ゲーム探偵・奇貨

@nov16

第1話 処女懐胎

(1)


 ライオンテール教国

 処女教皇と呼ばれる聖女サヤカ教皇が統治する教主国家。

 清らかな処女の聖女のみが教皇に選ばれるその国ではギルドではなくサヤカ教皇が冒険者であるプレイヤーにクエストを授ける。

 無論、教皇は生涯純潔を守り処女のまま人生を終える


 そうバリトンの利いた男性声優のナレーションで綴られた後、ゲームモニターのカメラが謁見の間の最奥の玉座に鎮座する妙齢の女性をズームアップする。

 その女性は教皇の帽子をかぶり全身、絹で出来たような純白の法衣を身に纏っていた。 大変威厳の有る出で立ちだが、その下腹部だけが異様に膨らんでいた。肥満でも食べ過ぎでもなく間違いなくこれは――

「教皇、妊娠してるやないかい!」

 私、島田明子は関西弁で思わずつっこんだ。


(2)

 昨日のこと。


『どんなゲームもクリアします 一回五百円』

 

 放課後、傷だらけの机の上に,かろうじて読める汚い字で、そう書かれた紙が貼られた綾辻奇貨の席の前に私が立っていた時の事だった。

 歌野小学校五年三組の教室の扉を開けて男子生徒と女子生徒が話をしながら入ってきた。

「すげーな綾辻、ラスボスを一撃で倒すなんて」

「決められた最大ヒットポイントより上になるとオーバーフローを起こしてヒットポイントがマイナスに突入して死亡扱いになる仕様みたいなんだ」

「でも敵に回復魔法かけることなんてふつー思いつかねえって」

「でもまあ次のパッチで対処されるかもしれないから、使用するんならお早めにね」

「うん。じゃこれ五百円……げえ!? 委員長!」

 五年三組の学級委員長である私に気づいて男子生徒は声をあげた。

「学校にゲーム機を持ってくるのは校則で禁止されているでしょ!」

 私がわざと声を荒げると名も知らない男子生徒は慌てて教室を出て行った。

「……先生に突き出すの? このバイトなくなるとご飯食べれないんだけど」

 残された薄汚れたワンピースを着た女子生徒――綾辻奇貨は恐る恐る私に訊ねた。

 見た目で欠食児童と判る細い肢体を包むワンピースは昨日どころか一週間同じだ。おそらく人前に出られる服がそのワンピース一着しかないのだろう。私も似たような境遇だから良くわかる。

「付いてきなさい」

 奇貨の病的に細い手首を掴んで引っ張ると、どこかリスを思わせるクリクリっとした瞳で奇貨が不安げに私の顔色を窺った。

「ねーどこに行くの?」

「少なくとも職員室じゃないわ。ご飯食べに行くんだから」

「だったら委員長のお家?」

「家には行かない」

 今頃、家では実父が何本目かの缶ビールを空けて泥酔していることだろう。

 私は毎日、酒を飲んで私に暴力をふるう父親を見下しきっていた。

「今日は十五日でしょう」

 それを聞いて奇貨は、やっと安堵した表情になり、お菓子の家を見つけたグレーテルのように弾んだ声を上げた。

「そうか、こども食堂の日か!」


(3)


