第3話 魔界の姫、絶叫する。


 ならぬ。

 だめだ。

 不許可。


 他にもいくらでもあろうが。

 見よ、なにやら愛らしいくまさんみたいなやつに二人乗りして空中ぐるぐる回るのとか、小さなクルマ運転してどっかんどっかんぶつかって楽しむやつとか。観覧車だってあるぞ。


 わかっておるか。今日はの、人間界の娯楽の視察じゃ。

 魔族として世界を蹂躙し、人の世を治めることとなった暁には、鞭だけでは上手くゆかぬ。厳しい統治のあいまあいまに、人間どもが喜ぶ娯楽を与えることも肝要なのじゃ。

 よって今日は、遊園地とやらでその娯楽を調査する。

 ゆえに人間どもが喜びそうな明るい楽しい心浮き立つやつを選ぶがよい。


 なにゆえわざわざ、お化け屋敷など。


 む、小さな動物たちと触れ合えるコーナーもあるのう。やがて魔獣どもを従えその頂点に立つそなたの訓練にはもってこいじゃ。

 よし、これで決定じゃ。ほれ行くぞふれあいコーナー。ほれ。


 やめい。

 引っ張るな。

 放せ。


 いや怖くはない。怖くはないぞ。

 怖いわけがなかろう。なにを申しておる。にふふ。


 確かにちと、この国のお化けとやらは我ら魔族とは様子が異なるが、なに、所詮は同じあやかしじゃ。最強の魔力を有する魔界の姫、この魔姫まきさまのいわば配下である。怖いどころではない。なにやら懐かしゅうなるほどじゃ。


 じゃが、なんじゃ、ええと、ほれ魔界の姫が急に顔を出したら驚くに違いない。こういう時はの、あえて通過するのが礼儀とされておる。魔界ではの。

 大人ムーヴじゃ。魔界のな。礼儀は守らねばの。ほれ立ち去るぞ。


 なぜ並ぶ。列に。


 前方にわずか二組しか並んでおらぬではないか。これでは順番がすぐに来てしまうではないかあっもう二組まとめて入ってしもうた。

 そうか、そなた一人で危険を冒してお化けに対峙する心掛けじゃな。そうであればやむをえん。あっぱれじゃ。応援する。声援を送る。遠くで見ておるぞ。どっか草葉の陰からの。では健闘を祈る。


 なぜ腕を掴む。がっしりと裾を握る。

 お、おお、いま魔王さまからの指令を受信した。はよう来いとの指示じゃ。ゆかねばならぬ。ではの。さらばじゃ。


 ゆぅかぁねぇばぁ、ならぬのじゃあああ。


 ……。


 入ってもうた。

 暗いの。

 真っ暗じゃ。


 なんぞ、ひゅうどろどろ、とか言うとるぞ。にふふ。誰かが笛太鼓の練習でもしておるのであろう。そうに違いない。間違いない。怪しいものではない。にふふ。


 ふむ、なにやら懐かしい雰囲気じゃ。わらわが生まれた魔界の城のあたりとよう似ておる。ああ、落ち着くのう。落ち着く。落ち着く落ち着く絶対落ち着く間違いなく落ち着く大丈夫大丈夫がんばれあたし。


 なに。いつの間に手握ってたんだ、と。

 にふふ。そなたはの、未だ魔物としては赤子じゃ。いかにも脆弱じゃ。よってわらわが導いてやらねばならぬ。そのゆえじゃ。

 違う。隠れておるのではない。そなたの背中にいるのは、そなたの足取りが早すぎるからじゃ。そんなに急いて前進することはないのだぞ。もそっと、ゆっくり。ゆっくりじゃ。


 しかし湿り気がすごいのう。ふふ、お肌やら髪にはよい環境じゃ。のう、そもそもなぜ肌には保湿が必要か知っておるか。

 いや要らぬ知識などではない。怖くて何か言ってないとだめとかでもない。よいから聞け。保湿は水分の蒸発による乾燥を防ぎつつ角質の生成なり循環を促し皮脂の分泌を抑えるなどお肌トラブルを防止ぎゃああああああああなんかいるなんかいるなんか横切ったあそこあそこにゃあああああああ!


 ……はっ、はっ、はっ、はっ。


 にふふ。

 そなた随分背が高くなったのう。なに、わらわが座り込んでおるだけじゃと。うむ。ちと床面の材料などを仔細に調査する必要があってな。よい材料じゃ。にふふ。

 

 いま立つ。立つぞ。立てる。もちろんじゃ。


 ちと手を貸せ。

 よいしょ。

 

 さあ、進もうではないか。今日はあまりに長時間あるいたゆえ、ちと膝がかくかくしておる。なにまだ入って一分じゃと。にふふ。人間と魔族では時間の流れがにゃああああああああああああああああ!


 ……。


 なぜわらわはそなたに背負われておる。

 ぬ、わらわが失神したじゃと。

 にふふ。なにを世迷言を。


 いやいや、乗っていてやってもよい。

 これもそなたの鍛錬のためじゃ。

 仕方ないのう。

 

 ……。


 懐かしいの。

 いや、そのようにこの身体の主の、娘が言うのでな。


 あの日も、こうして背負うてくれた。


 ふたりで、縁日に出掛けてな。

 初めての浴衣、初めての下駄で。

 うれしゅうてうれしゅうて。

 見るものぜんぶが、きらきらしておって。


 なのに、途中で足を挫いてしもうてな。

 やはり十歳の娘には、ちと下駄は早かったの。

 にふふ。


 その頃は、そなたはこの娘より背が低かった。

 泣いている娘に、そなたは戸惑って。

 大人のひと、呼んできてって、言うたのに。


 そなた、娘を背負おうとしたの。


 足がな、ずるずる引きずられたのじゃ、あの時。

 にふふ。ちと、痛かったぞ。

 痛かった。


 胸のなかの、どっか。

 すごくすごく、きゅ、って。

 痛かった。


 そなたの心は、温かい。

 そなたの目は、いつも、優しい。

 いつまでも、いつまでも。

 そのままでいてほしい。

 

 ……と、娘が言うておる。にふふ。


 さて、もうすぐ出口じゃの。

 降りるぞ、すまなんだの背負わせたままで。


 どうじゃ、お化けとやらに対峙して。

 ん、そなた、なんか目が赤くないか。

 そんな泣くほど怖かったか。

 にふふ、怖がりじゃのう、そなたも。


 う、苦しい。

 なんじゃ急に、わらわを強く抱きしめて。

 苦しいというとろうに。


 仕返しじゃ。

 そうら、ぎゅ。


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