第三章 神話時代の超兵器

3-1

 ロズウェル・インスツルメンツの米国本社ビル、十一階の応接室。


 広い部屋には格式高かくしきだか調度品ちょうどひんが並び、デザイン性の高いテーブルをはさんで、ふかふかの高級ソファが向かい合うように置かれている。


 その高級ソファに、体格のいいヨーロッパ系アメリカ人の男がふんぞり返って座っていた。男の名前はデレク・カーン。彼の職業しょくぎょうは、この世界にあるべきではない異方体クリプティッドを狩って日銭ひぜにかせぐバウンティ・ハンターだ。


「へえ。『シャオリン・ダンバース、十五歳、ハイスクール一年生』……この子の捕獲ほかくを俺に頼みたいと?」


 デレクが言った。


 暗めのブロンドをおしゃれ短髪たんぱつに整えた、男前な顔立ちの高身長細マッチョ――見てくれだけならいい男だが、その態度はひどいものだった。ロンTにジーパンというカジュアルな服装の彼は、ソファに身体をしずめ、だらしない姿勢でタブレット画面をながめている。


「ええ、その通りです」


 対面のソファに座った壮年そうねんの男性が、にこやかな笑顔で応対した。RI社の社員で、窓口担当の男だった。


「こっちとしちゃ願ったり叶ったりだが……どうして俺に? 俺はロズウェルの『商品』を買ってるわけじゃないし、そもそもあんたらには怪しげな民間軍事会社みんかんぐんじがいしゃ――ロズウェル・セキュリティサービスだったか? があるだろう」


 デレクが聞くと、社員の男が笑顔を崩さずに返答する。


「RSS社はグループとはいえ他社ですからな。ウチにも色々と事情があるわけです」


「へえ、そうなの」


 デレクは興味なさげにつぶやいて、もう一度タブレットの画面に目を向けた。そこに映っていたのは、アジア系の幼い顔をした黒髪セミロングの少女だ。シャオリン・ダンバース。『悪魔憑あくまつき』とは言っても、まだ子供である。


「こんな女の子を捕まえてどうしようってんだ?」


「教会の人間を殺害している『悪魔憑き』です。女の子、という表現はどうでしょうな」


「望んでやったことじゃないだろうさ」


「では、お引き受けくださらない?」


「まさか」


 デレクは画面から顔を上げ、おもむろに肩をすくめた。


「やることはきっちりやる。それが俺の仕事だからな」


 社員の男は安心したように息をつき、話を続ける。


「しかし、そちらの方が古代兵器の複製体レプリカですか。話には聞いていましたが、実物を見るのは初めてです」


 男が視線を向けたのは、デレクの隣にちょこんと座った少女だった。


 とにかく不思議な雰囲気の少女である。淡い青色のミディアムヘアに、鮮やかなマリンブルーの瞳。だぼだぼそでの白いジャケットを着てはいるが、すそはあばら付近までしかなく、そこから下は細身の身体が黒いボディスーツに包まれているだけという特徴的な服装をしている。


「おいおい、勘弁かんべんしてくれ。こいつは俺の商売道具だ。そんなに物欲ものほしそうに見ても売り物にはできないぞ」


 デレクがわざとらしく笑うと、その少女が初めて口を開き、


「さっきから態度が最悪ですよ、デレク。こういう場ではまともな大人としてってください。殺しますよ」


 ジト目を向け、ダウナーな口調でそう言った。


 デレクと社員の男は思わず顔を見合わせる。再び肩をすくめたデレクに、社員の男は曖昧あいまいな笑みを返すだけだった。



   *****



「ねえ、私わんちゃんじゃないんですけどぉ~……」


 不満そうにしたちなみが言った。


 ちなみは今、雪の降る冬の森を歩いている。その首には首輪が巻かれ、リードは前を歩く小鈴が握っていた。


 二月二十八日。学年末テストを終え、今日は家庭学習日になっていた。しかしちなみは『学校に行く』と嘘をついて、制服姿で小鈴の元へとやってきたのである。


「小鈴は結構好きだよ、ポチと散歩するの」


「誰がポチだ! あと、私はぜんぜん好きじゃないっ」


 ちなみがきゃんきゃん抗議こうぎすると、にんまり笑っていた小鈴が急に真顔になり、


「しょうがないじゃん、ちなみちゃん絶対迷子になるし。この前駅で迷子になったの忘れてないよね? 高校生にもなって迷子になるとか、恥ずかしくないのかな?」


 と言った。


 確かに、全方位がれ木に囲まれたこの場所では、ちなみは簡単に迷子になってしまうだろう。がさがさいう足元には枯葉かれはと枯れ枝がめられており、目印になるものはなにもない。


