3-2

「なあ、シャルーア。俺たち相当目立ってないか?」


 金髪碧眼きんぱつへきがんのアメリカ人、デレクが言った。


 シャルーア、と呼ばれたのは、彼と並んで歩いている青髪あおがみの少女だ。その少女が、デレクにジト目を向けてこう返答する。


「あなたのような図体ずうたいばかりでかい木偶でくの坊が歩いていれば目障めざわりに思うのは当然です」


「いいや、断じて俺のせいじゃないね。お前のそのうわついた格好かっこうが原因で間違いない。見ろよ」


 デレクが立ち止まり、両手を広げる。


 ここは日本の東北にある小都市しょうとしだ。空には午前の青空が広がり、日曜ということで行き交う人も多い。二人は明らかに浮いていて、どう見ても不審人物ふしんじんぶつだった。


 デレクはカジュアルでラフな格好をしている一方、シャルーアはセーラー服を着ている。そして、身長百八十六センチでガタイのいいデレクに対し、シャルーアは細身で百四十八センチという小柄こがらな体格だ。


「お前みたいなちんちくりんがとなりにいるせいで、俺のイケてるコーディネートが台無だいなしになってる。これじゃあまるでロリコンみたいだ」


当機とうきの服装はおかしくありません。なぜなら、この国ではこれが一般的だからです。むしろ、デレクの服装の方がおかしいんですよ。特にサングラスが絶望的ぜつぼうてきに似合っていないので今すぐ捨てて欲しいです。おかしいのは顔だけにしてください」


「やめてくれ! このサングラス高かったんだぞ」


 シャルーアが手を伸ばし、デレクのサングラスを無理やりもぎとろうとする。街中でぎゃあぎゃあとさわいだことで、二人の不審度ふしんどはうなぎのぼり状態だ。


その後も街を歩き回っていたところ、シャルーアが唐突とうとつに振り向いた。


「見つけました」


 デレクも同じ方角を見たが、何も見えなかった。だが、であるシャルーアは、異なった見え方で世界をとらえている。


「ようやく尻尾しっぽつかんだか」


 嘆息たんそくしたデレクが返事をした。


「ここ二日間気配がなかったので、ずっとテリトリー内に引きこもっていたのでしょう」


「とんだなまけ者だな」


「マーキング完了。どこへ逃げても追跡可能ついせきかのうです」


「……よし、準備しろシャル。感動かんどうの再会だ」


 デレクがにやりと笑い、拳をてのひらに打ちつけた。


「今度こそシャオリン・ダンバースを捕獲ほかくするぞ。そして今夜はパーティといこう」



   *****



 日曜日、午前十時。ちなみはバスの中にいた。


 座席が小刻こきざみに振動しんどうする。つり革がゆらゆらと揺れる。窓の外は青空で、午前のおだやかな光が薄暗うすぐらい車内に差し込んでいる。


 乗客は少なく、後部座席こうぶざせきに座っているのはちなみ一人だった。


 ちなみは手元に開いたノートに目を落とす。そこには、丸っこい筆跡ひっせきのメモとカラフルな落書きが記されていた。


 メモの内容はこんな感じだ――フライシュッツ、二脚兵装にきゃくへいそう、森の中の倉庫みたいな施設しせつ、海外っぽい街――情報は断片的だんぺんてきで、傍目はためからではなんのことか判別できない。


「うーん……」


 ちなみが首をひねる。


 これは、少し前にちなみ自身がつけた、自分の過去に関するメモだった。


 二週間前、商店街しょうてんがいで〈ヴェスパ〉に乗ってからというもの、たまに過去の記憶がフラッシュバックする現象げんしょうが起きていた。ただ、思い出してもすぐに忘れてしまうので、後からでも見返せるようにメモを取っているのだ。


 数あるキーワードの中から、『フライシュッツ』という文字に目を向ける。どうやら、ちなみは過去にそう呼ばれていたらしい。


 キーワードを見ると、おぼろげに映像が浮かんでくる。


 コンクリート製の大部屋で行われる戦闘訓練せんとうくんれん雪原せつげんを走る戦車と二脚兵装。森を駆ける武装した少年少女。どの映像もあいまいではあるものの、フライシュッツがそこにいたことは確かだった。


 けれど、それが自分の過去だとは実感じっかんできていない。まるで映画の登場人物を見ているかのようで、『穂高ほだかちなみ』はいつも蚊帳かやの外だ。


 ――これは本当に、私の過去なんだろうか?


