Ⅴ
痛い足を引きずりながら、というか相合傘をしながら来たのは、あの場所から数メートル先の高層マンションだった。
傘を閉じて中に入り、男性がオートロックを解除する。
……ん?だんせい?にしては、ちょっと幼いような。
黒いジャケットの背中を眺めながらふと疑問に思う。
「こっちです」
再び同じ場所に触れられ、手を引かれながらエレベーターに乗った。
1平方メートルの狭い空間。私は彼の背中だけを半目でぼうっと見つめる。
「僕は武内千尋です。あなたの名前はなんですか」
「……え?」
「えって、自分の名前、分からないんですか」
「え、あ……」
うまく言葉が出てこない。
「まあ、いいです」
私が名乗らないままでいると、エレベーターが止まる。
扉が開き、引っ張られながら歩く。
ずいぶんと先まで歩いていくと、連なるドアのうちの一つの前で止まった。
がちゃりと鍵が回り、視界が開く。
「どうぞ」
「……おじゃまします」
さっきよりも朦朧とする意識の中で靴を脱いでいると、ふらりと身体が傾いた。
「っおっと」
床へ強打するかと思いきや、男性が支えてくれる。
ふわっと甘い花の香りがした。
「……すみません」
「いえ。よかった、怪我しなくて」
彼に微笑みかけられる。
—――それからの記憶は、あまりない。
目を覚ましたら知らない部屋のベッドで一人、横になっていた。
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