2-2

「ねえ、もういいでしょ。これ外して?」


「だめ」


 ちなみと小鈴は新幹線の二人席に並んで座っていた。通路側に座った小鈴は眉間みけんしわを寄せて腕を組んでいる。窓側に座ったちなみは、頑丈な手枷てかせで両手を拘束され、身動きが取れない状態にされていた。


「なんか犯罪者みたいじゃん! ねえやだ、外してよ~!」


「ちなみちゃんが悪いんだよ。駅で勝手に迷子になるし。ぽろぽろ物を落としてくし。新幹線に乗るだけでこんなに疲れるとは思わなかったよ」


 げんなりした表情の小鈴が重いため息をつく。さすがに今回はちなみが悪い。ばつが悪くなったちなみは、できるだけ可愛い笑顔を浮かべて言い訳を始めた。


「ごめんごめん。ほら私、記憶喪失だし? いつもこうなんだよね、あはは」


「ちなみちゃんの相手してたら疲れた。お腹空いてきたし、もうこれ食べちゃおっかな」


 ちなみの言い分を無視して、小鈴がフックにかけたビニール袋をあさる。そこから取り出されたのは名物の牛タン弁当。それらを机に並べ、小鈴が少し早い昼食の準備を始めた。


「おいしそう! 私も食べたい」


 手枷で拘束されたちなみが、目を輝かせて身を乗り出す。小鈴が取り出したお弁当は二つ。彼女はちなみの分まで用意してくれたに違いない。


 そんなちなみを見た小鈴が、一拍置いてにんまりと笑い、こう言った。


「じゃあ、小鈴が食べさせてあげるよ。はい、あーんして」


「いいの? やったー!」


 言われた通りに口を開け、牛タンがやってくるのを待つ。小鈴はお弁当を持ち上げ、器用きようにお米とお肉をはしで持ち上げ、それをちなみの口元に運び――


「やっぱやーめた」


 自分で食べた。


「うまー」


 おいしそうに頬張ほおばる小鈴を上目遣うわめづかいに見上げ、ちなみが「小鈴ぅ……」と甘えた声を出す。すると、小鈴はもう一度お弁当の中身をはしつかみ、ちなみの口へと運んでくれた。


「なーんて、うそうそ。ほら、あーん」


「あー……って、それプラスチックの草みたいなやつじゃん! 食べられな――むぐ」


 しゃべっている途中で、緑色のぎざぎざしたフィルムを無理やり口に押し込まれてしまう。


「牛タン弁当おいしい~。ね、おいしいね、ちなみちゃん?」


 そして、にっこり笑った小鈴が同意を求めてきた。


 手枷をめられ身動きの取れないちなみは、食べられない草をくわえてどうしようもなくなっている。しかも、ちょうどその時お腹から『ぐう』と大きな音が鳴ってしまった。


「なになに、もうお腹すいちゃったの? さっき草食べたばっかりなのに? ちなみちゃんは食いしん坊だなあ」


小鈴がけらけらと笑いながら、涙目で草を咥えるちなみをスマホで撮影する。それで満足したのか、しばらくの撮影会ののち、彼女はようやく牛タンを食べさせてくれた。


「そういえばさー」


 相変わらず手枷で拘束されたままのちなみが、お弁当を口に運んでもらいながら小鈴に話しかけた。


「『小鈴』って名字か名前かどっち?」


 そう聞くと、小鈴はちなみの口に食べ物を押し込んでからこう答えた。


「小鈴の本名はシャオリン・ダンバースっていうんだよ。小鈴っていうのは『シャオリン』の漢字表記。でも、覚えづらいだろうし小鈴でいいよ」


「え、外国人?」


「田舎民のちなみちゃんには想像つかないかもしれないけど、小鈴はちょっと前までアメリカに住んでたんだよ」


 咄嗟とっさに言い返そうとして、再びからかわれる可能性に思いいたったちなみは、出かかった抗議の言葉を飲み込んでから普通に会話を続けた。


「じゃあ、どーして日本に来たの?」


「小鈴は命を狙われてるんだよ。だから日本まで逃げてきた」


「……なんで?」


 そう聞くと、小鈴はお弁当を机に置いて両腕を広げた。


「簡単に言うと、原因はこれだよ」


「これって――わ」


 ちなみが言い終わる前に、小鈴の腕の中にバスケットボール大の真っ黒な球体が出現した。そのボールには見覚えがある。確か、小鈴が巨人に変身する時に同じようなものを持っていたはずだ。


「これ、この前も持ってたよね。なにこれ?」


「悪魔だよ」


「アクマ?」


『はじめまして、チナミ。悪魔です』


「わ、しゃべった!」


 黒いボールが、中性的で機械的な言葉を発した。その丁寧語にも聞き覚えがある。小鈴が〈イフェイオン〉に変身するときとか、〈ヴェスパ〉を出し入れするときに聞こえる声だ。


