痛い足を引きずりながら、というか相合傘をしながら来たのは、あの場所から数メートル先の高層マンションだった。

傘を閉じて中に入り、男性がオートロックを解除する。


……ん?だんせい?にしては、ちょっと幼いような。

黒いジャケットの背中を眺めながらふと疑問に思う。


「こっちです」



再び同じ場所に触れられ、手を引かれながらエレベーターに乗った。

1平方メートルの狭い空間。私は彼の背中だけを半目でぼうっと見つめる。


「僕は武内千尋です。あなたの名前はなんですか」

「……え?」


「えって、自分の名前、分からないんですか」

「え、あ……」


うまく言葉が出てこない。


「まあ、いいです」


私が名乗らないままでいると、エレベーターが止まる。

扉が開き、引っ張られながら歩く。

ずいぶんと先まで歩いていくと、連なるドアのうちの一つの前で止まった。

がちゃりと鍵が回り、視界が開く。


「どうぞ」

「……おじゃまします」


さっきよりも朦朧とする意識の中で靴を脱いでいると、ふらりと身体が傾いた。


「っおっと」


床へ強打するかと思いきや、男性が支えてくれる。

ふわっと甘い花の香りがした。


「……すみません」

「いえ。よかった、怪我しなくて」



彼に微笑みかけられる。


—――それからの記憶は、あまりない。

目を覚ましたら知らない部屋のベッドで一人、横になっていた。

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