3-5

 ペダルをみ、操縦桿そうじゅうかんを倒す。


 大雨を突っ切って、ダークオレンジの二脚兵装にきゃくへいそうが駆け出した。


『ああ、わかったよ。こっちもプロだ。こういうことだって覚悟してるさ!』


 〈ニンウルタ〉が踏み込んできた。


 本気の殺意さついを乗せ、とんでもない速度でメイスが振るわれる。神速しんそくの一撃。それは、人間の力を圧倒する、回避不能かいひふのうの必殺攻撃だった。しかし――


『なに!?』


 〈ヴェスパ〉はそれをあざやかなフェイントで回避した。


 雨の中を、ダークオレンジの二脚兵装が舞う。それは敵の意表いひょうをつく完璧かんぺきなステップだ。三十ミリライフル砲で敵の攻撃を妨害ぼうがいしつつ、魔法のようなフェイントで攻撃の隙間すきまをすり抜ける。たとえ神像躯体しんぞうくたいでも、〈ヴェスパ〉を捉えることは不可能だった。


 機体を動かしながら、ちなみは悪魔の言葉を思い出している。


 TGAクラス――Toughness against General Armaments――対一般兵器堅牢性たいいっぱんへいきけんろうせい。一般兵器を使って戦闘不能にすることを想定した場合の、異方体クリプティッドのタフネスを示す指標。


 〈ニンウルタ〉は戦車級レベル4に分類される。重装甲じゅうそうこうの主力戦車が機敏きびんに動き回るとなれば、倒すのはとても難しい。


 けれど、それは無敵という意味ではない。


 いくら重装甲の主力戦車でも、弱点自体は存在する。なぜなら、全ての装甲を一律いちりつ分厚ぶあつくすることはできないからだ。守るだけではなく、走って大砲を撃つという機能きのうを持つ以上、どこかに必ず弱点が生まれてしまう。


 〈ニンウルタ〉が神の躯体くたいなのだとしても同じことが言えるだろう。人型である以上、全身くまなく均一きんいつに同じ防御力のはずはない。


 だから、作戦はとてもシンプルだ。敵を戦闘不能せんとうふのうにできる弱点を探し、最高火力さいこうかりょくを叩き込む。


「ふう――」


 ちなみが小さく息をく。


 〈ニンウルタ〉がメイスを振るう。〈ヴェスパ〉がそれをすり抜け、ライフル砲を放つ。軸足じくあしをくじかれた青い巨人は、それでも強引にメイスを振った。


 雨の浜辺に、巨人と兵器がおどっている。


 青い巨人が繰り出した攻撃を、〈ヴェスパ〉が後方宙返ちゅうがえりで回避する。ちなみは空中で照準しょうじゅんを定め、トリガーを引く。二脚兵装が武器を持ち上げ、曲芸きょくげいのような姿勢でグレネードを発射した。


 着弾。


 六十六ミリ多目的榴弾HEDPが、敵の脇腹わきばらで赤い爆炎をあげる。このグレネードは、対人攻撃たいじんこうげき軽装甲目標けいそうこうもくひょうへの攻撃をねる多目的仕様たもくてきしようのため、戦車の装甲を貫通かんつうするほどの威力はない。そのため、〈ニンウルタ〉の鎧を破壊することはもちろんできなかったが、着弾地点にわずかに傷がついていることは確認できた。


 〈ヴェスパ〉が着地する。そこに〈ニンウルタ〉が異常な速度で踏み込んできた。しかし、その着地モーションすらもフェイントだ。


『クソ、どうなってんだ――』


 攻撃を回避し、ひらりと敵の背後に抜けた〈ヴェスパ〉が再びグレネード弾を発射する。あとはその繰り返しだ。うように攻撃をけ、するどくグレネードを撃ちこんでいく。


 背中、胸、肩、肘、股関節こかんせつ、もも、膝裏ひざうら、足首。思ったとおり、箇所かしょによってダメージに差がある。それはつまり、一番もろい箇所が存在するということだ。この中で最も確実に、敵を戦闘不能にできそうな場所と言えば――


「頭かな、やっぱり」


 〈ニンウルタ〉の顔面にグレネードがぜる。


『――ッ!』


 顔面に直撃ちょくげきを受け、敵がたたらを踏んだ。金色のかんむりが黒くすすけて、左目付近に傷がついている。人型で、中に人間が入っている以上、やはり頭部は弱点になりやすい。


 〈ヴェスパ〉が弾切たまぎれになったグレネードランチャーを投棄パージし、背中から最後の武器を引っ張り出す。


 L10 REBATリーバット百五十二ミリ無反動砲むはんどうほう


 主力戦車の正面装甲すら貫徹かんてつできる、イギリス製の対戦車兵器だ。一般的な戦車砲せんしゃほうの口径が百二十ミリであるのに対し、この武器はである。これこそ、悪魔の言っていた『最強の武器』だった。


 しかし、この武器に装填そうてんできる砲弾は一発のみ。チャンスは一度きりだった。だからこそ、ちなみは確実に敵を戦闘不能せんとうふのうにできる弱点を探していたのだ。


『なんなんだ』


 〈ニンウルタ〉がメイスを振るが、〈ヴェスパ〉はそれをやすやすとすり抜け、ひらりと敵の背後をとった。


『なんなんだ、お前は!』


 そう言いながら、敵が振り返る。その肩に右手をついて〈ヴェスパ〉がジャンプし、神様かみさまの真上へとびあがった。


 ――穂高ほだかちなみは何者なのか。


 〈ヴェスパ〉が〈ニンウルタ〉の頭上でくるりと宙返りする。


 その刹那せつな、ちなみが見ていたのは過去の映像だった。二脚兵装を操縦そうじゅうする、自分と似た幼い顔が見える。その少女がフライシュッツと呼ばれていることを、ちなみは知っていた。