 ばつが悪くなったちなみが、小鈴の肩をぽんぽん叩きながら笑顔で弁明する。


「そ、それがちなみちゃんの可愛いとこじゃーん。やだな~」


 小鈴に無視され、しゅんと肩を落としながら歩くこと数分。急に開けた場所が現れ、黒い直方体の建造物が見えてきた。


 これが今回の目的地。ちなみの〈ヴェスパ〉が格納かくのうされているガレージである。


「おお~! 秘密基地みたい!」


 中に入って照明をつけるや否や、テンションの上がったちなみがどたばたと室内を駆けていく。


 ガレージの天井高は約七メートル。広々とした清潔感せいけつかんのある空間で、壁と天井は金属製。奥には階段があって、二階部分にそなえつけられた居住きょじゅうスペースへと繋がっている。


 コンクリートの床には整備用の機材や脚立きゃたつ、パイプ椅子などが整然と並べられていた。天井に渡されたはりからは、二脚整備用の大型クレーンが釣り下がっている。


 そして――


「ヴェスパ! ほんとにここに置いてあるんだ」


 ちなみが向かった先、パーテーションで区切られた壁の一角に、ダークオレンジの二脚兵装がひざをついた姿勢で駐機ちゅうきされていた。


「あれ? ちょっと雰囲気変わった?」


 〈ヴェスパ〉を見ながら、ちなみが首をかしげる。


『よく気付きましたね。チナミの試験期間中に、ヴェスパをアップデートしておきました』


「おーっ!」


 悪魔がそう言うと、ちなみが目を輝かせてぐるぐると機体の周囲を回り始めた。


 密造みつぞうコピー品のパーツで代用されていた箇所かしょが、軒並のきなみ新品のパーツに差し替えられている。空だった側胴部そくどうぶのロケットランチャーにはきちんと弾頭が装填そうてんされており、それ以外にも背中側に予備武装ラックが追加されていた。


 右手に把持はじしているのは相変あいかわらずゾロターン機関砲だったが、左手にはBAW-66グレネードランチャー――二脚兵装の携行火器けいこうかきとしては最大級の火力を誇る、強力な武器が握られている。


 また、背部ラック右側には、大型の三十ミリライフル砲まで追加されていた。かなり扱いづらい武器ではあるものの、選択肢が増えるのは悪いことではない。


「ちょっとかっこいいかも……」


 フル装備の〈ヴェスパ〉を前にして、ちなみが誰にともなく呟いた。その横に忍び寄った小鈴が、「ところでさ」と声をかける。


「テストの方はどうだったの?」


 それを聞いて、ちなみの顔がさあっと青くなった。そんなちなみのほほを、にんまり笑顔の小鈴が「ねえねえどうだったの」と言いながらつっついている。


「お、思い出させないでよお……」


 涙目になったちなみが言った。


 実は、ちなみと小鈴が舞浜まいはまに遊びに行った時点で学年末試験の四日前だったのだ。それに気付いた小鈴は、ちなみを椅子にしばり付け、泣こうが謝ろうが強制的に、悪魔に勉強を教えさせたのである。


 ちなみにとって、その体験はかなりのトラウマになった。しかし、そのおかげでいつもより試験はうまくいったので、どの科目も赤点ラインを越えている自信はある。


 そんな話をしつつも、〈ヴェスパ〉の装備品の確認や点検を行い、二脚兵装についてのレクチャーを受ける。そうしてゆるやかに時間は流れ、今日のところは解散かいさんとなった。


『今週の日曜日、また来てください』


 別れ際に悪魔が言った。


『今日はお見せできませんでしたが、その時には“最強の武器”が届いているはずですので』

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