3-4

 ちなみは頭をって思考を切り替える。


 武器選択、八十四ミリ無反動砲むはんどうほう機関砲きかんほうがダメでもこれならどうだ。


 素早く照準しょうじゅんをあわせてトリガーを引くと、側胴部そくどうぶのランチャーから八十四ミリのロケット弾がかっとんでいった。大雨をいて飛んだ対戦車榴弾HPは――しかし、〈ニンウルタ〉が無造作むぞうさに払った左手に叩き落とされた。


 赤々とした爆炎ばくえん雨天うてんを照らす。当然、青い巨人は無傷むきずだった。


『言っただろ。意味ないんだって』


 神の鎧は見向きもせず、墜落ついらくした〈イフェイオン〉の方へと向かって行く。


「ねえ小鈴こすず、これダメかも! どーしよう!?」


『どうにかしてよ!』


「だって神様なんでしょ? むりじゃない!?」


 瞬間しゅんかん、〈ニンウルタ〉がすさまじいスピードで浜辺を駆け、〈イフェイオン〉へと急接近した。トゲ巨人があわてて立ち上がるものの、回避かいひは間に合わないだろう。


 ペダルをり、操縦桿そうじゅうかんを倒す。


 大雨の中、〈ヴェスパ〉がいきおいよく駆け出した。ちなみは素早く操縦桿を操作そうさし、トリガーを引いた。


 〈ニンウルタ〉がみ込み、高速回転するメイスを振り上げる。そこに、ちなみが発射したロケット弾がねらいすましたタイミングで飛び込んだ。青い巨人は無造作に左腕を払い、それを叩き落とす――その隙に、逃げ足の速い〈イフェイオン〉が脱兎だっとのごとき勢いで離脱りだつした。


「よし……!」


 続いて、左トリガーを引く。


 左手に装備そうびしたBAW-66グレネードランチャーから、六十六ミリ多目的榴弾HEDPが発射され、次々と〈ニンウルタ〉の元へ飛んでいく。しかし、高速回転するメイスに接近した途端とたん、全てのグレネードが粉々にされ、無力化むりょくかされてしまった。


『はぁ……』


 〈ニンウルタ〉が大きなため息をついた気がした。


 ちなみは右腕の二十ミリ機関砲きかんほう投棄パージし、背中から大型の武器――三十ミリライフル砲を引き抜いた。反動はんどうが大きく扱いづらい武器だったけれど、全く効果のない二十ミリを持っているよりはいくらかマシだろう。


 〈ヴェスパ〉は左手にグレネードランチャー、右手にライフル砲を装備そうびした状態になった。とはいえ、この装備で本当に神様を倒せるのかと言われれば、さすがのちなみも首を横にらざるを得ない。


「ごめん、なんかやっぱりむりだと思う!」


 ちなみが言うと、悪魔が早口でそれに応答した。


『いいえ、チナミならあれを倒せます。確かにニンウルタの鎧は高い防御力ぼうぎょりょくを有しますが、どちらかといえば異方攻撃いほうこうげきへの耐性にリソースを割いているので、物理的ダメージへの耐性は比較的ひかくてき低くなっています。対一般兵器堅牢性たいいっぱんへいきけんろうせい――TGAクラスで言えば戦車級レベル4に分類されるタフネスですね』


「なになになに、全然意味わかんないんだけど!」


 遠くに逃げた〈イフェイオン〉がハルファスの左脚を召喚しょうかん。マスケット銃を取り出して連射れんしゃするものの、〈ニンウルタ〉には全く効果がないようだった。


 異方攻撃いほうこうげき――恐らく、小鈴の武器は魔術まじゅつでダメージを与えるものだ。マスケットの弾丸は、まるで見えない壁にでもはばまれるかのように〈ニンウルタ〉の鎧を滑っていく。


 では、物理的ダメージとは?


 きっと、ちなみが使う通常兵器つうじょうへいきがそうなんだろう。確かに、二十ミリやロケット弾は〈ニンウルタ〉に当たっていた。悪魔が言いたいのは、小鈴の武器よりもちなみの武器の方が相手に対して効果こうかがある、ということだろう。


「つまりどーいうこと?」


『ニンウルタは重装甲の最新型主力戦車さいしんがたしゅりょくせんしゃと同じくらいのタフネスということです。そうであれば、ヴェスパでも戦えないことはないですよね?』


「な、なるほど……」


 けれど。


 重装甲の主力戦車MBTといえば、最も硬く破壊しにくい、陸上兵器の絶対王者である。イギリスの〈チャレンジャー2〉は対戦車ミサイルの直撃ちょくげきえたと聞くし、イスラエルの〈メルカバMk.4〉なら側面や上面にもくまなく対戦車兵器たいせんしゃへいき対策をほどこしている。確かに、ちなみが持っている武装でも対処たいしょ自体は可能だが、きちんと弱点を狙わなければ戦闘不能にするのはかなり難しいだろう。


