Ⅵ
知らない香り。どこだろう、ここ。
飲んだわけではないので記憶はしっかりと残っている。
この部屋はあの人の家だ。
「あ、起きましたか」
「ご、ごめんなさい。私……」
部屋にあの男性が入ってきて、私はそろそろと頭を下げる。
一夜の過ち……は起こしてないみたいだけど、さすがにいろいろまずいでしょ、これは。
「疲れはとれましたか」
「え、あ、はい。おかげさまで……」
「そうですか。よかった」
さっきとは違い部屋着姿の彼の背中を、慌てて追おうとしたとき。
足首に衝撃が走り、そのままつんのめってばたりと倒れてしまった。
「ううっ、いったあ~」
「えっ、大丈夫ですか?」
彼はこちらへ振り向き、駆け寄ってくる。
「足、怪我してますね。絆創膏取ってきます」
「す、すみません……」
なにからなにまで迷惑かけまくって、情けなくなる。
しかも、初対面の人に。
ベッドに腰かけ絆創膏を受け取ろうとしたら拒否され、靴擦れを起こした足首へ丁寧に張ってくれた。
目にかかるほどの長さの前髪。奇麗なまつげ。妙に色気のある姿に不覚にもドキッとしてしまう。
「できました。立てますか?」
「……ありがとう」
すること一つ一つ聞いてくるなんて律儀だなあ。
私は差し伸べられた手をとり、立ち上がった。
「ほんとに、ありがとうございました。じゃあ私、そろそろ帰ります」
帰るところなんてないけど、これ以上お世話になるわけにもいかない。彼には彼の生活があるから。
と思うと、私ってほんとにあの人にフラれたんだなあとずしりと身体が重くなる。
それには気付かないフリをして部屋を出て行こうとしたら。
「あの」
「……はい」
振り向くと、彼は少し切なそうに眉尻を下げていた。
「まだ雨も降っていますし、コーヒー一杯くらい、どうですか」
———その夜の私は、やっぱりちょっとおかしかったんだ。
そんな顔を見てしまったら断るに断れない。なんて言い訳を付けて、彼の言葉にうなずいてしまった。
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