 喫茶店&カードショップ&毎月十五日・三十日はこども食堂の「メタモルフォーゼ」

 家が裕福でない小学生たちから「メタモン」の愛称で呼ばれている喫茶店である。

「いただきます」

 そこでメニューから私はカレー、奇貨はナポリタンを選んで一心不乱に食べ始めた。

 私も奇貨も家庭に恵まれていない。この日を逃したら後、半月は夕ご飯にありつけない。

 十五日と三十日の月二回こども食堂をボランティアでやっている喫茶店&カードショップのマスターは、

「ほんとは毎日、提供できたらいいんだけどねえ」

 と、すまなそうに言いながらオープンキッチンで作ってくれた。

 その料理を二人とも一気に平らげると、ようやく落ち着いたのか口をケチャップだらけにした奇貨が私に向かって訊ねてきた。

「それで私に何の用なの?」

 私は言葉ではなく指で右側の壁を指した。

 そこには小学生、いや大人にも大人気トレーディングカードゲームの番付が貼られている。

 「メタモン」では喫茶店の他にそのトレーディングカードの売買と対戦の場を提供していた。その対戦番付のトップに綾辻奇貨の名が有った。勝者は敗者から一枚カードを譲り受けることができるという「メタモン」独自のローカルルールが有るので三百円で買えるスターターキットと腕さえあればお金がなくてもチャンピオンの座には理論上就ける。しかしあくまで理論上で尋常でない強運と頭の良さが無いと不可能だ。それを小学生の身で成し遂げていることは通常では考えられない。つまり奇貨は常人の頭脳でないという証左である。だから私はそれに『賭けた』

「あんたの腕を借りて一儲けしたいの。この世の中はすべて学歴だ。私には私立の中学に行くお金が必要なの。生活保護では私立の中学へのお金は出ない、どうしても現金が欲しい」

 もはや、何も隠す必要が無いので私は目的を全て吐露した。

「私にプロゲーマーにでもなれっていうの?」

 eスポーツの名前を出した奇貨に向かって私は首を振った。

「今の日本の法律じゃeスポーツの大会賞金は三十万円が上限。そのうえ将棋や囲碁みたいに何百年も続いている競技と違って競技の対象となるゲームは数年で入れ替わり、それに適応できないと負けなうえ新しく若い才能がいくらでも出てくる。そんな世界に人生を賭けるのは馬鹿のやることよ。それでこれよ」

 私はそう言い放つと席を立ち番付と同じく壁に飾られた額縁に近づいた。

 その額縁の中央には一枚のトレーディングカードが丁重に飾られ鎮座していた。

「このカードの値段を見てみなさい」

 私の後を追った奇貨が額縁の下の0が一杯並んだ数字のプレートを見て驚く。

「八百万円!?」

「八千万円よ。下手な不動産よりも価値が有る」

 超レアなトレーディングカードは時には億の位の値すら付くことが有る。決して「メタモン」のマスターが吹っ掛けた値段ではない。極めて適正な額だ。

「このカードを手に入れたいの」

「これをどうやって?」

「このトレーディングカードを発行している獅子王コーポレーション。そこのご令嬢が、あるゲームの中で起こった謎を解いたら、このカードをくれるというの」

「それで私に」

 ようやく私の意図をくみ取った奇貨は納得しながらも怪訝な表情で、私の眼をじっと見つめて口を開く。

「で、どんな謎なの?」

「それは……」


(4)


 翌朝。

 全国すべての公立小学校がバリアフリー化されて久しい。それが獅子王グループの総裁が盲目の孫娘を皆と同じ小学校に入学させるためのロビー活動と多大な寄付をした成果と知る者は多い。

 今朝も登校中の児童に配慮して、ゆっくりとした速度で歌野小学校の正門の前で止まった黒塗りのロールスロイスから、ひょっこり白い大型犬が顔を見せたかと思うと髪の長い少女が校門の前に降り立った。

 盲導犬に先導されたその少女が校庭に足を踏み入れようとした瞬間、私は声を掛ける。

「獅子王さやかさん」

「あらその声は五年三組の島田明子さんね」

 閉じた眼を私の方に向け少女は微笑んだ。

 獅子王さやか――あらゆる玩具を扱う獅子王グループの令嬢。最近ではハンディキャップの有る人でも遊べるゲームや器具を精力的に開発していることで世界的な知名度も高い日本が誇る大企業の総帥を祖父に持つ六年生だ。

