Ⅹ
窓から日の光が差し込む。
私は目を覚ました。
隣には、静かに寝息を立てる千尋くんの姿。
……愛しい、なんて思ってしまう。
ふわふわの柔らかい髪をそっと撫で、ベッドを降りる。
そのとき通知音が鳴り、近くにあったカバンの中を探りスマホを取り出す。
開くと、あの人からのメッセージだった。
書かれていたのは謝罪とお礼。昨日別れたばかりなのに、すっかり心の隅に追いやってしまっていた。
「……景衣子さん」
振り向くと、ぽやぽやと眠そうな様子で千尋くんが立っていた。
「洗面所借りてもいいかな?私、準備したら行くよ」
「……はい、分かりました」
20分後に簡単な支度を終え、私は肩にカバンをかけた。
「すみません。見送り、こんな格好で」
「ううん。見送ってくれるだけでうれしいから」
ありがとうと、感謝してもしきれない。君には。
たった一夜だけで、私の隙間だらけの心をこんなにも埋め尽くしてくれたことを。
「では、さようなら。ありがとう」
「うん、さようなら。こちらこそ」
控えめに手を振りかえしてしてくれたその姿を最後まで見つめ、ドアを閉じた。
———“今夜限りで互いに聞いた内容は忘れましょう”。彼の言葉が脳裏をよぎる。
全て忘れるなんて無理だ。
私は右腕のカーディガンの袖を捲る。
これを見たら、思い出してしまうから。
君が肯定してくれたこと。この傷をも愛してくれる人が、この広い世の中にはいるってことを。
千尋くんの瞳。背中。暖かさ。身体が覚えている。
甘い花の香りすらまだ、服に残っている。
マンションを出て、地面に足を付ける。
雨はもうすっかり止んでいて、空には青空が広がっていた。
「……あ」
虹だ。それも何色も連なっているもの。
きれいだ。私はそう思う。
純粋な気持ちで空を見上げられるくらいに、私は自分を少しくらいは好きになれたのかもしれない。
短い間でも、人は変われる。
枯れたと思っていた花は今から咲くよと、少しだけ花びらを見せていた。
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