 それだけでも厄介やっかいなのに、〈ニンウルタ〉にはあのメイスがある。その破壊能力ははかり知れず、きっと世界中のどんな二脚兵装にきゃくへいそうでも耐えられない。〈ヴェスパ〉なんて、触れただけでミンチになってしまうだろう。


 無茶苦茶むちゃくちゃな性能だ。


 重装甲の主力戦車と同じくらいタフで、なんでも破壊できる武器を持っていて、速く走れて高くべる。そんな兵器があるならば、単機たんきで一個中隊、いや一個大隊を壊滅かいめつさせることだってできるはずだ。


「これ、ほんとにどーするの……?」


 途方とほうれたちなみがつぶやく。


『はやくどうにかしてよ~っ!』


 そう言いながら、〈イフェイオン〉が左脚から巨大な大砲を取り出した。トゲ巨人はそれを両手でかまえて発射する。しかし、走り迫る〈ニンウルタ〉は動じなかった。青い巨人は無造作むぞうさにメイスを振り、〈イフェイオン〉が発射した砲弾を霧散むさんさせた。


「どーしよう、どーしよう!?」


 その様子をだまって見ているわけにもいかない。ちなみはみょうな息苦しさを覚えつつ、〈ヴェスパ〉を大雨の浜辺に走らせる。


 〈ニンウルタ〉がとんでもないスピードで走り、〈イフェイオン〉に急接近きゅうせっきんした。青い巨人がメイスを振り、小鈴が構えた大砲をばらばらに粉砕ふんさいする。もう時間がない。次の一撃で小鈴はやられてしまう。


『死ぬ! 死んじゃう!』


「いいからよけて!」


 叫びながら、三十ミリライフル砲を照準。間髪かんぱつ入れずにトリガーを引く。


 徹甲砲弾APDSがマッハ三・五のスピードでかっとんでいく。ちなみの狙い通り、次の攻撃モーションに入った〈ニンウルタ〉の右脚に三十ミリ砲弾が直撃した。


『何!?』


 もちろん、その鎧はつらぬけない。


 しかし、徹甲砲弾てっこうほうだんの運動エネルギーが巨人の右脚をわずかに弾いて、そのモーションを狂わせた。


 〈ニンウルタ〉が大きく空振からぶりする。飛びのいていた〈イフェイオン〉は、ギリギリでメイスの一撃をかわしていた。


「もっかいっ!」


 ちなみがトリガーを引く。マズルフラッシュがまたたき、再び三十ミリ砲弾が発射された。今度は〈ニンウルタ〉の右腕が弾かれて、そのすきに小鈴が逃げ出した。


『おいおい、マジか』


『このままでは逃げられます。第三段階、解放』


 シャルーアの声と共に、メイスの刃が回転数を上げ、しまいには光り出した。


 その場で立ち止まった〈ニンウルタ〉が、ぎり、と上半身を引きしぼる。何をしようとしているのかは見ればわかった。とうてき――メイスを投げて攻撃するつもりだ。


 ――やばい。


 すぐに確信した。これが当たれば、〈イフェイオン〉は一撃でばらばらになる。


「小鈴!」


 〈ニンウルタ〉が投てきモーションに移行する。照準、発砲。間に合え――!


 瞬間、閃光せんこうが弾ける。


 轟音ごうおんをあげ、凄まじいスピードでメイスがぶん投げられた。


 ミサイルのような勢いでかっとんだメイスは、着弾地点ちゃくだんちてんの岩場を大爆発させた。地面がえぐれ、岩が吹き飛び、地形が変わる。主力戦車どころではない――こんなのはもはや爆撃ばくげきだ。


『し、死ぬかと思った……!』


 しかし、〈イフェイオン〉は健在けんざいだった。ちなみがギリギリで〈ニンウルタ〉の軸足じくあしを狙撃して、その狙いを狂わせたからだ。


『ウソだろ、なんで外したんだ?』


『その少女――ちなみの狙撃が原因です。まずは彼女をどうにかするべきでは?』


『いいや、二脚には構うな。戻ってこい』


 そう言った〈ニンウルタ〉の手に、メイスが飛んで戻っていく。腰から伸びるクロークをはためかせ、青い巨人が浜辺を駆け出した。


『ちなみちゃん、助けてぇっ!』


 〈イフェイオン〉が〈ヴェスパ〉の方に逃げてくる。〈ニンウルタ〉は大雨の中で地面を滑ると、躯体くたいをたわめて投てきモーションに入った。


「やばい、また来るっ!」


 ちなみは〈ヴェスパ〉を走らせて、狙いやすい場所に移動してからトリガーを引く。次の瞬間、再び発射されたメイスが、はげしい水しぶきをあげて付近の浅瀬あさせ爆砕ばくさいした。


