第四章 ぎくしゃくオーバーテクノロジー

4-1

『ボクと契約けいやくしませんか』


 そう声をかけられて、小さな女の子がおどろいた顔をした。彼女に声をかけてきたのは、バスケットボール大の真っ黒なボールだったのである。


『ボクときみは似ている。お互いに、このままでは存在をたもてない。シャオリン、きみはまだ、死にたくはないでしょう?』


 シャオリン。


 それが女の子の名前だった。


 道端みちばたに捨てられてしまった幼い子供。彼女の両親はありふれたトラブルで離縁りえんし、そのうち育てきれなくなったか、はたまた邪魔じゃまになったかで、その女の子は路上ろじょうに置き去りにされてしまったのだ。


 彼女はお腹がすいていた。それにとても寒かった。もう動いて親を探す気力きりょくもなく、疲れ果てて途方とほうに暮れていた時――たまたま、この黒いボールと出会ったのである。


『これから話すのが、具体的ぐたいてきな取り引きの内容です。ボクは、シャオリンが死なないように尽力じんりょくし、きみの命を守ります。その代償だいしょうとして、シャオリンが十分に成長したとき、きみの身体をいただきます。ボクは弱い悪霊あくりょうですから、そうでもしなければ存続できない』


 その説明は、彼女にとって難しかった。ただ、この苦しい状況じょうきょうをなんとかしてくれそうだということはおぼろげながら理解りかいできた。


「うん、いいよ」


 女の子がこくりと頷く。


契約けいやくは成立しました。これで、ボクは消えずにいられる。せめてもの見返りとして、きみの人生がゆたかになるよう全力を尽くすとしましょう』



   *****



 シャオリンと悪霊――『悪魔あくま』が出会ってから十年がたった。


 幼少期ようしょうきに捨てられた少女は、しかし悪魔の庇護下ひごかですくすくと育ち、賢くやんちゃな十四歳の中学生に成長していた。


 シャオリンは黒いボールを抱え、人気のない路地ろじを歩いている。今日は友達の家で一緒にゲームをやっていたらすっかりおそくなってしまった。夜の住宅街じゅうたくがいは暗く、沢山の人が住んでいるとは思えないくらいに静まり返っている。


「それでね、ダニーが言ったんだよ。『お前みたいなのがいるから、ウチのチームはナメられるんだ』って。そしたらもう、ライアンはぶちギレ。顔を真っ赤にした二人が教室で大ゲンカを始めてね、シャオリンはダニーが勝つ方にけてたんだけど――」


 けらけらと笑いながら、シャオリンが学校で起きた出来事できごとを楽しげに語っている。悪魔の方も『それは大変愉快ゆかいですね』などと相槌あいづちを打ちながら、その話を聞いていた。


 そうして数分歩いたところで、悪魔がこんなことを言い出した。


『止まってください。少しまずいことになりました』


「どうしたの?」


 言われた通り、シャオリンがその場で止まった。


 ふと視線しせんを上げると、十五メートルほど先に、奇妙きみょうな人型がたたずんでいるのが見えた。


「――え」


 それがゆっくりとり向く。それは人型だったけれど、人間にしては巨大だった。多分、身長は三メートル以上ある。どう考えても人間ではない。


『追ってきます。走って。近くの公園まで逃げてください』


「……わかった!」


 シャオリンが身をひるがえして走り出す。不審ふしんな人型は、その後を追うようにしてゆっくりと走り出した。


「なにあれ、お化け!?」


 後ろを振り向いて追いつかれていないことを確認しながら、シャオリンが聞いた。


 さっきの人型は、歴史の教科書に載っている中世の騎士きしに似ていた。バケツのような形状のかぶとをかぶり、白い装束しょうぞくを身に着け、カイトシールドと十字剣じゅうじけんで武装した騎士。しかし、それにしては巨大だったし、なにより身体の各部がごつごつして人間離にんげんばなれしていた。


『恐らく、ボクとシャオリンの秘密ひみつがどこかでバレてしまったのでしょう。このままではあの騎士に殺されてしまいます』


「そんなのイヤだよっ」


 公園に駆け込んだシャオリンは、木々きぎの間にかくれて息をひそめる。


 シャオリンは悪魔のことを秘密にしていた。悪魔は器用きようで、電話口での応対おうたいはもちろん、対面たいめんの時は幻覚を用いて架空かくうの両親を演じていたので、この十年間、秘密が誰かにバレることはなかった――そのはずだったのに。


 騎士の形をした怪物かいぶつが、ゆっくりと公園に足をみ入れた。


 シャオリンはがたがたとふるえている。あの騎士はホラー映画の怪物そのものだ。シャオリンがどこまで逃げたとしても、執拗しつように追いかけてくるに違いない。


『安心してください。アレを追い返す方法はあります』


 悪魔が言った。


「どういうこと?」


『”恒体顕現ネイティヴスケール”』


「わ……!」


 瞬間しゅんかん、シャオリンの手の中の黒いボールがほどけ、その代わりに目の前に巨大な人型が生成せいせいされた。全身からトゲを生やした、ライムグリーンの巨人。それは赤い両目を光らせて、おどろいているシャオリンに話しかけた。


