4-2

「いやだ! 小鈴は無敵むてきの引きこもりになるんだ!」


 そう言った小鈴が、布団ふとんを頭からかぶって丸まった。

 

 三月十八日、土曜日。


 ちなみは小鈴の家にやってきていた。小鈴の家は、比較的ひかくてき大きめなマンションの三階、2DKの一室だった。寝室しんしつにはアニメやゲームのキャラクターグッズがずらりと並べられており、ど真ん中に大きなベッドが置かれていて、小鈴はそのベッドで布団にこもりうずくまっている。


 数日前、小鈴からではなく悪魔から連絡れんらくがきた。三つ目の悪魔の武装、『アンドラスの右腕』を回収かいしゅうしたいから、土曜の午前中に小鈴の家に来て欲しい、とのことだった。


 そういうわけで、制服を着て旅行りょこう気分でやってきたちなみを待ち受けていたのが、布団にこもって駄々だだをこねる小鈴だったのである。


「そろそろ起きて! 悪魔の武器を取りに行くんでしょ」


 ちなみが布団をすり、小鈴に声をかける。


「いやだ! ちなみちゃんだけで行けばいいじゃん!」


「そんなの無理だってぇ~」


『武器を集めなければ“無敵の引きこもり”にはなれませんが、どうしますか?』


 悪魔が声をかけても、小鈴が布団から出てくる気配けはいはない。


「イヤなものはイヤ! 行きたくない! だいたい、なんでちなみちゃんに住所じゅうしょ教えちゃったの!? 今までも十分うっとおしかったのに、さらにウザくなるじゃん! 悪魔のバカ! ちなみちゃんもバカ! みんな嫌い!」


「うぐ……」


 取り付くしまもない、悪口わるぐちのオンパレードだった。


 しかし、ちなみはめげずにどうしたらいいか考え、しばらくしてふと思いついたように目をかがやかせて「そーだ!」と手を打った。


「じゃあさ、準備じゅんびとかも全部私がやってあげるよ! まずは着替きがえだよね!」


 ちなみはハンガーにかけてあった制服を手に取り、小鈴の布団を力ずくで引っぺがす。抗議こうぎしようと口を開いた小鈴だったが、すぐに抵抗ていこうは無駄だとさとり、死んだ魚の目で「もう好きにして……」とつぶやいた。


 ちなみは無気力むきりょくに転がる小鈴を無理やり制服に着替きがえさせ、家を勝手にあさって出かける準備をし、意気揚々いきようようとマンションを後にした。



   *****



 『アンドラスの右腕』は中国地方に召喚しょうかんされているらしく、今回は飛行機移動だった。


 ちなみは初めての空港くうこうにわくわくしていたものの、無気力な小鈴を連れているためはしゃぎまわるわけにもいかなかった。何度か迷子まいごになりながらも、悪魔の助けもあってなんとか搭乗口とうじょうぐちにたどり着き、今は二人並んで飛行機の座席についている。


「外見て、外! すっごい青空!」


 ちなみがテンション高めに話しかけるものの、小鈴は相変あいかわらずのしかめっつらでちなみのことを無視している。


「ねえねえ、そろそろ機嫌きげん直してよ~。せっかくの旅行なんだしもっと楽しもうよ」


「別に怒ってないし」


「そーなの?」


「うん」


 そう言うと、小鈴は頬杖ほおづえをついて窓の外をながめ始めた。


 怒っていないとは言うけれど、小鈴は明らかにねたままだ。いつもの小鈴なら悪戯いたずらをしかけてからかってくるところなのに、今日は話しかけてすらくれなかった。


 小鈴と出会ってから、もう一か月がつ。


 仲良くなれたと思っていたのはちなみだけで、今まで小鈴はイヤイヤ付き合ってくれていたのだろうか。


「う~ん……」


 胸の前で腕を組み、どうしたものか考えているうちに――ちなみはころりと寝てしまった。肩にもたれかかって爆睡ばくすいするちなみをじろりとにらんだ小鈴は、鬱陶うっとうしそうに茶髪サイドテールをはらいのけた。



