2-4

 東側から、二機の〈フィンドレイ〉がアーケード内に突入してきた。西側の一機は隠れたまま動かない。ちなみが逃げた場合を想定して待機しているのだろう。


 軽く操縦桿そうじゅうかんを動かし、ペダルを蹴る。


 〈ヴェスパ〉が準備運動のように小さくねた。


 ほぼ同時に、〈フィンドレイ〉がアサルトライフル砲を発射した。発射された二十ミリ砲弾が、秒速九百メートルでかっとんでくる。正確で精密な射撃、そして模範的もはんてきなタイミング。熟練じゅくれんした操縦技能と高い機体性能のなせる技だ。放たれた六発の砲弾は、普通ならばほとんど回避不能の攻撃だった。


 しかし、『普通』という言葉はちなみには当てはまらない。


「――!」


 ペダルを蹴る。操縦桿を倒す。


 左右に揺れるようにステップを踏んだ〈ヴェスパ〉が、すり抜けるように砲弾を回避する。それは鮮やかなフェイントだった。そして、〈ヴェスパ〉はその場から勢いよく走り出した。


 二機の〈フィンドレイ〉はシールドを掲げ、アサルトライフルで威嚇射撃いかくしゃげきをしながらこちらへと走ってくる。


 ――シールドチャージだ。


 ちなみは敵の目的を瞬時にさとった。シールドチャージ――体当たりは、機動力の高い二脚同士の近接戦において常套手段じょうとうしゅだんともいえる戦法である。


 そして、背後の一機も動き出した。最初の攻防で、敵はちなみの回避能力を悟ったに違いない。だから、シールドチャージで動きを止めてから袋叩きにする作戦に移行したんだろう。素早い判断、そして完璧な連携だ。敵の練度は相当高いらしく、普通に戦って勝てる相手じゃなさそうだった。


「だったら――」


 ちなみは〈ヴェスパ〉をジャンプさせた。地面を蹴ったダークオレンジの機体は、空中で身をひねって。そして、その勢いのまま。もちろん、二脚兵装に壁を走る機能など存在しない。それは、常識的にはあり得ない二脚運用だった。


 二機の〈フィンドレイ〉が動揺どうようしたように動きを止める。しかしそれも一瞬のことで、すぐに動き出した片方の敵機が、わき下のロケットランチャーを発射した。


 ――だよね、私でもそうする。


 あまりに模範的もはんてき。模範的すぎてフェイントをかけるまでもない。〈ヴェスパ〉は壁をり、すれすれでロケット弾を回避。背後の壁で対戦車榴弾HEAT-MPが爆発した。お腹に響く衝撃波を背に、ダークオレンジの機体はひらりと空中を舞う。


 そして、〈ヴェスパ〉は一機目の〈フィンドレイ〉の飛び乗った。


 安全装置解除。モニター端の表示が『SAFE』から『ARM』に切り替わり、片足で敵機の頭を踏みつけた〈ヴェスパ〉が機関砲を構える。


 ちなみは素早く操縦桿を動かし、トリガーを引いた。発射された二十ミリ徹甲砲弾APが敵機の左肩を粉砕し、その左腕を脱落させる。


「んで、こう!」


 〈ヴェスパ〉が空中で身をひねり、敵機の左腕を蹴り飛ばした。蹴られた左腕が吹っ飛んで、横にいたもう一機の〈フィンドレイ〉に直撃する。


 その時には、ちなみはすでにトリガーを引いていた。


 空中でくるりと回転した〈ヴェスパ〉が、左腕を失った敵機に機関砲を発射した。発射された二十ミリ砲弾は敵機の胸部装甲を貫通、的確にディーゼルエンジンの中枢部ちゅうすうぶを破壊。駆動力を失った敵機がバランスを崩し、ぐしゃりと地面に倒れ込んだ。


