第2話 魔界の姫、粉もんを所望する。


 わあい、来た来た。

 

 はいはーい、あたし豚キムチーズ玉えびタコおもちトッピング!

 んで、ねぎ盛り牛すじ鶏チーズコーン玉はこのひとです!

 あっウーロン受け取りますね。よっ、と。ほい。


 しかしあたしのやつ具材すごいねめっさ盛り盛りじゃん。うひひ楽しみい。こぼれないように、慎重にスプーン刺して……っと。

 ん、混ぜないの? もう鉄板、熱くなってるよ。なにじっとあたしのこと見て……。


 あ、やべ。


 にふふ……にふふふふ。

 久しいの。

 およそ二分ぶりじゃ。


 いや、なに。急に店員に話しかけられたゆえな、驚いた拍子につい、身体の制御を明け渡してしもうたのよ。

 ふう。いかんいかん。


 む。なんでこんなことになってるんだ、じゃと。

 言うたではないか、これはそなたにとってまことに重要な儀式なのじゃぞ。

 昨日の我が秘術により、そなたの身体はもはや魔物としての変化を始めつつある。それが証拠に、どうじゃ、昨日はぐっすり眠れたろう。ツノなり鱗を生じるときにはの、体力を消耗するのじゃ。

 必要なものは、十分な睡眠。

 そして、栄養じゃ。


 よって今宵は、滋養強壮養分摂取満腹満足の秘儀を執行することとする。

 すべてはそなたのためじゃ。うむ。

 わらわか。術者じゃから同席が必要じゃ。当然じゃ。そなた一人をこのような、お好み焼き屋などというけしからん場所に座らせておくわけにはゆかぬ。

 なに、だったら見ているだけでいいだろうと。食わなくてもよいだろうと。

 そなた、血も涙もないのか。鬼か。魔物か。

 いや確かにこれからなるやつだが。まだなるな。一時停止。いまは広い心が肝要じゃ。よいか。


 ん、どうした。ツノ? ああ、ツノも尻尾も引っ込めておるのじゃ。そなた以外の者に我が正体を明かすわけにはゆかぬでの。ふん、わらわを誰と思うておる。魔界の姫、魔姫まきぞ。かような擬態、造作もない。

 なんじゃその目は。そのような薄い目でわらわを見るでない。見開け。


 ぬ、なぜわらわの方へ手を伸ばす。手のひらを、我が髪に当て……やめい……いや、やめなくてもいいが、ちと、ちと心の準備が……あっ。

 ぺり、という音がしたのう。

 なに、我が頭髪に粘着テープ、付いておったじゃと。ツノ外した跡じゃね、とはいかなる意味か。どれ貸してみよ。ぬ、これは神界の罠じゃ。天使の軍勢の攻撃じゃ。こんなものこんなもの。ぺいっ。


 さて。

 では、秘儀の執行とゆこうか。にふふ。

 そうれ、慎重に、まぜまぜまぜ……。


 なんじゃ。

 あるぞ。お好み焼き。魔界にも。

 あるに決まっておろうが。なかったらどうやって生きてゆくのじゃ。生きとし生けるものの還るべき約束の地ぞ。お好み焼きは。

 ゆえにわらわも、焼き方はよう知っておる。知っておるどころではない。わらわの魔界での通り名は鉄板の魔姫ちゃんじゃ。よう覚えておくがよい。


 やっぱり忘れてよい。

 やめよ。

 言うな。呼ぶな。


 ……そら、器を貸すがよい。そなたの分も混ぜてやろう。生地はの、ゆっくりと切るように混ぜるのがコツぞ。

 こうやって、差し込んで、まず一度、ぐいと持ち上げるように回すのじゃ。それから静かに、静かに切り混ぜてゆく……こうして、そら。スプーンのあたる、こつりこつりという音がなんとも心地よいじゃろう。ほら、耳元で……にふふ。


 そうして、あまり混ぜすぎてもいかぬのだ。よし、この程度でよいじゃろう。

 わらわの分も、もう一度……こつ、こつ、と。


 さあ、焼いてゆこう。

 おたまが遠いのう。ちと、前に手を伸ばすぞ……よい、しょ。ん、ああ、すまんの。わらわの髪が鼻先にあたってしもうた。切ったばかりでな、まだ結べるほどではないのだ……どうした。なんじゃ、妙な顔をして横を向いて。

 へんなやつじゃの。


 お、焼いてくれるのか。

 うむ、では、任せるとするか。 


 ちょろっと、おたまの背の生地を鉄板につけてみよ……おお、よいのう。じゅん、というたわ。では、おたま一杯分を、一息に……ふふ、じゅうじゅういう音が、なんとも堪らんのう。

 では、置いた生地のふちを集めるようにして、形をつくってみりゃれ……そうじゃ、そうやって……あああ、だめじゃ、押さえてはならん。ふわっとしなくなる。寄せるだけでよい。

 なんじゃ、見ておれぬのう。横からわらわが手を出して、そなたの手に添えてやろう。ほれ、そう、そうやって寄せて……これ、どうして離れる。もそっとこっちに来い。そうそう、それでよい。横向くな……あ。

 ほっぺた、くっついてしもうた。


 ……よ、よし。ざっくり形が整ったら、あとはしばらく放っておくのじゃ。我慢しきれずすぐに触るのは愚か者じゃぞ。魔界の禁忌のひとつじゃ。覚えておけ。


 うむ、では、乾杯といくか。

 そなたの魔族として門出に、のう。にふふ。

 っぷ、はあ。

 ああ、ウーロン茶、よう冷えていて美味いわい。


 ふう。


 の。

 そなたは毎日のように、練習、がんばっていたのう。

 小さな頃は寝坊ばかりだったのに、朝練も一度も遅刻したことがないそうではないか。そうして放課後の練習もいちばん遅くまで残って、顧問にも熱心に質問して。

 休日もいつも、公園や河原で走っておったろう。

 わらわは、の。ずっと、見ておったのじゃぞ。

 遠くからの。


 そなたの努力は、がんばったことは、ずっとその身体に残ってゆく。ずっと、ずうっと。部活を終えても、学校を卒業しても、どれだけ年齢を重ねても、じゃ。

 どんなことがあっても、どんな未来に向かっても、積み重ねは絶対に消えぬ。

 そうしていつか、その力が、そなたを救うことになる。

 消えぬ力が、の。


 じゃから、時々は、緩めてほしいのじゃ。

 ずっと張りつめていたそなたの心、いつももっともっと上にって追い詰めていた、そなたの心。戯言ざれごとと思ってもよい、なんの役にも立たぬとみるのも、よい。

 それでも、一言。

 がんばってるねって、声をかけてくりゃれ。

 ほんとうにほんとうにがんばっている、そなたの、心に。


 の。


 ……そら、焼けてきたのではないか。へらを貸せ。下から少し差し込んで、様子を見るのじゃ……ああ、よいな、ではひっくり返そうではないか。

 よう、見ておけ。

 魔界最強の、わらわの焼灼術を。

 両方からへらを差し込んで、さん、にい、いち……そりゃっ!


 ……。


 にふふ。

 案ずることはない。

 形あるもの、いつかは壊れる。

 こうやって再び寄せ集めて、あまった生地で接着して……。


 ほれ、美味そうではないか。

 焼けたとこ一口、味見せよ。

 あーん。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る