   *****



 中国地方の港湾こうわん部にある工業こうぎょう地帯ちたい


 その一角いっかくにある、今は使われていない工場施設。『アンドラスの右腕』はそこに召喚されているらしく、ちなみと小鈴はその目の前までやってきていた。


「ね、ねえ……絶対ヤバいよ、これ……」


 おびえた様子の小鈴がちなみの背中に張り付き、ブレザーのすそをきゅっと握ってくる。


「大丈夫だって。ちなみちゃんにまかして!」


 一方、小鈴に頼られてうれしくなったちなみは、元気よく敷地しきち内に足を踏み入れた。


 そこは、かなり大きな工場だった。古い建物なのか、外壁がいへきの塗装はげて黒ずんでしまっている。扉は開けっ放しでシャッターは破られており、そこに二脚にきゃく兵装へいそうの左腕が転がっていた。


「ウシャンカの腕だ」


 ちなみが呟く。


 〈ウシャンカ〉とはソれん製の第四世代型だいよんせだいがた二脚兵装であり、冷戦期れいせんきに大量生産された東側ひがしがわの主力機体だ。つまり、日本の工場施設に転がっているはずがない物品ぶっぴんである。これは明らかな異常いじょう事態であり、工場の中でおかしなことが起きているのは間違いなかった。


「よし、いこっか」


「やっぱり来るんじゃなかったぁ……」


 小鈴を背中に張り付けたまま、開けっ放しの扉をくぐる。工場の中は薄暗うすぐらい。小さな窓から入る午後の光が、スポットライトのようにがらんどうの工場内部をらしていた。


「ひぇ……」


 背中から小鈴の悲鳴ひめいが聞こえてくる。


 床じゅうに二脚兵装の残骸ざんがいが転がっていた。しかも、かなりグロテスクに破壊されている。合計で五機の〈ウシャンカ〉が大破しているようで、焼けて黒くなっているものや、肩口かたぐちから真っ二つに両断りょうだんされているものまであった。確認するまでもなく、操縦兵そうじゅうへいは全員即死そくしだっただろう。


 工場の奥まで歩くと、差し込む光に照らされて、〈ウシャンカ〉の残骸ざんがいに誰かが腰かけているのが見えてきた。


「あ? 誰だ?」


 その人物が低く威嚇いかくするような声を発した。


 荒々あらあらしい長髪ちょうはつをした、目つきの鋭い黒髪の男だ。ネイビーのフライトジャケットにジーパン、そしてごつめのブーツを着用ちゃくようしている。細身で背が高い、猛禽もうきん類を思わせる風貌ふうぼうの人物だった。