 〈ヴェスパ〉が鮮やかに着地する。


 横にいた二機目の〈フィンドレイ〉が慌ててアサルトライフルを構えた。さっきちなみが蹴飛ばした左腕が直撃したことで、二機目は攻撃のタイミングを失っていたのだ。


 敵機が発砲するより先に、〈ヴェスパ〉がものすごい勢いで走り迫る。ダークオレンジの二脚兵装は小さくびあがり、走り込んだ勢いのまま敵機を思い切り蹴飛ばした。


 ばがん、と大きな音がアーケードに木霊こだまする。


 〈ヴェスパ〉のキックが直撃した敵機は受身も取れずに吹っ飛び、シャッターを突き破って店の奥の壁に衝突した。


 その様子を見て、三機目の〈フィンドレイ〉が後退を開始する。敵の操縦兵からしてみれば、ちなみの〈ヴェスパ〉は悪夢のように思えたかもしれない。変幻自在、縦横無尽に舞うダークオレンジの機体――これをとらえることなど不可能だ。


「ごめんなさいっ!」


 操縦桿を倒す。〈ヴェスパ〉が勢いよく走り出し、逃げる敵機に向かっていく。飛んでくるロケット弾をひらりと回避。右に左にフェイントをかけ、アサルトライフルのバースト射撃を避けていく。


 目の前に敵機が迫った。〈フィンドレイ〉がおびえたようにシールドを構える。ちなみは〈ヴェスパ〉をジャンプさせ、敵のシールドの上に左手をついた。そこを起点に敵機の頭上を飛び越えて――


 ダークオレンジの機体は、宙返りしながら一発だけ機関砲を発射した。


 〈ヴェスパ〉が軽やかに着地する。その背後で、最後の〈フィンドレイ〉が崩れ落ちた。やはりたったの一発で、ちなみは敵機のエンジンだけを的確に破壊したのである。


「ふう……」


 機体を振り向かせながら息をつく。


 二十八秒。


 それが、戦闘開始から敵二脚小隊が全滅するまでにかかった時間だ。ちなみが使った砲弾はたった七発。しかも、中古の〈ヴェスパ〉を使って、完全装備の現役二脚兵装を相手に、である。それはほとんど奇跡的な戦果だ。


「えっと、生きてますかー? ……大丈夫だよね?」


 機体に装備された外部スピーカーで、アーケードに転がる残骸に話しかける。返事はなかったけれど、きっと大丈夫なはずだ。少し心配なのは蹴っ飛ばした人。けがをしないように気をつかったとはいえ、あれから動いていないので気絶させてしまったかもしれない。


「小鈴、いる? これってどーしたらいいの?」


 ちなみが虚空こくうに話しかける。すると、


『ほっといていいよ。さっさと帰ろう』


 と返事が聞こえてきた。


 小鈴の姿はどこにも見えない。恐らく、まだどこかに隠れているんだろう。どこにいるの、と聞こうとして――


「!」


 わずかな気流の変化。かすかな振動と音。微妙な環境の変化で、ちなみはすぐに新たな敵の気配を察知した。


 ――何かが来る。


 その感覚を裏付けるように、二脚兵装の足音がこちらに向かってまっすぐに進んできた。ちなみは再び安全装置を解除し、アーケードの外へと機関砲を向ける。


『ちょっと待ったぁ―っ!』


「えっ」


 スピーカーごしに聞こえたくぐもった声は、女の子のものに聞こえた。そしてその言葉を追うようにちなみの目の前に現れたのは、モスグリーンの二脚兵装だった。


「……M17!? いや、ちがう――!」


 頭部は〈フィンドレイ〉に似た宇宙服ヘルメットのような形状だったが、細部が少し異なる。胴体は多面体で構成されていて、脚部は引きまった形をしていた。全体的にスマートで、第四世代型よりも洗練せんれんされた印象のその機体は、第五世代型――世界有数の最新鋭機に違いなかった。