「例のテスト、受ける準備が出来ました」

「じゃ放課後に「メタモン」で」

 私が、さやかさんに頭を下げると、その所作を感じ取ったのか彼女もペコリと頭を下げた。

 そしてその日の放課後――


『喫茶店メタモルフォーゼ メニュー』


オムライス ハンバーグ

カレー カルナボーラパスタ

グラタン サンドイッチ

ハンバーガー ホットドッグ

パンケーキ トースト


 放課後、私と奇貨がメタモンに来店すると既に待っていた、さやかさんは、すぐにお付きの黒服の男の人に何か合図をした。

 そこでいきなり上記のメニューを渡され私は面食らっていた。

 このメニューの中から何か料理を注文しろと言うのだが、

「それと――謎を解くのにふさわしいか貴女達をテストさせてもらうわ。私のパートナーであるこの子の……盲導犬の名前は何?」

 と、さやかさんが付け加え、突然のテストの不意打ちに、はあ!? そんなの判る訳ないじゃないと私はメタパニ……もとい混乱していた。さやかさんは知人ではあるが盲導犬の名前を知っているほど親しくはない。

 さやかさんに手がかりを問うたものの、

「ヒントは既に出したわ、何分、外部には漏らさず内密に処理したいところだけどそれでお手上げだったから、止むなく関係者でない人の手を借りることにしたの……ならこのくらいのテストなら楽勝な人を選ぶのは当然でしょう?」

 と、ニコニコ笑うだけで何のフォローもしてくれなかった。

「私の個人情報を調べ上げるほどの調査力が有るのなら良し、もしくはそれに頼らず知識と推理力だけでたどり着くのなら、なお良し。それだけよ」

 さやかさんがそういった後、喫茶店の中は沈黙に包まれた。

 わかるはずがない。私にはそんな調査力も推理力もない。やみくもに犬に付けそうな名前を連呼したところで不合格の烙印を押されるだけだろう。

 私は頭を抱えた。

 ところが五分くらい時間が経過したところで、おもむろに奇貨が口を開いた。

「……あのね、盲導犬は普通の犬には付けないような変わった名前を付けるって聞いたことあるんだ」

 突然何を言い出すのかと思った私をそっちのけで奇貨は言葉を続けた。

「同じ名前の犬を呼ぶ声に反応しないようにね。極力、人の犬とは被らないようにするんだよ。盲導犬の名は――例えば「食べ物」の名前とかを付けることも有る」

「じゃ、このメニューの中に!?」

 と思わず声を上げた私に、さやかさんは冷静な口調で、

「……言い忘れてたけど名前当て出来るチャンスは一回だけね」

 と、とんでもない条件を付け加えた。

「え!?」

「だからやみくもにメニューの料理名を挙げていけばいいってものじゃないわ、そうメニューのね」

「それはテストに正解しても着眼点の良さを示しているだけで、推理力の高さを証明するものじゃないから?」

 私より先に選抜テストの趣旨を飲み込んだ奇貨が言った。

「ええ、そうよ、現にそこまで行き着いていた挑戦者はたくさん居た。でも突破した人は誰も居なかった」

 ――万事休すか、メニューに記載された料理の名前を片っ端から挙げていけば正解に行き着くだろうとと考えた私は我が身の甘さを呪った。

 たとえ最初に勘で選んだ料理の名前で合っていてもそれは、さやかさんは推理力としてカウントしないだろう。

「ヒントはもう全部出ているんだよね?」

 不意に奇貨が、さやかさんに問うた。

「ええ」

 そう頷く、さやかさんに奇貨は自信満々な表情で言った。

「――じゃ、解った」

 奇貨の言葉に、ええ!? と私は声にならない叫びを上げる

「獅子王さんがこの店を選んだ理由。それにこのメニュー、そして既にヒントを出してあるという言葉、それで全て解った」

 困惑した表情を浮かべる私に向かって小声で「メニューをよく見て」と声を掛けた奇貨は、

「昨日のこども食堂の時と違って、このメニューには、あるパスタの名前が無い。珍しいパスタの名前が有るのに、一番ありふれたあるパスタの名前だけが無い」

 慌てて私はメニューを凝視する。

「その料理の名前が無いことが不自然なのは昨日この食堂を訪れた私達ならきっと判る――」

 奇貨はそう言ってメニューを一瞥すると、

「つまりヒントはすべて提出されたという獅子王さんの言葉、そしてやみくもにメニューに記載された料理の名前を挙げても駄目という言葉、これらを要約するとメニューに記載されていない料理の名が正解という結論に帰結する。だからその料理の名が答え」

