3-3

 岩と森に囲まれた、人の寄り付かない静かな浜辺はまべ


 その森の中から、二人の人物が現れた。一人は体格たいかくのいい男前なアメリカ人で、もう一人は青髪あおがみで青いひとみの、ボディースーツにダボダボジャケットをかさね着した少女である。


「……あんたら、なんでそんな格好かっこうしてるんだ? 今は真冬だぞ?」


 男の方があきれた調子でそう言った。


 その視線の先にいるのは、半袖はんそでショーパン姿のちなみと小鈴こすずである。ちなみにいたってはすそを結んでお腹を出しているので、見るからに寒々さむざむしい格好だ。二人は震えながら自分の身体を抱き、寒さに耐えているところだった。


 すると、青髪の少女の方が、二人にジト目を向けつつ口を開いた。


「どうやらとんでもないバカのようですね」


「ば、ばかじゃないですう! って、誰あれ!? すっごい可愛いんだけど!」


 ちなみが言うと、小鈴が大きなため息をついた。アメリカ人の男はそんな小鈴に笑顔を向けて、ほがらかな声で話しかけてきた。


「久しぶりじゃないか、シャオリン・ダンバース。元気にしていたかな?」


「元気ない。寒くて死にそう。帰ってほしい」


「そうか。それは結構けっこう


 そう言った男が小鈴から目をはなすと、今度はちなみの方を見た。


「それで、そっちのじょうちゃんが――フライシュッツ、ってやつなのか?」


 ちなみはその言葉にどきりとした。


 相手はちなみのことを知っているらしい。それどころか、『フライシュッツ』と呼んだということは、ちなみが二脚操縦兵にきゃくそうじゅうへいであることを認識しているに違いない。


 どう返事をしたものか少し迷ってから、ちなみはこう言った。


「本名は穂高ほだかちなみです!」


 男は一瞬呆気あっけにとられ、すぐに「それは悪かった」とあやまってから自己紹介を始めた。


「初めまして、チナミ。俺はデレク・カーン。そして、この奇妙きみょうな格好をしたちんちくりんがシャルーアだ」


「勝手に紹介しないでください」


シャルーアと呼ばれた青髪の少女が、イヤそうな顔をして言葉を続けた。


雑談ざつだんはもういいでしょう。さっさとそこのザコ悪霊あくりょうを殺しますよ」


『おや、誰かと思えば四カ月前にボクたちを取り逃がした無能兵器むのうへいきではないですか』


 すると、売り言葉に買い言葉で悪魔が少女をあおった。それに腹を立てたのか、少しだけまゆり上げたシャルーアが早口でまくしたてる。


「低級の悪霊の分際ぶんざいで口答えしないでください。取り逃がしたのではありません、逃がしてあげたんです。あと、キャラがかぶっているのでしゃべらないでください、不愉快ふゆかいです」


『神聖な武具ぶぐだというのなら、まずは口の悪さを直した方がいいでしょうね』


「余計なお世話です。死んでください」


 突然始まった舌戦ぜっせんに、ちなみがおろおろと目を泳がせる。


「なになに、ぜんぜんついていけないんだけど。知り合い?」


「あいつらは数か月前に小鈴たちを取り逃がしてて、それでりずに追ってきたんだよ」


「ご紹介ありがとう。だが、その説明はとんだ間違いだ」


 小鈴が説明していると、デレクがその説明に割り込んできた。


「シャルーアの言う通り、前回は逃がしてやったのさ。しかし今回はそうはいかない。フライシュッツだかなんだか知らんが、ケガしたくなきゃ帰ったほうがいいぞ、嬢ちゃん」


 デレクがサングラスを外し、不敵ふてきな笑みを浮かべる。


 空気が変わった。今までのおちゃらけた雰囲気は霧散むさんし、男の両目に殺意さついともる。デレクは笑みを浮かべたまま、こう続けた。


「いくぞシャルーア。『超人体顕現オーバード・スケール――ニンウルタ』ッ!」


 途端とたん、嵐が巻き起こる。


 シャルーアの身体が浮き上がり、その姿がまたたききの間に大剣のようなメイスへと変化した。それは三メートルを超える巨大な武器だ。そのメイスが地面に落下し、重々おもおもしい音と共に地面へと突き刺さる。