「へー……あくま。ほんもの?」


『ええ、本物です。シャオリンが行使する魔術は、基本的にボクが制御しています』


「そーなんだ」


 ボールの形をした『悪魔』という点がそもそも理解不能だったものの、なんとなく言いたいことはわかった。小鈴の周囲で起きる不思議なことは、この『悪魔』がなにかしら関与しているということなんだろう。


「悪魔は小鈴の唯一ゆいいつの友達かつ保護者だよ。ね?」


『はい』


「保護者って……お父さんとお母さんは?」


「いないよ。悪魔だけ」


 なにやら小鈴にも複雑な事情があるらしい。これ以上説明されても理解できる自信がなかったので、ちなみは一旦話を戻すことにした。


「えーっと……じゃあ、この『悪魔』さんが原因で、小鈴は命を狙われてるってこと?」


「そうだよ」


「それで日本まで逃げてきたんだ」


「うん。でも、あいつらは日本まで追ってきてて」


 悪魔を膝の上に置いた小鈴は、ちなみにお弁当を食べさせながら説明を続けた。


「小鈴はね、『無敵の引きこもり』になりたいの。ほんとはこんなとこで新幹線なんて乗ってないでずーっと引きこもってたいわけ。でも、めんどくさい人たちがどこまでも追ってくるからそうもいかなくて。だから無敵になる必要があるんだよ。無敵になれば誰も歯向かってこないでしょ?」


「でしょ? って言われましても……無敵になるって、どゆこと?」


 首を傾げたちなみに、小鈴が再び牛タンを食べさせる。


「これは今日の目的にも関係するんだけど、小鈴は無敵になるために『悪魔の武器』を集めてるんだよ。武器は全部で五つ――『アンドラスの右腕』、『ダンタリオンの左腕』、『フォルカロルの翼』、『アイムの右脚』、『ハルファスの左脚』」


 頭の中で小鈴の言う『悪魔の武器』を想像する。両腕と両脚、それに翼――あとは胴体があれば立派な人型の完成だ。


「なんか、全部集めたら人間になりそうだね?」


「おバカなちなみちゃんにしては鋭いね。その通りだよ」


「ば、ばかじゃないですう――むぐ」


 抗議するちなみの口に、小鈴が漬物を押し込んだ。


「つまり、全部集めれば無敵になれるってこと。今日取りに行くのはふたつめの武器、『フォルカロルの翼』だよ」


「あれ、ふたつめなの? ひとつめは?」


 漬物を飲み込んだちなみが聞き返すと、小鈴が「悪魔と一緒に回収したよ」と返事をした。


「まあ、それで虚像天使が追ってきて大変なことになったんだけど……」


「あー。そーいうことね」


 たしか、この前の戦いで、小鈴は『ハルファス』と言っていた気がする。それでマスケット銃を左脚から取り出して戦っていた。恐らくそれがひとつ目の『悪魔の武器』。そして、それを回収したせいで〈虚像天使〉が追ってきて、ちなみが〈ヴェスパ〉で戦うことになった。


 ようやく目的が見えてきた。


 細かい事情はともかく、小鈴は五つの『悪魔の武器』を集めている。そして、今向かっている千葉にふたつめの武器がある。その武器の回収を手伝うのが、ちなみの今回のお仕事ということだ。


「……じゃあさ!」


 手枷をつけたままのちなみが身を乗り出す。


「その用事ってすぐ終わるよね!? 終わったら舞浜いこ!」


「いかない」


「いこ!」


 目をきらきらさせるちなみを見て、小鈴が面倒くさそうにため息をつく。


「いい? 小鈴とちなみちゃんはお友達じゃなくて、あくまでビジネスパートナーなんだからね? だいたい、そんな仲良くもないし普通に気まずい。だからいかない」


「え~、せっかく千葉行くなら遊びに行こうよ~。あ、絶叫系ぜっきょうけいダメ? ジェットコースター嫌い?」


「知らないよ。興味ない」


「じゃあ行ってみよ! ぜっったい楽しいから! 誰でも楽しめる夢の国だから!」


「しつこい、うるさい、あと近い! とりあえず離れて!」


「むぎゅ」


 顔をしかめた小鈴が、ちなみをのけて窓際に押し付ける。


『仲良くなれたようでなによりです』


 悪魔が言った。


「仲良くない。うっとおしい。もっとちゃんとした人がよかった」


 小鈴がぶつくさと文句を言う。窓際に押し付けられたちなみは、外を流れる風景を眺めながら「そんなぁ~」と情けない声を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る