2-6

「でもさあ」


 そう言って、リアが再び話しはじめた。


「驚いたよ。二脚に乗れる普通のJKに、悪魔憑あくまつきの女の子でしょ。XEDAゼダにも高校生エージェントはいっぱいいるけど、穂高ちゃんみたいに普通の子が二脚に乗ってるのは初めて見た」


「えへへ」


 照れ笑いをしたちなみに、小鈴が「めてないと思うよ」と突っ込んだ。


「それに、小鈴ちゃんは悪魔憑きだって言うからどんな子だろうって思ってたけど……こんなにちっちゃくて可愛い女の子だったなんてね」


 そうリアが言った瞬間、小鈴が「は?」と言って顔をしかめた。そして、そっぽを向いた小鈴はこんなことを言いはじめた。


「はいはい、どうせ小鈴はちっちゃいですよ。ちんちくりんですみませんでした」


「そうは思ってないよ!?」


 リアがフォローするも、小鈴のテンションは今までで一番下がっている。確かに小鈴は背が低めだったけれど、ここまで気にしていたとは思わなかった。


「私はそんな小鈴も好きだよ? ちっちゃいからこそ可愛いっていうか――」


 ちなみがフォローのつもりでそう言ったら、不機嫌ふきげんそうな顔をした小鈴にじろりとにらまれてしまった。しょんぼりしたちなみとそっぽを向いた小鈴を見て、疲れた様子のリアが力なく笑っている。


「ねえ、穂高ちゃん」


 リアがちなみに話を振った。


「一応聞いておくけど、一緒にXEDAに来ない? あなたを保護するように先輩から頼まれてるんだよね」


「行かない。だめだよ、ちなみちゃん」


 そして、リアのさそいを小鈴がすぐに断った。


 ちなみとて行くつもりはなかったけれど、リアの言葉に少しだけ疑問を覚えて、思わずこう返答してしまった。


「どーしてですか? なんで、XEDAは私のことを知ってるんですか?」


 ――穂高ちなみは何者なのか。


 もしかしたら、XEDAという組織はちなみが過去のことを思い出すキッカケとなるかもしれない。しかし、ちなみの質問に答えたのはリアではなく小鈴だった。


「それはね、ちなみちゃんがどこか遠いところで生まれた強化人間で、それを捕まえたのがXEDAだったからだよ」


「そーなの?」


 ぱちくりと瞬きをしながら、ちなみが小鈴に聞き返す。


 ちなみが強化人間らしいことは、前に小鈴が説明してくれていた。そして、強化人間であるちなみを捕まえて日本に送りこんだのがXEDAだとすれば、彼らがちなみのことを知っているのも納得はできる。


「そうなの?」


 リアも重ねて小鈴に聞いた。


「その先輩って人に聞いてみれば」


 小鈴がつんとした口調でリアに返答する。


「じゃあ、電話していろいろ聞いてみてもいい?」


「ダメ」


 リアがスマホを取り出すものの、小鈴がすぐに却下きゃっかした。現在、リアの持つ全ての通信機器は使用不能になっている。リアの現在地を示す情報は、悪魔によってありとあらゆる手段で妨害ぼうがいされていた。


「う~ん……」


 そんなやりとりをする二人をよそに、ちなみは腕を組んで考え込んでいた。


 ちなみのアイデンティティはやっぱり二年分のままだ。『あなたは秘密組織に捕まった強化人間です』なんて急に言われても全然ピンとこない。いくら説明されても、それが自分のことだと思えなければ意味がなかった。空白の十四年を埋めるには、説明だけでは不十分だ。


 その様子を見て不安に思ったのか、小鈴がちなみの肩をすって話しかけてきた。


「ねえ、絶対行っちゃダメだよ? 小鈴はなんでも知ってるから、聞きたいことがあるなら聞いて! XEDAより小鈴の方がちなみちゃんに詳しいよっ」


「わばばば」


 小鈴にがくがくと肩を揺すられる。そんなちなみと小鈴を見ながら、困り顔をしたリアが誰にともなくつぶやいた。


「でもなあ。ここで二人を帰すわけにもいかないんだよな~。休日出勤とはいえ、一応仕事だしなあ」


『リア・エバンス。きみが気にむことはありません』


「……え!? なに!?」


 突然聞こえた悪魔の声に、リアがきょろきょろと左右を見る。


『きみが来ても来なくても結果は同じでした。チナミがこちらにいる以上、ボクたちに敗北はありえません。どのみちシャオリンは逃走に成功する。むしろ、ここまでシャオリンを引き止めたのはきみの人柄ひとがらがなせるわざでしょう』


「なにこの声。丁寧語のくせにめっちゃ上から目線だな」


 リアが虚空こくうに突っ込みを入れる。ちなみが説明しようと口を開いたら、小鈴が『余計なことを言うな』とばかりに脇腹わきばらをパンチしてきて痛かった。


「最後にもう一回聞くけど、一緒に来る気はある? 一応、二人とも連れてこいっていうのが今回の私のミッションなんだ」


 改めて、リアがそう聞いてきた。


「ちなみちゃん、だめだよっ」


 小鈴がちなみのそでを引っ張ってくる。


 リアについていけば、穂高ちなみの空白を埋める手がかりは得られるかもしれない。けれど、言ってしまえばそれだけだ。小鈴がXEDAに捕まれば、バラバラにされたり焼却されたり、とにかくひどいことをされてしまう。そんなのは絶対にいやだった。


