4-3

鏖殺剣おうさつけんアンドラス。一度それが振るわれれば、対象たいしょうは必ず傷を負います』


 悪魔が早口に説明せつめいした。それに聞き返すひまもなく、男の声が聞こえてくる。


『始めるぞ』


 瞬間しゅんかん、〈ダウリクス〉がんでくる。それにいち早く反応したちなみは、いつも通りフェイントをかけていたが――


「うそ!?」


 振るわれた片手剣かたてけんに、左手に構えたグレネードランチャーが両断りょうだんされた。ちなみは間違いなくその攻撃をけたはずだった。しかし、気付いたときには『アンドラス』がちなみの武器に食い込んでいたのである。


 〈ダウリクス〉が再び剣を振るう。ちなみは回避かいひ行動をとっていたものの、敵の片手剣はあっさりと〈ヴェスパ〉をとらえると、その左肘ひだりひじから先をり落としていた。


 なにかがおかしい。


 危険を感じ取って、ちなみは機体を大きく後退こうたいさせる。


『アンドラスは敵を傷つけるという“結果けっか”を先に発生させる武器です。チナミの回避スキルに関係なく、斬撃ざんげきは必中ということです』


 悪魔が解説かいせつを付け加えた。


『やばいじゃん!』


 小鈴の言葉に返事をする余裕よゆうはなかった。


 再び〈ダウリクス〉が踏み込んでくる。その動きは鋭く獰猛どうもうだった。あの剣は『傷つけるという結果』を与える武器なので、いくらちなみのフェイントがうまくとも関係なく、間合まあいに入られたら必ず傷を負ってしまう。


「だったら――!」


 操縦桿そうじゅうかんを倒す。ペダルをる。


 〈ヴェスパ〉がフェイントをかけ、鋭くステップをむ。〈ダウリクス〉が片手剣を振るうものの、その切っ先は左肩を少し斬り飛ばしただけにとどまった。


『チッ』


 男の舌打したうちが聞こえる。


 『アンドラス』が剣を振るえば、その攻撃圏内けんないにいるものは必ず傷を負う。傷を負うことが確定かくていしているのだとしたら――被害ひがいを最小限に抑えればいいだけだ。


 〈ダウリクス〉がさらなる追撃ついげきを放つ。しかし、それはダークオレンジの装甲をでるようにひっかいただけで、致命的ちめいてきなダメージには至らない。


「じゃあ、今度はこっちの番ね!」


 素早く照準しょうじゅん、トリガーを引く。


 二十ミリ機関砲きかんほうえ、フルオートで砲弾を乱射らんしゃした。〈ダウリクス〉はスラスターを点火てんかし、光の尾を引いて後退。素早くちなみの攻撃を回避かいひした。


 黒いロボットはスラスターを使って高速移動しながら、左手で巨大な銃を引き抜いた。


「やば――」


 つぶやいたちなみが操縦桿を倒す。同時どうじに〈ダウリクス〉の銃が甲高かんだかい音を発し、オレンジ色のプラズマ弾が大量にばらまかれた。


 速射そくしゃ型イオンブラスター。


 それは〈ダウリクス〉専用のプラズマ投射とうしゃ砲である。しかし、現代科学ではプラズマ兵器の実用化じつようかなど不可能だ。黒いロボットが持つイオンブラスターは、明らかなオーバーテクノロジーの産物さんぶつだった。


 大量の光線が、爆走ばくそうする〈ヴェスパ〉へと殺到さっとうする。それが工場の壁面へきめんに当たると、その分厚ぶあつい壁に簡単に大穴を開け、コンクリートをはちの巣にしていった。


「やばすぎない!?」


 辛うじて弾幕だんまくを回避した〈ヴェスパ〉が、壁を駆けのぼって跳躍ちょうやくした。あざやかなアクロバットで空中を舞い、〈ヴェスパ〉が機関砲をフルオート射撃する。しかし、〈ダウリクス〉は即座そくざにスラスターを点火し、二十ミリ砲弾の弾幕を避けきった。


 着地ちゃくちした〈ヴェスパ〉へと黒いロボットが迫り、右腕の片手剣を振るう。その時には、ちなみはすでにフェイントをかけていた。切っ先は〈ヴェスパ〉の胴体どうたい正面装甲をでるだけで、またしても致命傷にはいたらない。


 黒いロボットとオレンジの兵器が目まぐるしくポジションを入れ替え、お互いの攻撃をぶつけ合う。機体性能も武装の質も、〈ダウリクス〉の方が圧倒的あっとうてきに上だ。だが、片腕の〈ヴェスパ〉はひらりひらりと攻撃を避け、的確てきかくな砲撃で敵の勢いをぎ始めている。