 〈M17アーヴィン〉。米軍の特殊部隊でようやく運用が開始された、世界最強の二脚兵装。けれど、エンジン音がディーゼルではなくガスタービンだった。正式採用型のM17ではなく、試作型のXM17だ。


『えっ、これどういう状況!?』


 しかし、世界最強の二脚である〈アーヴィン〉から聞こえてきたのは、やはり女の子の声だった。


『今だよ、ちなみちゃん! そいつをやっつけて!』


 混乱した様子の〈アーヴィン〉をよそに、耳元に小鈴の声が聞こえてきた。


「いや、でも……」


『そいつも小鈴の敵だから!』


「う、うん。わかった」


 ちなみが武器を向けると、〈アーヴィン〉は慌てた様子でこう言った。


『待って待って! あなたが穂高ほだかちなみちゃんだよね? こっちに戦うつもりはないよ、話したいだけ』


 〈アーヴィン〉が器用に両手を上げ、攻撃の意志がないことをアピールする。


「私のこと知ってるんですか?」


『やっぱり穂高ちゃんだよね!?』


「そーです! 穂高ちなみです」


『ちなみちゃんのバカ! なんで教えちゃうの!?』


 スピーカーごしに〈アーヴィン〉の操縦兵と会話していたら、小鈴が口を挟んできた。そして、ちなみが何かを言う前に、小鈴の声が商店街に響き渡った。


『そこのXEDAゼダ機! 降参するならすぐに機体を止めて! 他の人達も動かないで!』


『えっ』


『ちなみちゃん、そいつ狙っといて! 動いたらすぐにやっつけて!』


「でも――」


『小鈴が殺されてもいいのっ!?』


「わ、わかった!」


 ちなみは慌てて機体を操作し、戸惑とまどった様子の〈アーヴィン〉へとレティクルを合わせた。とはいえ、相手は無抵抗だ。できればトリガーを引きたくない。


『ほんとに戦うつもりはないよ。ただ、ちょっと話をさせてほしくて』


『だったら降りてきて!』


『こっちの言い分も聞いて欲しいんだけど……』


『ちなみちゃん、そいつやっつけて』


『おっけー降りる! どうせやりあっても勝てなそうだし!』


 そう言うと、〈アーヴィン〉がその場でひざをついてエンジンを止めた。ガスタービン特有のジェット機のような甲高い駆動音が小さくなり、完全に機体が停止する。そして、背中の扉を開け、操縦兵が姿を現した。


『ほら、降りたよ。これでいいよね?』


 降りてきたのは、可愛らしい格好の女子だった。


 ベージュのコート、黒のスキニージーンズにスニーカーを着用した、ちなみとだいたい同じ背丈の人物。雰囲気は大人びているので、多分大学生。こげ茶色の髪を低い位置で結んだ、ゆるい感じのお姉さんだった。


『ちなみちゃん、まだ機関砲で狙っててね』


「えぇ~……」


 言われた通りお姉さんに照準を合わせるものの、さすがに二十ミリで人間を撃つことはできない。撃ってしまったら大惨事だいさんじなので、ちなみはトリガーから指を離しておいた。


 お姉さんは機関砲を向けられても落ち着いたままで、しげしげと〈ヴェスパ〉をながめている。そんなお姉さんの背後に、黒いボディースーツ姿の小鈴が歩いてきた。


『動いたら撃つから。ちなみちゃんが』


『わかったわかった』


 そう返事をして、お姉さんが短くため息をついた。小鈴の手には、この前ちなみが着けさせられたのと同じリード付きの首輪が握られている。お姉さんの背中に近づいた小鈴は、そのまま彼女に首輪を着けることに成功した。


『なにこれ……?』


 お姉さんが恐る恐る聞く。


 次の展開はわかりきっている。ちなみがそれを止めようと声をあげる前に、小鈴はお姉さんに『お座り』と命令した。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉

・リア・エバンス

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093084433468022


・XM17アーヴィン

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093086071002985

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