「行っちゃダメだって! 戻ろう!?」


 小鈴が小さい声でちなみを引き止める。


「でも――」


「おい、ガキども。言ってみろ、オレに何か用か?」


 目を細めた男が、ゆっくりとした口調くちょうで問いかけてくる。ちなみは意を決して踏み出すと、「はい!」と右手をあげてから自己紹介じこしょうかいした。


穂高ほだかちなみです!」


「聞いてねえよ、ブチ殺すぞクソガキ」


「ひ……」


 小鈴がさらにちぢこまり、ちなみの背中に完全に隠れる。


 男の眼光がんこうは鋭く、かなり怖かった。しかし、小鈴に恰好かっこう悪いところは見せられない。ちなみはここで引き下がるわけにはいかなかった。


「えと、ちょっと聞きたいんですけど、ここに『アンドラスの右腕』って言う武器が落ちてませんでしたか?」


 ちなみが恐る恐る聞くと、ニヤリと口のはしを吊り上げた男が「へえ……」と言い、右手に持ったものを見せびらかすようにかかげた。


「これのことか?」


 それは、前に小鈴が見せてくれたのと同じ黒い十二面体じゅうにめんたいだった。


「それです!」


「なら、お前がこいつの『持ち主』か?」


「私じゃなくて、後ろにくっついてる子のものです」


「そいつが?」


 男が眉間みけんしわをよせ、ちなみの後ろに隠れる小鈴に目を向ける。


「まあいい。そいつが『持ち主』だろうとなかろうと、どのみち生かして帰すわけにはいかない。どうあれ殺すだけだ。オレの仕事を邪魔じゃましたザコどものようにな」


 そう言って、男が〈ウシャンカ〉の残骸に目を向ける。頭にくる出来事できごとがあったらしく、男はかなりイライラした様子だった。


「えーっと、それはちょっと困るんですけど……」


だまれ、クソガキ」


 空気を読まないちなみの間の抜けたコメントを、男がぴしゃりと切って捨てた。しかし、その後なにかに思いいたったのか、男が「いや、待てよ」とつぶやく。そして、ちなみの方を見て改めてこう問いかけてきた。


「……おい、お前。まさか、お前が『フライシュッツ』か?」


 まただ。


 前回ぜんかいの敵もそうだった。皆、ちなみのことをフライシュッツと呼ぶ。けれど、ちなみにその自覚じかくはない。そうだとも違うとも言い切れないのがちなみの現状だった。


「そう、かもしれなくもないって感じです……?」


 ちなみが曖昧あいまいな答えを返すと、男は小さく笑いながら二脚の残骸から飛び降りた。


「いいだろう。お前らが本当に『持ち主』なら、これを奪い返してみろ」


 長髪の男が立ち上がり、その名を呼んだ。


「『ダウリクス』」


 その背後で、黒く巨大な物体がうごめく。それは人型だったが、人間にしてはあまりにも大きすぎる。


「ロボットだ……!」


 人型ロボット。二脚兵装ではない、なにか別種べっしゅのマシンだった。全高は三・二メートル。多面体ためんたい構成こうせいされた黒い装甲に、スマートでシャープなシルエット。まるでSF映画から出てきたかのような、近未来きんみらい的な形状の人型ひとがた兵器。


 頭部からは大きなブレードが伸びている。顔あたりに位置いちするX字のセンサは、ちなみたちをにらみつけるかのように赤く発光していた。


垓装機兵がいそうきへい――”ヴァリアントトルーパー”です』


「がいそう……!?」


『戦闘準備を開始してください。“虚孔接続アクセス・アイズル:アルファ”、“恒体顕現ネイティヴ・スケール:イフェイオン”』


 悪魔がそうとなえると、付近ふきんの暗がりから〈ヴェスパ〉一号機が出現し、その横で小鈴が〈イフェイオン〉に変身した。


「二脚兵装と厄災躯体カラミティ・フレームか」


 ふん、と鼻を鳴らした男が、ひざをついた〈ダウリクス〉を駆けのぼる。その胴体どうたいが前後にばくりと割れ、中のSFマシンめいた操縦席そうじゅうせきに男が飛び込んだ。


 起動きどう手順を済ませたちなみの〈ヴェスパ〉がゆらりと立ち上がる。〈イフェイオン〉が足元の影から槍を出し、オレンジの二脚兵装の背後に隠れた。


『ちょうどいい。こいつを試してみるか』


 男の声が言うと、やかましい音をたてて〈ダウリクス〉の右腕が強制排除パージされ、ごとりと地面に落ちた。


『“鏖殺おうさつけんアンドラス”』


 男が呼んだのは、小鈴が回収するはずだった武器の名前だ。


 〈ダウリクス〉の右肩から、禍々まがまがしい形状の右腕が生えてくる。いかついガントレットをまとった『アンドラスの右腕』――その手には、いびつな形状のするど片手剣かたてけんが握られていた。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ダウリクス

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093084307859736

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