そうこうしているうちに細めの路地に入った。

この辺は住宅街みたいで、一軒家やマンションが連なっている。

人はいないが、代わりに光の漏れる先から笑い声や会話が聞こえた。


「……私、なにしてるんだろ」


そこでやっと足を止めた。気付かなかったけど、ヒールで長時間歩いたから足が痛い。

……少しだけ、少しだけだから。

そう言い聞かせて痛みに耐えながらゆっくりしゃがみ込んだ後、ぺたっと座り込んだ。

冷たい。けど熱い。どっちかわからないや。


地面。安心する。どっと疲れが身体にのしかかると同時に、ずっと張っていた神経が緩む。

つ、と頬になにか違和感を感じた。

触れると、生温かい水分だった。

それに加えて、ぽつぽつと雨が降る。

いつもなら傘を差すけど、そこまで頭が回らない。


ただ雨だ、と思った。

都合がいい。流す必要のない無意味な涙も、この雨に流れてしまえ。

悲しくないはずなのに涙はどんどん溢れて、眼球が潤っていく。

三十路も近い大の大人がこんなところで泣き崩れてるなんておかしいけど、今はどうでもよかった。



「あの、大丈夫ですか?」



だんだんと強くなる雨の中、かすかに人の声が聞こえた。

すると、ぱたりと雨が止む。

いや、止んだんじゃない。

上を見上げると、傘をこちらに差す一人の男性がいた。


「濡れてますよ。立てますか」


そして私に手を差し伸べてくる。

頭があまり働いていない私は、力の入らない手のひらでそれを迷わずぎゅっと握る。

強い力で引っ張られ、あんなに重いと思っていた身体がするりと持ち上がった。


傘を差してくれた男性と目が合う。

私よりも頭半分大きな身長。

スーツ姿で変わった形のカバンを肩にかけていた。


「あ、ありがとう、ございます……」


なんとかお礼を言い、私はその人の横を通り過ぎて去ろうとする。



「っ、待って」


と思ったら、優しい力で右手首を掴まれた。

あろうことか、あのあざに触れられる。暗闇で見えないのかもしれない。


「なん、ですか」


小さく振り返る。



「こんなにボロボロの人、放っておけないです」

「あの、大丈夫です。私のことは」


フラれた女と関わるなんてろくなことがないんだから、さっさと私のことなんか見捨ててほしいと思った。

そもそも、一般的な考えを持った人はこんな身なりの女になんて声をかけない。この人は、ちょっと優しすぎるか、おかしい。


「でも足すりむいてるみたいだし。傘も持ってないようなので、雨が止むのを待てがてら、俺の家へ来ませんか」



……なにを言っているんだろう、この男は。

初対面のはずなのに、家に来いだなんて。いろんな意味でやっぱりおかしい。

でも私もこの人から見れば相当変なんだろうなと思う。



「……分かり、ました」


気付けばそう返事をしていた。

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