やけになって冷めたコーヒーを一気飲みし、テーブルに置かれた千円札を掴み取った。

会計を済ませ外に出る。


スマホを確認すると、午後9時過ぎ。

冷たい10月半ばの風が前を通り過ぎ、薄いカーディガンの裾を揺らす。


……さて、どうしようか。


彼とは同棲していたので、家にはもう帰れない。

とりあえず今夜はネカフェで過ごして、土曜日の明日は仕事が休みなので連絡して荷物を取りに行こう。合鍵も返さなきゃ。


でも今はそんな具体的なことは考えたくない。


スマホで空室のあるこの辺のネカフェを検索するけど、運悪くどこもヒットしなかった。

……これは、公園で野宿かな。

ホテルに宿泊できるような額は生憎持ち合わせていない。仕方ないか。


彼氏と別れた今、諦めの感情が強く押し寄せる。

このまま脱力して座り込んで、アスファルトの上で寝たい気分だ。

そんなことは人の迷惑になるし通報されかねないのでもちろんしないのだが。


とりあえず一晩寝れる公園でも探そうかと、私は歩き出した。


どこもかしこも人だらけ。友達とかカップルとか。都内の夜はまだまだこれからで、眠りにつく気配はない。

寒さに触れる腕を抱えながら、人の間を縫って進む。

というか、公園なんてないか。こんなところに。


そんなことに今更気づきつつ、歩く以外の選択肢はないのでひたすら足を動かした。


酒の匂いがつんと鼻をつく。足元を見まわすと、数本の空の缶ビールが転がっていた。

海外に比べれば日本はずいぶんときれいだというけれど、まあ想像はできない。海外になんて行ったことないし。



―――私は、昔からなにかに挑戦することが嫌いだった。失敗して、笑われるのが怖くて。

成功なんて約束されてないのに、人は無責任に大丈夫だと言う。

どこからくるんだろう、その自信は。なんて考えてしまう。


私が会社に就職して一度も辞めずに今まで頑張ってこれたのはかなり奇跡に近い。だけどそれよりも、彼と5年も居れたことのほうが私にとっては一生分のなにかを使い果たした気分だった。


彼はよく女性に声をかけられた。デート中も、私がいるなんてお構いなしに。

私ごときからなら奪えるとでも思われてるんだろうか。まあ正直なところ、奪おうと思えば奪えると思う。

私は“つまらない女”だし、自分でも面白みのない人間だと自覚している。特に趣味もなければ得意なこともない。話も面白くないし、特別容姿がいいわけでもない。


……それに。

私は、自分の右腕を見つめた。

そこには手の甲から腕半分くらいにかけて、大きな濃い色のあざがある。


生まれたときからあるものだ。これが原因で小学生の時にはいじめられたりもした。私にとっては、一番のコンプレックス。

彼は気にしなくていいよと言ったけど、触れることはあってもこの場所にキスしてくれたことは一度もなかった。

避けてたのか、それとも偶然なのか。ここ1年くらいはそれ以前にレスだったため真相は分からない。分らなくていいけど、もう終わったことだし。


ただ分かるのは、私は彼についていくのに必死だったこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る