『すごい……!』


 すみっこでマスケット銃を構え、遠巻とおまきに様子を見ていた小鈴が言う。


 められて嬉しくなったちなみは、〈ヴェスパ〉を操縦しながら「でしょ! 私、頑張ってるよね!?」と返事へんじをした。その時――


『クソが! ちょこまかとウゼェんだよ!』


 そんな男の声が聞こえて、〈ダウリクス〉から二つのミサイルが発射された。それはちなみを狙っておらず、工場の壁に向かってかっとんでいく。


 轟音ごうおんが工場をるがせる。


 赤い炎が弾け、工場の壁を一瞬にして爆砕ばくさいした。がらがらと壁が崩れ、もうもうと立ち込める白煙はくえんの向こう、外から午後の光がれだしてくる。


『ブチ殺してやる』


 瞬間、〈ダウリクス〉がした。


 それは文字通りの『変形』だった。胸部きょうぶ装甲が開き、下半身が移動して機首きしゅが伸び、両腕りょううでが折りたたまれてウイングが展開される。一秒とかからず、人型だった〈ダウリクス〉は戦闘機せんとうき形態へと姿を変えていた。


 黒い戦闘機は急加速をかけると、崩壊ほうかいした壁から工場の外へとかっとんでいった。


「あ、待てっ」


 ここで〈ダウリクス〉を逃がすわけにはいかない。このまま敵を逃がせば、小鈴は本当にちなみのことを嫌いになってしまうかも――そう思って、ちなみはあわてて〈ヴェスパ〉を外へと走らせた。


 しかし、それが間違いだった。


『ちょっと、ちなみちゃん!』


 〈イフェイオン〉が後ろから追いかけてきて、ちなみの横に並ぶ。


 目の前にあったのは船着ふなつき場だった。つまり、海。そして、その上空を戦闘機形態の〈ダウリクス〉が悠々ゆうゆう旋回せんかいしている。その翼下よくかパイロンから、二発のミサイルが発射された。


 ――しまった。


 そう思ったときにはもう遅かった。誘導ゆうどう式の高火力ミサイルが、超高速でちなみと小鈴の方に向かってくる。


 反射的はんしゃてきにトリガーを引く。


 二十ミリ機関砲のフルオート射撃。恐るべき反射神経と操縦精度せいどだった。本来なら、二脚の通常つうじょう装備で空対地ミサイルを迎撃げいげきすることなど不可能だ。しかし、ちなみほどの操縦技能があれば、そんな常識はくつがえせる。


 二発のミサイルは着弾寸前、ギリギリのタイミングで撃墜げきついされた。


「待って、これ、ほんとにまずいかも……!」


 残弾ざんだん数は五発。


 しかし、海上を旋回した〈ダウリクス〉はすでに次のミサイルの発射態勢たいせいに入っている。さすがのちなみでも、たった五発で空対地ミサイルを迎撃することはできない。


「悪魔! 小鈴の脱出だっしゅつ先ってこっちで決められる!?」


『え、何言ってるの』


『可能です』


 小鈴の言葉をさえぎって、悪魔がちなみに返答した。


「じゃあ、やられたら私のとこに来て! あと、私が合図あいずしたら三秒後にヴェスパを回収して!」


『了解しました』


『ちょっと待って、どういうこと――!?』


 黒い戦闘機がミサイルを発射。


 同時にちなみが二十ミリ機関砲を投棄パージ


「小鈴、ほんとにごめんっ!」


『いやだ、待って……』


 〈ヴェスパ〉の右手グリッパーが〈イフェイオン〉の腕をつかんで引き寄せ――


「悪魔、お願い!」


 着弾。


 ミサイルが盛大せいだい炸裂さくれつし、〈イフェイオン〉がみじんに吹き飛んだ。ちなみは衝撃波しょうげきはで吹っ飛ばされながらも〈ヴェスパ〉のエンジンを強制きょうせい停止し、シートベルトを外して背中側にあるドアを解放した。


 地面を勢いよくすべっていく〈ヴェスパ〉の背から、サイドテールの少女が転げ出る。ミサイルが着弾した黒煙こくえんで、あたり一帯は視界が悪い。ちなみはすぐに立ち上がり、制服姿のまま目の前の海へと飛び込んだ。


 ――冷たい。


 そう感じたとき、上から黒いボディスーツ姿の小鈴が降ってきた。事前じぜんにお願いしていた通り、悪魔がちなみの近くに小鈴を脱出だっしゅつさせたのだ。地上に置き去りにした〈ヴェスパ〉も、今頃いまごろはガレージに送り返されていることだろう。

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