1-3

『えっと、武器武器……!』


 小鈴こすずの声が言う。


 〈イフェイオン〉と呼ばれたトゲ巨人は、あせった様子で彫像ちょうぞうの騎士の方を向いた。巨人の足元の影が大きくなり、そこから黒いやりが出現する。〈イフェイオン〉はその槍をつかみ上げると、敵を威嚇いかくするようにぶんと振った。


『こっちくんな! どっかいけ!』


 小鈴の声には答えず、騎士がその場でぐっと身をかがめる。


 次の瞬間しゅんかん、彫像の騎士はものすごいスピードで走り出した。その動きは速すぎて、ちなみの目にはほとんど瞬間移動しゅんかんいどうのように見えた。気付いた時には、騎士は〈イフェイオン〉の目の前で思いっきり大盾おおたてりかぶっている。


 ばがん、と大きな音がした。


 〈イフェイオン〉が大盾でぶんなぐられたのだ。小鈴が変身した巨人は盛大せいだいに吹っ飛ばされ、十五メートル先の木に激突げきとつ。木は真っ二つにたたき折られ、トゲ巨人と一緒いっしょに地面に落ちた。


「わっ……!」


 遅れて突風とっぷうが吹きれ、ちなみは思わず目を細めた。


 とんでもないパワーとスピードだ。なにしろ、盾を振っただけでこの威力いりょくである。この騎士が大盾を一振ひとふりすれば、ちなみの身体なんて一瞬で蒸発じょうはつしてしまうだろう。


 トゲ巨人を殴り飛ばした彫像の騎士が、威風堂々いふうどうどうとした立ち姿で静かに武器をかまえなおす。一方、吹っ飛ばされた〈イフェイオン〉は、倒れた木をどけながらもなんとか立ち上がっているところだった。


『……“ハルファス”っ!』


 小鈴が言う。


 すると、その呼び声に応え、〈イフェイオン〉の左脚がふくれ上がった。それはまたたく間に重厚じゅうこうな鎧へと変化し、前面がスライド展開。内部から黒いマスケット銃がせり出した。銃身の長い、古風こふうな銃である。


『どっかいけ! 消えろーっ!』


 言いながら、〈イフェイオン〉が両手で構えたマスケットを連射れんしゃする。黒い弾丸が無数むすうに発射され、超高速でかっとんでいき――騎士が構えた大盾に直撃ちょくげきした。


 爆炎がはじける。


 騎士の大盾で赤い炎がふくれ上がり、爆発音があたり一帯にとどろいた。


「あつっ……!?」


 爆発の熱波ねっぱがちなみの方まで届いた。真冬だというのに、暑くて肌が焼けそうだ。しかし、彫像の騎士は全ての攻撃こうげきを盾でふせいでいる。あの大盾は相当かたいらしく、どんなにマスケットの攻撃を受けてもびくともしていない。


 彫像の騎士が、盾をかまえたまま電撃でんげきのようなスピードで広場を駆けた。


 騎士の長剣ちょうけんが赤く光を放つ。一瞬で〈イフェイオン〉のもとに到達とうたつした騎士は、勢いよく長剣を振り上げ、マスケット銃ごと巨人の両腕りょううでを斬り飛ばした。


『これムリだ! ごめんちなみちゃん、先に逃げるね!』


 小鈴の声がそう言うと、両腕を失った〈イフェイオン〉が脱兎だっとのごとく逃げ出した。あまりにショッキングな展開で呆然ぼうぜんとしていたちなみは、一拍いっぱく遅れて我に返り、


「やだ、置いてかないでっ」


 と声をあげた。


 しかし、トゲ巨人はそんなちなみを置いて森の中へと逃げ込もうとしている。一方、彫像の騎士は〈イフェイオン〉を追わず、静かに長剣を持ち上げて――


「あ」


 その剣先から赤い雷撃らいげきほとばしらせ、逃げる〈イフェイオン〉に直撃させた。


『あばばばば!?』


 小鈴が奇声をあげている。雷撃に打たれたトゲ巨人は黒焦くろこげになり、その場にどさりと倒れてぴくぴくと痙攣けいれんしだした。


『あばば……ば……』


 そして、小鈴の声が途切とぎれたかと思えば、黒焦げの〈イフェイオン〉は砂のように風に吹かれ、消滅しょうめつしてしまった。


「えぇ……なにこれ、どーすればいいの……?」


 犬耳と首輪をつけたままその場に残されたちなみは、呆然ぼうぜんと彫像の騎士をながめている。騎士は〈イフェイオン〉を倒してもいなくなる気配がない。この場から逃げていいのか、それとも動かない方がいいのか、ちなみには全く判断がつかなかった。


 そうして数秒動けないでいると、背後はいごになにかが落ちてくるどさりという音がした。びくりと身体をふるわせたちなみは、恐る恐る後ろを振り返る。


「……小鈴ちゃん?」


 そこに落ちていたのは、地面にうずくまる小鈴だった。


 さっきまでの制服せいふく姿ではなく、身体からだにぴっちりと張り付いた黒いボディースーツを着用している。ぴっちりと張り付きすぎて、それは黒いだけでほぼはだかだ。


 涙目なみだめでこちらを見た小鈴は、青い顔をしてちなみの背後に指をさしている。


「ちなみちゃん、うしろ……」


 振り向くと、彫像の騎士がのしのしとこちらに歩いてきているところだった。騎士はちなみではなく、明らかに小鈴のことを狙っている。


「た、たすけて……今動けないの。だから小鈴を抱えて逃げて」


「待って待って、そんなのむりだよっ」


 もう何が何だかわからなかった。


 得体えたいのしれない巨大な騎士が現れたかと思えば、小鈴はトゲ巨人に変身してそれと戦い、やられたかと思ったらおかしな服装ふくそうで戻ってきて……風邪かぜをひいた時に見る悪夢あくむみたいだ。助けてと言われても、ちなみにできることなんて何一つ――


