2-3

 東京駅で新幹線を降り、電車とバスを乗り継いで約一時間半。ちなみと小鈴は、閑静かんせいな住宅街を並んで歩いていた。土曜の昼下がりだというのに、ほとんど誰ともすれ違わない。今まで出会ったのは、バス停近くで散歩をしていた老夫婦だけだった。


 住人の少ない、閑散かんさんとした僻地へきち。それがこの街の第一印象だ。


「ねえ、『悪魔の武器』ってこんなとこにあるの? なんか間違ってない?」


「間違ってないよ。だってその武器を召喚しょうかんしたのは悪魔だから」


『ええ。武器召喚の段取りを整えたのはボクです』


 小鈴と黒ボールが揃って返事をする。


「ん? じゃあ、なんでわざわざ千葉に召喚したの? 旅行したかったから?」


「違うよ。悪魔召喚に適合てきごうする場所がそれ以外に見つけられなかっただけ」


「あ、そーなんだ」


 そんな会話をしつつしばらく歩くと、古ぼけた団地と一体になった、びついてツタまみれのアーケード商店街が現れた。


「ここだよ」


 そう言って、小鈴が足を止める。


「おお……」


 広い一本道をはさんで沢山のお店が向かい合う、昭和しょうわレトロな商店街。


 しかし、どの店もシャッターが下ろされていて、看板の文字はかすれて見えなくなっていた。高く立派なアーチ天井にはびた骨組みだけが残されていて、はめ込まれていたはずのガラスは一つも残っていない。冬の青空の下で薄暗い影を落とす、なんともさびしげな廃墟はいきょだった。


「なんか不気味だね」


 ちなみが言った。


「うん。くっそ怖い。小鈴も全く入りたくない。ちなみちゃん先行って」


「えぇ~……」


 小鈴に背中を押され、しょうがなく屋根の下へと足を踏み入れた。しんと静まり返った空間に、二人の足音だけが木霊こだまする。『クリーニング』だとか『散髪さんぱつ』だとか、ちょっとだけ文字が読み取れる看板が人のいない不気味さに拍車はくしゃをかけていた。


「止まって! ここ、ここだよ」


 ちなみのリュックに張り付き、ブレザーの肩をぎゅっとにぎった小鈴が言う。彼女が指さしたのは、シャッターが下ろされていないむき出しのお店だった。中は暗がりになっており、奥に見える窓枠から外の光が差し込んでいる。


 正直全く入りたくない。怖すぎる。


「ほら、早く行って。進んで」


「うぅ……わかったってば~」


 背中にくっついた小鈴がぐいぐい押してくるので、観念かんねんしてその暗がりへと足を進める。中はコンクリート打ちっぱなしになっており、全く何も置かれていなかった――床に放置された、黒々とした物体以外は。


「これが『フォルカロルの翼』……で、あってるよね、悪魔?」


『ええ、間違いありません。早速さっそく回収しましょう』


 小鈴と悪魔が会話をしている。


 〈フォルカロルの翼〉と呼ばれたそれは、うずくまった生物のように見える塊だった。かなりの大きさで、これを外まで運ぶのは簡単じゃなさそうだ。


「これ、どーやって回収するの?」


 ちなみが聞くと、小鈴はてのひらを地面に向け、「こうするんだよ」と言った。すると、巨大な黒い物体は小鈴の掌へと吸い込まれてみるみる小さくなっていき、しまいには小さな十二面体になって彼女の手の上に転がった。


「お~」


 ちなみが興味深そうにそれをのぞき込む。十二面体は黒かったけれど、宝石のようにきらきらと輝いていた。


「これで終わり? 意外とあっさりだったね」


 そう聞くと、小鈴は首を横に振って「まだだよ」と言った。


「そーなの?」


『予想通りです。XEDAゼダの二脚小隊が接近中。一分後に包囲されます』


「え、なに、どーいうこと?」


 ちなみの認識が間違っていなければ、『二脚小隊』とは三機編成以上の二脚兵装部隊にきゃくへいそうぶたいという意味だ。それが接近している、ということは。


「小鈴は命をねらわれてるってさっきも言ったでしょ。敵は知ってたんだよ、『フォルカロルの翼』が小鈴のものだってね。要するにわなだったってこと」


 こともなげに小鈴が言う。


「それがわかってたのになんで来ちゃったの!?」


 ちなみが聞くと、黒髪の少女はにやりと笑って、こう言った。


「だから一緒に来てもらったんだよ。穂高ちなみ――世界最強の二脚乗りにね」


『“虚孔接続アクセス・アイズル:アルファ”』


 悪魔がとなえると、地面にできた暗がりからダークオレンジの〈ヴェスパ〉が浮上してきた。コンクリートの地面に両膝りょうひざをつき、右手に機関砲を把持はじしたシンプルな箱型の陸戦兵器。その精悍せいかんな顔つきを見たら、今まで感じていた廃墟はいきょに対する恐怖が少しだけやわらいだ気がした。