 しかし、〈イフェイオン〉は無事だった。ちなみの狙撃が〈ニンウルタ〉の攻撃モーションを妨害ぼうがいしたからだ。


『クソ、なんてやつだ』


 メイスが〈ニンウルタ〉の手元に戻っていく。


 ――戦いづらい。


 ずっとそう感じていた。虚像天使きょぞうてんしやXEDAの二脚小隊と戦った時と違い、水の中でもがいているように息苦しかった。多分、この感覚は〈ニンウルタ〉の強さとは関係ない。根本的こんぽんてきになにかがおかしいのだ。


「なんだろ……?」


 〈イフェイオン〉が逃げまどい、マスケットを連射する。


 それをけた〈ニンウルタ〉が投てき姿勢をとる。


 ちなみの手足が動き、小鈴を守るために機体を操縦する。


 全てがスローモーションに見えた。思考がぐるぐるとめぐる。どうしてこんなに戦いづらいんだ。前回までの戦いと決定的けっていてきに違うことは何か。それは、きっと――


「あ」


 不意ふいに答えが分かった。完全に理解してしまった。


「ごめん、小鈴!」


 精一杯の申し訳なさを込めて、小鈴に謝る。


『え?』


 前回までと決定的に違うこと。


 穂高ちなみが苦手なこと。


 それは――


「私、誰かを守るのって苦手みたい!」


 ちなみが操縦桿そうじゅうかんを引き、〈ヴェスパ〉が急停止した。〈ニンウルタ〉が投てきモーションを開始。そして〈イフェイオン〉がその場で固まった。


『え……えぇーっ!?』


 そんな小鈴の声が聞こえた途端とたん、爆発が起きた。


 かっとんだメイスが〈イフェイオン〉に直撃し、その躯体くたいを木っ端みじんに吹き飛ばしたのだ。メイスはそのまま勢いを止めずに付近の岩場を爆砕し、大きなクレーターを形作る。


「うわ、やっば~……」


 ちなみが笑顔を引きつらせる。


 小鈴には申し訳ないけれど、ちなみはあのメイス攻撃を受けるのは絶対にごめんだった。けれど、〈イフェイオン〉にはいつもの緊急脱出機能きんきゅうだっしゅつきのうがある。一度死んでも帰ってこれるのが小鈴のいいところだ。


『ひ、ひどいよ……どうしてこんなことするの……』


 小鈴の声がした。〈ヴェスパ〉の背後の岩陰いわかげに、黒いボディスーツ姿になった小鈴が青い顔をして転がっている。


「ほんとごめんね? あとでご飯おごるから許して?」


 ちなみはできるだけ可愛く小鈴にあやまってみた。


『ちなみちゃんのばか! あほ! 鬼畜きちく! 最低!』


 ――ダメだったみたいだ。


 大雨の中、〈ニンウルタ〉がのしのしと歩いてくる。巨人はちなみの正面十五メートルで停止すると、こちらを向いて話しかけてきた。


『なあ。あんた今、わざと攻撃をやめなかった?』


「えっと……そーです。やめました!」


『そりゃまた、どうして?』


「あなたを倒すためです」


 そう言い切ると、デレクは『へえ』と言ってだまり込んだ。


「ねえ悪魔、ニンウルタもイフェイオンみたいになる? 倒してもちゃんと中の人は生きて帰ってこれる?」


 ちなみは、一番気になっていたことを悪魔に質問した。


『シャルーアが最も大切にしているのはそのあるじです。ですから、間違いなく戦闘の継続けいぞくよりも人命保護を優先するでしょう。ニンウルタを破壊したとしても、デレク・カーンが死ぬことはありません』


「そっか、ならよかった」


 それを聞いて安心した。なぜなら、


『おい、待てよ。本気で俺を倒そうっていうのか?』


 困惑した様子で、デレクがちなみに問いかけてくる。


「はい!」


 ちなみが元気よく返事をすると、デレクは大きなため息をついた。


『これが最後の警告だ。チナミ、だったっけ?』


「ちなみです」


『いいか、チナミ。俺が本気で戦えば、君の命は保証ほしょうできない。いいや、間違いなく君を殺すことになるね。俺は君を殺したくはない――操縦兵そうじゅうへいである前に、君はティーンエイジャーの女の子だ。だからそこをどいてくれ。シャオリン・ダンバースさえ回収できれば、君と戦う理由なんて一つもない』


「だめです」


『そいつには悪霊がいてるんだぞ? そして、悪霊は必ず人間に害を成す。それでもそいつを守るっていうのか?』


「小鈴はあげません。小鈴は私の友達だから」


『参ったな。なら、俺は君を殺すしかなくなる』


「その心配はいらないです!」


 ちなみは、得意げな表情を浮かべてこう続けた。


「だって、私が勝ちますから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る