4-4

 約二時間後、ちなみは市内のビジネスホテルの一室にいた。


 ずぶれのちなみと小鈴はホテルの受け付けでたいそう驚かれたものの、悪魔の助力じょりょくもあってなんとか部屋を借りることができた。


 引っつかんで脱出したリュックの中身は全部びしょ濡れになっていて、財布さいふやポーチ、辛うじて壊れていなかったスマホなどが机の上で乾かされている。


 シャワーを浴びたちなみは、買ってきたTシャツとショートパンツに着替えていた。びしょびしょの制服はコインランドリーに放り込んである。


 そして、ミサイルの直撃ちょくげきでグロッキー状態になっていた小鈴は、ベッドで死んだように眠りこけていた。


「あ~あ……」


 ベッドに腰かけたちなみは、天井てんじょうを見上げながらため息をついた。


 さすがのちなみも少しへこんでいる。ちなみの唯一ゆいいつの取りである戦闘でドジをやらかし、さらに小鈴を盾にして逃げるという大失敗。小鈴はホテルに来るまで一言もしゃべらなかったし、もう本格的に嫌われてしまったかもしれない。


「なーんて、落ち込んでてもしょーがないか!」


 そう自分に言い聞かせつつ、その場で伸びをする。


 今はできることをやるしかない。そして、ちなみにできるのは〈ヴェスパ〉に乗って戦うことだけ。なら、やるべきことはひとつだ――奪われた『アンドラスの右腕』を取り返す。


「ねえ、悪魔」


『なんでしょうか』


 ベッドの上に置かれた黒ボールを手に取り、ひざの上に載せつつ質問する。


「あのダウリクスっていうロボットがなんなのかって、知ってる?」


『ちょうどそれを調べていたところです。スマホの画面を見てください』


 言われた通りスマホを手に取ると、そこにいくつかの情報じょうほうが表示された。先ほど〈ダウリクス〉に乗っていた男の顔写真と、その下に名前らしき文字列もじれつ


 『榊巻緑無』


 と書かれている。


「えーっと。なんて読むの、これ?」


『サカマキ・グリムです』


 ちなみはぱちくりとまばたきをして、もう一度名前を見た。『榊巻さかまき緑無ぐりむ』。


「へー、さかまきって読むんだ……ちょっと待って、『ぐりむ』? 『む』はわかる、『無し』って漢字だし。でも『緑無』って……あ、緑だからグリーンってこと!?」


愉快ゆかいな名前をしているようですね』


「めっちゃキラキラネームじゃん!」


『サカマキ・グリム』


「あはは、り返さないで~っ!」


 ちなみが笑っていると、淡々たんたんとした口調で悪魔が言った。


『何がそんなにおかしいんですか?』


「え」


『人の名前で笑ってはいけませんよ』


「急に裏切うらぎってきた……! でもたしかに! ごめんなさい!」


 ちなみは手をあわせ、遠くにいるサカマキさんに謝った。


『サカマキは、ロズウェル・インスツルメンツのテストパイロットです。この会社の名前に聞き覚えはありますか?』


「あるある! うちのお父さんがロズウェルのスマホ使ってるよ」


『そうですか、であれば話は早いですね』


 ロズウェル・インスツルメンツといえば、スマホやスマートスピーカーといったスマート家電かでんを作っている会社だ。悪魔によれば、冷蔵庫や電子レンジなどの家電から、エンジンや軍用ぐんよう機材きざいまで様々なものを作っているコングロマリット企業、とのことらしい。


『ですが、それはあくまで一側面いちそくめんにすぎません』


 ちなみの太ももの上で、悪魔が説明を続ける。


『RI社は、秘密裏ひみつり異方体クリプティッドを研究し、その成果を軍事転用しようとしている組織です』


「でた、『くりぷてぃっど』! それって、虚像きょぞう天使とか悪魔のことだよね」


『先々週交戦したニンウルタも、そう分類していいでしょう』


「とにかく、普通の人は知らないおかしな存在、ってことであってる?」


『ええ、その通りです』


 常識じょうしきに反する異常な存在――リアはそう説明していた。だとしたら、ちなみの認識もおおむね間違ってはいないだろう。


『このさいです、少しくわしく説明をしましょう。チナミに覚えていただきたい組織が三つあります。一つ目はXEDAゼダ。この組織は、異方いほうを“否定”しています。異方体を隔離かくりして、一般人から隠すことを目的とした組織です』