『これは厄災躯体カラミティフレームと呼ばれる姿です。さあ、早く乗って。アレを追い返しましょう』


 聞きれた悪魔の声。


 悪魔の言うことはいつも正しい。親のいないシャオリンが学校に行けて、友達もできて、こんなに楽しくらせているのは、全部ぜんぶ悪魔のおかげだった。


「……わかった!」


 そう返事をすると、巨人の背中がばくりとれ、人が一人入れるくらいのスペースがこじ開けられる。シャオリンは、そこにできた隙間すきまへと自分の身体を押し込んだ。



   *****



「おお~」


 ちなみが感嘆かんたんの声を上げている。


 目の前に置かれているのは、この前の戦いで大活躍だいかつやくしたいつもの〈ヴェスパ〉。そして、その横に置かれているのは――全くもって別の、二機目の〈ヴェスパ〉だった。


 どちらもオレンジ色に塗装されており、本体性能はほぼ同じ。しかし、それでいて武装構成は全くことなっている。


 いつもの機体、『一号機』は、〈ニンウルタ〉と戦ったときと同じ装備。


 新しい方の機体、『二号機』は、右腕のひじから先に三砲身さんほうしんのガトリング砲が取り付けられている。本来は〈AH-1Z ヴァイパー〉などの戦闘ヘリに搭載とうさいされる航空機こうくうき用の武器だが、その砲身を切りめて無理やり腕に取り付けたのだ。


 右腕がガトリング砲になった〈ヴェスパ〉など、前代未聞ぜんだいみもんの非常識な魔改造まかいぞうだった。それを注文したのは、何を隠そうちなみ本人である。


 〈ニンウルタ〉との戦闘をて、ちなみは考えた。もっといろいろな武器を使えた方が、あらゆる状況に対処たいしょできる……そう思ってダメもとで悪魔に頼んでみたところ、二つ返事でOKが出て、急遽きゅうきょ二号機が配備はいびされることとなった。


「見て、小鈴! めっちゃいい感じ!」


 満足まんぞくげにしたちなみが、小鈴の方を振り返る。


 しかし、スツールの上に体育座りしながらスマホゲームをプレイしている小鈴は、ちなみを完全に無視むししてじっと画面を見つめている。


「ねえねえ、小鈴ぅ~」


 ちなみは小鈴の後ろに回り込み、彼女の両肩をすった。しかし、特に反応はない。


「小鈴さん? もしもーし」


 いつもなら『うるさい』とか『うっとおしい』と言って反撃はんげきしてくるはず。しかし、小鈴はしかめっ面でゲーム画面を見つめたまま、ちなみを無視し続けていた。


「ねえ、なんか怒ってる?」


 小鈴の目の前にしゃがみこんだちなみが、スマホをどけて下からじっとのぞき込む。すると、ようやく反応した小鈴はジト目でため息をつき、


「別に」


 とだけ言った。


「ぜったい怒ってる……」


「怒ってない」


「でもさ、なんかいつもと違くない?」


「違くない」


「じゃあどっか遊びに行こ!」


「行かない」


「え~……」


 取り付くしまがなかった。どうしたものか考えていると、悪魔がたすぶねを出してきた。


『シャオリンはねているんですよ、チナミ。それもかなり重度じゅうどです』


「拗ねてる? なんで?」


 ちなみがそう聞くと、小鈴は死んだ魚の目でスマホを見つめながらぶつぶつつぶやきだした。


「はいはい。どうせ小鈴は役立やくたたずのめんどくさいクズですよ。生きてる価値かちのないゴミ人間です」


「……なんでこんな風になっちゃったの!?」


『ヴェスパの二機目を購入こうにゅうしたことで、今までため込んでいた不満ふまんが爆発してしまったようです』


「えっ、なんで……?」


 恐る恐る視線しせんを戻すと、小鈴はやさぐれた顔で再びぶつぶつとしゃべりだすところだった。


「うんうん、わかるよ。だってちなみちゃんは強いもんね。ヴェスパの二機目なんて確実かくじつに必要ないし全く小鈴に相談もされなかったけど、でもちなみちゃんは小鈴と違ってしっかり戦果せんかを挙げてるしすごく強いからご褒美ほうびはあってもいいよね」


「待って、そんなつもりじゃなくて――」


「最近ちなみちゃんが二脚兵装にきゃくへいそうのプラモを買ってもらって、作ってるうちに変にり出して、絶対いらないのに大量に注文してまだ一個も組み立ててないことも知ってるけど、それも当然の報酬ほうしゅうだよね」


「そ、それは……えっとぉ……」


 数日前、通販つうはんサイトを見ていたら〈ヴェスパ〉のプラモデルが売っているのをたまたま見かけた。最初は少し気になる程度ていどだったけれど、悪魔がそれを買ってくれたのをきっかけにプチはまりしてしまったのだ。


 ちなみの部屋の勉強机には、丁寧ていねいに作った1/24スケールの〈ヴェスパ〉がお座りしている。それをわりと気に入ってしまい、深く考えずに『もっと他にも作ってみたい』と悪魔にお願いした結果――このガレージの二階には、大量の未開封みかいふうプラモデルがストックされる結果になった。


「小鈴だってもっとゲーム買いたいし欲しい漫画まんがいっぱいあるし課金もしたいしグッズもそろえたいけど、ちなみちゃんの方がえらいから仕方ないよね。小鈴は役立たずのゴミ人間だしどうせ引きこもりになるので全然ぜんぜん大丈夫です」


「小鈴ぅ~~っ!」


 そう言いながら、ちなみが小鈴に泣きついた。しかし、その日は最後さいごまで無視されっぱなしで、結局けっきょく一度も目を合わせてくれなかった。

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