 手を伸ばしても届かない。近いようで遠い、自分のようで自分ではない存在。それがとてもれったくて、ちなみは声をあげてこう言った。


「私は、世界最強の二脚操縦兵にきゃくそうじゅうへい――」


 雨天うてんを舞った〈ヴェスパ〉が、呆然ぼうぜんと顔をあげた〈ニンウルタ〉の頭部に、無反動砲の砲口を突きつける。


「――らしいです!」


 トリガーを引く。


 爆発が起きた。百五十二ミリのタンデム対戦車榴弾HEATが爆ぜ、一帯に轟音ごうおんが響き渡る。赤々とした炎がふくれ上がり、超高速ちょうこうそくのメタルジェットが〈ニンウルタ〉の頭部を吹き飛ばし――それに連鎖れんさするようにして、神の鎧がばらばらに砕け散った。


 鎧がくだけて放り出されたデレクの身体が、浜辺をごろごろと転がっていく。男は数メートル転がって泥だらけになると、砕かれた岩の破片にぶつかってようやく停止した。


『いっ……てぇ』


『デレク!』


 メイス状態から少女の姿に戻ったシャルーアが、仰向あおむけに倒れるデレクの横にけ寄った。少し怪我けがをしている様子ではあったけれど、男の命に別状べつじょうはないらしい。


 ちなみはほっと一息つくと、上体を起こしたデレクに声をかけた。


「私の勝ちです! だから、その……ええと……」


 そこまで言いかけて、ちなみは口ごもった。どうお願いすれば帰ってくれるのかを考えているうちに、〈ヴェスパ〉を見上げたデレクがあきれたように笑い出した。


『たまげたよ、なんてイカれた操縦兵だ。女子高生なんかをやってる理由は気になるが、まあこの世界じゃよくあることか』


「そーなんですか?」


 ちなみが聞くと、立ち上がったシャルーアがそれに答えてくれた。


『デレクに初めて我が王の鎧を使わせたのもハイスクールの頃でした。そのころに比べれば少しはマシになったはずなんですが……とんだ勘違かんちがいだったみたいです。こんな負け方はあるじとしてふさわしくない。本当にクソです』


「あ、あはは……」


 シャルーアのあまりの毒舌どくぜつっぷりに、ちなみは力なく笑った。文句を言いつつその場で立ち上がったデレクは、ちなみの方を振り向いてこう言った。


『今日は本気が出なかった。だから、一旦手を引くことにする。けどな、もしその悪霊あくりょうがなにかしでかしたら、次は本気を出す。俺が本気を出したらヤバいから、覚悟してくれ』


『恥ずかしいのでもう喋らないでください。生贄いけにえささげますよ』


 そう言ったシャルーアがデレクの背を押し、森の方と引き返していく。しかし、その森に足を踏み入れる前に、青髪の少女はこちらを振り返った。


『ちなみ』


「ん? どしたの?」


 そして、最後にこう言い残した。


『当面、その悪霊のことはあなたに任せます。しっかり見張っておいてくださいね』



   *****



 雨が上がり、浜辺には虹がかかっていた。


「ほんとにごめんね? 怒ってる? 怒ってるよね?」


「……」


 ちなみと小鈴は、まだ二人でそこに残っている。というのも、波打なみうち際に体育座りした小鈴がそっぽを向いて、そこから動こうとしなかったからだ。


「ねー小鈴ぅ……こっち向いてよ~」


 体操服姿のちなみが、その横にしゃがんで甘えた声を出す。


「小鈴さーん? やっぱり怒ってる? ねえなんか言ってよ~」


「……しつこいっ!」


「わ」


 小鈴が急に立ち上がった。そして、ちなみの背に手を伸ばし――


「あと、うっとおしいっ!」


「うわ!?」


 そのまま水の中へと突き飛ばした。


 バランスをくずしたちなみは、「きゃあっ」と悲鳴をあげながら水しぶきをあげて倒れ込む。


「つ、つめた――わぶ!?」


 ちなみの顔に水がかかった。しかめっ面をした小鈴がばしゃばしゃと水をかけて、ちなみの全身をびしょれにさせていく。


「小鈴、ちょっと……やめてってば! つめたいよっ」


「ちなみちゃんのバカ! あほ! 鬼!」


「ほんとに待って、風邪ひいちゃう!」


「大丈夫大丈夫! バカは風邪ひかないから!」


「ば、ばかじゃないからっ!」


 そんなやりとりをしながら、二人の少女は真冬の浜辺で水をかけあっていた。



   *****




 その翌日、世界最強の二脚操縦兵にきゃくそうじゅうへいは風邪をひいた。


 小鈴がちなみにメッセージを送る。


『バカは風邪ひかない って嘘だったんだね』


 すぐにちなみから返事が返ってきた。


『ちなみちゃんは天才だったのか。。。』


 小鈴はそのメッセージを見て、既読無視きどくむしすることに決めた。

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