「リアさんたちの組織だね」


『二つ目はRI社、およびロズウェル・グループ。この組織は、異方を“利用”します。彼らは世界のトップ企業になるためならばなんでもする。その一つが、異方体を研究し、軍事転用することです』


「そーなんだ」


『そして三つめはゲシュタルト機関きかん。この組織は、異方を“管理”しようとします。彼らは、強大な異方を正しく管理し、人間を守護することを目的とします。それができるのは自分たちだけだと主張する、少し過激かげきな組織です』


「なんかこわいね」


『少なくともこの三つは覚えておいてください。いいですね』


 ちなみが指を折りつつ名前を列挙れっきょする。


「異方を『否定』するXEDAゼダ、『利用』するロズウェル社、『管理』するゲシュタルト機関」


上出来じょうできです』


「えへへ」


 軽くちなみをめたあと、悪魔が『それでは』と説明を続ける。


『話を戻しましょう。RI社は異方体の軍事転用を研究しています。その成果が“垓装機兵がいそうきへい”。ヴァリアント・トルーパー、略してVTと呼ばれる人型兵器です』


 ヴァリアント・トルーパー。


 先ほど交戦した〈ダウリクス〉がそうなんだろう。


「それって、二脚とはどうちがうの?」


『全くの別物です。フェノメナル・リアクタと呼ばれるエンジン部以外はほとんどが人工のパーツで構成されていますが、その作動さどう原理げんりはRI社にもわかっていません。なぜなら、その性質上、異方素材は物性ぶっせいを調べることが不可能だからです』


「どーいうこと?」


『“おバカ”なチナミでは理解できませんので、説明は割愛かつあいします』


「ば、ばかじゃないから! ちょっとドジなだけだからっ」


 言いながら、ちなみが黒ボールをさぶった。それをものともせず、悪魔は淡々とした口調くちょうで説明を続けていく。


『こう考えてください。VTは現代科学の百年先を行くオーバーテクノロジーの産物さんぶつ、つまり“未来兵器”です。短距離たんきょり飛行を可能とする小型スラスター、プラズマを投射とうしゃするイオンブラスター、そしてジェット戦闘機と同等の空戦能力を得る可変かへん機構きこう。どれも現代科学では再現不可能です』


「たしかに……」


『しかし、無敵ではない。ダウリクスは二十ミリ機関砲きかんほうでダメージを与えることが可能です。戦闘不能にするには主機しゅきに十数発たたむ必要がありますが、それでも勝算がないわけではありません』


「なるほど」


 ちなみは考え込む。


 〈ダウリクス〉は戦闘機に変形できるので、ちなみを遠距離からねらい撃ちにできる。せめて〈ヴェスパ〉が空を飛べれば、『アンドラスの右腕』を奪い返すこともできるだろう。あの剣は恐ろしい武器ではあるものの、ちなみにとってそこまで大きな脅威きょういにはならない。どちらかといえば飛行能力の方が厄介やっかいで――


「私、ちょっと思いついちゃったかも。こんな作戦はどーかな?」



   *****



「さむさむ! 早く、早くヴェスパ出して!」


 Tシャツショーパン姿のちなみが、自分の身体を抱き、両脚をこすり合わせている。


 時刻は二十一時五分前。空はすっかり暗くなり、冬のんだ夜空には星々がきらめいていた。風が強く、ちなみのサイドテールがゆらゆら揺れる――ここは地上百四十メートル、市内で最も高いランドマークタワーの屋上おくじょう部なのである。


『“虚孔接続アクセス・アイズル:ベータ”』


 悪魔がいつもと少し違う言葉を唱えた。


 そうして呼び出されたのは、右腕を三連装さんれんそうガトリングに改装された〈ヴェスパ〉二号機だ。左手には三十ミリライフル砲、背中には四発の対空誘導ゆうどうミサイルが装備されている重火力じゅうかりょく仕様である。


