第二章 悪魔憑き少女と秘密組織

2-1

 戦闘によって廃墟はいきょと化し、瓦礫がれきの山となった街に、しんしんと雪が降り積もる。見渡す限りの銀世界――そんな景色に、赤々とした爆炎が咲いた。


「こちらフライシュッツ。北側のT-72Mを制圧」


 赤褐色せきかっしょくの〈ヴェスパ〉が停止し、重機関銃を構えて周囲を警戒する。その背後には黒煙こくえんを上げるT-72戦車の姿がある。たった今『フライシュッツ』と名乗った少女が破壊した、ソビエト製の戦車だった。


『戻ってこいフライシュッツ。ターゲットのお出ましだ』


「フライシュッツ了解」


 無線機越しに聞こえた男の声に返事をし、少女が赤褐色の〈ヴェスパ〉を走らせた。操縦室はディーゼルエンジンの熱で温かかったけれど、外の気温は摂氏せっしマイナス二十度を下回っている。モニターに映る外の景色は降り積もる雪で真っ白だった。


『こちらエレクトラ。中央広場に人型のが出現。なんだあれ――』


 仲間の声が聞こえてきた。


 少女の〈ヴェスパ〉が路地を曲がって大通りへと飛び出す。モニターに中央広場の様子が映り、『エレクトラ』の言うの姿が見えた。


「なにあれ。怪物……?」


 少女がつぶやく。


 モニターに映ったそれは、巨大な人型をしていた。


 体長は四メートルほど。ラバーのような質感の白い皮膚ひふに、プラスチックのように硬質な青い外殻がいかく。頭部は鋭い形状をしていて、肉食獣を思わせる大きなあごを備えている。目のようなくぼみはうつろで、どこを見ているのかわからなかった。


 異形いぎょうの生命体。


 この世界とは相容あいいれない、不気味で異常な事象体エンティティ


『スラヴの伝承でんしょうによれば、あれは“ヴルダラク”と呼ばれる魔物だ。人狼じんろうとも呼ばれる』


『人狼……? そうは見えないわ』


 男の声に反応して、仲間の『ダフネ』が聞き返した。


 彼女の言う通りだ。目の前にいる〈ヴルダラク〉は、毛も生えていなければ耳や鼻もない。手足が異常に細いアンバランスで奇怪きかいなその姿は、エイリアンと言われたほうがまだしっくりくる見た目だった。


異方体いほうたいとはそういうものだと、何度も覚えさせたはずだ。人類が構築する現実空間プライム・リアリティではこう解釈かいしゃくされる。だから異方体と呼ばれるのだと』


『ひとつの解釈ということね』


「どーいうこと?」


 少女が思わず聞き返す。しかし、指揮官の男はそれには答えず、低い声で少女たちに命令を出した。


『無駄話は終わりだ。そいつの身体を傷つけずに、頭部の中枢器官ちゅうすうきかんだけ破壊して殺せ。お前らの代わりはいくらでもいるが、そいつの身体は一つしかない。死んでも必ず持ち帰れ。わかったか』


『エレクトラ了解』


『ダフネ了解』


「フライシュッツ了解」


 赤褐色の〈ヴェスパ〉が三機、雪の世界を駆けていく。


 異方いほうの存在たる〈ヴルダラク〉は、すさまじい速度で広場を駆ける。奇妙な姿をしていても、モーションは肉食獣さながらだった。その爪は鋼鉄を引き裂き、その顎はあらゆる装甲を破壊する。


 銀世界に激しい銃撃音が木霊こだました。


 三機の陸戦兵器は、鋼鉄製の機械とは思えない軽やかさで異形の怪物を翻弄ほんろうする。特に、少女――フライシュッツの〈ヴェスパ〉は別格だった。少女はトリガーを引きしぼり、あっさりと〈ヴルダラク〉の頭部を破壊した。



   *****



 ちなみが家庭科準備室に入ると、小鈴は机に寝っ転がって、だらだらとスマホゲームをプレイしていた。


『三時間目と四時間目の間の十分休憩に、家庭科準備室に来て欲しい』


 とのメッセージが小鈴から送られてきたので、言われた通り、ちなみは家庭科準備室へとやってきたのである。


「やっほー。一日ぶりじゃん!」


 小走りで部屋を横切り、小鈴の元にむかう。黒髪ロングの少女はちらっとこちらを見ると、「ん」と返事をしてから視線をスマホに戻した。


「どしたの、こんなとこに呼び出して」


「明後日の土曜日、千葉に行くよ」


 スマホ画面に目を向けたまま、小鈴がそんなことを言った。ちなみはしばらくぱちくりと瞬きをしていたが、出し抜けに目を輝かせて「……千葉!」と声をあげる。


「遊びに行くってこと? そーだよね!? もしかして舞浜まいはま!?」


「違うよ。お仕事だよ」


「お仕事?」


 首をかしげたちなみが聞き返す。


「またヴェスパに乗って戦って欲しいんだよ」


「あーね。おっけーおっけー、まかして!」


 さすがのちなみでも、〈ヴェスパ〉に乗って小鈴のお手伝いをする、という約束のことは忘れていなかった。


 そして、千葉である。千葉といえばもちろん――


「舞浜! それ終わったら舞浜行こうよ!」


 目を輝かせたちなみが、スマホを押しのけて小鈴の顔をのぞき込んだ。


「ちょ……邪魔! 近い! どいて」


「ねえ遊びに行こ? お願いっ!」


「もー、わかったから早くどっかいって」


 顔をしかめた小鈴が迷惑そうにちなみの頭を押しのける。そんな小鈴をよそに、ちなみはにこにこ笑顔を浮かべて楽しそうにしていた。


「じゃあ制服着てきてね。絶対だよ?」


「はい? なんで?」


「舞浜行くなら制服に決まってるじゃん! じゃ、私教室戻るね!」


 ちなみはそう言い残すと、軽やかな足取りで部屋を後にした。



   *****



「すごい、駅の中なのにいっぱいお店がある! ねえ小鈴、すごくない?」


 二月十八日、土曜日。


 制服姿のちなみと小鈴は、二人並んで新幹線の駅構内を歩いていた。


「まだ新幹線に乗ってすらないのにそんなにはしゃいで……はぁー、これだから田舎民いなかみんは困るなあ」


 やれやれ、と小鈴がわざとらしく肩をすくめた。からかわれて赤面したちなみは、勢い込んで小鈴に反論した。


「い、田舎民じゃないですう! アウトレットとかもぜんぜん行きますから!」


「アウトレットモールって田舎にしかないんだよ。ぷぷー、もう十六歳なのにそんなことも知らないんでちゅか? 地元から出たことないんだね、かわいそ~」


 なにも反論できなくなり、ちなみが顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。そんなちなみを見て、小鈴がけらけらと笑っている。


「うぅ……」


 反論するのを諦めて、視線を前に戻す。すると、数メートル先に書店があるのが見えた。


「見て、小鈴! 本屋あるよ! 千葉の観光ガイドあるかも!」


「いやいや、ちなみちゃん。書店くらい……」


「私ちょっと行ってくる!」


 言いかけた小鈴を残し、ちなみがその場から駆け出した。その背にしょったリュックからお茶のペットボトルやポーチなどをぽろぽろと落としながら――


「ちょ、待って、いろいろ落としてるから! ちなみちゃん!」


 声をあげた小鈴が、地面に散らばる落とし物を拾いながらちなみの後を追った。

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