『次は割山わりやま。割山です。お降りの方は押しボタンでお知らせください』


 そんなアナウンスが聞こえて、ちなみはノートを閉じた。


 今はまだわからないだけ。〈ヴェスパ〉に乗ればまた何か思い出すだろうし、記憶のことはのんびり待てばいい。


 そう思いながら、ちなみは降車こうしゃボタンを押した。



   *****



 バスを降りて森に入ったちなみは、すぐ迷子になった。小鈴こすず首輪くびわをつけられ、リードを引かれてようやくガレージへとたどり着いたのである。うんざりした様子の小鈴は、今はスツールに体育座たいいくすわりしてしかめっ面でスマホゲームをプレイしている。


 一方ちなみは、フル装備の〈ヴェスパ〉を前にして真剣しんけんな表情を浮かべていた。


 ダークオレンジの二脚兵装は、その見た目からして格段かくだんにパワーアップしていることがわかる。だからこそ、ちなみには一つ気になる点があった。


「すごくかっこいいんだけど、今度は汚れが気になってきたかも」


 よく見ると、足回りに乾燥かんそうした泥がこびりついていたり、排気口はいきこう周りに煤汚すすよごれがあったりしている。全体的に表面がざらついているのも気になるし、なんなら全身を綺麗きれいにオレンジ色で再塗装したくなってきた。


「じゃあ洗えば? そこに水道とホースあるよ」


 小鈴がガレージの奥の方を指さして言った。


「はいはい、やるやる! あ、待って。このままだと服が汚れちゃうかも」


 今日は土曜日なので、ちなみは私服を着てきていた。大きめのセーター、デニムのショートパンツに黒タイツ、スニーカー。ちなみらしいコーディネートではあったが、陸戦兵器りくせんへいき清掃せいそうをするにはかなり不向きだ。


体操着たいそうぎならあるよ。小鈴のだけど」


 スマホゲームをプレイ中の小鈴が、興味なさげに教えてくれる。小鈴が示したたなあさると、紺色こんいろをした学校指定の体操服が二セット見つかった。


「ありがとー! じゃあこれ借りるね」


「うん」


 気のない返事をした小鈴は、相変あいかわらずスマホの画面を見つめたままだ。ちなみはそんな小鈴に歩み寄って、「ねえ、一緒にやろ」と声をかけた。


「いやだ」


 顔をあげた小鈴は、しかめっ面でちなみのさそいを断った。


「やろーよ! 一緒にやったら楽しいよ!」


「めんどくさい。一人でやればいいじゃん」


「絶対楽しいって! ほら、一緒に着替えよ」


 そう言って、ちなみは本気で嫌がる小鈴の服に手をかけ、無理やりパーカーをがせにかかった。


「やめて、脱がさないで――わかった! わかったから、自分で着替えるからっ」


 抵抗するのをあきらめた小鈴が、渋々しぶしぶといった様子でちなみが持ってきた体操服に着替きがえ始める。それを見て安心したちなみも、着ていた服を脱いで紺のショートパンツと運動用の半袖はんそでシャツに着替えた。