 オーバード・スケール。


 ヒトのままヒトという規格スケールを超える、超人体。


 空中に次々とよろいが出現し、それが嵐の中でデレクへと殺到さっとうしていく。両手を広げた男へと全ての鎧が叩きつけられ、急速きゅうそくに嵐が止んでいった。そしてここに、一体の巨人が顕現けんげんしたのである。


「なに、あれ……」


 ちなみがつぶやく。それは、虚像天使とも小鈴の〈イフェイオン〉とも違う、全く見たことのない形状の巨人だった。


 〈超人躯体オーバード・フレームニンウルタ〉。


 身長は約三・五メートル。全身を包むあざやかな青色の鎧に、美術品びじゅつひんのような金色の装飾そうしょく。肩幅は広く、そのシルエットは力強い。腰からはスカート状のクロークがれ下がり、風に揺られてはためいている。金色のツノが生えたマスクの奥には、グリーンの二つ目が爛々らんらんと輝いていた。


 仁王立におうだちする青い巨人は、神聖な雰囲気をまとってたたずんでいる。少女が変身した巨大なメイス――〈シャルーア〉は、一言も発することなく巨人の横に突き刺さったままだ。


 ちなみが呆気あっけにとられていると、けに悪魔の声が聞こえてきた。


『“虚孔接続アクセス・アイズル:アルファ”』


 ちなみの左手側ひだりてがわに大きな影が落ち、フル装備状態の〈ヴェスパ〉が出現する。目の前の青い巨人は小鈴を狙っている。だったら、ちなみは二脚にきゃくに乗って戦わなければならない。


『それが例の二脚兵装にきゃくへいそうか』


 デレクの声で、〈ニンウルタ〉が小さく呟いた。


「なにぼさっとしてるの、ちなみちゃん! 早く乗って」


『“恒体顕現ネイティヴ・スケール:イフェイオン”』


 悪魔の声と共に、小鈴が〈イフェイオン〉へと変身した。ちなみはあわてて〈ヴェスパ〉の背中をよじ登り、操縦室そうじゅうしつに身体をすべりこませる。


『きて、“フォルカロル”!』


 ちなみが起動手順きどうてじゅんをこなす間にも、耳元に小鈴の声が響いてくる。ペリスコープから外をのぞくと、〈イフェイオン〉の背につばさが生えていた。前回の戦いで手に入れたふたつめの『悪魔の武器』。ライムグリーンの巨人が地面をり、昼間の青空へと飛び上がる。


『逃がすもんかよ』


 そこで、初めて〈ニンウルタ〉が動いた。


 青い巨人は躯体くたいをたわめ、両足に力をこめ――爆発的ばくはつてきな勢いでジャンプしたのだ。〈ニンウルタ〉はクロークをはためかせ、ロケットのような勢いで青空へとかっとんでいく。


『うそ――』


 小鈴が言い終わる前に、青い巨人が〈イフェイオン〉へと急接近きゅうせっきんし、躯体くたいを回転させて全力のパンチを繰り出した。


 インパクト。


 にぶ衝突音しょうとつおんがして、〈イフェイオン〉は一撃いちげきで空中から叩き落とされた。トゲ巨人は受身も取れないまま地面の岩場に激突げきとつ。岩々が爆音ばくおんと共に破壊され、大量の破片を飛び散らせた。


「やば……」


 ちなみは思わず呟いた。


 〈ニンウルタ〉はふわりとい戻り、元いた場所にずしんと着地する。ようやく〈ヴェスパ〉の戦闘準備せんとうじゅんびが整い、ちなみは機体を立ち上がらせた。安全装置を解除かいじょし、両腕の武装を青い巨人へと向ける。


『おいおい、勘弁かんべんしてくれよ』


 すると、デレクがあきれた声をあげ、〈ニンウルタ〉が肩をすくめる。


「小鈴、悪魔! この人……なに!?」


 モニターから目を離さないようにして聞くと、うめく小鈴を置いて、悪魔の声が説明を始めた。


『ニンウルタ神。今から五千年以上前の古代メソポタミア文明、シュメールの農業神のうぎょうしんにして戦の神です。そしてシャルーアとは、ニンウルタ神が悪霊退治あくりょうたいじの際に用いた意思持つ武具です』