 ちなみがそれに乗り込むと、〈イフェイオン〉に変身した小鈴が『フォルカロルの翼』を装備して立ち上がった。


『ねえ、ちなみちゃん。ホントにやるの……?』


 心配そうな小鈴の声がそう言った。


「だいじょぶだいじょぶ。ほら、サカマキさんが来ちゃう前に早く行こ!」


『う、うん……』


 〈イフェイオン〉が翼を広げて浮遊ふゆうする。そして、その両腕で〈ヴェスパ〉の背中をがっちりと抱え込むと、そのまま機体を持ち上げて上空へと浮遊した。


「お、おぉ~」


 飛行機に乗ったときと同じような浮遊感を覚える。


 違っているのは、今座っているのが二脚にきゃく兵装へいそうの座席であるという点。エコノミークラス以下の座り心地ではあるけれど、この環境かんきょうには慣れている。


 そうしている間にも〈イフェイオン〉はぐんぐん高度を上げ、ついには地上千五百メートルまで到達とうたつした。


「小鈴! 下見て、下! きれーだよ!」


 千五百メートルから見下ろす夜の世界は、ぜんぶが小さく見えている。無数むすうに並ぶ建造物、境界線きょうかいせんを引く道路や線路、そして黒々とした海。駅を中心に広がった沢山の光は、まるで地上に広がる星空だ。


『やっぱりやめよう、ちなみちゃん。こんなの絶対危ないよ』


 下を見て怖くなったのか、小鈴が弱気な台詞を口にする。


「大丈夫だって! 見てて、すぐにアンドラスを取り返してくるから」


『そんなのいいよ。もう戻ろう? 小鈴も怖いし……』


 小鈴がそう言ったとき、時刻が二十一時ぴったりになった。


『来ましたよ、シャオリン、チナミ。今、こちらから通信を呼び掛けます』


 悪魔が言うと、その一秒後にブツッと音がして、


『ノコノコと現れやがったな、クソガキども!』


 そんな声が無線むせんしに聞こえてきた。


 サカマキの声だ。


 ちなみがモニターに目をむける。遠くから戦闘機形態の〈ダウリクス〉が飛んでくる様子が確認できた。


『お前ら、生きて帰れると思うなよ!? 二人まとめてブチ殺してやる!』


 そして、サカマキはかなり怒っている様子だった。


 それもそのはずだ。なぜなら、悪魔がサカマキのスマホ番号を特定し、SMSで小鈴が考えたたしじょうを送りつけたからである。


 果たし状には、『十歳以上も年下の女の子二人にあっさり逃げられちゃったエースパイロット(笑)』とか、『高性能こうせいのう機体を使って二脚にすら勝てないとかずかしくないんでちゅか?』とか、『親愛しんあいなるグリムさんへ(カッコいい名前ですね!)』とか、とにかく思いつく限りの挑発ちょうはつ文句を並べ立ててある。


 案の定、プライドの高いサカマキは激昂げきこうし、時間通りに指定した場所へとやってきた。作戦の第一段階はなんなくクリアだ。


「サカマキさん。アンドラスの右腕、返してもらっていーですか?」


めてんのか!? 殺す!』


 一応聞いてみたところ、さらに相手を怒らせてしまったようだ。


 〈ダウリクス〉が増速ぞうそくし、こちらに突っ込んでくる。敵の装備を確認。ミサイルが四発、右腕は『アンドラス』のまま。問題ない、いける。


『ちなみちゃん、ほんとにやるの!?』


「大丈夫! 今更やめるのもムリだし!」


『どうなっても知らないよ!?』


 〈イフェイオン〉がスピードを上げた。夜闇よやみを切りき、トゲトゲ巨人が黒い戦闘機に向かって亜音速あおんそくで飛んでいく。


 タイミングをはかる。


 まだだ。


 まだ。


 まだ――


「今! 降下フォールダウン!」


『だぁ――ッ!』


 合図とともに、〈イフェイオン〉が〈ヴェスパ〉を



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ヴェスパ二号機(片腕ガトリング仕様)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093084877097866


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る