 そう断言し、さやかさんに対して、

「その料理は私が昨日食べたもの、「ナポリタン」……それがその子の名前だよ」

 奇貨が胸を張ってそう宣言した、と同時に、さやかさんの足元で寝そべっていた盲導犬が立ち上がった。

「合格」

 盲目の賢者はそう言って破顔し、「名無しの盲導犬」あらため「ナポリタン」が奇貨に向かって猛烈に歓喜の表情で尻尾を振った。

「マスター、ノートパソコンを持ってきて」

 意外な流れに呆気にとられる私を尻目に黒服の男の人が事務的にノートパソコンを各自の前に並べていく。

「島田さん、落ち着いた?」

 私の動揺を感じ取った、さやかさんの言葉に、私はようやく「はい」と返事を返すと、それで得心したのか彼女は本題を切り出した。

「貴方たちに謎を解いてもらうゲームはオンラインRPG。もちろん獅子王グループが開発したものよ」

 モニターにポリゴンで形成されたお城が映る。お城の前面に映し出された英語のロゴの綴りから、それがライオンテール・オンラインというタイトルのゲームらしいことが判った。

「……ドワーフフォートレスって知っているかしら? アメリカの独立デベロッパー、アダムス兄弟が制作したコンピューターゲームよ」

 唐突に聞き覚えのないゲームの名前を出され私は思わず首を横に振った。

「そのドワーフフォートレスの開発中、兄のザック・アダムスがゲームの中でNPCの猫達が嘔吐して死んでしまうというバグに遭遇したの」

 そこで、さやかさんは一息入れるように手元にあるティーカップを持ち上げ、一口啜った。

「で、これは重大な不具合になると何日もかけてそのバグの原因を探っていたドワーフフォートレスの共同開発者の弟ターン・アダムスは、ある時、猫たちの通り道に、お酒がこぼれていることに気づいたの。それは同じくNPCのドワーフ達がお酒を飲みながら仕事を終え家路につく時に地面にこぼしていたものだった」

 さやかさんは静かにティーカップを置き、

「このゲーム……ドワーフフォートレスが緻密なところは死因を調査したところNPCの猫がそのお酒を直接舐めたのではなく、猫達が自分の体を舐めて毛づくろいする習性までプログラミングされていたため、猫が毛づくろいの途中、こぼれたお酒の付いた自分の足まで舐めてしまい、お酒の過剰摂取でアルコール中毒を起こし嘔吐しながら死んでしまったからと判ったの……つまりバグではなく綿密なプログラミングによる産物というわけね」

 さやかさんは悪戯を見つかった時みたいに微笑むと、

「このライオンテール・オンラインもその事例を参考にドワーフフォートレスと同じ、いやそれ以上の物理演算がプログラミングされているの。魔法が存在しないことも含めて実際の中世ヨーロッパに極めて近い世界を再現している仕様なの。これ以上言うと自慢が止まらなくなるから、STARTをクリックしてみて」

 さやかさんに言われたとおりにすると、お城の謁見の間らしい画面に切り替わり、荘厳な音楽とともに、

「ライオンテール・オンラインにようこそ」

 テレビで聞いたことの有る男性声優のナレーションが流れ始まる。

「ここは冒険の始まりの地、ライオンテール皇国。

 処女教皇と呼ばれる聖女サヤカ教皇が統治する教主国家。

 清らかな処女の聖女のみが教皇に選ばれるその国ではギルドではなくサヤカ教皇が冒険者であるプレイヤーにクエストを授ける。

 無論、教皇は生涯純潔を守り抜き処女のまま人生を終える」

 処女厨が書いたような文言がバリトンの利いた男性声優の解説で綴られた後、カメラが謁見の間の最奥の玉座に鎮座する面差しがどこか獅子王さやかさんの成長した姿を思わせる妙齢の女性をズームアップする。