「え、神さまなの?」


『デレク・カーンはただの人間! シャルーアがニンウルタ神の躯体くたいを使わせてるんだよ。レプリカだけど、設計自体はガチの古代兵器で……とにかくヤバいの!』


 息も絶え絶えな小鈴が、早口でちなみの疑問ぎもんに答える。一方、〈ニンウルタ〉は右手をあげると、ちなみのことをビシッと指さした。


じょうちゃん、あんたは早く逃げた方がいいぞ。腕利うでききだとは聞いているが、所詮しょせんは現代兵器だろう? そんなガラクタじゃこの神像躯体しんぞうくたいには敵わんさ』


「が、がらくたじゃないからっ!」


 ちなみが口をとがらせて抗議する。


 古代の神様と比べたら、性能が劣っているのは確かだろう。それどころか、一般的いっぱんてきな第四世代二脚にきゃくよりも低性能だし、そもそもこの機体は使い古しの中古品だ。それでも、〈ヴェスパ〉は壊れにくくて扱いやすい、傑作機けっさくきと呼ばれた二脚兵装である。世界中の二脚乗りに愛される、史上しじょうでもるいを見ない名機めいきなのだ。


『どう見てもガラクタだろ。マジでやめとけ、ケガするから』


「違うってば!」


 いずれにせよ、小鈴を助けるためには〈ニンウルタ〉と戦わなければならない。ちなみは素早く照準しょうじゅんを定め、ゾロターン二十ミリ機関砲きかんほうを発射した。


 ごんごんごん、と重々しい射撃音が操縦室そうじゅうしつに響く。


 大量の二十ミリ徹甲砲弾APがばらまかれ、〈ニンウルタ〉へと殺到さっとうする。しかし、青い巨人は両手を広げると、全ての砲弾をその鎧で弾き返した。耳をつんざく金属音が響き渡り、跳弾ちょうだんした徹甲砲弾てっこうほうだんむなしく足元に散らばっていく。


「ぜんぜんかない……!」


『そら、言わんこっちゃない。シャルーア、いくぞ』


 驚愕きょうがくするちなみをよそに、〈ニンウルタ〉が地面からメイスを引き抜く。すると、シャルーアの声が短くこうとなえた。


『第二段階、解放』


 メイスに組み付いた三つの刃が高速回転を始める。


 地面に大きな影が落ちた。


 晴れ渡っていた昼間の青空が、見る見るうちに曇天どんてんへと変化していく。ぽつり、ぽつりと雨粒あまつぶが落ちる。雨足あまあしは次第に音を増して、すぐに激しい雨へと変わった。ヴェスパの装甲を無数むすうの雨粒が叩き、機体表面きたいひょうめんを大量の水が流れ落ちていく。


「天気が変わっちゃった……!」


〈シャルーア〉が力を解放しただけで、天気が雨へと変化した。ニンウルタ神は、古代メソポタミア文明における農業神のうぎょうしんにして戦の神、そして雨の神でもあるのだ。


 古代メソポタミア文明。


 それは今から約五千年前、ペルシャわんから伸びるティグリス川とユーフラテス川周辺しゅうへんに栄えた、人類が知る中で最も古い文明である。


 紀元前きげんぜん四千年紀にあらわれたシュメール人は、メソポタミア南部に高度な都市文明としぶんめいを形成した。人類が知る限りこれが最古さいこの文明なのだから、それまで『都市』という概念がいねんは存在しなかった。つまり、かれらはということに他ならない。


 シュメール人は『都市』だけでなく『文字』をも発明し、優れた学問、芸術、そして科学技術かがくぎじゅつを発展させた。現代人にもなじみ深い六十進法ろくじゅっしんほうを定めたり、高度な天文学てんもんがくをもとに一週間を七日と定めたのもこの文明の功績こうせきとされている。かれらの全貌ぜんぼうは解明にはいたっておらず、いまだに多くの謎が残された民族であった。


 今、ちなみの目の前にいる存在は、失われた古代文明の遺産オーパーツだ。シャルーアは悪霊あくりょうを破壊するために設計された古代兵器であり、その主であるニンウルタもまた、人智じんちを超えたスケールの存在である。


 超常的な力を持つ神像躯体しんぞうくたい、そして天候すら変えてしまう神像兵装しんぞうへいそう――通常兵器で相手取るには、あまりにも圧倒的あっとうてきな性能差だった。


狩りの時間ハンター・タイムだ』


 そう言って、〈ニンウルタ〉が悠々ゆうゆうと歩き出した。




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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉

・ニンウルタ

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093083548841732

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