「ごめんなさい!」


 ちなみがリアに頭を下げた。


「小鈴は友達なので、XEDAには渡したくないです。だから私も行きません」


 それを聞いて、小鈴はほっとしたような表情を浮かべた。


「あと、これから二人で舞浜まいはま行くので!」


「え?」


 急に目をきらきらさせだしたちなみを、小鈴が怪訝けげんな表情で二度見した。


「それは行かないよ?」


「なんで? いこーよ!」


「元から行かないって言ってたじゃん。やだよ。もう疲れたし」


 小鈴がそう言うと、ちなみはとても悲しそうな顔を浮かべた。それがあまりにも悲しそうだったので、小鈴はあわてて「わかったよ行くよ!」と訂正した。一転してにこにこ笑顔になったちなみとげんなりした表情の小鈴を見て、リアが笑いながらこう言った。


「仲いいんだね。そっかそっか」


 それにちなみは「そーです!」と答え、小鈴は「違う」と否定した。


「そういうことなら、今日はもう解散にしよっか。どのみち今の私にはなんもできないし、二人のことを知れただけでも収穫しゅうかくはあったことにする。あ、よければ連絡先だけ教えてくれない?」


 リアが聞いた。


 ちなみが「わかりました!」と言ってスマホを取り出す。小鈴が「そんなのいいよ」と止めようとしたものの、ちなみは「大丈夫だよ、リアさんいい人だし」と言って聞かず、秘密組織のエージェントを友達登録することになった。


「さて、じゃあそろそろ出ますかー」


 言いながら、リアが残っていた紅茶を飲み干した。そして、カップをテーブルに戻したあと、彼女はその状態から動かなくなった。


「……え?」


 立ち上がったちなみがリアの顔をのぞき込む。あろうことか、お姉さんは気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。


「いこっか、ちなみちゃん」


 立ち上がった小鈴がリアの首から首輪を回収し、平然とその場を後にしようとした。ちなみは慌ててその後を追いかけて、レジに向かう小鈴を引き止める。


「ちょっと待って、せめてリアさん起こしてから出ようよ!」


「あの人、あと数分は起きないよ」


「えっ」


「だって眠らせたの小鈴だし。すぐXEDAの人に連絡されて、あとを付けられたら嫌でしょ」


「そ、それはそーだけど……」


 いつの間にか制服姿に戻っていた小鈴は、レジに向かって手早くお会計を済ませた。


「いいじゃん、面白いし。あのままほっとこうよ」


 そう言って、小鈴がけらけらと笑う。


 ちなみは「ごめんなさい!」と謝りつつ、椅子に座ったまま眠りこけるお姉さんを置いて、小鈴と一緒にお店を出たのだった。



   *****



 窓の外を、真っ暗な夜の景色が流れている。


 家に帰れる最終の新幹線。耳付きカチューシャを頭につけたちなみが、二人乗りの窓際の席で爆睡ばくすいしていた。その横では、疲れ果てた様子の小鈴がスマホゲームをプレイしている。


 二人は夕方から夜にかけて遊び倒した。小鈴はパーク内をあちこち連れられて、少しの休憩もはざまないまま全力で遊びまわるちなみに付き合わされたのである。


「もう、さいあくだよ。デイリーも消化できてないし、スタミナも余っちゃってるし」


 ぶつくさと文句を言い、重いためいきをついた小鈴の肩に、むにゃむにゃと寝言を発したちなみがもたれかかってきた。


「おもっ。なんなの、この人! 子供か!」


 言いながら、ちなみの頭についたままのカチューシャをむしり取る。すると、ひざの上の悪魔が小鈴の言葉に茶々を入れた。


『二人とも子供でしょう。シャオリンに至ってはチナミより年下――』


「ちょっと悪魔! それは言わなくていいの!」


『心配せずとも、チナミならしばらくは起きませんよ』


 そう言われて、小鈴はもう一度深いためいきをついた。


「ほんとバカクソ疲れた。もういや。早く家に帰りたいし一生家から出たくない」


 スマホをポケットにしまい、座席を倒す。鬱陶うっとうしいことに、幸せそうに眠る穂高ちなみの頭も小鈴の肩にくっついてきた。


「小鈴も寝るから、ついたら起こして」


 それには答えず、悪魔が関係ないことを言う。


『仲良くなれたようでなによりです』


 隣で眠るちなみが、規則正しい寝息をたてている。ほのかに甘いにおいがただよってきた。肩に伝わる体温はあったかくて、眠るにはちょうどよさそうだ。


 小鈴は目をつむり、小さな声でつぶやいた。


「……まあ、たまにならいいかもね」

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