 その女性は教皇の証である帽子をかぶり全身、絹で出来たような純白の法衣を身に纏っていた。大変威厳の有る出で立ちだが、その下腹部だけが異様に膨らんでいた。肥満でも食べ過ぎでもなく間違いなくこれは――

「教皇、妊娠してるやないかい!」

 私は関西弁で思わずつっこんだ。


(5)


 キャラクターを作ってみてと言われ私と奇貨は取り敢えずキャラをクリエイトして謁見の間に降り立った。

 お城の謁見の間の中はサヤカ教皇と彼女を守る重装の近衛僧兵、そして教皇の侍女、高位の僧侶と私達を含めた冒険者達で、ごった返していた。

 さやかさんによると冒険者以外は全てコンピューターが操作するNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だそうだ。

「さて謎というのはそのNPCである聖女サヤカが妊娠してしまったことよ。『処女懐胎』といって清い体のまま男性と交わらず子供を身ごもってしまったの。さっき言ったように魔法はこの世界には存在しない。ほぼ現実と同じ手段を用いないと妊娠させることは出来ない」

 現実世界の緊迫した問題提起とは対象的に、謁見の間では、ぼけっと突っ立っている私と奇貨以外の冒険者であるネットで繋がれたプレイヤーたちがひっきりなしにクエストを受注もしくは完了報告するため、わいわい仲間内でチャットしながらサヤカ教皇の前に列を成していた。

「それは隠れて、悪いプレイヤーがそういう行為に及んでしまったという訳じゃないんですか?」

 超リアルなゲームと聞いて初めに思い浮かんだ可能性それだった。私の問いに、

「ホットカフェ問題って知っているかしら?」

 さやかさんは質問を質問で返した。私が首を横に振ると

「MODという公式ではない有志が開発したゲームの改造ツールがあるんだけど、そのツールは2004年に発売され空前の大ヒットを記録した『グランセフトオート・サンアドレイアス』というアクションゲームの封印された機能を開放するものだったの。主人公がガールフレンドと性行為に及べるという機能の」

「性行為!?」

 生々しい言葉を直接表現で聞いて私は顔をしかめた。

「そうよ、そして当然、売れた数が売れた数だけに米国議会が紛糾するほどの大問題になってゲームの開発会社ロックスターに調査のメスが入ることになったの。当初はこのMODを開発したオランダ人の男性の責任が問われたんだけど彼がやったことは封印を解除しただけで、ゲーム内で性行為に及べるプログラムを混入していたロックスター側の責任が問題視され集団訴訟やバッシングで会社の存続の岐路にまで立たされることになった」

 どえらいスケールの話が私達の生まれる前にあったんだと私は軽く引いた。

「それで、このオンラインRPG――ライオンテール・オンラインは現実に極めて近いのだけどロックスターの二の舞いにならないよう性行為は徹底的に排除してある。射精などの行為の類はもちろんキスすら駄目なほどによ」

 キスで子供が出来ないことくらい子供でも知っている。そのキスの機能さえないのにどうやって……と私が考えを巡らせていると、

「でも今回、妊娠騒動が起きてしまった」

 奇貨が核心を突いた言葉を述べた。

「そう妊娠した原因を探らないと今回の事件が第二のホットカフェ問題に発展してしまうかもしれないのよ。でもプログラマーにも全員面談したし、プログラムも徹底的に精査した。しかしどこにも性行為が行えるバグもプログラムも存在しなかった」

