』


 連射された三十ミリ砲が、〈ダウリクス〉の左ウイングを半ばからへし折った。


「小鈴! やばい拾って! はやくっ」


『待って待って――もう、最悪!』


 高度二百メートルまで落ちた時、ようやく〈イフェイオン〉が〈ヴェスパ〉をキャッチした。


「い、今のはやばかった……」


 ばくばくと心臓しんぞうが鳴っている。Tシャツも下着も、冷や汗でびしょびしょになっていた。ちなみは両手を胸に当て、深呼吸しんこきゅうしながら息を整える。


『ちなみちゃん、ほんとに大丈夫?』


「だいじょぶだいじょぶ、ちょっとドキドキしただけ」


 遠くで幾分いくぶんスピードの落ちた〈ダウリクス〉が上昇していく。恐らく、次が最後の勝負になる。武器セレクターを回し、再び左トリガーを対空ミサイルに設定。


 現状高度、千六百メートル。


 〈ダウリクス〉が旋回し、こちらに機首きしゅを向ける。頃合ころあいだ。


「これで最後。いくよ――降下フォールダウン


 小鈴が手を放し、ちなみは再び地上へと落ちていく。


 間髪かんぱつ入れずに敵をロック・オン。トリガーを三連打し、残る全てのミサイルを発射した。


 〈ダウリクス〉はくるりと変形して人型ひとがた形態けいたいになり、落下しながら『アンドラス』を振るう。ちなみが発射したミサイルは全てはらわれてしまった。振るわれれば必ず相手を傷つける剣。その性能は確からしい。


 黒い機体が再び戦闘機に変形し、無防備むぼうびに落下するちなみの方へとせまってくる。三十ミリライフル砲とイオンブラスターをお互いに撃ちあうものの、ちなみもサカマキも簡単には当たらない。


 現状高度、七百メートル。


 〈ダウリクス〉が一直線に近づいてくる。空中で身動みうごきの取れない〈ヴェスパ〉に回避かいひする術はない。ちなみは笑った――完璧に作戦通りだ。


『死にさらせ、クソガキ!』


 超高速でかっとんできた〈ダウリクス〉が、衝突しょうとつ直前ちょくぜんで人型に変形し、右手の剣を振りかぶる。ちなみが機体を操作した。わずかなフェイント――敵の攻撃タイミングがずれる。


 直撃ちょくげきは回避できた。


 代わりに、突きつけた三十ミリライフル砲が両断りょうだんされる。


「借りたものは、」


 三十ミリライフル砲を投棄パージ即座そくざに左腕を操作し、勢いのまま飛び込んできた〈ダウリクス〉の右腕――『アンドラスの右腕』をがっちりとつかむ。


「ちゃんと、返してねっ!」


 ちなみが叫ぶ。


 二体の巨人が空中ではげしくぶつかった。座席が揺れるのにも構わず夢中むちゅう照準しょうじゅんし、トリガーを引く。〈ヴェスパ〉の左腕ガトリング砲が〈ダウリクス〉の右肩に押し当てられ、ゼロ距離で大量の二十ミリ砲弾を叩き込んだ。


『クソが! クソが! クソがぁッ!』


 大量の二十ミリAPIがはじけ、赤々とした火花をらした。二機は空中でもみ合いながら、眼下がんかの海に向かって放物線を描いて落下していく。


 モニター外の景色はぐるぐると回り、機体の制御せいぎょがきかなくなっていた。モニターのはじに敵機の右腕が映っているので、『アンドラス』は取り返せたらしい。なら、〈ダウリクス〉はどこだ。自機の状態が把握はあくできない。ちなみは必死に機体を立て直そうとして――


 突然とつぜん、過去の映像がフラッシュバックした。


 目の前で、赤褐色せきかっしょくの二脚兵装が黒焦くろこげになっている。それは仲間の機体だった。ちなみの仲間は、敵の攻撃を受けて即死そくししたのだ。


『フライシュッツ。戻ってこい』


「フライシュッツ了解」


 ちなみの口が勝手にしゃべった。ちなみは命令通りに仲間の残骸ざんがいを置き去りにしてその場を後にする。思うように身体が動かなかった。それも当然のことだ。これはちなみではなく、フライシュッツの身体なのだから。


「――!?」


 気付けば、操縦室そうじゅうしつは海水でいっぱいになっていた。


 どうやら〈ヴェスパ〉は海面かいめんに打ちつけられ、ちなみはほんの少し気を失っていたらしい。すでに操縦室は浸水しんすいしており、液体でたされてしまっている。息ができない。真っ暗で何も見えない。身体が冷たくて、手足の感覚がない。


 ――そうだ、脱出だっしゅつしなきゃ。


 太ももの間にあるエジェクションレバーをにぎる。いや、握れなかった。身体が動かない。口からぶくぶくと空気が逃げていく。海水を飲んでしまったようで、意識いしきたもつのも辛くなってきた。


 これはさすがに助からないかも。


 小鈴、ごめんね。


 ごめん――



   *****



 目を開けると、ちなみの腰あたりに馬乗うまのりになった小鈴が、心配そうな表情でこちらをのぞき込んでいた。


「よかった、生きてた……!」


 小鈴は黒いボディスーツを着ていて、尻尾しっぽから伸びたケーブルは付近に片膝かたひざをついた〈イフェイオン〉へとつながっている。その横には、ドアをこじ開けられた〈ヴェスパ〉が転がっていた。


「助けてくれたの……?」


 ころがったままちなみが聞くと、小鈴は泣きそうな声で「当たり前でしょ」と言った。


「ほら、やっぱり危なかったじゃん。もうすぐでちなみちゃんは死んじゃうところだったんだよ? どうしてこんな危ないことしたの」


「あはは、ごめん」


 ちなみは力なく笑って、小鈴の顔を見上げた。


「小鈴に嫌われたと思って、ちょっと無理しちゃった……かも」


 そう言うと、小鈴は力が抜けたように倒れ込んできて、ちなみの胸に顔をうずめた。


「嫌いだよ」


 小鈴が言う。


「嫌い。ちなみちゃんなんて嫌い。おバカでドジで向こう見ずで、勝手に突っ走って勝手に死にかけるんだもん。ほんとバカ。ほんと嫌い」


 そして、小鈴は泣きながらこう続けた。


「ちなみちゃんが死んじゃったら、やだよ……ごめんね……」


「そっか」


 ちなみはようやく動くようになった両手を上げ、上に乗っかっている小鈴をぎゅっと抱きしめた。


「私もこういう戦い方はしないようにするね」


「うん……」


 しばらくそうしていた二人だったが、ふと思い出したようにちなみがしゃべりだした。


「でもさ」


「うん」


「ヴェスパさ、二つあってよかったよね。やっぱり買ってよかった!」


 ちなみがそう言うと、赤い目をした小鈴が顔を上げてジト目を向けてきた。


「それに関しては許してないから。今後も絶対ぜったい許さないから」


「そんなぁ~」


「悪魔もだよ。勝手にちなみちゃんを甘やかさないで」


『それは失礼しました』


「ふん」


 鼻を鳴らした小鈴が、再びちなみの上に寝転がる。薄着うすぎな上にびしょれ状態のちなみだったが、小鈴の体温のおかげで今回は風邪かぜを引かなくて済みそうだった。

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