「相手は二脚兵装の一個小隊。その練度は米海軍特殊部隊ネイビーシールズより高いらしいけど、ちなみちゃんなら余裕だよ」


 そう言った小鈴が、ちなみの背中を少しだけ押す。


「なにか思い出せるといいね」


「――うん」


 背中越しにうなずいて、ちなみが〈ヴェスパ〉をよじ登る。背中のドアを開け、暗い操縦室の中に身体をすべり込ませた。


「ふう……」


 操縦席に座ると、かなり気持ちが落ち着いた。暗いのはさっきと同じだけど、〈ヴェスパ〉の中の方が断然だんぜんマシだ。ここに座っている限り、ちなみは誰にも負けない――そんな自信が湧いてくる。


 マスターパワー投入、電源起動。操作パネルのLEDが点灯したのを確認してエンジン始動。機体がぶるりと震え、四ストロークディーゼルエンジンが低くうなる。


『“恒体顕現ネイティヴ・スケール:イフェイオン”』


 耳元で悪魔の声が聞こえた。六枚のモニターが次々に起動して、外の風景が映し出される。サイドモニターに映ったのは、すでにライムグリーンのトゲ巨人へと変身している小鈴の姿だ。


『よーし。こい、“風司翼ふうしよくフォルカロル”!』


 小鈴がそう呼ぶと、かがみこんだ〈イフェイオン〉の背中に蝙蝠こうもりのような翼が出現した。つい先ほど回収したふたつめの武器を早速使ったんだろう。


 そして、彼女はこんなことを言い出した。


『小鈴はさっさと逃げるから。あとはよろしくね、ちなみちゃん』


「え? 一緒に戦わないの?」


 そう聞き返すと、小鈴はいつもの小馬鹿にしたような口調で返事をした。


『おバカだなあ、ちなみちゃんは。小鈴は依頼主いらいぬし、クライアントなんだよ? つまりちなみちゃんのご主人様みたいなものじゃん。ご主人様が戦うのはおかしいでしょ?』


「そ、そーなのかな……?」


 なにだまされている気がするけれど、よく考える前に『敵の包囲ほういが完了したようです』という悪魔の声が聞こえてきてしまった。


『いくよ、ちなみちゃん』


「……了解!」


 考えている暇はない。ちなみはローファーでペダルを踏み、操縦桿そうじゅうかんを倒す。〈ヴェスパ〉と〈イフェイオン〉が同時に立ち上がり、走って店の外へと飛び出した。


 素早く状況を確認する。


 今ちなみがいるのは、アーケードのちょうど中間地点。敵機は東の入口に二機、西の入口に一機の三機編成だ。どちらもアーケードの外にいて、こちらの様子をうかがっている。


 敵機はダークグレーに塗装された二脚兵装だった。宇宙服ヘルメットのような頭部をした、マッシブなシルエットの機体だ。


「M90、のA3型……?」


 思いついた言葉を口走る。


 それが敵機種てききしゅの名称だった。〈M90A3フィンドレイ〉。米軍で運用されている、第四世代二脚兵装だ。その歴史は古く、基礎設計は三十年以上前のものだったが、A3型は最新式のヴェトロニクスを搭載とうさいしており、第四・五世代とも呼べる優秀な機体に仕上がっている。


 三機とも装備は同じ。右腕にM807二十ミリアサルトライフル砲、左腕に鋼板こうばん樹脂素材じゅしそざいを重ねた複合装甲ふくごうそうこうシールドを装備した近接戦闘仕様だ。


 加えて胸部に追加装甲、背部にミサイル発射器を装備、さらにさらに――敵機の装備は挙げ始めるときりがない。シンプルに言えば、めちゃくちゃお金のかかったフル装備状態の米軍機、ということになる。


「おお……」


 一瞬にして脳内を駆けめぐった情報に、軽いめまいのような感覚を覚える。ちなみが目を白黒させていると、耳元に小鈴の声が聞こえてきた。


『じゃあね、ちなみちゃん。あとは任せた!』


 弾丸のように飛び上がった〈イフェイオン〉が、天井の鉄骨を突き破って空へと飛び出していく。トゲ巨人は鳥のように翼を広げ、空中高くへと舞い上がった。


 しかし、アーケードの外にいた〈フィンドレイ〉たちは、動じることなく次々に背中からミサイルを射出。ロケットモーターで飛翔ひしょうした四発のミサイルが、青空へと超高速でかっとんでいく。


『地対空ミサイル――!?』


 それは二脚兵装向けの高性能誘導ミサイルだった。天敵である戦闘ヘリを撃墜げきついするための地対空装備。弾頭は生き物のように〈イフェイオン〉を追いかけて――


『バカー!』


 全弾命中。


 空中で爆炎が弾け、小鈴の断末魔だんまつまとともに〈イフェイオン〉が粉々になる。


「あはは……」


 その様子を見て、ちなみは力なく笑った。既視感きしかんのある展開だったので、なんとなくこうなる気はしていたのだ。


 前に〈イフェイオン〉がやられたときと同じく、小鈴は生きているに違いない。ちょっとかわいそうだけど、今は小鈴のことは忘れて、目の前の状況に集中するべきだ。


 左右のモニターを確認。アーケードは約五十メートルしかない。二脚兵装にとってはかなり狭く、激しいドッグファイトになる近接戦闘距離だった。


――でも、大丈夫。近接戦闘は

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る