 正直、お祖父様でさえ憂慮されている懸念事項なのよと、さやかさんは盲導犬ナポリタンの頭を撫でながら憂いの表情を浮かべた。

 なるほどこの問題を解決してくれるなら自社の発行しているトレーディングカードを一枚刷って贈呈するくらい安いものだ。

「ねえ獅子王さん。教皇ってずっと玉座に座ったままなの?」

 不意に奇貨が唇を開いて疑問を口にした。

「いえ」

「じゃ一日のスケジュールとか有るんだね? 教えてもらえる?」

 さやかさんから聞いた教皇のスケジュールはこうだった

 朝の六時に起床して、朝食を取る

 朝の七時から八時まで聖堂でお祈り

 朝の九時から、処刑場で斬首される死刑囚の側に立ち最後のお祈りを捧げる……この話を聞いた時、エロはご法度でもグロはOKなのかと驚いた。

 死刑囚はなんと罪を犯した冒険者、つまりネットで繋がったプレイヤー達だと言うのだ。

 この世界には魔法が存在しない。復活の呪文やアイテムなど存在しない死=即ゲームオーバーのシビアなゲームだったのだ。

「その処刑される死刑囚に教皇が襲われたことは無かったの?」

 奇貨が教皇とボウガンを装備した警備兵の前で跪く死刑囚を指さしながら言った。

「有ったわ、直接的ではないけれど。警備兵は用心のため運営スタッフが務めているのだけど、一度死刑囚が暴れて、殴り倒され地面に這いつくばった警備兵であるスタッフがボウガンで死刑囚を撃ったことがあったの。そのボウガンの矢が死刑囚の身体を貫通してお祈りをしていた教皇のお腹に刺さったはずよ」

「その傷で教皇は死ななかったの?」

「教皇を始めとするNPCは不死に設定してあるわ、だからたまにNPCを攻撃する悪戯を仕掛けるプレイヤーも居たけど、どれだけやっても死なないし、逆にプレイヤー自身がNPCに反撃を食らって殺されることが有ったからハイリスク、ノーリターンであることが知れ渡って誰もやらなくなったわ」

「ふーん。プレイヤーが教皇に攻撃を仕掛けること自体は可能なのか」

 奇貨が呟いた言葉で私は有ることを閃いた。

「じゃ教皇を無理やり……」

 手籠めに……そう私が言いかけたところで、

「女性器への男性器を含めたあらゆるものの挿入、および男性器の射精は仕様上、出来ないわ」

 直接的な文句であっさり否定された。

「貴女達には、何より処女のまま教皇が妊娠してしまった、その謎を解いてもらわないと困るのよ」

 教皇のあとの予定は謁見の間の玉座に座りにクエストの受注・終了報告を聞き報酬を与え夜になったら警備兵に扉を固められた窓のない自室で寝るルーチーンを繰り返すとのことだった。

「ちなみにホットカフェ問題と違って、あらゆるチートツールの使用も確認されなかった。完璧なアンチチートツールでゲームを守っているからMODという線は絶対に無いわ」」

 万事休すか、魔法が有るのなら、いくらか妊娠させる方法が思いつくのだが……例えば他の妊婦の胎児をテレポートで教皇の子宮に飛ばすとか……でも魔法の存在しない極めて現実の中世に近しい世界ではチートツール無しでは処女懐胎できる手段が思い浮かばない。

 ――このまま報酬を得ず、家に帰って、また実父の暴力を受ける。そんな生活の繰り返しなのか、所詮小学生の身では貧困を抜け出すことは不可能なのか、私は観念して、さやかさんに「降参です」とそう言おうとした時、

「……このゲームの中に出てくるキャラクターの人体には内臓は有るの?」

 今更なことを奇貨は、さやかさんに訊ねた。

「無論、あるわ」

「子宮も?」

「もちろん。女性には存在するわ。だから教皇が妊娠したの」

「ということは男性には精巣がある?」

「ええそうよ」

「で、暴れた死刑囚は男だった?」

 最後の質問に、さやかさんがイエスと答えると、奇貨はしばし沈黙したあと

「解った。このゲーム、クリアしたよ」


(6)


