出現

菫野

出現

たそがれの髪暗緑にしづまりて眸のごとき月を待ちをり


美術史のパネルの前を過りゆくマソリーノ・ダ・パニカーレの天使


把手のぶひとつ無き身体を潜り抜けふたたび現るる舞ひびとよ


死の方より生をしづかに眺むれば あなレモンシャーベットに似て


届かざる言葉はなべてとほき火と蠍は云へり 意味こそ灰と


真夜中の卵を割れば落下した竜がお鍋の中で溺れる


紡錘の少女のそびらひらきゆくみづいろのはねとらへがたきを


スノードーム逆さまにして夏の日の聖ニコラウスやさしき倒立


耳の裏に蝶百匹を住まはせてあなたはわたしを涼しくさせる


湯に味噌を溶いてごらんよにごりながら清くなりゆく味のあること


国ほろぶ夜にわたしは生れると云ひし人はも黎明王女


ゆびさきに葉や花でなく爪といふものを生やして人間たちは


アップライトピアノほしくてただひとり午後の夏野で出現を待つ


百億の夜にシーツをかける手に天使があたふ星のバングル


ふたこぶのらくだと少年振り向きぬ世界は存在しはじめるらし

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出現 菫野 @ayagonmail

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