「うーん、ちょっとちっちゃいかも?」


「……は?」


 顔をしかめた小鈴をよそに、ちなみが白いシャツのすそを引っ張る。小さすぎるわけではなかったけれど、裾が短くてシルエットが可愛くないような気がした。


「そうだ!」


 短いなら、もっと短くしてしまえばいい――ちなみは胸下むねしたあたりで裾を結んだ。へそ出しは最近流行はやりのコーデでもあるし、これで少しは可愛く見えるだろう。


 そうして満足そうにしているちなみに、小鈴が声をかけてきた。


「ねえちなみちゃん。その髪だと作業しにくいんじゃない?」


「たしかに! おだんごとかにしよーかな」


 ちなみはサイドテールをほどいて髪をおろした。両手をあげ、髪を後頭部こうとうぶにくるくるとまとめあげる。そんな様子をじっと見ていた小鈴が歩いてきて、ちなみの背後に回り込み、


「どしたの? ……ひゃ!?」


 露出ろしゅつしているちなみのお腹周りを全力でくすぐり始めた。


「なんで!? やだ、やめ……あははは、あははっ!」


 思わず髪をいじっていた両手を放し、小鈴の手を捕まえようとする。しかし、小鈴はうまくそれをけてちなみを執拗しつようにくすぐり続けた。小鈴の手はもはやお腹だけでなく、ちなみのわきや太ももなどいろいろな場所をくすぐりまわっている。


「小鈴がちっちゃいってこと? こんなにお腹出してさ。なんなの、自慢じまん?」


「ちがうちがうっ! そんにゃ、あはははっ、ちがうのに!」


 どうやら小鈴を怒らせてしまったらしい。「ごめんごめん!」と必死であやまるものの、小鈴は日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのようにくすぐり続け、ちなみは立っていられずに地面にたおれ込んでしまった。


「もーむりぃ! やだっ、やめてよぉ~」


 そうちなみが懇願こんがんしたのとほぼ同時くらいに、


『お楽しみ中のところすみません。敵襲てきしゅうです』


 と悪魔が言った。


「え? 敵襲?」


 おどろいた小鈴が、ちなみをくすぐるのをやめて悪魔の方を見た。両目に涙を浮かべ、下ろした髪をぼさぼさにしたちなみが、「し、しんじゃうかと思った……」と言いながらその背後でぜえぜえとあらい息をする。


『この反応は“ニンウルタ”です。ボクとしたことが迂闊うかつでした。完全にマーキングされています。敵の到着まであと二分』


「やばいじゃん! この場所もバレちゃう!」


 ここはちなみと小鈴の秘密基地ひみつきちだ。悪魔によれば、普通の人間はこの場所を見つけることすらできないらしいけれど――その『にんうるた』という人物は別らしい。


「とりあえず外でよ! そーすればここはバレないよね?」


髪を適当てきとうにポニーテールにしながら、ちなみが素早く立ち上がった。


「いや、まだ着替えが――」


「時間ないんでしょ! いこ!」


「待って、上着うわぎくらい着ようよっ」


 ちなみは嫌がる小鈴をお姫様抱ひめさまだっこし、ガレージのドアを開けて外へと飛び出した。


「いや、さむっ!」


「当たり前じゃん! ちなみちゃんのバカ!」


 そうは言っても着替えに戻る時間はない。今はとにかく、できるだけガレージからはなれたほうがいいだろう。


「ねえ、『にんうるた』ってだれ!?」


 森の中を飛ぶような速さで走りながら、ちなみが質問した。


「小鈴の命を狙う異方体クリプティッドハンターだよ」


「くりぷ……くり、はんたー……?」


 ちなみが混乱していると、小鈴がめんどくさそうな顔をしながらぶっきらぼうに説明する。


異方体クリプティッドハンター。天使とか悪魔とかの、異方体を専門とした賞金稼しょうきんかせぎだよ。小鈴にも懸賞金けんしょうきんがかかってるの。捕まえたら賞金がもらえるってこと」


「そーなの?」


 あきらめたような表情で小鈴が答えた。


「逃げても無駄だよ。どうせ戦わなきゃいけないから」

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