 私と、さやかさん、そしてお付きの黒服の人までが唾を飲み込んだ。

 そんな中、奇貨は私が絞り出した「どうして妊娠したの?」という問いに奇貨は、

「妊娠させる機会は一度しか無い。死刑囚が暴れたときだけ」

「どうやって? 死刑囚は教皇に接触してないのに?」

 私が震えた声で率直な疑問を口にすると、

「接触したよ。警備兵が――正確には警備兵の撃った『ボウガン』がね」

 そう言うと奇貨は人差し指と中指でボウガンの矢を模した形を作り、

「死刑囚に殴り倒された警備兵が寝ながら撃ったボウガン、それが死刑囚の下腹部に有る男性器の『陰嚢』を貫通して」

 ビューンと口で擬音を立てながら、

「教皇の腹部である『子宮に』に突き刺さった」

 人差し指と中指で私のお腹を突いた。

 一拍の間のあと、私は言った。

「それで妊娠なんて可能なの?」

「精巣にある精子が先端に付着したボウガンの矢ならね」

「それじゃ母体が死んでしまうじゃない!」

「通常ならね。でも不死身に設定されてある教皇なら」

「可能?」と、さやかさんが黒服の男の人に尋ねる。

「……仕様上、それなら処女懐胎は可能です」

 彼が断言すると奇貨は言った。

「じゃ正式にゲームクリアだね……獅子王さん」

「何かしら?」

「ボウガンを持っている警備兵は運営スタッフが動かしているキャラって言ったよね。その人、おそらく暴れた死刑囚のプレイヤーとグルだよ」


(7)


 帰り道。


 該当の運営スタッフがライバル会社の社員と結託して、教皇を懐胎させて第二のホットカフェ事件を起こそうとしたことが判明。

 民事ながらも運営スタッフとライバル会社を訴えることにトントン拍子に決まり、私と奇貨は特上のレアカードを持って家路に付いていた。

 辺りはもう暗かった。

 私がレアカードを売った分け前の話を切り出すと

「五百円だけでいい、お金貰ってゲームできるって最高じゃん」

 奇貨は、ぷいっと眼差しを星空に向けた。

「そんな、これ売れば八千万もするのよ!?」

「委員長」

 奇貨は初めて見せた真剣な顔で言った。

「石田三成に源義経、みんな頭が良かったけど才気を走らせすぎて自滅するように死んでいった」

「何が言いたいの?」

「子供が黙って大金を持っているとどうなるか、見つかるとどうなるか、委員長なら判るんじゃない?」


(8)


「いただきます」

「メタモン」で私は奇貨と向き合い一枚の大きな皿に盛られた二人前のナポリタンを貪り食っていた。

 あれからレアカードを換金した私は半額を「メタモン」に寄付した。

 それから毎夜、子ども食堂が開かれるようになり毎晩、大盛況になるほどの子どもたちが詰めかけていた。欠食児童は私達だけではなかったので「メタモン」のマスターは大忙しだ。

「これで良かったの?」

 口の周りをケチャップだらけにした奇貨が対面から口にした言葉に

「あんたが脅したんでしょ」

 と私は毒づいて返すと、

「ま、公立の中学でも進学校が有るしね」

 と言った。

 ちなみにもう半額は、さやかさんの祖父である獅子王グループの総帥が、私と奇貨の後見人となって預かり、これからの学費や生活費が必要なさい、その都度、預かったお金の中から支払ってくれることになった。

 何でも謎を解いた私達を孫娘同様、大いに気に入ってくれたらしい、さやかさんの祖父は奨学金として全額、自腹で私と奇貨の学費と生活費を出すと申し出てくれたが、それは流石に私も奇貨も丁重にお断りした。

「もぐもぐ、まうそういふことだから」

「うんはふ、わかったよ」

 ディズニーの映画の一枚の皿のスパゲッティを食べあう犬のようにナポリタンを啜り合い私と奇貨はお互い照れた顔で笑った。


(終)

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