「――えっ!?」


 ちなみの身体が勝手に動いた。


 地面に手をついて立ち上がり、小鈴を素早すばやく拾い上げる。いつの間にか、小鈴はちなみの首から伸びるリードをにぎっていたらしい。ご主人様の命令通り、ちなみはお姫様抱ひめさまだっこのように小鈴を抱え、森の中へとダッシュで逃げ込んだ。


「むりだって! こんなの逃げ切れるわけないじゃんっ」


 ちなみが悲鳴をあげる。


 振り向くまでもなく、巨大な騎士が背後にせまってきているのがわかった。枝をばきばきと破壊はかいしながら、彫像の騎士がちなみの方へと走ってくる。木々がその巨体の邪魔じゃまをしているとはいっても、このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。


 しかし、


「できるよ。ちなみちゃんフライシュッツなら」


 小鈴にそう言われた瞬間、ちなみの中でがちりと何かの歯車はぐるまがかみ合った気がした。身体が軽くなった――いや、身体の使い方がわかった。


 ちなみは小鈴を抱えたまま加速かそくする。両足が自分のものじゃないみたいに軽い。短距離走者のように爆発的ばくはつてきな速度で森を駆け、ついには彫像の騎士を振り切って学校まで逃げ戻ることに成功した。



   *****



「ねえねえ、あのでっかい騎士みたいのってなんだったの!? 小鈴ちゃんもなんであんなのに変身できるの? あのでっかい騎士は放っておいて大丈夫? あ、てか私ってなんで連れてこられた――」


「ちょっと一回だまって! うるさい!」


「んむーっ」


「あと近い! 暑苦あつくるしいから離れて」


「んぅ……」


 小鈴の命令めいれい通り、ちなみが口を閉じて少しだけ距離きょりをとる。いまだにリードを握られているので、命令されると逆らうことができなかった。


 時刻は午後四時半すぎ。


 ちなみと小鈴は、校庭のすみに置かれたベンチに並んで座っていた。


 校庭に部活動ぶかつどうをする生徒の姿はない。サッカーゴールや野球グラウンドは、全く使われることなくその場に放置ほうちされていた。小鈴が何か細工さいくをして、生徒を早めに帰らせたということらしい。


「あのでっかい騎士はね、『虚像天使きょぞうてんし』っていうんだよ。小鈴を殺すために現れた天使の鎧みたいなものだと思っておいて」


「てんし? ほんもの?」


「うん、本物」


「んん……?」


 ちなみが首を傾げる。


 『天使』といえば、白い服を来て羽を生やした光輪こうりんのある子ども、みたいなイメージが一般的いっぱんてきだろう。あの騎士は光輪を頭にくっつけてはいるものの、そういった天使のイメージからは相当そうとうかけはなれている。


「うーん……じゃあさ、ほんとにあれが天使だったとして、なんで小鈴ちゃんは天使に殺されそうになってるの?」


「ちなみちゃんはおバカだから、その説明は一旦いったんしないでおくね」


「ば、ばかじゃな――むぐ!?」


 小鈴が「しゃべんないで」と命令してきて、ちなみの口は閉じられてしまった。それでも頑張がんばって喋ろうとしているちなみをよそに、小鈴が説明を続ける。


「天使けの結界けっかいを張ったから、虚像天使きょぞうてんしはしばらく寄ってこないよ。その間小鈴も外に出られないけどね。だからとりあえずは放っておいて大丈夫」


 そこまで言うと、小鈴は横を向いて、改まった様子ようすでこう言った。


「そんなことより、ちなみちゃんにお願いしたいことがあるんだよ」


「どんなお願い?」


「いま小鈴は殺されそうになってるでしょ、だから助けてほしいの」


「え」


 ちなみが目をぱちくりさせる間に、小鈴が言葉を続ける。


「タダでってわけじゃないよ。小鈴はちなみちゃんの過去のことを教えてあげる。それで、昔のことを思い出すお手伝いをしてあげる」


「あ! そうじゃん、朝の話!」


 今更いまさらになって思い出したちなみが声をあげると、小鈴は「うるさ……」と言って顔をしかめた。


 ちなみの過去。記憶きおくから抜け落ちた十四年間じゅうよねんかん。その間のことは確かに気になるし、思い出せるなら思い出したい。それに、できることなら小鈴のことを助けてあげたいとも思う。


「でもなー。助けるって言っても、ちなみちゃんはただのハッピーJKだし……」


 さっき見た光景こうけいを思い出してみる。雷撃を放つ長剣や爆発を起こすマスケット銃を使った巨人同士のはげしい戦い。十六歳の小娘こむすめでしかないちなみが、そこに手出しをできるとは到底とうてい思えない。


 しかし、


「違うよ」


 小鈴はちなみの方を見て、こう言った。


「ちなみちゃんはただのJKでもハッピーセットでもない。穂高ほだかちなみは――世界最強の二脚操縦兵にきゃくそうじゅうへいとして生み出された、強化人間きょうかにんげんなんだよ」

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